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秘密
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工場の中は、暗闇に包まれていた。
何も見えないという程でもないが、それでも、とても見にくい事に変わりはない。
「これは流石に想定外だよ」
「そうね……懐中電灯とか持ってこればよかったわね」
「そんなこと言っても、予想外の事は仕方ないと思うけどなあ」
私たち三人は、暗闇の工場の中を、ゆっくりと進む。
喋ってはいても、その声は限界まで落としてあるので、この中に感染者がいたとしても、恐らくバレることはないだろう。
「にしても、見たことのない機械が結構並んでいるけど、これ全部武器を作るための物なの?」
「うん、そうだよ。でも、こんなに沢山の大型機材があるのを見るのは、流石の私でも初めてだよ」
工場の中はとても広く、暗い。
その上、機械がとても多いため、あまり見通しは良くない。
「でも、今のところ誰もいないわね」
「そうだね……」
情報によれば、ここに殺し屋を壊滅させた感染者がいるとの話だったが、今のところそれらしい影は見えてこない。
「どういうことなんだろう?」
「考えられるとすれば、ここにいる感染者の数が少ないって事ぐらいね」
「そんな少ない数でこの町の殺し屋が全員やられたりする?」
「変異体感染者が二人か三人いれば、それだけでも普通の殺し屋なら相当辛いはずだけど、ここにいる感染者の数が分からない以上、少なくとも油断は出来ないね」
「まあ、何でもいいけど、とにかく明かりは欲しいよね、電気のスイッチとかどこかにない?そもそもまだここって電気通ってたりする?」
アルにそう言われ、私たちは手分けして電気を付けるためのレバーを探す。
「あっ、あったよ!」
クワが電気のレバーと思わしき物を見つけた。
「付けていいのかな?」
「何言ってるの?これだけ暗いと、流石に仕事にも支障をきたすでしょ?」
「ニンファーのいう通りだと思うなあ。クワは何を思って躊躇ってるの?」
「いや、何となく、違和感を感じただけなんだけど……」
違和感、もっと簡単に言えばただの勘。
たったそれだけの理由で?とは思わない。
戦場においてそういう勘はとても大切だ。
重要なのは、その勘から、何かしらの結論を導き出すこと。
「クワ、あなたは一体何が引っかかったの?」
「いや、そもそも何でここの電気が消えているのかな?って思って」
「それはどういう意味?」
「いや、もしここが先日まで正常に機能していたのなら、電気は付いてないとおかしいって思ったんだ」
「誰かが消しただけって考えるのが妥当じゃない?」
口を開いたのはアルだ。
「いや、そうなんだけど、僕たちより前に沢山の殺し屋がここに来たはずでしょ?もしその殺し屋達が有利な状態で戦うとするなら、電気はついてなきゃおかしい。消えているという事は、その殺し屋達が電気を付けたらまずいって考えたんじゃないかな?って思っただけなんだけど…」
「もし、ここにいるのが自我ありの感染者がだった場合、そのアドバンテージを利用しようとしたとは考えられない?」
「その場合、感染者の方も視界が悪くなる。感染者は武器を使わないから、遠距離攻撃に弱いし、これだけ見通しが悪ければ、むしろ、感染者の方が不利になる」
「なるほどね」
アルは頷きつつも、不満の色が隠せていなかった。
確かにクワの言うことも一理ある。
しかし、それはどこまでいっても可能性の話でしかない。
「私は少し考え過ぎだと思うけれど…とりあえず一回電気を付けてみたら?それで、電気系統が壊れてるかどうかの確認も出来るし、もし壊れてないなら、普通に視界も良くなるし、戦いやすくなる」
「私もニンファーの意見に賛成だね」
「分かった」
アルの後押しもあり、クワはようやく折れてくれた。
クワは覚悟を決めたように、一気にレバーを上に上げた。
ガコン、と大きな音がする。
その後すぐに、この部屋の電気が一斉に付いた。
「よかったあ、電気は壊れてなかったみたいだね」
「そうね、これで仕事も少しははかどるでしょう。早く捜索を続けましょう」
私がそう言い、二人が頷き、改めて仕事に取り掛かろうとしたところで、状況が一気に動く。
「ヴォォォォォォォォォォォォ!」
謎の怒号が響き渡り、全員その場で耳を塞いだ。
「今の声は……?」
「足音が近づいて来てない?」
「早く隠れて!」
私たち三人は、近くにあった機械の後ろに身を隠す。
しばらくしてから出てきたのは纏った衣服がボロボロになった感染者だった。
その感染者の身長は三メートルを超えていた。
その感染者は、電気を消すと、ゆっくりと辺りを見渡すような動作をする。
「ダ……レ……ダ…?」
ゆっくりと歩きながらも、言葉を発続ける。
「コ…ロ…ス…コロ…ス…ゼ……ンイ…ン」
喋るのは危険と判断し、私たちは指文字で会話する。
(ごめんなさい、あなたが正しかった)
(反省は後にしよう)
(これからどうする?)
