水と言霊と

みぃうめ

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第215話    人間とは

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 ロビーに戻るとあっくんと優汰は既に戻っていた。

「「お帰り。」」
「ただいま!」
「しーちゃんお帰り!お疲れ様!どうだった?」
「あっくんもお疲れ様!うーん……外側は建物が小さくて、建物と建物と間に隙間が沢山あって、どこから敵が出てくるかわからなくて危ない感じ。畑のある見通しの良い方に行った方がマシかなぁ?明日は外周を見てみようと思ってるの。中はどうだった?」
「最悪だよ!まるで迷路!普段から歩いてないと絶対迷う!」
「困ったわねぇ。私は方向音痴なのよ。」

 まさかの発言!

「カオリンて方向音痴だったの!?」
「そうなのよ。決まったルートなら覚えられるんだけど、1本道を外れるともう何が何だか…」
「大丈夫。俺が居る。それに外出るのは文献見る時だけ。道覚えられる。」

 流石金谷さん!
 頼もしい発言だ!

「そうね。絢音君もいることだし、とりあえずこの建物の中から出ることはないわ。」
「じゃあ俺はこの建物の中のみに絞って徹底する。しーちゃんはこの建物の外側と外周をお願い。建物の内側と外側の場所の照らし合わせはラルフとハンスにもできるだろう。」
「わかった。ねぇ、ハンスって次期当主なんだって!知ってた?」
「あ……うん。チラッと聞いたことはある。それ本人に聞いたの?」
「うん。雑談しながら歩いてたから。それよりさ!辺境に行っても、もしかしたらやる事ないかもしれないの。」
「へ?どういうこと?」

 私の意味のわからない発言に、あっくんはキョトンとする。

「魔物が来ないとやることがないでしょ?だから何して過ごせばいいのか聞いたら、好きにしてって言われたの。一緒に行く騎士達も訓練はするけど娼館行ったりゲームしたりしてるんだって。思ってたのと全然違ってビックリした。」
「はぁぁぁ!?何よそれ!!!仕事で行くんじゃないの!?」
「私も麗と同じこと思ってハンスに聞いたの。仕事じゃないのかって。そしたら、体のいい休暇ですよ。お金落としてくれるからそれでいい。騎士達は役に立たないって言ってて。」
「はぁぁあああ!?なんっじゃそりゃ!!!」

 麗は憤慨している。

「でもハンスが言ってることも間違ってないと思ったんだよね。地元の人ってそんなにしょっちゅう娼館なんて行かないでしょ?娼館の人達もお客が来ないと食べていけないんだし、役に立たないなら金くらい落としていけって思われても仕方ないと思ったの。」
「何で騎士達が役に立たないわけ!?訓練してんじゃないの!?」
「対人とは戦い方が違うんだよ。慣れてない人がいたら邪魔になるって。」
「それなら紫愛達だって邪魔ってことになるじゃない!」
「私達の魔法は威力が桁外れだから役に立つって言われた。」
「じゃあそんなに魔物は出て来ないってこと?」
「それはわかんない。どの程度の頻度かなんて魔物次第だと思うし、どのみち私とあっくんは中衛から外れないから危険はないと思うよ。」
「遊んでるのが腹立つわね!!」

 説明した後もまだ麗は怒っている。

「うーん、でもお金は必要だし、それがなくなったら困る人もいると思うし。」

 何も言わないな、と不思議に思いあっくんを見遣ると……放心状態だった。

「まじか……覚悟してたのに…」
「そうなんだよ。なんだか拍子抜け。」
「いいじゃない。危険は減った方が良いに決まってるわ。私達も少し安心できたわね。」

 カオリンは安心した様子だ。

「でもさ、そうなるといよいよ何すればいいのかって思って。考えてみたんだけど、私は平民達がどんな暮らしをしてるのか気になってたんだよね。でも魔物が出た時のために、遊んでる人達でもそんなに遠くには行かないんだって。見て回れる距離にあるのかな。」
「俺もそれは気になってた。ここでの暮らししか知らないからさ、どんな家に住んでてどんな物に囲まれてるのか興味あるよね。」

 あっくんもやっぱり気にしてたんだね。

「私は他にも、どんな物を食べてるのか、電気とか水道があるのかも気になるんだよね。」
「電気あるか確認してきて!」

 急に割り込んできた金谷さん。
 どうしたんだろう?

「……金谷さん?」
「確認してきて!!!!」
「わかった!」

 金谷さんの鬼気迫る勢いに驚いた。
 そんな大声出せるんだね…

「あっくんは?何かしたいことある?」
「いきなり言われても……魔物との戦いに明け暮れるもんだと思ってたから何も出てこない…」
「じゃあこれは無理!ってこと何かある?ハンスに香油の匂いで気分が悪くなったこと言ったら周知させる。他にも嫌なことあったらそれも合わせて伝えるから教えてって言われたの。」
「嫌なことかぁー……それも出てこないな。」
「じゃあ何か思いついたら直接ハンスに言ってね!」
「わかった。」
「カオリン達も何か気がついたことがあったらすぐに言ってね!あと3日しかないから今のうちに!」
「ありがとう。何かあったらすぐ言うわね。」
「絢音はまだ目覚めない?」
「ええ。丸1日だから、そろそろ起きてくれないと心配だわ。」
「……うん。」
「何もできなくて歯痒いけれど明日まで様子を見てみましょう。」
「……うん。」

 こればっかりは私達でどうにかなるものじゃない。

「ハンスさんとは他に何を話してきたのかしら?」
「香油のことと、高位貴族の女の人の化粧が奇抜だって言うから見てみたいってこと、あとは皇帝の側室の家が並んでたから、地球は一夫一妻だってこと、そもそも地球人とこの世界の人の間に子供は作れるのかってこと。」

