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第211話 神子
しおりを挟む翌朝、絢音はまだ目覚めなかった。
心配だけど無理矢理起こすわけにもいかず、付きっきりになっても目覚めるわけでもない。
カオリン達にも少し様子を見ようと言われ仕方なく朝食をとった。
すると、朝食が終わると同時に皇帝がギュンターと共にロビーへ訪れた。
来るのが随分早いな、などと思っていると
「朝早くに申し訳ないが、早急に確認しなければいけないことができた。地球の皆と、皆についている護衛、それからギュンターとで話したい。良いか?」
良いかと言われても否の選択肢などないだろうに……
「ああ。人数が多い。ここで良いか?」
「構わない。」
絢音がいないため椅子は1脚余っている。
それを皇帝側に1脚残し、残りの椅子は全て片側に並べ皇帝と机を挟み向かい合い、あっくん、優汰、カオリン、私、麗、金谷さんの順番で座る。
ギュンターは皇帝の斜め後ろに立ち、護衛は私達の後ろに並び立つ。
準備が整い、皇帝が口を開く。
「確認したいことと言うのは絢音殿のことだ。単刀直入に聞こう。絢音殿は神子か?それとも地球の皆の中の誰かが神子か?まさか全員が神子なのか?」
みこ?
みこって何?
これに1番に口を開いたのはカオリンだ。
「違うわ。」
「しかし、神を見たとの報告を「それは誰に聞いたのかしら?大体、服を作るために採寸したはずよ。その時神子でないことは確認済みのはずでは?それとも私達全員に全裸になって確認させろとでも言いたいのかしら?」
「い、いや、そんなことは…」
「後ろの貴方達!貴方達から見て地球人は神子に見えるのかしら?」
「いいえ。全く見えません。」
答えたのはラルフだ。
他の護衛たちも首を横に振っている。
「だそうよ?」
「だがそれでは神を見たという話はどうなるのだ?」
「良いのかしら?私達が神を見たと証言をしても。それを見たと認めたら、シューさん以外の地球人全員とそれを見た護衛は神殿に連れていかれるのでは?そうしたら貴方達は私達を永久に失うのよ?貴方達が地球人から得ようとしている知識や力は何も手に入らなくなるわねぇ?」
カオリンは小首を傾げながらイイ笑顔を皇帝に向ける。
「待ってくれ!!秘匿したいからこそ確認に来たのだ!」
「へぇー?それで?」
「神殿に引き渡す気など毛頭ない!使用人全員に確認を取ったが、昨日の中庭でのことは誰にも漏れていない!ここに居る者達だけが知ることだ!」
「信じられないわね。あんなに広い所でのことよ?誰かが口を噤んで神殿に報告に行くかもしれないとは思わないの?」
そこにあっくんが口を挟む。
「香織さん、昨日アイツが範囲外には見えないと言っていました。大丈夫なのでは?」
「そもそも範囲とは?円なの?円柱なの?四角なの?個別なの?個別なら兎も角、円柱ならば上から見た者が居たかもしれない。円や四角ならばそれは一体どの程度の距離なの?範囲内に誰も入っていない保証なんてないわ。」
「アイツとは……まさか神のことか?」
尚も“神か”と言ってくる皇帝にカオリンがキレた。
「しつこいわね!地球人は全員アレが神だなんて思っていないわ!見たのが私達だけならまだしも、神子でも何でもない護衛までもが見ているのよ!?そもそも貴方達にとって神とはそんなに気軽に会えて容易く会話ができるような、そんな軽い存在なの!?違うでしょう!? 問題は秘匿できるかどうか!その一点のみよ!!!」
「では、これ以上どう確認すれば良いと言うのだ?」
そう。そこなのだ。
カオリンが言うことは最もだ。
神子やら神殿やらはよくわからないが、バレたら連れて行かれるということはわかった。
それを危険視していることも。
でも、誰が見たかなんて隠されてしまえばそれで終わり。
あの幽霊が言う範囲も謎なまま。
打つ手なしだ。
などと思っていたら、突然カオリンが立ち上がり絢音の部屋の方へ向かって大声で叫ぶ。
「ちょっと!どうせ話は聞いているんでしょう?貴方にあんなに簡単に出て来られたら困るのよ!だから神だの何だの思われてしまうんじゃないの!バレたらどうなると思っているの!?神殿に連れて行かれたら!神殿から出してもらえず!!一生お金集めのマスコットにされてしまうのよ!!そうなったら貴方も狙われるわよ!それで良いと思っているの!?これからも絢音君が倒れる度に出てくるつもりなの!?どうしたら貴方が出て来なくても済むのか教えなさい!!」
カオリンがこんなに大声で叫ぶことなんて今までなかった。
驚いてその場の全員がカオリンを凝視する。
すると、カオリンは急にいつものトーンに戻り1人で喋りだした。
「外に出すなとは、絢音君をここから出すなということなの?それとも屋外に出すなということ?」
「それを回避すれば貴方は出て来なくても済むのね?」
「ですって。それを守れば出て来ないというのであれば、これからの目撃者の増加はないわね。」
と、カオリンは絢音の部屋から皇帝に視線を移し言った。
は?