あれは恐らく変異体感染者だろう。
身体機能と身体そのものが変異している。
具体的に言えば、身長と聴覚と視覚が異常に発達している。
視覚が発達し過ぎているが故に、光に敏感になり、照明を落とすし、音に敏感だからこそ、目が見えたいなくても、周りの状況を知ることが出来る。
とはいえ、視覚の方はあまり気にしなくてもいいだろう。
あの感染者は常に目を瞑っていた。
つまり、発達し過ぎた視力を活かせない。
付け込む隙があるとすればここだ。
私はもう一度アルに合図をする。
アルの持つ銃、[[rb:操作銃 > コントロールガン]]はこの状況で使うにはピッタリと言える。
弾丸の軌道を操作し、好きな位置に着弾させることの出来るこの銃は、感染者の聴覚を乱すのにピッタリだ。
まずは、あの感染者に近づくのが先だ。
アルの銃から発射された弾丸は、部屋の奥の方にある機材に着弾する。
感染者は予想通りにそちらの方向へと移動する。
アルだけをその場に残し、感染者が気を取られている間に私とクワで近づく。
クワの武器は狙撃銃なので、ある程度近づけば、それ以上は近づく必要はない。
しかし、ここは暗いので、クワの狙撃の精度はいくらか落ちるだろう。
生憎、クワに暗視スコープの持ち合わせはない。
アルの牽制が続く中、近づけるだけの距離を詰め、いよいよ攻撃を開始する。
着弾の音に合わせ、刀を抜き、感染者の足を狙う。
いくら身体機能が上昇してるとはいえ、機動力を削いでしまえば、こちらが大きく有利になる。
だが、私の目論見は外れることになる。
感染者に刃が触れたところで、私の刀が弾かれてしまったのだ。
「嘘っ⁉︎なんでっ⁉︎」
「ミ……ツケ…タ!」
感染者が振り向き、斧を大きく振りかぶる。
私は攻撃する姿勢だったため、大きくよろけてしまい、完全に隙だらけの状態になってしまった。
感染者が巨大な腕を振り下ろす直前、クワの発射した弾丸が感染者に命中する。
感染者は一瞬だけ動きを止めた。
それに合わせて私も動きを止める。
感染者はその後、うろうろと辺りを歩き回る。
やはりそうだ。
この感染者にとって一番重要な情報は音。
視力はほとんど機能していない。
そこについては予想通りだったが、あの皮膚の硬さは想定外だ。
感染者の体の部位が切断できないとなれば、直接的に脳を破壊する手段を取るしかない。
しかしそれは容易な事ではない。
そもそも、普通の感染者も、自らの弱点、つまり、脳を守るために、頭蓋が発達し、普通の銃では弾かれるほどの強度を持つ。
狙うとすれば、柔らかく、脆い眼球を狙って脳を破壊するしか無いのだが、巨大な相手の眼球を狙って撃つのは、私やアルの使う銃では正確さが足りない。
頼みの綱はクワの狙撃銃だが、普段は正確なクワの狙撃も、この暗さでは期待は出来ないだろう。
何かいい手はないのだろうか?
私がそう考えていると、やがて感染者は徘徊をやめ、奥の部屋へと姿を消した。
どうやら、この感染者の拠点は奥にあるようだ。
感染者が部屋の奥にいるなら、会話が可能になる。
私たちは一旦合流し、作戦を立てる。
「さて…これからどうする?」
「僕にはどうにもできないよ……暗視スコープさえあれば、話は別だったんだけどね…」
「私の銃で牽制できても、攻撃が出来ないと意味ないからねえ」
「せめて明かりさえ手に入ればどうにかなるのに……」
クワが悔しそうに言う。
「電気をつけた時に、感染者が一時的に混乱してたでしょ?その隙に狙ったりできない?」
アルの提案に、クワは首を振る。
「難しいと思う。電源付近の位置から狙うのは、少しリスクが高いし、この位置から狙うことも出来なくはないけど、明順応にしばらく時間がかかるから、正確な狙撃は多分無理だと思う」
「せめて窓が有ればねえ……」
アルが上の方を見ながら言う。
しかし、この部屋に窓は存在していない。
「残念だなあ」
アルは本当に悔しそうに呟く。
「何か他にいい手はないのかな…」
どんなに考えても、いい案は浮かばなかった。
「仕方ない…クワ、あなた、家に暗視スコープはあるの?」
「えっ…?うん、もちろんあるけど…」
「一旦仕切り直しましょう。暗視スコープを取ってきてから、もう一度やり直すの。どのみち、このまま考えても手詰まりだし、これが最善だと思う。どう?」
二人はしばらくの間考え込んでいたが、他に手がないためか、快く承諾してくれた。
「まあ、確かにそれしか方法は無いと思うから、私はニンファーに賛成するよ!」
「僕も賛成。そうと決まれば、早く取ってくるよ。二人もついてくる?」
「そうね…あなた一人だと何かと心配だし。アルはどうする?」
「もちろん私も行くよ!ついでに、クワがどんな武器を持ってるのか見せてよね!」
そんな事を話しながら一度私たちは外に出た。
ここからクワの家までは、およそ三十分程。
往復で一時間かかる。
今はまだ朝の時間帯なので、多少時間がかかっても問題はないだろう。
集合時間を朝にしておいて本当に良かったと思う。
もし、これが夜や夕方に行われていれば、視界はもっと悪くなっていたため、全員死ぬなんてこともあったかもしれない。
そう考えると、本当に運が良かった。
そんな事を考えながら歩いていると、前から数人の殺し屋と思われる人物が歩いてきた。
「あっ……」
クワが急に立ち止まる。
向こうの人たちも同時に立ち止まった。
クワの知り合いだろうか?
