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第183話 side亜門 次期辺境伯ハンス③
しおりを挟む「今の状況から一転して、何も危害を加えられる心配もなく過ごすことができるようになると言うのね?」
「はい。そうです。」
「貴方は多分嘘をついていないでしょうね。ここまで赤裸々に語ったのも私達からの信頼を得るため。でもね、それをはいそうですかと信じられない気持ちだって貴方にはわかっているはずよ?」
「もちろん、承知しています。私はお2人とのここまでの会話で何も偽ることなく、事実のみを語りました。辺境にお越しいただければ、その場合の辺境伯領の対応をお伝えしたまでのこと。来いとは1言も申しておりません。先程も申しましたが、辺境としては皆様がどこで活躍しても、巡り巡って私達のためにも必ずなると考えています。ですが、ここの馬鹿共に利用されるような事態に陥れば、皆様から得られるであろう知識や力は永久に失われます。魔物との戦いで死に物狂いの辺境に、地球の皆様との戦争をしようなどと考える馬鹿はおりません。」
それが本当なら、俺としーちゃんの魔物との戦いは思ったよりも遥かに厳しいものになるかもしれない。
「敵対して得られる物と、私達へ危害を加えない代わりに恩恵を受けること。それを天秤にかけた結果というわけね?」
「はははっ!それは些か大袈裟ではありませんか?天秤にかけるまでもなく、少し考えれば誰にでもわかる単なる事実ですよ?」
その少し考えればわかるようなことすらここの奴等はできていないじゃないか。
「ハンスは俺達を利用する気はない。間違いないか?」
「それは違います。ハンス個人ではなく、辺境伯領全ての人間が地球の皆様を利用する気は一切無い。勿論、恩恵については有り難く享受します。私共は、ここの馬鹿共と一括りにされることが1番嫌ですね。」
「辺境伯領全てと言うけれど、辺境伯と言うくらいなんだから何ヶ所かあるのでしょう?その全てで意見が一致するなんてことあるのかしら?」
「辺境伯領は東西南北の4カ所があり、そのどこもが国の守りの要です。かなり密に連絡を取り合っています。そして、地球の皆様と同じように協力体制をとっているのです。たまに中央の馬鹿が送り込まれて来ますが、考え方が違いすぎて馴染めず、遊びに走ったりします。その場合は見張りをつけて放置か、最悪幽閉ですから。そういった者の暴走もありません。」
組んでいた手を解き、首ごと俺に顔を向ける香織さん。
「川端君、隠していても意味がないわ。彼は私達の懸念や気持ちを正しく認識している。」
それに深い溜息で返事をしてしまう。
「まさかハンスがここまでの人間だとは思ってなかったよ。絢音はハンスの予測通り、中身は子供だ。知能が遅れている。しかし麗への予測は間違っている。麗は普通だ。知能には何も問題はない。」
「そうなのですか?私も断定には至っていませんでしたが、あの言動で……もしや成人前でしたか?」
「いいや、麗は20歳だ。」
「いやいや、流石にそれは……え?本当なのですか??」
混乱しそうになったハンスは俺達の真剣な表情に、嘘ではないようだと判断したようだ。
「ええ、本当よ。そして、女の子よ。」
「香織さん!!!そこまで言っ「隠さない方がむしろ麗ちゃんの為だわ。それに、ハンスさんは無闇に情報を漏らすことはしない。情報がどれだけ大切なのか知っているもの。ねぇ?」
「公言するなと仰るのであれば秘密は必ず守り抜きます。ですが、成人した女子ですか…」
「ええ。そして、麗ちゃんは子を授かることはないわ。」
「授かることがない、とは?」
「彼女は産まれつきの病があるの。月のモノが1度もきていない。それで意味はわかるわよね?」
「……なるほど。だから事実を明かしてくれたのですね?これは辺境伯領でも周知させた方が良いですか?」
「いいえ。貴方の中で留めておいてほしいわ。気をつけていてもどこから漏れるかはわからない。もし私達が辺境へ移り住むことになったらその時には周知させてほしいわ。」
「辺境伯現当主にも、でしょうか?」
念を押すかのように確認してくる。
「ええ。貴方の先程の話で言うならば、麗ちゃんがこのまま何も成し得ることができず、魔法も使えず、子を産む事もできなければ生かす価値すらない。そういうことでしょう?」