 私がハンスと話したことをツラツラ言っているとカオリンの顔がどんどん曇っていった。

「そんなに話してしまったの?」
「何で?駄目だった?」
「駄目なんてものじゃないわ……とてもマズイわよ。」

 肩を落とし、ハァと溜息をつかれてしまった。

「何が駄目だったの?」
「紫愛ちゃんは本当に利用されたくないと思っているの?相手に此方の情報をそんなに与えてしまってどうするの?」
「情報を、与える?」
「そうよ。紫愛ちゃんはこちらの許容範囲を態々教えてしまったのよ?匂いが駄目、化粧が駄目、一夫多妻が駄目。ではそれを改善したら?肌の色なんて見慣れてしまうものなのよ?それらを改善して擦り寄ってこられたら?紫愛ちゃんは見向きもしなくとも、それをされる私達は?以前ハンスさんと少し話をしたことがあったの。彼は地球人がどこで何をしていようと必ず巡り巡って自分達のためになると言っていたわ。私達が不快にならないように努めてくれたら?もしかしたら自分達の所へ来てくれるかもしれないわよね?そこでも傅かれ敬われ続けたら?」

 静まり返る室内。
 そこにカオリンはとどめとばかりに

「それに、子供ができるかどうかなんて……この世界の人を人間とは違う別の生き物だと言ったようなものよ?」

 二の句が継げなかった。
 何気なく雑談をしただけ。
 それだけだと思っていた。
 私の不用意な発言でみんなの危険が増す。
 私は一体何をしているのか…
 俯き、唇を噛み締める。

「みんな居ることだし、良い機会だから少し話しましょう。例えば。神がいたとしましょう。神が最上。ケモノが底辺。では人間は?どこに位置すると思う?神と同等?ケモノと同等?それとも神とケモノの間の中間のどこかかしら?」

 カオリンの突然の意味不明な質問に全員が首を傾げる。

「神とケモノの間くらい?」

 と麗。

「俺もそう思う。」

 と金谷さん。

「俺も俺も!」

 と優汰。

「俺は……神よりは下だと思うけど、神に近いと思う。」

 とあっくん。

「ケモノと…………同じ?」

 最後の私の答えにカオリンは

「そう。人間はケモノと同等よ。」
「「「「なんで???」」」」
「ケモノと動物はイコールではないかしら?」
「イコールだと思います。」

 あっくんの言葉にみんなが頷く。

「では人間は?動物ではないの?」
「……動物です、ね…」
「そうなの。動物なのよ。では何故この矛盾が起こるのか。答えは簡単。人間は進化の過程で知恵を手に入れたからよ。知恵があるから、人間は傲慢にも本能のみで生きる動物を無意識に下に見ている。“あれら”とは違うと、無意識に差別しているの。私達も変わらず動物であるのに。」

 カオリンはみんなの顔を見回し、続ける。

「では、本能とは何か。食べる、寝る、子孫を残す。これらには本当に知性は存在しないのか?食べるとはお腹が空いたと思うから。飢えを満たすために様々な狩りの方法を試行錯誤して試すのではないの?眠くなったら身体を休ませるために安全な場所は探さないの?子孫を残すのにより強い遺伝子を選り好みするのは?それらは知性ではないの?」

 考えたことなんて無かったけど、言われてみれば確かにそれは考えて行動しているということだ。

「そして、より強い子をと望むのであれば、一夫一妻が如何に馬鹿げているかと思わない?実際に地球でも人間が一夫一妻を始めたのは僅か数百年前よ?一説には性病が蔓延した為、それを防ぐ一環で始められたとされているわ。宗教のこともそうよ。この中に神が存在すると思っている人はいるかしら?信じている宗教があったりする?」

 カオリンの言葉に誰も反応しない。

「みんな神は存在しないと思っているのね?無宗教で間違いないわね?では、天国と地獄の話を聞いたことがない人はいる?」

 これにも誰も反応しない。

「では、死んだ後に天国か地獄のどちらかに行くと思う人は?」

 これにもみんな無言だ。

「死んだら“無”。かしら?」

 みんなが頷く。

「では、貴方の1番大切な人が亡くなったら?亡くなって、その大切な人は無になったと思うかしら?」

 そんなの!!!
 思えない!思えるわけない!
 私の大切な子供達が無になったなんて受け入れられるわけがない!

「天国に逝った、天国で幸せに暮らしている。そうは思わない?」
「……思います。俺は祖父母を事故で亡くしました。俺を大切にしてくれていました。」

 そうあっくんが言った。
 それに続くように優汰も口を開く。

「俺もおじぃちゃんおばぁちゃん亡くした。天国に逝ったと思ってた。」
「私は大切な人を亡くしたことがないからわからない……」
「俺も。」

 麗と金谷さんはそう思える出来事が無かったみたいだ。

「自分が無になるのは許せても、他者になると救いを求めてしまう。それは一種の信仰ではないかしら?その考え方が始まったのは何千年も昔よ?みんな無宗教だと言ったにも関わらず、それが今も無意識下に刷り込まれて根付いているの。ではここの人達はどうか?ここは魔法と宗教の国だと言ったわね?ここの人達は、知識を手にしたその後に知識を失い、本能と知恵がかなり混在している状態だわ。一夫多妻を否定し、神の存在を否定し、日本での暮らしや考えを推奨するようなことは、ここの人達の全てを否定することと同じよ。平和や自由が平等にあった日本ではないの。」












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