「……どうも…」
クワが小さな声で挨拶する。
「あら、お久しぶりね、あなたの名前は確か……クワ、だったかしら?」
先頭に立つリーダー感のある女性が返事をした。
ちなみに手には、ショットガンを持っていた。
「ええ、その通りです、ランジアさん」
この女性の名前はランジアというらしい。
私とアルは訳が分からず、クワに任せて沈黙を保つ。
「なんでランジアさんがここに?」
「ただの仕事よ。あなたも知っているでしょ?どこぞの無能な連中が片っ端から殺されたせいで、私たちはとても大忙しなのよ」
ランジアと呼ばれた女性の言う事は分かるが、何もそこまで言わなくてもいいと思う。
この女性が何を考えているのかは分からない。
「その前だって、どっかの集団のリーダーさんが殺されたせいで、その引き継ぎだってやってたし。そのおかげで休みもなく働きっぱなしで大変なのよ」
「っ……」
クワは何も言い返さなかった。
この女性、なぜか分からないが、クワへの当たりが相当強い。
「私達はこんなに忙しいのに、新人であるあなたがこんな所でお友達と油を売ってるとは、いい度胸してるじゃないの。やっぱり無能の弟子は無能という事なのかしら?」
「それは流石に言い過ぎだと思うわ」
ランジアもクワも、なんならアルまで驚き、こっちを向く。
「そもそも、私達は別に今は遊んでる訳ではないし、既に済んだ事をどうこう言っても無駄よ。それに、その件を一番気にしているのはクワなんだから、そんな風に追い詰める必要はないわ」
ランジアは品定めをする様に私を睨む。
「そうかしら?馬鹿な人間は指摘されなきゃ何も分からないと私は考えるし、それに、あなたみたいに立場も実力も弁えずに私の様な人間に向かってそういう事を言う人間も相当馬鹿だと思うわ」
「実力なら私の方が圧倒的に強いっていう自信はあるわ。なんなら今試してみる?それに、立場なんて、あってもなくても、結局、重要なのは実力でしょ?そんなのに縋っている人間なんて、私からすればただの愚か者よ」
彼女の後ろにいる者達は、余程ランジアの事が好きなのか、凄い目で私を見てくる。
「強さを試すですって?馬鹿馬鹿しい。分かっている事をわざわざ試のは時間の無駄よ。私はそんな事に付き合っている時間はないの。さっきの話聞いてなかったのかしら?私達は今とても忙しいのよ」
「なら、尚更こんな所でお喋りしている時間はないわね。私達も今仕事中で忙しいの。早くここから動いたらどう?」
「確かにその方が賢明そうね。貴方達みたいな低俗な人間と関わる事が、そもそも無駄な事だし」
ランジアは後ろに控えてる殺し屋達に、一言二言声をかけると、すぐに去っていった。
「まあ、貴方達の抱えている仕事は、無能や低俗の人間には決してこなせない任務だろうから、こっちが終われば、私達が引き継ぐわ。それまで生きていられる事を祈りなさい」
すれ違いざまにそんな事を言われた。
彼女達が見えなくなってから、私達は再び歩き出す。
「なんていうか、嫌な人だったよね…」
アルが全員の気持ちを代弁する。
「あの人が、リーダーなの?」
私の質問に、クワは頷く。
「うん、僕が新しく所属した殺し屋集団のまとめ役のランジアさん。ちょっと厳しめの人だけど、実力は確かだよ」
「なんかクワ嫌われてたよね?なんかあったの?」
軽口を装いながらアルは質問する。
表情からして、恐らく今のアルは真剣だ。
「ランジアさんもさっき言ってたけど、師匠が殺されたせいで、僕が前所属していた集団は壊滅してね、その後処理をランジアさんの集団がやってくれたんだけど、そのせいで休みが取れなくなったって言われたんだ…」
「別にそれはクワの責任ではないでしょ?なんであんな風に……」
アルの質問に私は即答する。
「恐らく、クワがタツナミの弟子だから、でしょうね」
クワは黙って頷く。
「なるほどねえ、弟子ってだけでそこまで厳しくしなくてもいいのにねえ」
「あの人は少々性格に難がある人でね、師匠が人望で人を率いてたのに対し、ランジアさんは実力で人を従えている」
「それのどこが問題なの?」
「彼女は人を駒扱いするんだよ。あの人は、実力があるとはいっても、どちらかといえば戦略家、そして、その戦略は任務を成功させるという意識しかなく、犠牲を出すことを躊躇わない。彼女に逆らえば、どんな目にあうか分からないとも言われている」
私とアルは絶句する。
そんなの、最早ただの恐怖政治である。
「クワ……あなた、その集団から抜けた方がいいんじゃない?」
「私もニンファーの意見に賛成。ちょっとその人やばいよ…」
クワはゆっくりと首を振る。
「そういう訳にもいかない。僕はニンファーみたいに、一人で戦える訳じゃない。僕が戦おうと思ったら、僕はどこかの集団に属してなきゃいけないんだ。それに、一度入って、簡単に抜けさせてもらえる程、あの人は甘くない」
正直、あまり納得したくはないが、納得せざるを得ない話だ。
クワの現状を何とかしたい気持ちはあるが、どこまでいっても私は部外者なので、必要以上に首を突っ込む事はできない。
私とアルは、何とも言えないモヤモヤとした感情を抱えながら歩みを進めた。
それから十分後、ようやくクワの家に到着した。
「ちょっと待ってて」
クワはそう言って家の中に入っていった。
「さっきの話どう思う?」
クワのいない僅かな隙を突いて、さっきの話についてアルと確認する。
「うーん…どうもこうも無いよ…流石にこれは外からは手出し出来ない。ちょっと冷たい言い方にはなるけど、クワには自分でどうにかしてもらうしかないね…」
普段、おちゃらけていることの多いアルが、真剣な表情でこんなことを言う。
どうやら、アルもアルでクワのことを心配していた様だ。
しかし、どれだけ心配したところで、今の私達に出来ることは何もない。
その事が私達の気持ちを一層もどかしくする。
「何ていうか…冷たい…って感じの人だったね…」
アルの言うことは正鵠を射ていた。
恐らくランジアという人物は、冷たく、厳しい人だ。
彼女は自分にも他人にも厳しく、身内や仲間も一切忖度しない。
物事を極めて客観的に判断することが出来る。
それが、私の思う彼女の強みだ。
まともな会話が出来ていない上に、接していた時間も短いので、印象による部分が大きいのだが、今の私の思う彼女への評価がこれだ。
私はクワのために一体何が出来るのだろうか?