「……はい。ですが皆様全員がお互いを大切に思っていることは皆が知っている事実です。必ず庇護下に入ります。」
渋面をうまく隠しつつ弁明するハンス。
「そうかもしれないわね。でもね、麗ちゃんの気持ちは?ただ守られるだけの存在に成り果てるというのはね、自分の価値を自分ですら認められないということなの。地球人は皆魔力が高い。このまま何も成し得ることがないという可能性は限りなく低いわ。でもね、彼女はとても繊細なの。本当は川端君と紫愛ちゃんに戦場に行かせてしまうことしかできない自分を責めているわ。貴方には麗ちゃんを、それとわからないように守ってほしいのよ。少なくとも、私達が魔法の上達をするようになるまでは。」
香織さんは麗の心情を余す事なく語った。
「まさか……もう魔法が使えるのですか!?」
「私と優汰君は、魔法とは何かを模索するだけの段階まできているわ。」
「なんと!!やはり地球の皆様は素晴らしいですね!」
麗の話が一段落したと判断した俺は、今度はしーちゃんへの懸念を潰そうと決意した。
「さっきラルフから聞いたことに、ハンスがしーちゃんを女神だと崇めているという話があった。ヴェルナーとの話の時に全てを理解したと言っていたと。護衛に選ばれてからも、しーちゃんとの接触はそれほどなかったはずだ。何故そこまで崇める?」
ラルフの話はラルフの私見が入りまくっていた。
とてもじゃないが鵜呑みにできない。
もし危険な思想ならしーちゃんとの接触は断たなければならない!
「あぁ、それもラルフですね?私は別に川端様から紫愛様を奪おうなどと考えておりません。」
「なっ!!!」
何でハンスにもバレているんだ!?
「川端君、まさかバレていないとでも思っているの?あれだけ隠すことなく全力で紫愛ちゃんを守る盾になっているのに?それに気付いていなかったのは麗ちゃんくらいよ。それもバレてしまったし。あとは本人の紫愛ちゃんだけね。」
香織さんの言葉に絶句するしかない。
「あの……純粋な興味なのですが、紫愛様は何故あぁも鈍いといいますか、翻弄するようなと言いますか、態とやっているようにすら見えますが、そこに邪なモノは一切感じずですね……男女のそれに関してだけは全く紫愛様を理解しかねます。」
今までの俺としーちゃんの会話だけを聞いていれば不思議に思っても仕方ない。
「川端君、ここまで理解している人に話しても悪いようにはならないわ。紫愛ちゃんの過去も話してみたら?」
「ですが……」
「詳しいことまでは私達の誰も知らないのよ?ほんの触り程度でも良いのよ。今の状態が良く思われていないことに変わりはないの。紫愛ちゃんの印象を少しでも良くしたいのは私も同じ気持ちだわ。」
しーちゃんの情報をこれ以上ハンスに与えて本当に大丈夫なのか??
だが今までのやり取りを聞いていれば香織さんの判断に間違ったところは無い。無いどころか、判断や分析力が桁違いだ。
その香織さんが言った方が良いと判断したのなら教えた方が良いのか…
「……香織さんがその方が良いと言「それは私に聞く権利はありません。紫愛様ご本人から聞くならいざ知らず、紫愛様もいないこの場で他人の口から聞くのは違います。私はアヤネ様のことを知りました。私の予想だったものから正しい情報を頂きましたから、私はアヤネ様と紫愛様の関係を誤解しておりません。紫愛様の態度を見ていれば、如何にアヤネ様を守ろうとなさっているかわかります。紫愛様にとってアヤネ様がどれほどの存在であるか……そういうお話でしょう?紫愛様の過去は関係ありません。」
コイツ、しーちゃんの情報を得る絶好の機会だったというのに断りやがった。
「聞きたくない理由はわかったわ。紫愛ちゃんにとって絢音君がどれほどの逆鱗であるか理解しているのね?」
「命を賭してアヤネ様を守らせていただきます。」
「そうしてちょうだい。これは辺境伯現当主には伝えてちょうだい。」
「それは……よろしいのですか?」
「私は麗ちゃんは必ず力を手にすると思っているの。でも、正直なところ絢音君はどうなるかわからないわ。少しでも守ってくれる人が多いに越したことはないし、ここまで貴方に話したんですもの。知らなかったと言い逃れさせる気はないのよ。」
そう言って爽やかに笑う黒い香織さんは、とても美しかった。
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