水と言霊と

みぃうめ

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第270話    中スラムとは

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「どうかされましたか?」
「今からスラム行くんだろ?
 俺も一緒に行く。」
「えっ!!??」
 なんで?????
 まさかの申し出に絶賛困惑中です。

 理由を考え…
「あ、もしかしてスラムに何か御用でもあるんですか?」
 それしか思いつかなかった。
「何でそーなる!?
 さっき言っただろ?
 スラムは女子が気軽に行けるような場所じゃねぇんだ。
 ハンスさんと2人で行くつもりなんだろ?
 此処と一緒でスラムに住んでる奴の話を聞きに行くんじゃねぇのか?」
「そうです。」
「だったらハンスさんは護衛につけない。
 そんなに肌が青ければ避けられるだけだ。
 まともに話なんか出来っこねぇぞ。」
「大丈夫ですよ。
 元々私一人で動き回って、ハンスには距離をとって護衛についてもらうつもりですから。」
「俺の話聞いてたか!?
 女子が1人じゃ危ねえっつってんだよ!」

 ここでようやく合点がいった。
 スベンさんは私を心配して付き添うと言ってくれたんだ。

「お気持ちだけありがたく受け取りますね!」
 感謝を込めてニッコリそう言ったのにスベンさんは引き下がってくれなかった。
「ありがたくじゃねえんだよ!
 全然わかってねぇじゃねぇか!!!
 ハンスさんも一体どういうつもりだ!?
 何で止めない!!??
 スラムに要人連れてって何かあったらどうするつもりだ!」
 私のせいでハンスまで責められてしまった。
「ご心配なく。
 紫愛様はお強いですし、問題有りと判断したら私が止めない訳がないでしょう。」
「何訳のわかんねぇこと言ってんだ!
 強いだと!?
 ハンスさん1人で守りきれると思うなよ!」

 こりゃ駄目だ。
 しっかり大丈夫だという説明をしないとスラムでずっとついて回られる。
 あっくん程の身長も筋肉もないとはいえ、このガタイの人と一緒に行動するのは悪手だ。

「スベンさん、私は誰にも負けないほど体術に優れています。
 ハンスを瞬殺出来るくらいと言えば安心していただけますか?」
「はぁぁぁ!!??
 んなわけねぇだろうが!!!!」
 納得してくれなかった。
「いくら見た目が幼く小柄とはいえ、その反応は少々失礼ではありません?」
「はぁー。
 あのなぁ、いくら体術に優れていたとしても数で来られたら勝てっこないんだ。」
 あー、そーゆーこと?
「スラムはそこまで危険なんですか?」
「当たり前だ!
 女子が1人でいたらすぐ襲われるぞ!
 しかも相手は言葉がまともに通じねぇやつらばっかりなんだ!
 おまけに力だけは人一倍強い!
 あそこにいる女子は同じようなやつしかいないんだ!」
「………同じような、とは?」
「本当に何も知らないまま行こうとしてたんだな。
 いいか、スラムにいる女子にまともな人間は1人もいない。
 スラムに押し込められるような問題がある女子しかいないんだよ。」
 スベンさんの言っている意味が全くわからない。
 振り返り、ハンスに目で問いかける。

 ハンスは眉間に皺を寄せながら
「スベンさんが言っていることは何も間違っていません。
 スラムで産まれた女子はすぐにスラムから出され、親戚に預けられ育てられます。」
「女子は?
 じゃあ男の子は?」
「そのままスラムで育てられます。」
「なんで?
 環境が酷いのは周知の事実なんでしょ?
 赤ちゃんがそんな場所で育てられるのを見過ごすの?
 女の子だけ出されるのはどうして?」
「………………妙齢になれば襲われてしまうからです。」
「はぁ!?
 じゃあどうして女が居ないスラムで子供が産まれてるの!?」
「それ、は……」
 言葉に詰まるハンス。
「もういい。スベンさん教えてくれる?」
「ああ。
 スラムで産まれた女子を引き取ってある程度まで育てるんだがな、明らかに問題有りと看做されればまたスラムに戻されるんだよ。」
「……それじゃ、スベンさんがさっき言った襲われるって、殺されるって意味じゃなく…強姦されるって意味?」
「そうだ。
 そんな場所に足踏み入れるって言ってるんだ、止めるに決まってんだろ?」
「強姦されるってわかってるのに……スラムに戻すの?」
 怒りで握り締めた拳が震えるのがわかる。
「シアさんが言いたいことはわかる。
 でもな、引き取った女子が手に余る危険な存在だと判断したらどうすれば良い?
 その女子を育てるがために自分の家族に被害が出たら?
 周りの住人に危害を加えたら?
 スラムに戻さずその場で殺せと言うか?
 そいつらだって分かっていても戻すしか手段がないんだ。」
「そんなの…………そんなのって……
 男女をわけたりできないの?」
「今更無理だろうな。
 それに、家族でスラムに住んでる奴らだっているんだ。
 引き離せると思うか?」

