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第269話 外スラム②
しおりを挟む「私が聞きたいのは子供達のことです。親の庇護下にいる幼い子供達は住む場所を選べませんよね?」
「確かに選べないな。だが、ここで生まれ育った子は親から教育される。ここで暮らすことがどういう意味を持つのかを幼いながらに理解させている。むしろ子の方が純粋に、辺境を守っているのは自分達だと自負している。」
親からの教育。
それは私が受けられなかったようで受けてきたものだ。
暴言暴力ネグレクトが普通だと思っていた時が確かにあったんだから。
「……気分を悪くさせたらすみません。ですが、ここに住んでいる両親から外の暮らしを説明されるということは、外をより良く、中をより悪く言うことにはなりませんか?その意図も悪意も無くとも、心にその思いがあれば言葉の端々にそれは滲みます。皆、大人になると忘れてしまいがちですが、子供はとても敏感でとても聡いです。まだ子供だからわからないだろうという軽い気持ちで子供の目の前で大人達が本音を口にすることもあります。それを日常的に耳にする子供に影響がない訳がない。それは何が正しく、何が悪なのかの基準を作る幼い子供達にとっては刷り込みです。そういった環境で中の暮らしに興味を持ったとしても、それに声を上げることはとても難しいと思いませんか?誰もが自由に選べると言いながら、子供達の選択の自由を無意識に奪っていることにはなりませんか?何も知らない私にとやかく言われるのは非常に不愉快かとは思いますが、私の意見を聞いた上でのスベンさんのお考えをお聞きしたいです。」
スベンさんは私を見据えたまま黙り込み、1番最初に会った時と同じように親指と人差し指で自身の顎を摩りだす。
無言が場を支配する。
逆鱗に触れてしまったかもしれない。
そう思っていると
「……不愉快には思っていない。シアさんからは悪意を感じないからな。そうだな……正直なところ、シアさんに指摘されるまでそんなことは考えたこともなかった。これが正しいと思ってやってきたからな。」
思った以上に正直に答えてくれたスベンさんに感謝をしつつ、私は続きを口にする。
「私は否定をしたい訳ではありません。誇り高く生きろと教育することは素晴らしいと思います。それに、環境に左右されるのは仕方のないことだと理解もしています。ただ、未来ある子供達に私が何をしてあげられるのかとそう思い、でしゃばってしまいました。」
「いや、シアさんの言う通りだな。外での暮らしが良いものだと思わせるように動いているかもしれない。」
聞く耳を持ってくれている。
これならばもう少しだけ踏み込んでも大丈夫かもしれない。
「私は子供達に選択の自由があれば問題ないと思っています。自分達が住んでいる所を良く言いたいのもわかりますし、軽んじられたら腹が立つのもわかります。ですが、中で暮らすことを否定するようなことは言わないであげてほしいんです。それは要らない情報です。その子が何を大切にして生きるのかを誘導するのは違うと思います。大人の庇護下で過ごしながら色んなことを学び、どう生きていくのか見定められる力をつけ、子供達自身が生きる道を選択することが何より重要だと考えます。」
「そうだな。俺も考えさせられたよ。ありがとう。」
言いたい事は言えた。ここまでだな。
「いえ、私こそ耳を傾けてくださったことに感謝しています。では、子供達の教育はどのように行っていますか?」
「勉学って意味か?」
「はい。」
「教えられる大人が教える。大抵はこの建物の中にいるあまり身動きがとれない者の仕事だな。」
「それで十分足りていますか?沢山学びたい人はどうしますか?」
私が聞きたいのはより具体的な現状だ。
「ここでの勉学については足りてると思う。中でも外でも無料で受けられる簡単な読み書きと計算の水準はあまり変わりはないはずだ。足りない物の買い出しに中へ行っても困ったことがあったという話は聞かないしな。もっと専門的に学びたいのであれば中で働きながら学ぶか、生活に必要な金をしこたま貯めて学びに集中するかしかない。学ぶ場が中にしかないからだ。ならば中に通うのも有りだと思うかもしれないが、寝泊まりするだけで外の住人だと言うのは許されない。囮の役をこなしていないのに外の特権だけを享受することになるからな。それが許されるんなら全員そうするさ。学びたい者にはそれなりの支援もある。どう生きるかをなるべく選択可能な仕組みになってるんだよ。」
この世界で暮らすのには簡単な読み書きと計算があれば十分なんだろう。
知識が豊富過ぎても、それを叶える術がなければ地球人のように絶望するだけ。
不必要な知識よりもここでの暮らしに必要な知恵を詰め込む方が有益。
魔物の脅威と直面しながら外で暮らしているなら尚の事そうなる。
やっぱり、こうやって知識が失われていったんだ。
無理に知識を与えるとバランスが崩れる危険性もある。
話を変えよう。
「では、年に数人出てしまう犠牲者はどのようにして出てしまいますか?」
「囮になって逃げ遅れた者、または避難が遅れてしまった者だ。ここから遠い森の奥へ採集に行く者は皆足が速く強靭な若者のみ。そういった者は死を覚悟で森に踏み入る。魔物と鉢合わせた場合、此方に合図を出した後ここを守るために魔物の気を引きつつ、集落に徐々に近づきながら森の中を逃げ回るんだ。」
逃げ回る!?自分の足だけで!?