「お待たせ」
色々な事を考えている内にクワが戻ってきた。
「お帰りなさい」
先ににいつもの調子を取り戻したのはアルだった。
「どうだった?ちゃんと暗視スコープは見つかった?」
私も出来るだけ冷静な声でクワに話しかける。
「バッチリだよ!」
クワはいつもの笑顔で答え、手に持っていた黒い物体を見せてくる。
その顔に少しだけ安心する。
「それじゃあ、早く仕事に戻りましょう」
「はーい」
「了解!」
私が促すと、アルとクワもすぐに返事をする。
私達は再び戦場へと足を運んだ。
それから三十分後、私達は歩き続け、戦場に到着した。
三人で一度顔を見合わせ、頷き合いながら、ゆっくりと扉を開けて中へと入った。
中に入った私達は、まずそれぞれのポジションに移動する。
まず、アルが入り口付近に待機し、次に、私が電気のレバーの前に立ち、最後にクワが少し離れた位置で銃を構える。
作戦は至ってシンプル。
まずは私が電気を付け、感染者をおびき出す。
次にアルの銃で牽制し、最後にクワの狙撃で仕留める。
私達が移動中の短時間で考えた作戦だ。
即興で考えたにしては中々いい作戦に仕上がったと思っている。
後は、予想外の事態にどれだけ対処出来るか。
結局は、そこが一番重要だ。
二人の準備が出来た事を確認し、私はレバーを上げた。
「ヴォォォォォォォォォォォォ!」
先程と同じように、奥の部屋から感染者が姿を現した。
感染者は電気のレバーを落とすと、ゆっくりと徘徊を始めた。
私は近くの機材に身を隠し、アルに合図を送る。
アルはすぐに牽制を開始する。
[[rb:操作銃 > コントロールガン]]で、色々な場所に弾を着弾させ、感染者を誘導する。
誘導する先は、もちろんクワの前。
上手く誘導に成功し、クワが感染者の眼を狙って引き金を引く。
勝った!と思ったのも束の間、クワの銃から放たれた弾丸は、弾かれてしまった。
「しまった!」
「何で!?」
アルが驚きの声を上げるが、今はそれに構っている余裕はない。
考えてみれば分かる事だった。
さっき私がこの感染者を攻撃した時、刀が弾かれたことから、この事に気付くべきだった。
皮膚が硬くなっているこの感染者は、まぶたも硬くなっているという事に。
この感染者は、光に弱いため、ずっと眼を瞑っている。
それが災いした。
私は銃を構え、発砲して感染者の気を引く。
感染者の顔を見て、私は少しだけ安堵する。
良かった。
クワの攻撃は効いている。
まぶたの皮膚が少しだけ剥がれ落ちている。
狙撃銃の威力が高いおかげか、まぶたの皮膚が薄いおかげかは分からないが、ダメージが通っているということは、攻撃を続ければ倒せる可能性がある。
アルもそのことに一瞬遅れて気付き、もう一度牽制を開始する。
クワの弾丸が再び感染者に命中する。
恐らく、後一発命中させればもう倒すことが出来る。
しかし、ここで想定外の事態が起こる。
入口のドアが開き、数人の殺し屋が入ってきたのだ。
「情報があったのはここで間違いないわね?」
先頭に立つ女、ランジアが後ろの男に聞く。
「はい、その通りです」
「ここにさっきの三人もいるのよね?」
「ええ、多分もう死んでますけど」
男たちは笑いながら答える。
「グアアアアアア!」
感染者は一際大きな唸り声をあげ、ランジアたちに攻撃を仕掛ける。
いち早くその事に気付いたのはやはりランジアだった。
すぐに手に持ったショットガンで感染者に攻撃する。
しかし、その攻撃は通用しない。
感染者は手を振り上げ、鋭い爪で彼女を引き裂こうとする。
私は仕方なく入り口まで戻り、彼女の体を弾き飛ばす。
彼女を庇う事には成功したが、感染者の爪がほんの僅かにかすってしまった。
その拍子に、右腕の包帯が取れてしまった。
最悪だ……こんなところで自分の右腕を晒す事になるなんて……
しかし、起こってしまったことはもうどうにもできない。
私は感染者を倒す事に専念する。
そう決意し、私は床を蹴って飛び上がる。
感染者の身長はおよそ三メートル程。
私はその高さまでジャンプし、感染者の眼を刀で貫いた。
既にダメージを負っていたおかげか、今度は弾かれずに済んだ。
感染者は倒す事に成功した。
そして、任務も達成した。
しかし、
「最悪だ……」
それが私の感想だった。
私は自分の右腕を見る。
クワも、アルも、ランジアも、周りの男達もみんな私の右腕を見ていた。
「ニンファー……」
クワが優しく声を掛けてくる。
「あーあ、これからどうする?いっそのこと公表しちゃう?」
アルも軽口を装いながら、私を心配してくれている。
「その腕について詳しく教えなさい」
ランジアは敵を見る様な目でこっちを見てくる。
それもそうだろう、何故なら、私の右腕は全体が紫色に変色しており、一部の骨が剥き出しになっているのだから。
もう隠し通すことは出来ないだろう。
