好きと言ってもわからない~精神年齢10歳の次期当主に求婚された件~

ことのはじめ

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第3話 婚約の儀

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 高らかにラッパが吹き鳴らされ、広場の人々が静まりかえる。絨毯の敷かれた道の脇にはずらりとエミネントの貴族が並び、その端に進行役らしき男性が立っている。進行役は咳払いをすると仰々しい声で宣った。
「これより、ルナサングィネア次期当主、ユリウス・ルナサングィネアによる婚約の儀を執り行う!」
 広場の入り口を皆が見やる。一般参列者の入り口とは反対側の道に人々の視線が集まる。
「あそこから出てきて歩いてくるみたいね」
 マリアがこそこそとアイリに言う。アイリはといえば、道の向こうからユリウスなるエミネントが出てくるのをじっと見ていた。
 少しして、広場の入り口に長身痩躯の男性が現れる。きらびやかな礼装を身に纏い、くせっ毛の黒い長髪を靡かせる彼が、ユリウス・ルナサングィネアである。エミネントらしく美しく整った顔立ちに、ルビーのような紅い瞳が物憂げに広場に向けられる。
 それだけで観衆の女性たちは色めき立ち、アイリも見たことのない美しい姿に釘付けになった。じっと見ていると、ユリウスが一瞬退屈そうに瞬くのが見えた。やはり、表向きだけの儀式なのだろうか。
「あの人、つまらなさそうね」
「アイリ?」
 ぽつんと呟いた言葉に気付いたのはマリアだけで、他の人々は皆ユリウスの美貌に目を奪われていた。
 ユリウスは広場を一度ぐるりと見渡したあと、エレオノーラを見やる。エレオノーラはすました顔でその視線を受ける。まるでこの後起こるできごとを全て見通しているような落ち着いたたたずまいだった。
「ユリウス・ルナサングィネア。己が番の元へ行き、婚約の誓いを立てよ」
 進行役の隣に控えていた司祭の厳かな言葉に、ユリウスは流れるような所作でお辞儀をした。そして絨毯の敷かれた道を歩いて行く。
 魔力生命体であるエミネントは、人間と違い魔素で心身を構成している。精神だけ、魂だけの生命体だ。人間よりもはるかに長い時を生きる彼らは魔法を扱うことができ、その力でエリアンナ大陸を支配していった。
 人間よりもより世界の根源に近いとされるエミネントは人の姿を取れば美しく、知恵も力も強い。そんなエミネントは何よりも精神の純潔を重要視している。この婚約の儀式も、生涯を共にする伴侶に自分の心を捧げる誓約が起源なのだという。
 ユリウスはまっすぐにエレオノーラの元へ歩いていく。その歩き方すら颯爽としていて、人々は皆見とれていた。
 そして。
 ユリウスはエレオノーラの横を素通りした。
 唖然とするエレオノーラをよそにユリウスは囲いを軽々と飛び越えて広場の外縁に向かってずんずんと進んで行く。
 広場はどよめき、隣のマリアも驚いてアイリに言う。
「え、あれ? あのお姫様みたいな人のところに行かないの?」
「ゆ、ユリウス様!」
 従者らしき若い赤毛の男性が慌てて参列席から飛び出してくるが、構わずユリウスは一人を見据えたまま歩き続けた。
 アイリは目をそらせなかった。周りを見ることも、すぐ隣のマリアに話しかけることもできない。
 だってそうだろう。
 ユリウスの紅い瞳に、ずっと見つめられていたのだから。
 一般の参列者が海が割れるようにユリウスの前から退いた先には、アイリを呼ぶマリアと、縫い止められたように動けないアイリがいるばかりだった。
 ユリウスはまっすぐにアイリの元にたどりつくと、流麗に膝をつきその左手を取る。
 目を丸くしてアイリはユリウスを見下ろす。アイリを見上げるユリウスは紅い瞳に心底嬉しそうな色を浮かべて言った。
「私の婚約者になっていただきたい」
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