龍の王国

蒼井龍

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 ヘカテーが立ち去った後、五人は急いで今後の方針を話し合う。
 ノトスが今まで以上に真剣な声で聞く。
 
「それで、みんなどうする?逃げるにしても戦うにしても、多分、時間はあまりないよ」

 ノータイムで答えたのはやはりゼウスだった。

「どうするもこうするもねえだろ…逃げる以外の選択肢があるか?」

 ゼウスの態度は普段とあまり変わらないが、声が明らかに震えており、動揺していることが分かる。
 
「まあ、確かにゼウスの言うとおりだね…今の私達はまだ力を使いこなせていない。戦っても勝ち目は薄い」

 ガイアもゼウスの意見に同意する。
 
「よし、なら、すぐにここから離れよう。ヘカテーはああ言っていたけど、ここが安全とは限らない」

 ノトスの最後の言葉が皮切りとなり、それぞれがすぐに移動するための準備を始める。
 たった一人を除いて……

「…嫌だ…僕は逃げたくない…」

 口を開いたのはヴァルカンだった。
 唐突な発言に、この場の全員が呆気にとられ、行動を停止した。

「はあ!?てめえ!自分が何言ってんのか分かってんのか!」

 案の定、ゼウスが噛みつく。

「…僕は王家として人々を守りたい……これが罠だって言うのは僕でも分かる…でも!それでも!僕は襲われている人達を置いて逃げる事はしたくない!」

「勝手な事言ってんじゃねえぞ!」

 激昂したゼウスがヴァルカンを殴り飛ばす。

「ちょっと!」

 すぐにテティスが駆け寄り、ヴァルカンの体を抱きかかえる。
 しかし、ゼウスの怒りは収まらなかった。

「ふざけんな…ふざけんなよ!いいか!『助けたい』なんて気持ちはこの場の全員が持ってんだよ!この俺だって例外じゃねえ!自分だけが苦しんでるなんて思うんじゃねえ!」

「落ち着け!」

 珍しくノトスが荒っぽい声を上げる。
 その声にゼウスは少しだけ冷静さを取り戻す。
 
「あなたの気持ちはすごくよく分かるわ…私も同じ気持ちだから…」

 テティスがヴァルカンを宥めるような事を言う。
 
「でも、今は引いて…お願い…」

「ごめん…」

 ヴァルカンは小声で謝ると、倒れていた体を起こしてどこかへと走り出していった。
 向かった先は言うまでもない。
 
「あっ!?おい!待て!」

 ゼウスの制止の声も無視され、ヴァルカンの姿はすぐに見えなくなってしまった。

「ちょっと!これやばいよ!?どうするの!?」

 ガイアが取り乱したような声を出す。
 
「ちっ…どうするもこうするもねえだろ……」

 ゼウスは苛立ちの混じった声で呟いた。

「一人でも死んだらこっちの負けだ…俺が行く…お前らは今すぐ逃げろ」

「ゼウス!?」

 ガイアとノトスが驚いたような声を出す。
 止める暇はなかった。
 ゼウスの姿もあっという間に見えなくなってしまった。
 予想外の展開に残された三人は呆然としてしまっていた。
 
「ゼウスなら絶対『四人だけで逃げる』って言うと思ったのに…」
 
 ガイアが静かに呟く。

「…全く…君は…君はいつになったら僕達と対等になってくれるんだい?」

「えっ?何?」
 
「いや、何でもない。それより、どうする?逃げる?追う?時間はないよ。どっちの選択肢を取るにしても、出来るだけ早く動いた方がいい」

 ノトスのあからさまな誤魔化しにガイアはほんの僅かに不満げな表情をする。
 しかし、今考えるべき事ではないと判断し、すぐに頭を切り替える。

「私もヴァルカンを追いかけたい…ダメ…かしら?」

「本当ならダメって言いたいとこだけど…二人が心配な気持ちはよく分かる」

「じゃあ…!」

 テティスが希望に満ちた様な顔をする。

「うん、僕も一緒に行くよ。僕達は今までずっと五人一緒だったからね。これからも、なんなら今この瞬間だってずっと一緒がいいんだ」

「そうと決まれば、私も行かない理由はないね。あんた達四人が戦いに行って、私一人だけ逃げるとか、いくらなんでも有り得ないでしょ」

「よしっ!行くよ!」

 そして三人は先に進んだ二人を追いかけた。
 森を駆け抜けながらノトスは一瞬だけ考えた。
 ヘカテーが言いかけていた裏切り者の存在について。
 しかし、すぐに頭から振り払った。
 ノトスの仲間意識は尋常ではない。
 仲間が裏切っている可能性を考えるだけで、仲間に対して失礼な事だと思っている。
 ずっと一緒だった仲間達が裏切っているなど、想像することすら嫌だった。
 ノトスは僅かな不安を押し殺し、仲間の元へと急いで駆けていった。
 


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