私が感染者だということは。
何も見えないという程でもないが、それでも、とても見にくい事に変わりはない。
「これは流石に想定外だよ」
「そうね……懐中電灯とか持ってこればよかったわね」
「そんなこと言っても、予想外の事は仕方ないと思うけどなあ」
私たち三人は、暗闇の工場の中を、ゆっくりと進む。
喋ってはいても、その声は限界まで落としてあるので、この中に感染者がいたとしても、恐らくバレることはないだろう。
「にしても、見たことのない機械が結構並んでいるけど、これ全部武器を作るための物なの?」
「うん、そうだよ。でも、こんなに沢山の大型機材があるのを見るのは、流石の私でも初めてだよ」
工場の中はとても広く、暗い。
その上、機械がとても多いため、あまり見通しは良くない。
「でも、今のところ誰もいないわね」
「そうだね……」
情報によれば、ここに殺し屋を壊滅させた感染者がいるとの話だったが、今のところそれらしい影は見えてこない。
「どういうことなんだろう?」
「考えられるとすれば、ここにいる感染者の数が少ないって事ぐらいね」
「そんな少ない数でこの町の殺し屋が全員やられたりする?」
「変異体感染者が二人か三人いれば、それだけでも普通の殺し屋なら相当辛いはずだけど、ここにいる感染者の数が分からない以上、少なくとも油断は出来ないね」
「まあ、何でもいいけど、とにかく明かりは欲しいよね、電気のスイッチとかどこかにない?そもそもまだここって電気通ってたりする?」
アルにそう言われ、私たちは手分けして電気を付けるためのレバーを探す。
「あっ、あったよ!」
クワが電気のレバーと思わしき物を見つけた。
「付けていいのかな?」
「何言ってるの?これだけ暗いと、流石に仕事にも支障をきたすでしょ?」
「ニンファーのいう通りだと思うなあ。クワは何を思って躊躇ってるの?」
「いや、何となく、違和感を感じただけなんだけど……」
違和感、もっと簡単に言えばただの勘。
たったそれだけの理由で?とは思わない。
戦場においてそういう勘はとても大切だ。
重要なのは、その勘から、何かしらの結論を導き出すこと。
「クワ、あなたは一体何が引っかかったの?」
「いや、そもそも何でここの電気が消えているのかな?って思って」
「それはどういう意味?」
「いや、もしここが先日まで正常に機能していたのなら、電気は付いてないとおかしいって思ったんだ」
「誰かが消しただけって考えるのが妥当じゃない?」
口を開いたのはアルだ。
「いや、そうなんだけど、僕たちより前に沢山の殺し屋がここに来たはずでしょ?もしその殺し屋達が有利な状態で戦うとするなら、電気はついてなきゃおかしい。消えているという事は、その殺し屋達が電気を付けたらまずいって考えたんじゃないかな?って思っただけなんだけど…」
「もし、ここにいるのが自我ありの感染者がだった場合、そのアドバンテージを利用しようとしたとは考えられない?」
「その場合、感染者の方も視界が悪くなる。感染者は武器を使わないから、遠距離攻撃に弱いし、これだけ見通しが悪ければ、むしろ、感染者の方が不利になる」
「なるほどね」
アルは頷きつつも、不満の色が隠せていなかった。
確かにクワの言うことも一理ある。
しかし、それはどこまでいっても可能性の話でしかない。
「私は少し考え過ぎだと思うけれど…とりあえず一回電気を付けてみたら?それで、電気系統が壊れてるかどうかの確認も出来るし、もし壊れてないなら、普通に視界も良くなるし、戦いやすくなる」
「私もニンファーの意見に賛成だね」
「分かった」
アルの後押しもあり、クワはようやく折れてくれた。
クワは覚悟を決めたように、一気にレバーを上に上げた。
ガコン、と大きな音がする。
その後すぐに、この部屋の電気が一斉に付いた。
「よかったあ、電気は壊れてなかったみたいだね」
「そうね、これで仕事も少しははかどるでしょう。早く捜索を続けましょう」
私がそう言い、二人が頷き、改めて仕事に取り掛かろうとしたところで、状況が一気に動く。
「ヴォォォォォォォォォォォォ!」
謎の怒号が響き渡り、全員その場で耳を塞いだ。
「今の声は……?」
「足音が近づいて来てない?」
「早く隠れて!」
私たち三人は、近くにあった機械の後ろに身を隠す。
しばらくしてから出てきたのは纏った衣服がボロボロになった感染者だった。
その感染者の身長は三メートルを超えていた。
その感染者は、電気を消すと、ゆっくりと辺りを見渡すような動作をする。
「ダ……レ……ダ…?」
ゆっくりと歩きながらも、言葉を発続ける。
「コ…ロ…ス…コロ…ス…ゼ……ンイ…ン」
喋るのは危険と判断し、私たちは指文字で会話する。
(ごめんなさい、あなたが正しかった)
(反省は後にしよう)
(これからどうする?)
