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第186話 side亜門 次期辺境伯ハンス⑥
しおりを挟む「2人は一体何の話をしているのかしら?」
しまった…今度は香織さんにバレた…
こうなっては聞くまで引かないのは香織さんもしーちゃんと一緒だ。
「実はーーーーー」
そうしてラルフに起こった事。それによって俺としーちゃんがどういう経緯で何をしたのか、洗いざらい話すことになってしまった。
香織さんは黙って最後まで聞くと呆れた様子を隠すことなく話しだした。
「何をしているのよ……結果として良い方向に向きそうなだけであって、下手をしたらそのまま利用されていたじゃない。川端君が正義感が強いのはわかっていたけれど、良いことではなかったのは理解しているのよね?」
「今回限りだと釘は刺しました。」
香織さんは顳顬に指を押し当てる。
「あのねぇ、その口約束が守られるとは限らないでしょう?もしもまた困った事態になってどうしようもなくなったら、川端君は傍観者に徹することができるの?無理でしょう?そしてまた手を貸す……1度手を貸せばなし崩し的に困った風を装っては頼ってくるようになるのよ?それにもう紫愛ちゃんは川端君の正義感に巻き込まれてしまったの。川端君がやるなら私も。またそうなるに決まっているわ。今回限りと約束をしてちょうだい。どんなに皇帝が困っていようと、もう助けない。」
「わかっています。ですが今回のことはやりきります。1度やると言ったんです。中途半端に終わらせてしまえば地球人は甘いと思われて終わってしまいますから。」
ここで引き下がれるわけがない。
「氷漬けにしてきたんでしょう?それが腐り落ちるのを待つだけなのではないの?」
「1週間後に皇帝に呼ばれた体をとってもう1度行きます。今度は俺1人で。」
「経過の確認に?」
「いいえ。不貞をした者達の生殖器を切り落としに行くんです。」
「氷漬けにして何がしたいんだとは思っていましたが、やがて足は腐るのですよね?それ以上にやるというのですか?」
ハンスでもやりすぎだと思うのか?
ならば如何あってもやらなければならないな。
「当たり前だ。不貞の罰則だぞ?それにこれは見せしめなんだ。しーちゃんには納得してもらうために氷漬けにしてもらっただけ。本命はむしろこっちだ。」
「まさかとは思うけど、紫愛ちゃんは連れて行かないわよね??」
「言いましたよね?呼び出された体をとって俺1人で行くと。しーちゃんにそんな物見せられませんし、知らせることもしませんよ。」
「死んでしまいませんか?」
「死なねぇようにやるんだよ。俺は1人くらい死んでもいいと思ってる。地球人は何やらかすかわかんねぇ、そう思わせたい。これでも甘いくらいだと思うが、ハンスはどう思う?」
「死なないのであれば……とても優れたやり方ですね。つまりは貴族としての価値の一切を失くす、と。足がなくては騎士になれない。生殖器がなければ子も作れない。あの者達は低位ばかりでした。魔力量も少ないでしょう。劣等者達のことを何も知らずによくここまで考え抜かれましたね。足がゆっくりと腐って行くのも計算のうち、なのでしょう?」
判断が早いと話が早くて助かるな。
「ああ。足を切り落とすだけなら簡単だ。それなら俺がやらなくてもハンスにだって誰にだってできるだろう?自分事と捉える前に忘れ去られたら何の意味もない。だが、凍傷になった足は真っ黒に変色した後に腐り落ちるんだ。ゆっくりとな。見張りもメイドもそれを目にするだろ?俺達が意図してその状態にしたことにも気がつくはずだ。どれだけの恐怖だろうな?」
「川端様もかなりの切れ者ですね。絶対敵に回したくはありません。」
「そう思うなら地球人を死ぬ気で守れよ。」
「もちろんです。ただ、1つ懸念がありまして…」
「なんだ?」
居住まいを正してからハンスは口を開く。
「辺境へ赴く時のことです。紫愛様は私の信仰心を理解しています。理解した上で信用に足るかどうか見定めている最中といったところでしょうか?もし私を信用できると思ったのなら、ここに残る地球の皆様のために私を置いて行こうとなさるでしょう。ですがその時、古角様達が強い魔法を使えるようになっていれば護衛は本当の意味で形だけのモノになります。そうでしょう?」
香織さんと2人で頷いてみせる。
「騎士団が辺境へ赴くのには順番があります。恐らく、このまま順当にいけば次は1番魔物の出現率が高いラルフの辺境伯領です。ですがラルフは何も知らない。紫愛様だけでなく、地球の皆様全員が、知りたくなればご自身が納得できるまで答えを探し求める方達ですね?それで言いますと、ラルフは文字通りの役立たずです。そして、一緒についていく騎士達はここの馬鹿共ばかり。川端様と紫愛様は魔物との対峙も初めて。ここに残る皆様か、辺境に赴くお2人か……どちらがより危険かということです。」
自分をここに残すな、と?
