水と言霊と

みぃうめ

文字の大きさ
183 / 346

第183話    side亜門 次期辺境伯ハンス③

しおりを挟む



「今の状況から一転して、何も危害を加えられる心配もなく過ごすことができるようになると言うのね?」
「はい。そうです。」
「貴方は多分嘘をついていないでしょうね。ここまで赤裸々に語ったのも私達からの信頼を得るため。でもね、それをはいそうですかと信じられない気持ちだって貴方にはわかっているはずよ?」
「もちろん、承知しています。私はお2人とのここまでの会話で何も偽ることなく、事実のみを語りました。辺境にお越しいただければ、その場合の辺境伯領の対応をお伝えしたまでのこと。来いとは1言も申しておりません。先程も申しましたが、辺境としては皆様がどこで活躍しても、巡り巡って私達のためにも必ずなると考えています。ですが、ここの馬鹿共に利用されるような事態に陥れば、皆様から得られるであろう知識や力は永久に失われます。魔物との戦いで死に物狂いの辺境に、地球の皆様との戦争をしようなどと考える馬鹿はおりません。」

 それが本当なら、俺としーちゃんの魔物との戦いは思ったよりも遥かに厳しいものになるかもしれない。

「敵対して得られる物と、私達へ危害を加えない代わりに恩恵を受けること。それを天秤にかけた結果というわけね?」
「はははっ!それは些か大袈裟ではありませんか?天秤にかけるまでもなく、少し考えれば誰にでもわかる単なる事実ですよ?」

 その少し考えればわかるようなことすらここの奴等はできていないじゃないか。

「ハンスは俺達を利用する気はない。間違いないか?」
「それは違います。ハンス個人ではなく、辺境伯領全ての人間が地球の皆様を利用する気は一切無い。勿論、恩恵については有り難く享受します。私共は、ここの馬鹿共と一括りにされることが1番嫌ですね。」
「辺境伯領全てと言うけれど、辺境伯と言うくらいなんだから何ヶ所かあるのでしょう?その全てで意見が一致するなんてことあるのかしら?」
「辺境伯領は東西南北の4カ所があり、そのどこもが国の守りの要です。かなり密に連絡を取り合っています。そして、地球の皆様と同じように協力体制をとっているのです。たまに中央の馬鹿が送り込まれて来ますが、考え方が違いすぎて馴染めず、遊びに走ったりします。その場合は見張りをつけて放置か、最悪幽閉ですから。そういった者の暴走もありません。」

 組んでいた手を解き、首ごと俺に顔を向ける香織さん。

「川端君、隠していても意味がないわ。彼は私達の懸念や気持ちを正しく認識している。」

 それに深い溜息で返事をしてしまう。

「まさかハンスがここまでの人間だとは思ってなかったよ。絢音はハンスの予測通り、中身は子供だ。知能が遅れている。しかし麗への予測は間違っている。麗は普通だ。知能には何も問題はない。」
「そうなのですか?私も断定には至っていませんでしたが、あの言動で……もしや成人前でしたか?」
「いいや、麗は20歳だ。」
「いやいや、流石にそれは……え?本当なのですか??」

 混乱しそうになったハンスは俺達の真剣な表情に、嘘ではないようだと判断したようだ。

「ええ、本当よ。そして、女の子よ。」
「香織さん!!!そこまで言っ「隠さない方がむしろ麗ちゃんの為だわ。それに、ハンスさんは無闇に情報を漏らすことはしない。情報がどれだけ大切なのか知っているもの。ねぇ?」
「公言するなと仰るのであれば秘密は必ず守り抜きます。ですが、成人した女子ですか…」
「ええ。そして、麗ちゃんは子を授かることはないわ。」
「授かることがない、とは?」
「彼女は産まれつきの病があるの。月のモノが1度もきていない。それで意味はわかるわよね?」
「……なるほど。だから事実を明かしてくれたのですね?これは辺境伯領でも周知させた方が良いですか?」
「いいえ。貴方の中で留めておいてほしいわ。気をつけていてもどこから漏れるかはわからない。もし私達が辺境へ移り住むことになったらその時には周知させてほしいわ。」
「辺境伯現当主にも、でしょうか?」

 念を押すかのように確認してくる。

「ええ。貴方の先程の話で言うならば、麗ちゃんがこのまま何も成し得ることができず、魔法も使えず、子を産む事もできなければ生かす価値すらない。そういうことでしょう?」
「……はい。ですが皆様全員がお互いを大切に思っていることは皆が知っている事実です。必ず庇護下に入ります。」