あれは恐らく変異体感染者だろう。
身体機能と身体そのものが変異している。
具体的に言えば、身長と聴覚と視覚が異常に発達している。
視覚が発達し過ぎているが故に、光に敏感になり、照明を落とすし、音に敏感だからこそ、目が見えたいなくても、周りの状況を知ることが出来る。
とはいえ、視覚の方はあまり気にしなくてもいいだろう。
あの感染者は常に目を瞑っていた。
つまり、発達し過ぎた視力を活かせない。
付け込む隙があるとすればここだ。
私はもう一度アルに合図をする。
アルの持つ銃、[[rb:操作銃 > コントロールガン]]はこの状況で使うにはピッタリと言える。
弾丸の軌道を操作し、好きな位置に着弾させることの出来るこの銃は、感染者の聴覚を乱すのにピッタリだ。
まずは、あの感染者に近づくのが先だ。
アルの銃から発射された弾丸は、部屋の奥の方にある機材に着弾する。
感染者は予想通りにそちらの方向へと移動する。
アルだけをその場に残し、感染者が気を取られている間に私とクワで近づく。
クワの武器は狙撃銃なので、ある程度近づけば、それ以上は近づく必要はない。
しかし、ここは暗いので、クワの狙撃の精度はいくらか落ちるだろう。
生憎、クワに暗視スコープの持ち合わせはない。
アルの牽制が続く中、近づけるだけの距離を詰め、いよいよ攻撃を開始する。
着弾の音に合わせ、刀を抜き、感染者の足を狙う。
いくら身体機能が上昇してるとはいえ、機動力を削いでしまえば、こちらが大きく有利になる。
だが、私の目論見は外れることになる。
感染者に刃が触れたところで、私の刀が弾かれてしまったのだ。
「嘘っ⁉︎なんでっ⁉︎」
「ミ……ツケ…タ!」
感染者が振り向き、斧を大きく振りかぶる。
私は攻撃する姿勢だったため、大きくよろけてしまい、完全に隙だらけの状態になってしまった。
感染者が巨大な腕を振り下ろす直前、クワの発射した弾丸が感染者に命中する。
感染者は一瞬だけ動きを止めた。
それに合わせて私も動きを止める。
感染者はその後、うろうろと辺りを歩き回る。
やはりそうだ。
この感染者にとって一番重要な情報は音。
視力はほとんど機能していない。
そこについては予想通りだったが、あの皮膚の硬さは想定外だ。
感染者の体の部位が切断できないとなれば、直接的に脳を破壊する手段を取るしかない。
しかしそれは容易な事ではない。
そもそも、普通の感染者も、自らの弱点、つまり、脳を守るために、頭蓋が発達し、普通の銃では弾かれるほどの強度を持つ。
狙うとすれば、柔らかく、脆い眼球を狙って脳を破壊するしか無いのだが、巨大な相手の眼球を狙って撃つのは、私やアルの使う銃では正確さが足りない。
頼みの綱はクワの狙撃銃だが、普段は正確なクワの狙撃も、この暗さでは期待は出来ないだろう。
何かいい手はないのだろうか?
私がそう考えていると、やがて感染者は徘徊をやめ、奥の部屋へと姿を消した。
どうやら、この感染者の拠点は奥にあるようだ。
感染者が部屋の奥にいるなら、会話が可能になる。
私たちは一旦合流し、作戦を立てる。
「さて…これからどうする?」
「僕にはどうにもできないよ……暗視スコープさえあれば、話は別だったんだけどね…」
「私の銃で牽制できても、攻撃が出来ないと意味ないからねえ」
「せめて明かりさえ手に入ればどうにかなるのに……」
クワが悔しそうに言う。
「電気をつけた時に、感染者が一時的に混乱してたでしょ?その隙に狙ったりできない?」
アルの提案に、クワは首を振る。
「難しいと思う。電源付近の位置から狙うのは、少しリスクが高いし、この位置から狙うことも出来なくはないけど、明順応にしばらく時間がかかるから、正確な狙撃は多分無理だと思う」
「せめて窓が有ればねえ……」
アルが上の方を見ながら言う。
しかし、この部屋に窓は存在していない。
「残念だなあ」
アルは本当に悔しそうに呟く。
「何か他にいい手はないのかな…」
どんなに考えても、いい案は浮かばなかった。
「仕方ない…クワ、あなた、家に暗視スコープはあるの?」
「えっ…?うん、もちろんあるけど…」
「一旦仕切り直しましょう。暗視スコープを取ってきてから、もう一度やり直すの。どのみち、このまま考えても手詰まりだし、これが最善だと思う。どう?」
二人はしばらくの間考え込んでいたが、他に手がないためか、快く承諾してくれた。
「まあ、確かにそれしか方法は無いと思うから、私はニンファーに賛成するよ!」
「僕も賛成。そうと決まれば、早く取ってくるよ。二人もついてくる?」
「そうね…あなた一人だと何かと心配だし。アルはどうする?」
「もちろん私も行くよ!ついでに、クワがどんな武器を持ってるのか見せてよね!」
そんな事を話しながら一度私たちは外に出た。
ここからクワの家までは、およそ三十分程。
往復で一時間かかる。
今はまだ朝の時間帯なので、多少時間がかかっても問題はないだろう。
集合時間を朝にしておいて本当に良かったと思う。
もし、これが夜や夕方に行われていれば、視界はもっと悪くなっていたため、全員死ぬなんてこともあったかもしれない。
そう考えると、本当に運が良かった。
そんな事を考えながら歩いていると、前から数人の殺し屋と思われる人物が歩いてきた。
「あっ……」
クワが急に立ち止まる。
向こうの人たちも同時に立ち止まった。
クワの知り合いだろうか?