ですって。
とは?
「……古角殿?一体何を守れと言うておるのだ?」
皇帝はカオリンの言っている意味がわからず眉を下げる。
ギュンターも困っている様子。
「ちょっと!なに!?なんなの!?香織さんの独り言?それとも何かと喋ってたの?怖い怖い怖い!」
麗は私と金谷さんの腕にギューギューしがみつきながら小声で叫ぶという器用なことをして訴えてくる。
その力の強いこと!
金谷さんは麗に腕を引っ張られながら「ちょっ!いたっ!俺にもわからないよ!」と、これまた小声で応じている。
「カオリンは独り言言うならもっとブツブツ呟くよ!何かと喋ってたように見えた、よね?」
私も麗に小声で応じていると、カオリンは今度は私に身体ごと向け
「紫愛ちゃん?もしかして今の見えてなかった?何も聞こえなかった?」
「……カオリンが1人で喋ってた、ようにしか見えなかったけど?」
「どういうこと?隣の紫愛ちゃんにも見えていなかったの?範囲の限定って個別なの?こんなにピンポイントでできるの?」
私はカオリンの“範囲の限定”という、今度こそ本当の独り言の呟きを聞き、麗の手を引き剥がしカオリンに身体を寄せた。
近付けば私にも見えるかも!
だけど、身体を近付けても何も見えない。
「問題は解決したわ!他に見られた可能性は消えた!私達がルールを守ればアレが出てくることもないでしょう。それで?ここにいるメンバーのみの秘匿ということに変わりはないのね?」
「あ、ああ……皆、この事実は最重要の秘匿事項だ!絶対に口外は許されない!」
「「「「「「「はい!」」」」」」」
カオリンは何の説明もしないまま言い切った。
今説明するつもりもないんだろう。
聞きたいことは後でカオリンに聞こう。
「川端君、どうぞ?」
その場を無理矢理あっくんに託しカオリンは席に着いた。
「今度は此方の話だ。全員の魔力制御が完了したことは報告を受けているんだろう?」
「ああ。」
「初めに1ヶ月と言っていたのは、何がどうあっても1ヶ月なのか?それとも皇帝が俺としーちゃん以外の自衛ができるようになったと判断したら、1ヶ月を待たずすぐに戦地へ迎えという意味なのか?」
「最長で1ヶ月という意味だ。それ以上の延期はどうあっても不可能。1ヶ月はとても短い。本来であればそんな短期間で制御が可能になるはずもない。だが川端殿と紫愛殿の習得速度を考えれば望みはあると考えておった。しかし、まさかここまでとは……アヤネ殿以外はもう魔法の発現もしておるのだろう?で、あれば、すぐにでも辺境へ向かってほしい。しかし此方にも準備はある。3日後には出発してもらいたい。」
3日……あとたったの3日しかない!
「わかった。」
「それで、川端殿と紫愛殿以外の因子と魔法はどうなっておるのだ?」
やっぱり気になるよね…
「それについては秘匿する。」
えっ!?
前にあっくんが皇帝の前で因子検査をして魔法を見せて、それで牽制しようって言ってなかった!?
「それは何故だ?」
「俺としーちゃんの因子が知りたいのはわかる。戦地へ行くんだから人の割り振りだってあるだろう。だが、ここに残る地球人の因子を知りたがるのは何故だ?それに、魔法を見せたところでどうなる?あれやこれや質問攻めになるだけだろ?俺達の使う様々な魔法をいくら説明したところで理解を得られるとは思えない。得ようとも思っていない。」
しかし皇帝も簡単には引き下がらない。
「それはこの目で魔法を見てみなければ判断はできない。それに何が可能で不可能か把握していなければ足りない部分を補えぬ。」
「では1人だけ魔法を見せる。それで理解できたのなら全員の魔法を見せるか考えよう。みんな、椅子を持って3歩分後ろに下がってくれ。皇帝もだ。」
あっくんの指示に従い、座っていた椅子を持ちそれぞれ3歩分下がった場所に椅子を置き、再びその椅子に座る。
あっくんは椅子だけを下げた後、机の近くに戻り
「金谷さん。これで最初のアレ、やってください。」
と、机を軽くコンコンっと叩きながら金谷さんに魔法を使うようお願いする。
アレって、テレキネシスみたいなこと?
麗もピンときたんだろう。
私の腕にまたしがみついてきた。
「わかった。」
金谷さんが返事をすると同時に机がフワッと浮き上がり、風切り音を発生させながら空中を縦横無尽に飛び回る。
麗の小さな悲鳴が聞こえる。
「金谷さん!もういいぞ!ありがとう!」
あっくんの大声で机は元の位置にゆっくりと戻ってきた。
久々に見てもやっぱり怖いな、と思いながら皇帝を見ると、目と口を限界まで開けたまま固まっていた。
あんたの顔が1番怖いわ!!!
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