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第322話 side亜門 現実
しおりを挟むしーちゃんは怪我の治療を終え、心に溜まった不審や不満も吐き出し気持ちも楽になったはずなのに、ハンスを護衛から外さないし行動は別のまま。
一体どうしたら俺の気持ちをわかってくれるんだ!
魔物と対峙した時も明らかに精神的に参っている状態なのに、出ることをやめようとしない。
俺がなんとか鼓舞してギリギリだというのに、しーちゃんが魔物に放ったツララの規模は俺を上回っていた。
初めての魔法でここまでできてしまうなんて思いもしなかった。
それからというもの、何気ない会話はできるのに辺境の話になると途端に言い争いになるまでになってしまった。
そして、やはり視線が微妙に合わない。
これだけ言い争いが絶えなければ話をするのだって苦痛になってもおかしくないのに、それでもしーちゃんは話しをしてくれる。
米を食べたいと言った俺の言葉を覚えてくれていて、一目でしーちゃんが握ったとわかるサイズが小ぶりで綺麗な三角のオニギリを持ってきてくれた時はしーちゃんの思い遣りに感動した。
でも作ったのはハンスと。
しかもしーちゃんが食べていたのはハンスが握った歪なオニギリ。
嫉妬心が抑えられない。
俺はしーちゃんと一緒に過ごせないのにハンスはいつも一緒なのが不満で仕方がない。
このままは絶対良くない。
しーちゃんは一緒に行動するのを頑なに拒否する。一緒に同じ物を見れば同じように感じる共通点だって見つかるはずなのに!
これ以上しーちゃんに距離を置かれるわけにはいかない。
俺は俺でしっかり見て来れば辺境の話題になっても争うことなく話せるはず。
そう思い行動しても、誰からも話が聞けない。
平民達に近づくことさえ叶わない。
俺の姿が少しでも見えようものなら音もなく逃げて行く。子供達に至ってはダッシュだ。
仕方なくラルフにあれこれ聞いても知らないという返答ばかり。
イライラが止まらない。
1人でもできることを考え、塀に登って灯りを確認する。
しーちゃんが酔っ払いがいると言ってたからそれを確認しに行く。
そんなことしかできなかった。
それでもしーちゃんは俺を咎めたりしない。
咎めるのはいつも俺の行動ではなく言動。
ついには会食の時に口を開くなと、邪魔をするなと引導を渡されてしまった。
そうでなければ席にも付かせないと…
俺はしーちゃんを守りたいだけなのに!
しーちゃんを1人で辺境の人間と対峙させるなど許容できるわけがない!
ただでさえ目の届かない所にあちこち行かれて不安でたまらないのに、俺がその場にいなければ当主達から守ることなど不可能だ!
渋々口を開かないと約束するしかなかった。
だが、会食は俺が想像していたのとは全く真逆の空気。
当主は威厳はあれど威圧感はなく、口調も初めからかなり砕けている。
それに当主の隣に座っている次期当主のシモーネとはしーちゃんは既に対話を済ませていた。
一体いつの間に!?
そして挨拶もそこそこにすぐに始まる当主としーちゃんの討論。
事前に通していた話の詰めから始まり、しーちゃんは全てのことに澱みなく答えていく。
俺が口を開くのを許されたのは酒の話のみ。
しーちゃんが話すその全てが俺の知らない話ばかりだった。
これを1人で考えたのか?
どこをどう見てきたらここまで沢山の事柄を話せると言うんだ。
しかも改善案まで引っ提げて…
何より!しーちゃんは外スラムの存在を容認してしまった!
それは俺が1番懸念していた存在だ!!!
どうして!どうして容認したんだ!
思わず会話に介入しようと声を上げたが、しーちゃんは俺を横目で睨みつけ低い声で約束は?と咎める。
その1言で、これ以上口を出せば退席させられるとぐっと堪える。
話が終わった後に俺の意見を言えばいい。
今は耐えろ!
そう気持ちを切り替えしーちゃんの話を聞いていくうちに、しーちゃんは当主へかなりの配慮をしながら話していることに気がつく。
それに、被害が年に数人?