「……どうも…」
クワが小さな声で挨拶する。
「あら、お久しぶりね、あなたの名前は確か……クワ、だったかしら?」
先頭に立つリーダー感のある女性が返事をした。
ちなみに手には、ショットガンを持っていた。
「ええ、その通りです、ランジアさん」
この女性の名前はランジアというらしい。
私とアルは訳が分からず、クワに任せて沈黙を保つ。
「なんでランジアさんがここに?」
「ただの仕事よ。あなたも知っているでしょ?どこぞの無能な連中が片っ端から殺されたせいで、私たちはとても大忙しなのよ」
ランジアと呼ばれた女性の言う事は分かるが、何もそこまで言わなくてもいいと思う。
この女性が何を考えているのかは分からない。
「その前だって、どっかの集団のリーダーさんが殺されたせいで、その引き継ぎだってやってたし。そのおかげで休みもなく働きっぱなしで大変なのよ」
「っ……」
クワは何も言い返さなかった。
この女性、なぜか分からないが、クワへの当たりが相当強い。
「私達はこんなに忙しいのに、新人であるあなたがこんな所でお友達と油を売ってるとは、いい度胸してるじゃないの。やっぱり無能の弟子は無能という事なのかしら?」
「それは流石に言い過ぎだと思うわ」
ランジアもクワも、なんならアルまで驚き、こっちを向く。
「そもそも、私達は別に今は遊んでる訳ではないし、既に済んだ事をどうこう言っても無駄よ。それに、その件を一番気にしているのはクワなんだから、そんな風に追い詰める必要はないわ」
ランジアは品定めをする様に私を睨む。
「そうかしら?馬鹿な人間は指摘されなきゃ何も分からないと私は考えるし、それに、あなたみたいに立場も実力も弁えずに私の様な人間に向かってそういう事を言う人間も相当馬鹿だと思うわ」
「実力なら私の方が圧倒的に強いっていう自信はあるわ。なんなら今試してみる?それに、立場なんて、あってもなくても、結局、重要なのは実力でしょ?そんなのに縋っている人間なんて、私からすればただの愚か者よ」
彼女の後ろにいる者達は、余程ランジアの事が好きなのか、凄い目で私を見てくる。
「強さを試すですって?馬鹿馬鹿しい。分かっている事をわざわざ試のは時間の無駄よ。私はそんな事に付き合っている時間はないの。さっきの話聞いてなかったのかしら?私達は今とても忙しいのよ」
「なら、尚更こんな所でお喋りしている時間はないわね。私達も今仕事中で忙しいの。早くここから動いたらどう?」
「確かにその方が賢明そうね。貴方達みたいな低俗な人間と関わる事が、そもそも無駄な事だし」
ランジアは後ろに控えてる殺し屋達に、一言二言声をかけると、すぐに去っていった。
「まあ、貴方達の抱えている仕事は、無能や低俗の人間には決してこなせない任務だろうから、こっちが終われば、私達が引き継ぐわ。それまで生きていられる事を祈りなさい」
すれ違いざまにそんな事を言われた。
彼女達が見えなくなってから、私達は再び歩き出す。
「なんていうか、嫌な人だったよね…」
アルが全員の気持ちを代弁する。
「あの人が、リーダーなの?」
私の質問に、クワは頷く。
「うん、僕が新しく所属した殺し屋集団のまとめ役のランジアさん。ちょっと厳しめの人だけど、実力は確かだよ」
「なんかクワ嫌われてたよね?なんかあったの?」
軽口を装いながらアルは質問する。
表情からして、恐らく今のアルは真剣だ。
「ランジアさんもさっき言ってたけど、師匠が殺されたせいで、僕が前所属していた集団は壊滅してね、その後処理をランジアさんの集団がやってくれたんだけど、そのせいで休みが取れなくなったって言われたんだ…」
「別にそれはクワの責任ではないでしょ?なんであんな風に……」
アルの質問に私は即答する。
「恐らく、クワがタツナミの弟子だから、でしょうね」
クワは黙って頷く。
「なるほどねえ、弟子ってだけでそこまで厳しくしなくてもいいのにねえ」
「あの人は少々性格に難がある人でね、師匠が人望で人を率いてたのに対し、ランジアさんは実力で人を従えている」
「それのどこが問題なの?」
「彼女は人を駒扱いするんだよ。あの人は、実力があるとはいっても、どちらかといえば戦略家、そして、その戦略は任務を成功させるという意識しかなく、犠牲を出すことを躊躇わない。彼女に逆らえば、どんな目にあうか分からないとも言われている」
私とアルは絶句する。
そんなの、最早ただの恐怖政治である。
「クワ……あなた、その集団から抜けた方がいいんじゃない?」
「私もニンファーの意見に賛成。ちょっとその人やばいよ…」
クワはゆっくりと首を振る。
「そういう訳にもいかない。僕はニンファーみたいに、一人で戦える訳じゃない。僕が戦おうと思ったら、僕はどこかの集団に属してなきゃいけないんだ。それに、一度入って、簡単に抜けさせてもらえる程、あの人は甘くない」
正直、あまり納得したくはないが、納得せざるを得ない話だ。
クワの現状を何とかしたい気持ちはあるが、どこまでいっても私は部外者なので、必要以上に首を突っ込む事はできない。
私とアルは、何とも言えないモヤモヤとした感情を抱えながら歩みを進めた。
それから十分後、ようやくクワの家に到着した。
「ちょっと待ってて」
クワはそう言って家の中に入っていった。
「さっきの話どう思う?」
クワのいない僅かな隙を突いて、さっきの話についてアルと確認する。
「うーん…どうもこうも無いよ…流石にこれは外からは手出し出来ない。ちょっと冷たい言い方にはなるけど、クワには自分でどうにかしてもらうしかないね…」
普段、おちゃらけていることの多いアルが、真剣な表情でこんなことを言う。
どうやら、アルもアルでクワのことを心配していた様だ。
しかし、どれだけ心配したところで、今の私達に出来ることは何もない。
その事が私達の気持ちを一層もどかしくする。
「何ていうか…冷たい…って感じの人だったね…」
アルの言うことは正鵠を射ていた。
恐らくランジアという人物は、冷たく、厳しい人だ。
彼女は自分にも他人にも厳しく、身内や仲間も一切忖度しない。
物事を極めて客観的に判断することが出来る。
それが、私の思う彼女の強みだ。
まともな会話が出来ていない上に、接していた時間も短いので、印象による部分が大きいのだが、今の私の思う彼女への評価がこれだ。
私はクワのために一体何が出来るのだろうか?
