水と言霊と

みぃうめ

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第262話    side香織 出発後①

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 何もしない、することが無いということが如何に苦痛であるか身を持って実感した。
 二人を見送るのに絢音君の気が済むまで付き合ったわ。
 暗くなってもここにいると駄々を捏ねられた時はどうしようかと思ったけれど、冷えてきたしお腹も空いて、体調を崩してしまったら紫愛ちゃんが悲しむと伝えると漸く引き下がってくれたわ。
 これから二人が辺境へ行く時はいつもこれだという覚悟はしなければならないわね。
 護衛達にも本を持たせてここで過ごしても問題無いように次回は準備万端にしておきましょう。

 何もしていないのに疲れ切ってしまい、魔法具が届いていない騒ぎはあったけれど、その日は夕飯を食べたらすぐに寝てしまった。

 翌朝、金谷君は一睡もしていない様子で部屋から出てきたわ。
 目元は見えないけれど髪はぐちゃぐちゃ。
 ずっと欲しかった魔法具が手に入ったんですもの、一晩や二晩夢中になってしまうのは仕方のないこと。私もよくやるわ。集中していたらあっという間に時は過ぎるものね。
 でも、流石にいきなりフォークで魔法具を刺そうとするとは思わないじゃない?
 全員が呆気にとられている間に、麗ちゃんがいち早く止めに入った。
 麗ちゃんは優等生をしていたんでしょうね。
 物に対しての責任感や叱られるかもという焦りや恐怖心が伝わってくる。
 良い子でいないと認めてもらえなかったとはいえ、遣る瀬無いわ。

 でも、金谷君の気持ちもわかる。
 わからないことをわからないままにしておけない、早く答えが欲しい気持ち。
 金谷君本人からの意見を聞いてみたいわ。
 この子は口数が少なく、感情の起伏もあまり出ないから内心何を考えているかよくわからないもの。

 ……聞いてみて良かった。
 あんなに流暢に話せたのね。
 そして、一番冷静だわ。
 危機感が故に何より結果を求めている。
 戦う力があるのと実際にそれを行って相手を死に至らしめることは、全くの別問題。
 あれだけ精神力が強く、人の死を覚悟の上で戦争に行った川端君でさえ心を病むんだもの……
 川端君と紫愛ちゃんのトラウマを目の当たりにしたからこそなんだわ。

 金谷君の覚悟を止めてはいけない。
 それにそれ、元々壊れているんでしょう?
 何より同じ物があと二つあったじゃない。
 古代の壁画でもあるまいし!
 壊して何が問題なのよ!
 責任?
 はっ!そんなもの!
 リスクを私達にだけ押し付けてリターンだけ求めるなんて狡猾な真似許さないわよ!
 金谷君が怒られるようなことになったら私が出るわ!

 バラして満足したのか、金谷君はいつも通り落ち着きを取り戻したので朝食を再開。
 魔法具に集中させてあげたいけれど、身を守る術も怠れないから、練習場に向かう時のみ一緒に行動して…

 夕方頃、金谷君は突然部屋から飛び出して、魔石をくれとトビアスさんに詰め寄った。
 確かに魔石がなければ起動出来ないけれど、内部構造が違いすぎてわからないと言っていなかった!?
 いくらなんでも直ったかもしれないと思えるのが早過ぎるわ!
 魔法具の内部は地球での機械みたいな感じだったのかしら?
 どちらにしても天才的だわ!
 それにしても起動に必要な魔石すら渡していなかったのね……
 そりゃあ金谷君が怒っても仕方ないわ。




 駄目ね。


 いざ魔石を持ってきた宰相を見て思った感想はこれに尽きる。
 直ったかもを“直った”と湾曲し、相当に舞い上がり、自分が犯した失態を棚に上げ現実を置き去りにしている。
 まさか皇帝がアレなのって宰相の補佐の質の低さのせいなのかしら?
 宝くじを買う時は、殆どの人が当たるとは思っていない、期待していない、楽しみを買うようなもの。それが思いもよらず当選したような、突然降って湧いたように訪れた幸運。
 浮き足立つのは理解出来る。
 だけど、これは宝くじのような単純な確率の問題じゃないのよ。
 金谷君の今までの努力によって得た実力あってこその結果なの。
 随分舐めた真似してくれるじゃない。

 それに、麗ちゃんの劣等感を刺激するような言動。
 結果は過程が大切なのよ?
 だからこそ次に繋がるというのに!