「気に入らねぇな。まるで誘導尋問だ。つまり、俺に戦場に同行しろと言わせたいんだろ?」
「それはそうでしょう。あんな役立たずを連れて行って何になると言うのです?」
これに香織さんは机をバンっと両手で叩きながら立ち上がった。
「待ってちょうだい!ハンスさんの実力を知らないわ。隠しているのでしょう?どれくらいなの?」
「体術ではヴェルナーには叶いません。ですが、魔法はヴェルナーなど虫ケラですね。」
「それほどに違うと言うの?」
香織さんはハンスを睨みつける。
「はい。それは断言します。常に中央にいる騎士団員が、戦場で使い物になるとお思いですか?魔法は使い方なのですよ。威力の高い魔法をただぶっ放せば良いわけではないのです。それは魔物との実践経験が天と地ほどに差があれば埋まりようがないものです。川端様や紫愛様ほどに魔力量と制御力があれば力押しでも何ら問題はありませんが、真似できるはずもない。それなのに、無尽蔵でもない魔力量の我々がそれをやったらどうなるか?答えは魔力切れです。そうなれば体術で太刀打ちできる魔物ではありませんから、本当に餌に成り下がります。」
「ハンスさんは何としてでも戦場について行ってちょうだい!」
「香織さん!!!ですが!」
香織さんは止めようとする俺に厳しい目を向け
「私達だって使えるようになるわ!ただ守られているだけなのに2人の戦力まで奪うわけにはいかないの!必ず無事に帰ってきてくれないと困るわ!逆の立場ならわかるはずよ!何もできない私達の代わりに戦場に行く2人が怪我をして帰ってきたらどう思うのかを!ハンスさん!辺境のために命も賭ける覚悟よね!?それが地球人を守るということよね!?二言はないわね!?」
「もちろんです!」
「2人を無事に連れ帰ってちょうだい!必ずよっ!」
「お任せください!必ずお2人を無事に帰還させてみせます!」
「川端君と紫愛ちゃんは訓練場に行っての研鑽は変えず明日から私と優汰君の魔法を見てちょうだい!金谷君もあと少しならすぐに私達に混じれるわ!麗ちゃんの制御は私が見る!明日からもっと忙しくなるわよ!私はこれで寝かせてもらうわ!川端君もさっさと寝なさい!」
香織さんは一気に捲し立てて喋り切ると唖然としている俺とハンスを置いてさっさと部屋を出て行ってしまった。
「ははっ!地球の皆様は本当に素晴らしいですね!」
「ハンス!わかってると思うがしーちゃんを狙うようなことは許さないからな!」
ないと思っていても釘を刺しておかなければ少しの安心も得られない。
「心得ております。その腹積もりもございません。辺境伯領に来ていただければ確実に実感いただけますことも保証しましょう。」
「ハンスも怪我なんかすんなよ。次期当主なんだろ?」
「私の心配までしていただき感謝いたします。ですがそれには及びません。我がプロイセン辺境伯領には優秀な者が他にも多数おりますから、私の代わりなどいくらでもおります。」
「じゃあラルフんとこにもいるのか?」
「ギトー辺境伯は恐らく3番目の娘が継ぐことになるでしょうね。」
「女でも家は継げるのか?」
「勿論です。必要なのは血筋による魔力量と覚悟です。現実を知り、見定め、辺境伯領に益をもたらせる人物であれば良いのです。」
「しーちゃんに奴隷のことは言うなよ。」
「それも心得ております。何れは知ることになるでしょうが、それは今ではない。地球の皆様が実力をつけられ、アヤネ様を守っていけると確信を得られるまでは無理でしょう。」
「本当によく見てんだな。」
見定める力も人一倍、か…
「為人はとても重要ですからね。それを言いますと、金谷様だけがわかりません。滅多に口を開かれませんので。」
「それは俺達にもわからない。真面目ではあると思うがな。地球のみんなは誰1人として強要するようなことはしないからな。」
「そうでしょうね。皆様からは思いやりが伝わってきます。余程平和な所から来たのでしょうね。羨ましい限りです。」
「それは嫌味か?」
「いいえ、本心ですよ。争いは何も生みませんから。」
「それには同意だ。話は終わりだ。ラルフと交代してくれ。」
「畏まりました。長々とありがとうございました。」
そう言って立ち上がり、深く頭を下げてから帯剣をして部屋から出て行った。
代わりにすぐにラルフが戻ってきたが、また長話をする気にはなれず、絢音が知能が遅れていること、しーちゃんのことは誤解だったこと、絢音のことは秘匿することを伝え下がらせた。
ラルフの顔を見て、改めて俺がしたことは間違いだったのではと思った。
ハンスの話を聞けば聞くほどラルフは当主にはなれないと思った。
ラルフは利ではなく感情で動く人間だ。
女性に対しての嫌悪感など正にそれ。
今思えば、当主になるには血縁関係がある魔力の強い子供は必須なはずだ。
おまけに離縁まで可能にさせてしまった。
俺が、僅かに残っていたラルフが当主になれる可能性を潰してしまったのか?
少しでも可能性が残る状態とゼロとではまるで意味が違う。
ラルフからは当主になることへの拘りは感じなかったが、そこには次期当主なんだというプライドはあったはず…
ハンスは物事の価値基準が全て辺境伯領に益になるかどうか、それしか持ち得なかった。
そのハンスが言い切ったんだ…
その判断の決定打がもし、俺がラルフの離縁を手助けをしたことによってだとしたら?
取り返しがつかない…
甘かったのは俺の方だった。
そう思わせられる話だった。
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