 出来る訳ない。
 子供達と引き離されて地球に戻りたいと思っている私に、子供を奪う行為なんて出来るはずもない。
 私に出来ることは何も無い。
 悔しくて情けなくて居た堪れなくて…辛い。

 立ち竦み俯き拳を振るわせ、口の中でギリギリと音を立てる私の目の前に、スベンさんは目線が合う位置までしゃがみこむ。
「シアさん、そんなに思い詰めなくていい。
 この国の人間は全員わかってる。
 これが現実だ。
 スラムに我が子を捨てる人間だっている。
 だが、スラム産まれの女子を引き取るのが大変だとわかっていても引き取る人間もいるんだ。」
 少しだけ顔を上げる。
 私と目が合うと、スベンさんはニカっと歯を見せながら眩しい笑顔を向けてくれた。

 泣くな泣くな泣くな

 何も出来ない私には泣く資格もない。
 痛みも苦しみも喜びも、全てこの世界の人達のモノ。
 勝手に自分の過去と重ね合わせて悲観に暮れても意味なんて何もない。
 泣く暇があるなら現実を見て、何か出来ることがないか模索する方が余程有意義。
 俯瞰だ、俯瞰を忘れるな!
 今知れて良かったんだ!
 覚悟を持ってスラムに入れるんだから!

 深い深い深呼吸を繰り返す。
「スベンさん、行く前に知れて良かったです。
 おかげで落ち着けました。
 ありがとうございます。」
「そんなのはいいさ。
 で?
 すぐ行くのか?
 着替えだけしてきてもいいか?」
「ん??
 着替えるのにどうして私の許可が必要なんです?」
「おいおい、今の話聞いて1人で行くなんて言う訳ねぇよな?」
「そのつもりですが?」
「何を聞いてたんだよ!!
 1人でスラムに行かせられねーっつー話だったろうが!!!」
「ハンスと一緒に行きますから一人じゃありませんってば。」
「だぁかぁらぁー!!!
 隣に居られなきゃ意味なんてねーんだよ!
 どうしてわかってくれねぇんだ!」
「ちゃんと理解してます。」
「いいや少しもしてねーよ!」
 堂々巡りじゃないか……
「お気持ちには感謝してます。
 ですが、ハッキリ言わないと伝わらないようなので言わせていただきます。
 スベンさんに付いてきてもらうつもりはありません。
 スベンさんのその体格の良さでは相手が怖がって逃げてしまいます。
 それは私が望むところではありません。
 迷惑です。」
「シアさん、そりゃ逆だ。
 俺の体格を見て怯むやつは頭がまともで会話が成立するってことだ。
 逃げるやつをとっ捕まえて話を聞くべきだ。
 俺を見ても逃げない奴と会話が成立すると思うな。
 基本的に言葉が通じない奴らなんだ。」
「先程から言葉が通じないと言っていますが、そんなことはないでしょう?」
「まだわかってないな。
 多分目にすれば一瞬で悟るだろうがな、本当に言葉が通じないんだよ。
 その知能がないんだ。
 奇声を上げて走り回ったり暴れたりする奴もいれば、少しも動かず人間の言葉とは思えないような言葉をブツブツ呟く奴もいるし、血が出てもお構いなしで壁に頭をぶつけ続けるようなイカれた奴もいる。
 それなのに、同じ人間とは思えないような馬鹿力で抵抗してくるんだ。
 その上、欲に忠実な奴らが多い。
 言葉は悪いが、人間の形をした獣みたいなんだよ。」
「本当に言葉選びが悪いですね。
 ですが、今の説明である程度の予測がつきました。」

 スベンさんが言ったのは、恐らく脳に障害がある人のことだ。
 知恵が遅れたり障害があったりしても、身体は大人に成長する。
 親にとってはいつまでも子供のようだと思っていても、身体が大人ということは力も大人のそれと同じ。
 大人と変わらず性欲がある場合も多い。
 そして何より、力のセーブがとても難しい。
 思った通りにならなければ子供と同じように手加減無しで暴れ回る状態は、スベンさんが言ったように馬鹿力に感じるだろう。
 日本でも障害者と言われる人間から性被害に合う事件はあった。
 もちろん被害者の心の傷を広げないための処置でもあるだろうが、表沙汰になることは滅多にない。
 確率の問題ではあるけれど、障害者と障害者の組み合わせからは同じく障害者が産まれる確率が高くなるのは自然のこと。
 最初から男女を分けていればこんなことにはなっていない。
 問題はこれからそれをどう分けていくか。














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