「お待たせ」
色々な事を考えている内にクワが戻ってきた。
「お帰りなさい」
先ににいつもの調子を取り戻したのはアルだった。
「どうだった?ちゃんと暗視スコープは見つかった?」
私も出来るだけ冷静な声でクワに話しかける。
「バッチリだよ!」
クワはいつもの笑顔で答え、手に持っていた黒い物体を見せてくる。
その顔に少しだけ安心する。
「それじゃあ、早く仕事に戻りましょう」
「はーい」
「了解!」
私が促すと、アルとクワもすぐに返事をする。
私達は再び戦場へと足を運んだ。
それから三十分後、私達は歩き続け、戦場に到着した。
三人で一度顔を見合わせ、頷き合いながら、ゆっくりと扉を開けて中へと入った。
中に入った私達は、まずそれぞれのポジションに移動する。
まず、アルが入り口付近に待機し、次に、私が電気のレバーの前に立ち、最後にクワが少し離れた位置で銃を構える。
作戦は至ってシンプル。
まずは私が電気を付け、感染者をおびき出す。
次にアルの銃で牽制し、最後にクワの狙撃で仕留める。
私達が移動中の短時間で考えた作戦だ。
即興で考えたにしては中々いい作戦に仕上がったと思っている。
後は、予想外の事態にどれだけ対処出来るか。
結局は、そこが一番重要だ。
二人の準備が出来た事を確認し、私はレバーを上げた。
「ヴォォォォォォォォォォォォ!」
先程と同じように、奥の部屋から感染者が姿を現した。
感染者は電気のレバーを落とすと、ゆっくりと徘徊を始めた。
私は近くの機材に身を隠し、アルに合図を送る。
アルはすぐに牽制を開始する。
[[rb:操作銃 > コントロールガン]]で、色々な場所に弾を着弾させ、感染者を誘導する。
誘導する先は、もちろんクワの前。
上手く誘導に成功し、クワが感染者の眼を狙って引き金を引く。
勝った!と思ったのも束の間、クワの銃から放たれた弾丸は、弾かれてしまった。
「しまった!」
「何で!?」
アルが驚きの声を上げるが、今はそれに構っている余裕はない。
考えてみれば分かる事だった。
さっき私がこの感染者を攻撃した時、刀が弾かれたことから、この事に気付くべきだった。
皮膚が硬くなっているこの感染者は、まぶたも硬くなっているという事に。
この感染者は、光に弱いため、ずっと眼を瞑っている。
それが災いした。
私は銃を構え、発砲して感染者の気を引く。
感染者の顔を見て、私は少しだけ安堵する。
良かった。
クワの攻撃は効いている。
まぶたの皮膚が少しだけ剥がれ落ちている。
狙撃銃の威力が高いおかげか、まぶたの皮膚が薄いおかげかは分からないが、ダメージが通っているということは、攻撃を続ければ倒せる可能性がある。
アルもそのことに一瞬遅れて気付き、もう一度牽制を開始する。
クワの弾丸が再び感染者に命中する。
恐らく、後一発命中させればもう倒すことが出来る。
しかし、ここで想定外の事態が起こる。
入口のドアが開き、数人の殺し屋が入ってきたのだ。
「情報があったのはここで間違いないわね?」
先頭に立つ女、ランジアが後ろの男に聞く。
「はい、その通りです」
「ここにさっきの三人もいるのよね?」
「ええ、多分もう死んでますけど」
男たちは笑いながら答える。
「グアアアアアア!」
感染者は一際大きな唸り声をあげ、ランジアたちに攻撃を仕掛ける。
いち早くその事に気付いたのはやはりランジアだった。
すぐに手に持ったショットガンで感染者に攻撃する。
しかし、その攻撃は通用しない。
感染者は手を振り上げ、鋭い爪で彼女を引き裂こうとする。
私は仕方なく入り口まで戻り、彼女の体を弾き飛ばす。
彼女を庇う事には成功したが、感染者の爪がほんの僅かにかすってしまった。
その拍子に、右腕の包帯が取れてしまった。
最悪だ……こんなところで自分の右腕を晒す事になるなんて……
しかし、起こってしまったことはもうどうにもできない。
私は感染者を倒す事に専念する。
そう決意し、私は床を蹴って飛び上がる。
感染者の身長はおよそ三メートル程。
私はその高さまでジャンプし、感染者の眼を刀で貫いた。
既にダメージを負っていたおかげか、今度は弾かれずに済んだ。
感染者は倒す事に成功した。
そして、任務も達成した。
しかし、
「最悪だ……」
それが私の感想だった。
私は自分の右腕を見る。
クワも、アルも、ランジアも、周りの男達もみんな私の右腕を見ていた。
「ニンファー……」
クワが優しく声を掛けてくる。
「あーあ、これからどうする?いっそのこと公表しちゃう?」
アルも軽口を装いながら、私を心配してくれている。
「その腕について詳しく教えなさい」
ランジアは敵を見る様な目でこっちを見てくる。
それもそうだろう、何故なら、私の右腕は全体が紫色に変色しており、一部の骨が剥き出しになっているのだから。
もう隠し通すことは出来ないだろう。
私が感染者だということは。
応援ありがとうございます!
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