 渋面をうまく隠しつつ弁明するハンス。

「そうかもしれないわね。でもね、麗ちゃんの気持ちは?ただ守られるだけの存在に成り果てるというのはね、自分の価値を自分ですら認められないということなの。地球人は皆魔力が高い。このまま何も成し得ることがないという可能性は限りなく低いわ。でもね、彼女はとても繊細なの。本当は川端君と紫愛ちゃんに戦場に行かせてしまうことしかできない自分を責めているわ。貴方には麗ちゃんを、それとわからないように守ってほしいのよ。少なくとも、私達が魔法の上達をするようになるまでは。」

 香織さんは麗の心情を余す事なく語った。

「まさか……もう魔法が使えるのですか!?」
「私と優汰君は、魔法とは何かを模索するだけの段階まできているわ。」
「なんと!!やはり地球の皆様は素晴らしいですね!」

 麗の話が一段落したと判断した俺は、今度はしーちゃんへの懸念を潰そうと決意した。

「さっきラルフから聞いたことに、ハンスがしーちゃんを女神だと崇めているという話があった。ヴェルナーとの話の時に全てを理解したと言っていたと。護衛に選ばれてからも、しーちゃんとの接触はそれほどなかったはずだ。何故そこまで崇める?」

 ラルフの話はラルフの私見が入りまくっていた。
 とてもじゃないが鵜呑みにできない。
 もし危険な思想ならしーちゃんとの接触は断たなければならない!

「あぁ、それもラルフですね?私は別に川端様から紫愛様を奪おうなどと考えておりません。」
「なっ!!!」

 何でハンスにもバレているんだ!?

「川端君、まさかバレていないとでも思っているの?あれだけ隠すことなく全力で紫愛ちゃんを守る盾になっているのに?それに気付いていなかったのは麗ちゃんくらいよ。それもバレてしまったし。あとは本人の紫愛ちゃんだけね。」

 香織さんの言葉に絶句するしかない。

「あの……純粋な興味なのですが、紫愛様は何故あぁも鈍いといいますか、翻弄するようなと言いますか、態とやっているようにすら見えますが、そこに邪なモノは一切感じずですね……男女のそれに関してだけは全く紫愛様を理解しかねます。」

 今までの俺としーちゃんの会話だけを聞いていれば不思議に思っても仕方ない。

「川端君、ここまで理解している人に話しても悪いようにはならないわ。紫愛ちゃんの過去も話してみたら?」
「ですが……」
「詳しいことまでは私達の誰も知らないのよ?ほんの触り程度でも良いのよ。今の状態が良く思われていないことに変わりはないの。紫愛ちゃんの印象を少しでも良くしたいのは私も同じ気持ちだわ。」

 しーちゃんの情報をこれ以上ハンスに与えて本当に大丈夫なのか??
 だが今までのやり取りを聞いていれば香織さんの判断に間違ったところは無い。無いどころか、判断や分析力が桁違いだ。
 その香織さんが言った方が良いと判断したのなら教えた方が良いのか…

「……香織さんがその方が良いと言「それは私に聞く権利はありません。紫愛様ご本人から聞くならいざ知らず、紫愛様もいないこの場で他人の口から聞くのは違います。私はアヤネ様のことを知りました。私の予想だったものから正しい情報を頂きましたから、私はアヤネ様と紫愛様の関係を誤解しておりません。紫愛様の態度を見ていれば、如何にアヤネ様を守ろうとなさっているかわかります。紫愛様にとってアヤネ様がどれほどの存在であるか……そういうお話でしょう?紫愛様の過去は関係ありません。」

 コイツ、しーちゃんの情報を得る絶好の機会だったというのに断りやがった。

「聞きたくない理由はわかったわ。紫愛ちゃんにとって絢音君がどれほどの逆鱗であるか理解しているのね?」
「命を賭してアヤネ様を守らせていただきます。」
「そうしてちょうだい。これは辺境伯現当主には伝えてちょうだい。」
「それは……よろしいのですか?」
「私は麗ちゃんは必ず力を手にすると思っているの。でも、正直なところ絢音君はどうなるかわからないわ。少しでも守ってくれる人が多いに越したことはないし、ここまで貴方に話したんですもの。知らなかったと言い逃れさせる気はないのよ。」
 
 そう言って爽やかに笑う黒い香織さんは、とても美しかった。















しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシェリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

生贄公爵と蛇の王

荒瀬ヤヒロ
ファンタジー
 妹に婚約者を奪われ、歳の離れた女好きに嫁がされそうになったことに反発し家を捨てたレイチェル。彼女が向かったのは「蛇に呪われた公爵」が住む離宮だった。 「お願いします、私と結婚してください!」 「はあ?」  幼い頃に蛇に呪われたと言われ「生贄公爵」と呼ばれて人目に触れないように離宮で暮らしていた青年ヴェンディグ。  そこへ飛び込んできた侯爵令嬢にいきなり求婚され、成り行きで婚約することに。  しかし、「蛇に呪われた生贄公爵」には、誰も知らない秘密があった。

処理中です...