「魔物は動きが非常に速いですよね?逃げ回りながら誘導するなんて、無謀ではないですか?」
「それを可能にするために森の中を熟知した者、体力のある足の速い者のみ許される。その者からの知らせがなければ此処の人間は最悪全滅するからだ。森には木や罠も仕掛けているからな。それを駆使してどうにかするんだ。時間を稼ぎつつ集落に誘導すれば、魔物の狙いは人間が沢山いる此処に移動する。時間を稼ぐのは住人の避難と騎士達に知らせるため、集落に誘導するのはその者の避難のためだ。それでも逃げ遅れる者は犠牲になる。」
かなりの連携がとれていなければ成り立たない無謀とも言える作戦だ。
それで年に数人しか被害が出ていないのが不思議でたまらない。
「……確認ですが、森に踏み入る人に魔法は使えないんですよね?」
「平民しかいないからな、当然魔法なんて使えない。」
「武器は無いんですよね?」
「そんな物は無いな。逃げ回るのに邪魔になる。魔物と遭遇したら身を軽くするため持ち物は全て捨て動くのが定石だ。」
「集落に騎士達が常駐することは可能ですか?」
「それは無理だ。辺境の騎士は少数精鋭なんだ。いざという時に辺境への侵入を食い止めるため、力を分散させるのは1番やってはいけないことだ。」
「子供達が塀の中に飛び込んで来て笛を鳴らすのを目にしました。もっと早く騎士達に危険を知らせる手段はありませんか?」
「現状ではこれが最短だ。」
死亡率は極限まで低い。
それでもゼロじゃない。
もっと早くに知らせが届けば、死亡率はもっとゼロに近付けるはず…
問題はその手段。
「時間はかかるかもしれませんが、私も他に方法がないか模索してみます。」
「おう。」
この反応。こりゃ期待されてないな。
でも考えるだけなら無料だしね。
「では、此処での生活で何か困ったことやお悩みなどはどうでしょう?」
「この中で生活している1人では身動きが難しい者達に関してだな。特に足が不自由な者は避難に時間がかかってしまう。その避難に人手と時間がとられるんだ。」
「その方達は外で何をしていますか?」
スベンさんは建物の前にある畑を指差し
「あれの管理だ。この建物の前にある畑は全て薬草だ。身体が不自由でも動かなければ何もできなくなっちまうからな。やれることをやるんだ。魔物が来ればこの建物に籠城する。」
「より早くの避難方法が必要ですね。」
「まぁ、そうなんだがなぁ……足が無いんだぞ?手助け無しに避難は無理だろ?困ってることって言われたから言ってみただけだ。」
「ここには義足はありませんか?」
「ギソク?なんだそりゃ?」
「足の代わりになる物を装着するんです。」
「んなもんがあるのか?」
予想はしてたけどやっぱり無いのか。
あれは技術も材料も必要だから仕方ないか。
「……では杖は?」
「ツエ?」
「身体を支えるために木の棒などを使用したりしませんか?」
「使わねぇな。邪魔だろ?」
うーーーん……これは困ったな…
「これも考えてみます。」
「おう。」
やっぱり期待されてない返事が返ってきた。
木の棒のような杖は邪魔だと言われるだけだろうな…
松葉杖ってどんな構造だったっけ?
使ったことないからなぁ……作れるかなぁ……それに、両足が無い人はそれも使えない。
荷車に乗せるくらいしか思いつかない。
戻ってから考えよう。
「スベンさん、ありがとうございました。とても参考になりました。」
「他に何か知りたいことがあればいつでも来ていいぞ。シアさんなら歓迎する。」
無礼なことも言ったはずなのに、何故かスベンさんからの好感度は悪くない。
「はい。またお邪魔するかもしれません。その時はよろしくお願いします。では失礼します。」
「ちょっと待て!」
その場を去ろうとしたらスベンさんから待ったをかけられてしまった。
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