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薄幸の少女と森の賢者達

16‐3:伝えない

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「最初はねぇ、親みたいに慕ってたんだと思う。血の繋がった方があんまりに嫌な奴らだったから、その反動で甘える相手が欲しかったんだろうなって。…でもね、年頃になって来ると、そういうんじゃないってなんとなくわかってきちゃったんだよね」
「…思春期に、おししょう様を異性として意識し始めたってこと?」
「難しく言っちゃえばね……あー、その…周りにお師匠以外の男が一人もいなかったせいってのもあるけど」

 バリバリと頭をかき、やや速足になったアザミが肩を竦める。今更ながら、妹分にこうも迫られ、本人を前にしては決して口にできない本音を語らされる状況が、恥ずかしくて仕方ないようだ。

「忌子だ悪魔の子だって言われ続けて、血の繋がった家族に殺される前に逃げ出して……一人ぼっちで泣いてたところを拾われた。たぶん、そのころから意識してたんだろうなぁ」
「……昔、ねえ様と出逢った私と同じ年の頃?」
「たぶん、大体そのくらいかな……ませてる上に単純でしょ?」

 口にして、ますます恥ずかしさが強くなってきたようで、林檎のように照っていた頬がより赤くなる。
 しかし、羞恥よりも誇らしさが勝るのか、開いた口が閉じる事はない。むしろ、勝たれる相手を得られたことが嬉しくて仕方がないように、隠していた本音が席を切ったように紡がれる。

「自分の存在を肯定されたのが、無茶苦茶嬉しかったんだな。それまで否定され続けていたから……でも拾われた最初は、あんたと一緒で肯定的な言葉が信じられなくて、結構喚いたり八つ当たりしたもんさ」
「ねえ様も、私とおんなじだった…?」
「うん……自分の殻に閉じこもろうとするあたしを、あの人は外に引っ張り出してくれた。それで…こう、落ちちゃったんだろうね。自分を想ってくれるから」

 自嘲気味に鼻を鳴らす姉弟子に、シェラは返す言葉が見当たらず、あいまいに呻いて目を逸らす。
 果たして、その経験が人に好意を抱くのに不十分か否か、未だ他者に対する苦手意識が強く残る少女には、即決では判断しかねる。同じ状況でも、シェラを救ったのは同性のアザミであるからだ。

「出会った最初は……この人のところにずっといたいなーって想いで、大人に近付いてくると、この人のために何かしたいな、って想いになって。今じゃ一笑ずっと、この人とともに在りたい…そう思うようになった。できるなら……あの人が望むことを、全部してあげたいって思う」
「……夫婦になりたい?」
「それができたらどんなにいいか……うん、そうだね。あの人と一緒になって…子供を作って、孫を抱いて、最期は隣で一緒に永遠に眠りたい。そう思えるぐらい、あたしはあの人の事が好き」

 そう答え、遠い空を見上げて微笑むアザミの横顔は、思わずシェラが息を呑むほど艶やかに見えて目を奪われ。
 そして同時に―――ひどく、儚げで寂しそうに見えた。
 それが何故か分からないシェラは、大きな戸惑いを抱いて首を傾げる。

「……それ、お師匠には言わないの?」
「言わない…言えないよ」
「どうして? ねえ様がそうしたいって言うなら、おししょう様も拒絶したりはしないんじゃないの?」
「……いや。きっと、受け入れてはくれないと思う」

 アザミはシェラに困ったような、切なげな苦笑を見せてため息をこぼす。
 まるで、まだまだ人の心の機微に疎い、手のかかる妹分に呆れているような態度で、シェラはますます訝し気に唸る。

「…壁があるからね。あたし達みたいなちっぽけな存在じゃどうすることもできない、大きな大きな壁が」
「…種族のこと?」
「ううん……もっともっと大きな、どうしようもないものさ」

 姉弟子が何を言わんとしているのかわからず、頭を抱えて悩みだすシェラ。
 アザミは苦笑したまま、また背を向け、先へ進みだした。

「…あたしとお師匠は、同じ時間を生きられない。同じ世界を見ていないんだ。だから…一緒になったら、いつか絶対に破綻する。だから、あの人は受け入れはしないし、あたしも受け入れてもらおうとは思わない……それでいいのさ」
「……? どういう、こと?」
「わからなくてもいいよ。お師匠と一緒にいたら……いつか、自然とわかる事だから」

 アザミはそれ以降、口を開くことはなかった。黙々と獣道を進み、森の出口に向かって歩き続けるだけで、シェラに視線を向ける事もない。
 それが自分の想いに関して、シェラの質問を受け付けるつもりはないという意思表示のように感じられ、シェラもそれ以上問い質すことはできなくなる。気にはなるが、無理に聞くのは野暮な気がして、もやもやとした気分を抱えたまま後に続く外になかった。

 ただ一つ、想いを伝える事が、どうして許されないのかと。
 悔しげな横顔を見せる姉弟子を見つめ、そう思わずにはいられなかった。
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