水と言霊と

みぃうめ

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第185話    side亜門 次期辺境伯ハンス⑤

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「川端君、さっきハンスさんは適材適所と言ったわ。きっと平民の何に対しても差別的な、侮蔑の気持ちはないのよ。ハンスさんは次期当主として、頭の中は一にも二にも辺境伯領のこと。1言で表すならば“役に立てば何でも良い”そうではないかしら?異性への気持ちなど持ち合わせていない。なんなら、そんなもの邪魔でくだらないとすら思っているかもしれないわよ?」
「古角様は本当に素晴らしいですね。流石にくだらないとまでは思っていませんが、上に立つ者がそんな感情に振り回されていてはどうしようもないでしょう?そんなモノより大切な事が私共にはあります。」
「ハンスさんには、まだ聞いていないことがあるのよ。」
「何でもお答えしますよ。」
「神子について。ハンスさんがどう思っているか知りたいわ。」

 そうだった。
 神子についてはハンスの意見を聞いていない。

「ははっ!古角様には私の返答がわかっていますよね?」
「ええ。でも、直接聞くことに意味があることもあるのよ?」
「お答えしましょう。王都では神の顕現とされています。が、辺境伯領ではただのお荷物です。程度にもよりますが、私共のように何の問題もなく過ごせる姿からかけ離れればかけ離れるほどに寿命は短くなります。“神の顕現”など。若くして死んでしまうのがわかりきっているのです。それの面倒を見るために人手を割き、食料を分け与え、そして?その神子は私共の為に何を?死ぬだけでしょう??何もしてくれないお荷物でしかない神の顕現、ソレの面倒を見て、ソレに縋って何になります?そんな時間があるなら、人手があるなら、畑でも耕していた方がよほど皆の為になる。人手も食料も、無駄にできる物など何もない。と、言うのが私個人の気持ちですね。」

 嘲るように言い切ったハンスは更に言葉を続ける。

「まぁそれでも、信仰心を捨てろとまでは言えない。人それぞれ大切なモノは違います。そこまで強制はできない、しようとも思っていません。突き詰めてしまえば、生きる原動力に成り得る。それが信仰心だろうが家族愛だろうが、大切なモノが生きる力に、原動力に成り得るならば、それもまたそれを信じる誰かにとっては必要なことです。」

 しーちゃんと全く同じ考え方だ…

「ハンスがしーちゃんを女神と呼ぶのはその辺りなのか?」
「お気付きですか?そうです。別に女神でなくとも良いんですよ。至上の存在を示し表すのに適切な表現が女神しかなかった。ただそれだけです。」
「それほどに言うのだから、ハンスさんに信仰心は無いんでしょうね。」
「無いですね。そして紫愛様もまた、神などいないと申しておりました。その考えは否定しないが当て嵌めてはくれるなと。そして、大切に思う存在を自分で歪めてしまわないようにとのお言葉も頂きました。」
「わからないわ。それほどに信仰心が高い国民性なんだとは思うけれど、ハンスさんのような神否定派も少数派ではあってもいるでしょう?紫愛ちゃんの神否定に同調しただけでそこまで思うの?」

 香織さんもハンスのしーちゃんに対するあまりの高評価に疑問を呈する。

「古角様、統合の結果ですよ。紫愛様の魔力の高さに操作力。そこには私と同じ因子だということもあるでしょう。それに加え信仰心の無さ。他人は他人、自分は自分だとの明確な区別。そして、慈愛。これは私には持ち得ないモノです。守ろうとする行動は同じでも理由が違うのです。紫愛様は自分は冷たい人間だと思っていらっしゃるようですが、とんでもないことです。紫愛様は慈愛の人物です。1度自らの懐に入れた者や手の届く範囲の者は守ろうとなされています。力も立場も理解した上でそれを正しく使い、実現にまで持っていく。時には自らが盾にすらなる。何より、その持っている価値観や目標に向かっていく姿勢が一切ブレない。その判断力と行動力。ここに連れて来られて、たったの1ヶ月ですよ?そんなこと、一体誰ができるのです?加えて、あの愛らしい容姿。あれだけ小柄にも関わらず他の追随を許さない圧倒的な実力。全てに優れ、私と考える方向への類似点も多数見受けられます。辺境の者が、私が崇めない理由がない。」

 それは最早“愛”ではないのか??

「わからないな。それほどにしーちゃんを特別視していれば自分のモノにしたくなるんじゃないのか?」
「川端様が紫愛様を自分のモノにしたいのと同じように、ということですか?」
「っっ!!!ハァ………そうだな。」

 見透かされたな…

「私はそのような感情に振り回されるつもりは毛頭ありません。1番大切なのは辺境伯領をどう守って行くのか。紫愛様を自分のモノにして、一体どうするのですか?相手が私でなくとも、紫愛様の思うように行動して頂けるだけで十分な利益が得られます。私がそこに拘る理由がないのでは?川端様は私が、素敵だと感じる女子全てを、紫愛様を、自分のモノにしなければ気が済まないような愚か者に見えていますか?」
「……見えないな。」