そんな馬鹿な…
しかもその一切を否定せず、被害をより少なくするための提案を当主に一任する形でしていく。
最後にしーちゃんは、外スラムの人間が誇り高く生きていると言った。
当主の正当な評価を受けているということは、正しく誇りに繋がる。
誇り高く生きる
誇りは使命を全うしようという生き様だ。
それは俺が成し得なかったことだ。
俺はもっとできると息巻き出ていきながら大した評価もされず、辛い現実から尻尾を巻いて逃げた臆病者だ。
それを、外スラムの人間が成し得ている?
ショックだった。
外スラムの人間よりも劣っていると言われたようで…
僅かな時間でしーちゃんからその評価を受けられる生き様を示した外スラムの人間の有能さにも驚いた。
しーちゃんが言いたかったのはこれだったのか…
しーちゃんが俺に言っていたことを思い出す。
意見じゃなくただの批判
子供達への質問は誘導尋問
知りたいことを見て来い
俺は頑なに自分の意見を曲げなかった。
自分が間違っているなど爪の先ほども思っていなかった。
なんならしーちゃんが物分かりが悪いとすら思っていた。
怒らせて当たり前だ。
聞く耳を持たない俺に、あえて別行動をとることで自分の目で確認させようとしてくれていたんだ……それなのに俺は今日まで何をしていた?
しーちゃんが1人で色んな場所を見て回って、これでもかというほど辺境のための案をいくつも考えている間、俺は?
何もしていないに等しいじゃないか!!!
今回の功績は全てしーちゃん1人の物だ!
しーちゃんに気付かされた。
でも!
それでも!!!
外に人を住まわせるのを許容できない俺がいる。
守らなければならない使命に駆り立てられる。
わかっている。
こんなのは勝手な独りよがりでしかない。
本当に守りたいならしーちゃんのように案を出さなければならない。
俺は何もわかっちゃいなかった。
そんな俺に追い打ちをかけたのは金的…
まさかしーちゃんにそこまでされるとは思いもしなかった。
すぐには立ち上がれず悶絶している俺に構わず座れとまで言われ、意地でなんとか座ると、当主にまで局部の切り落としは処刑方法として行われた過去があると言われ、暗にお前が中央で制裁として行ってきたことだろうと咎められる始末。
俺はどうしたら良いんだ…………
護衛についているニルスを部屋へと呼び入れる。
まずは確認だ。
「会食の時、外で護衛についてたな?話は聞こえていたか?」
「はい、凡そは把握しております。」
「しーちゃんが言っていたこと、提案したこと、それに対する評価。全て正当だと思うか?」
「はい。ハンスと共に様々な場所や人を訪れ、見極め、紫愛様の御意見全てをお聞きした上で、正しく辺境のための思案や考察であったと愚行いたします。」
やっぱりそうか…
「俺は初めて聞くことばかりだった。明日から俺も各地を見回りたい。」
「はい。今後は私が川端様のお供をするよう紫愛様より仰せつかっております。」
「しーちゃんが?」
「はい。始めはハンスを伴わせたいとのご希望でしたが、紫愛様の見た目の幼さを考慮し、要らぬ軋轢や摩擦を生まぬためには私より実力者であるハンスを紫愛様の護衛として付かせたままである方が良いと、私とハンスで判断をいたしました。」
「そうか…」
しーちゃんが、俺のために…
しーちゃんは子供に間違われてると言っていたな。しかも女性だ。
詳しくは言わなかったが、この数日でかなり侮られたりもしたんだろう。
しーちゃんへの不安要素は少しでも減らしたい。
そうしなければ俺も動けない。
「川端様、私もハンスと同程度の知識は持ち得ております。私では不満が残るとは思いますが、少なくともラルフよりは幾分使えると思います。」
俺が黙っていたから不満だとの意思表示だととられたか?
「ああ、悪かった。不満なんてない。明日からよろしく頼む。」
「畏まりました。」
「早速で悪いんだが、明日、次期当主と面会がしたい。叶いそうか?」
もう時間がない。
上に意見を聞いた方が今後動くための方針も決められるだろう。
「確認してまいります。」
しーちゃんがこんな俺にハンスをつけようとしてくれた。
ここまでお膳立てされて何もしないなんてできるわけがない。
既に取り返しがつかないほどしーちゃんに嫌われてしまったかもという考えを振り切る。
これ以上情けない姿を晒せるか!
今回は何も考えつかなくとも、次回の辺境で活かす何かを得られるかもしれない。
まずは明日だ!
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