 翌日、朝一番に宰相の元へ一人で金谷君を向かわせた。
 トビアスさんにフォローだけを頼み、戻ってきた金谷君は満足気だったから何も心配していなかった。
 これでやっと落ち着いて文献の解読が出来るわ。
 そう思っていたのに、練習場から戻った金谷君が今までになく怒気を含む声を出し、声も荒げた。
 またなの?今度は何?
 金谷君はまるでヤンキーのような話し方。
 こっちが素なのかしら?
 今までよく隠していたわね。
 でも、絢音君が怖がることはしないでほしいわ!
 私が止めれば二人はすぐに止めてくれるから幸いだけれど。

 話を聞けばまた宰相がやらかしたようね。
 あのトビアスさんが魔法具の入った箱を見て小さく舌打ちまでしたのは聞き逃さなかったわ!

 宰相とのやり取りを聞いて思ったのは、トビアスさんが如何に私達の味方であるか、ということ。
 完全に私達側につく選択をしている。
 やるじゃない!
 それに私と考え方が同じだということがわかって、私の中でのトビアスさんに対しての警戒が一段階下がったわ!
 安心して何かを任せられる人材は貴重よ。
 魔法具に関してもこれで解決したことだし、やっと本格的に動けるわ。




 それにしても、年代別に別れているのに文字の入り乱れ様がおかしすぎる。
 この文字が出てくるのはかなり昔の文献のはずなのに、突然また新しい文献で使われていたりもするし、全く推移が不明だわ。
 このハンスさんが持ってきた聖書もそう。
 書き写したら、当然その前の物は破棄される。だから比較が出来ないし、そもそも読めない物の写しを正確に出来るはずがない。
 ハネの角度一つで全く意味も読み方も違う字だってあるのよ?
 見比べる本なんてここにはないわ。
 どうしようかしら………

 あっ!!!
 ラルフさんが持ってきた方の聖書の写しは確認していないわ!
 全く同じに書き写されていたら問題ないけれど、そうではない場合、ここにある本のみでの推移の検討は意味が無くなってしまう。
 まずはラルフさんが持ってきた聖書の確認をしてそれから…
 そうだわ、要らないと言ったから紫愛ちゃんの部屋にあるのだったわ……

 私が聖書を前にうんうん唸っていると
「かおちゃんどうしたの?
 おなかいたい?」
 絢音君に心配されてしまった。
「違うわ。お腹は痛くないのよ。
 紫愛ちゃんのお部屋にあるこれと同じ本が欲しかったんだけどね、紫愛ちゃんのお部屋には入れないから困っていたの。」
「それあるよ!
 みーちゃんがおへやからもってきてまえにここでよんでた!」
「そうなの!?
 それはどこにあるかわかる?」
「ぼくわかる!こっち!」
 絢音君に手を引かれ連れて行かれたのは本棚の前に平積みになった本の前。
 そこから一冊を取り出し
「かおちゃん!これでしょ?」
 私に渡してくれた。
 それをパラパラとめくり
「これよ!絢音君ありがとう!
 とっても助かったわ!」
「よかったね。」
 絢音君はニコニコしながら満足そう。
 私も大満足。

 実は私も聖書全てを読めている訳ではない。
 部分的に読める所があるのみ。
 聖書の内容に照らし合わせて、そこから読めない部分の補完を予測で埋めていっているだけ。
 聖書の内容をある程度把握しておいて本当に良かったわ。
 早速ラルフさんの聖書の写しとハンスさんの聖書の写しを見比べ……る価値もなかった。
 パラっと見た序盤だけで、もうハンスさんの聖書と書いてある字が違ったから。
 もちろん全てが全く違うかと言うとそうではなく、所々が違う。
 特に頻繁に出てくる文字は、恐らく略字で書かれている。
 写すのが面倒だったのか、字が下手なのか…
 おそらく前者ね………
 略して書くなんて、一体何のために書き写してるのかしら。
 杜撰過ぎて話にもならないわ。

「トビアスさん。
 保護の魔法陣がかかった書庫に行きたいわ。
 今すぐに。」
 私は私の意を汲んでくれるトビアスさんに訴えた。














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