 ハンスからは、固執はしていても執着心は感じられない。

「それは良かったです。見えると言われたらどうすれば良いかと考えなければなりませんから。」
「川端君は気が済んだかしら?ついでだから聞くけれど、私達はハンスさんと話す前、紫愛ちゃんの遊んでいるという誤解を解きたいと思っていたの。誤解されたまま、地球人は性に奔放だなんて湾曲されたらたまったものではないと思ってね。今いる護衛も紫愛ちゃんが絢音君と川端君の2人と遊んでいるのだと誤解しているのでしょう?でも、絢音君が子供のようだと知られるのはマズいということがわかってしまった。どうすればいいかしら?」

 ハンスは自らの胸に手を当て

「護衛に関しては私にお任せください。意識を変えさせましょう。護衛以外の騎士に関しては……そのままで良いのでは?」
「何故かしら?」
「紫愛様が外に出られる時は、今と変わらず必ず川端様がつけば良いだけです。影林様と古角様は魔法が使えるようになるのは時間の問題だと……でしたら身を守る術もすぐに手に入れられるでしょう。そんな低俗な奴等には、自分達にも望みがあるかもしれないと勝手に期待だけ持たせておけば良いんですよぉ。その感情も利用できるかもしれませんし?因みに金谷様と麗様はどうなのですか?」

 ハンスの生き様が如実に表れる考え方だ。

「金谷さんもあと少しと言っていた。麗はもう少しかかりそうだが、俺としーちゃんが戦場に行くまでにはなんとかなるだろうとの見立てだ。」
「地球の皆様は本当に特別でいらっしゃる。このような短期間で魔法をモノにするなんて。紫愛様もそうですが、川端様は1日とかかっていらっしゃいませんよね?」
「……白い箱の中での情報は周知の事実なのか?」

 やはり情報漏洩は避けられないか…

「まさか!私が調べ上げただけですよ。他の騎士達は知り得ません。」

 駄々漏れってことじゃねーか。

「はぁーー。まぁ、そうだな。俺は5時間くらいか?」
「そうね、そのくらいしか時間はかかっていなかったわ。」
「そして3因子持ち……控えめに言っても最強ですね。」
「そんなことはないさ。使いこなせなければただの宝の持ち腐れだ。」
「訓練を拝見している限りではとてもそうは思えません。魔力の圧も桁外れですが、何より川端様はその操作力が最も優れているとお見受けします。」
「その根拠は?」
「魔力での威圧や、魔力のみで視界を奪うなど、どちらも無意識ではなく故意に意識してやってらっしゃいますよね?無意識の威圧は誰しもが感情の揺れなどによって起こりますが、意識してあそこまでの威圧を放てる者などそうはおりません。それに魔力のみで狙った箇所のみを限定して視界を奪うなど聞いたこともありません。」
「やっていることは両方変わらない。魔力量の暴力か?」
「はははっ!魔力で殴るようなものなのですね!初めてあの威圧を当てられた時は思わず跪いてしまいましたから。」
「そういやぁそれ見てしーちゃんが笑ってたな。」

 あの時のしーちゃん楽しそうだった。

「笑っていられるのは紫愛様はあれを当てられても平気だからですよ。あんなバケモノのような魔力を当てられて足がすくまないはずがないではないですか。」
「ラルフが言ってたな。俺と比べると皇帝がまるで赤子だと。しーちゃんは皇帝が子供のようだと。ハンスもそう感じるか?」
「その表現はあながち間違っていないですね。今まで敬っていた皇帝陛下は何だったんだと思ってしまうくらいですから。」
「益々皇帝の立場がねぇな。」
「皇帝陛下は川端様に来ていただけて感謝しているはずですよ。」
「感謝?」
「自身のケツを叩いてくれる存在ができたのですから。これから皇帝陛下もお変わりになられるでしょう。」
「あれだけやってやったんだ。変わってもらわなきゃ困る。ただなぁ、ハンスの話を聞いてからだと、俺がやった事はラルフを甘やかしただけか?俺は間違っていたのかと考えてなぁ…」

 あんだけ苦労したってのにやらない方が良かったなんて思いたくねぇな。

「川端様は何も間違っていませんよ。川端様もまたご自身の正義に従って行動しただけのこと。そこに結果として恩恵を受けたのは皇帝陛下とラルフです。ラルフが悩んでいたのは私も知っています。狭い世界でかなり追い詰められていたでしょう?ヴェルナーの直下で動き回っていましたからね。余裕がなくなれば必然的に追い詰められますよ。ですがそれもラルフ自身が選んだ道。紫愛様まで巻き込んであの馬鹿は何をやっているんだか…」
「それも知っているのか?」
「何をしたかまではわかりませんが、物を用意させ、川端様と紫愛様と3人で部屋に閉じこもったあと、ラルフだけ1日出てきませんでしたよね?その後からラルフは何か吹っ切れたような顔をしていますし、結果的に離縁は可能となった。貴族同士で離縁など、本来不可能です。通常では考えられない力が働いたことは確実。そして、指を切り落とされた奥方。あの皇帝陛下がそんなことをするはずがない。ならば誰がやったのか、それをしても許されるのは誰か。川端様しかいらっしゃいませんよね?川端様と紫愛様が連れ立って不貞をした者達への罰則をするのは私も見ていました。となると、紫愛様は巻き込まれたと考えられますよね?」














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