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第5話 無実を証明しただけだが?
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「そ、その痕……」
ヒルダが目を見張る。
「ええ。厄災痕です」
アイリの胸にはまだらな円を模した魔素の痕が赤く光っていた。厄災痕と呼ばれるそれは、厄災の被災者全てに刻まれた魔素の痕。痕の形や現れる場所こそ人それぞれだが、決まって共鳴すると赤く光るという性質を持っている。
「厄災痕同士は共鳴する。赤く光るのは厄災痕同士だから。違いませんよね」
アイリの言葉に、ヒルダは目に見えて狼狽する。そこへ従者の男性が付け加える。
「エミネントが正しく人と交感したときに現れる痕なら、青く共鳴するはずだ。そして交感した相手の魔素にしか反応しない」
それを聞いてアイリは確信する。
「あなたも、厄災の被災者ですね?」
ヒルダは必死に訴える顔から血の気が引き、一目散に逃げだそうとした。
だがすぐに従者の男性に取り押さえられてしまう。
「クソっ、離せ!」
「ヒルダ、といったな。話は詰め所でじっくり聞いてやる。衛兵!」
従者の男性が声を上げれば、周りを取り囲んでいた衛兵がヒルダを捕らえ、連れられていく。光っていた胸元は鎮まり、アイリは胸をなで下ろす。
と、後ろから重たい上着が肩にかけられた。
「あ……」
「年頃のお嬢さんが、肌をさらすのは見ていられなくてね」
上着を脱いだユリウスは少し顔を背けながらはにかむ。
「ア、アイリ!」
そこでようやく我に帰ったマリアがアイリのワンピースのボタンを留めていく。
人々が騒然とする中、司祭の声が響き渡る。
「此度の婚約の儀、番となるものは双方名を述べよ!」
ユリウスは真剣な顔つきで答える。
「ユリウス。ユリウス・ルナサングィネア。……君の名前は?」
朗々と自分の名を名乗るユリウスが、そっとアイリに呼びかける。ユリウスは自分に婚約を望んでいるが、アイリはどうしたらいいのか正解がわからない。
こんな自分が婚約なんてしてしまっていいのだろうか。自分で選んでしまっていいのだろうか。そんな不安に襲われる。
ふと、手を握られた。マリアがアイリに微笑んでいる。「大丈夫だよ」とそっと唇が動くのが見えた。
「アイリ……アイリ・フィルップラ、です」
その言葉にそっと後押しされ、アイリは名乗る。
魔法により両者の声を聞き届けた司祭は鷹揚に頷く。そして高らかに告げた。
「ここに参列する者を証人に、婚約の成立を宣言する!」
一瞬間を置いて、歓声が沸き上がった。
「すごいじゃない! おめでとうアイリ!」
「アイリ。これから私と一緒に生きてほしい」
マリアに祝福される横でアイリはユリウスに問うた。ごく自然に、当たり前のことを聞くように。
「生きてって、何をしたらいいんですか?」
純粋な問いかけに、ユリウスは何も言えず目を見開いた。
それからのできごとは本当に目まぐるしかった。
アイリは一躍街の有名人になり、ユリウスの窮地を救った才女として称えられた。孤児院にはルナサングィネア家の使用人が出入りするようになり、婚約にあたりルナサングィネア家の屋敷へ移住することが取り決められた。
「……なお、婚約者は自身の家財の持ち込みや使用人を連れていくことも許可する、って。孤児院育ちに使用人なんているわけないでしょ」
ルナサングィネア家からの取り決め書を読んだマリアがベッドの上で呆れてみせる。その横で黙々と出立の準備をするアイリは一言そうね、とだけ答えた。
アイリはといえば初めて自分で決めたことで落ち着かず、早々に屋敷に行く準備を進めていた。
「アイリ、荷物これだけなの? 暇潰しにもっと色んな本、持ってこようか?」
マリアがアイリの整えた荷物に目を向けて心配そうに声をかける。それもそのはずだ。アイリは使い古しの旅行鞄一つだけを部屋に置いていたのだから。
「いいの。私そんなに物持ちじゃないから」
「でも何か思い出のものとか、大事なものくらいあるでしょ? いつも世話してるお花とか!」
「勝手に持っていたら怒られるわ」
「大丈夫だって、花を見て気持ちを安らげるのだって大事なことだし」
アイリの私物は鞄一つに収められる程度しかない。着替えの他は、いつも使っている洗面用具と手習いに使っていたペンとノート。マリアから贈られた本が数冊。年頃にしたって、もう少しかわいげのあるぬいぐるみやアクセサリーくらいあるはずだ。
だがアイリはそういったものにちっとも興味が湧かなかった。普通に生活するだけなら、そういったものはなくても暮らせる。
ぬいぐるみや飾りがなくても寝起きはできるし、ネックレスや指輪がなくても孤児院の子供達の世話はできる。
だが。
「婚約者としてお屋敷に行っちゃったら、私達もう会えないのかな」
寂しそうに言うマリアにアイリは首を振ってみせた。
「それは問題ないわ。あなたも連れて行きたいもの」
「そうなんだ、私も……って私もぉ?!」
どういうことか聞いてくるマリアに、アイリは取り決め書を指して言った。
「お付きの人が必要なら、あなたに頼みたいの。さすがに一人で知らないお屋敷に行くのは大変だと思うし、きっとお付きなら孤児院よりもいい暮らしができると思うわ」
「そういう問題かなぁ。でもアイリが言うならしかたないよね、レイノ先生に許可取ってくる!」
だが、そうは言ってもマリアは乗り気なようだ。早速ベッドから飛び降りると、孤児院の院長でもあるレイノの元へ行ってしまった。
アイリは質素な部屋の窓から外を見やる。ちょうど花壇が見下ろせる位置にあるアイリの部屋は、日当たりがいい。
「大事なもの……いつも見てるもの、か……」
見下ろした先にはアイリスの花。
咲くには、まだ早かった。
ヒルダが目を見張る。
「ええ。厄災痕です」
アイリの胸にはまだらな円を模した魔素の痕が赤く光っていた。厄災痕と呼ばれるそれは、厄災の被災者全てに刻まれた魔素の痕。痕の形や現れる場所こそ人それぞれだが、決まって共鳴すると赤く光るという性質を持っている。
「厄災痕同士は共鳴する。赤く光るのは厄災痕同士だから。違いませんよね」
アイリの言葉に、ヒルダは目に見えて狼狽する。そこへ従者の男性が付け加える。
「エミネントが正しく人と交感したときに現れる痕なら、青く共鳴するはずだ。そして交感した相手の魔素にしか反応しない」
それを聞いてアイリは確信する。
「あなたも、厄災の被災者ですね?」
ヒルダは必死に訴える顔から血の気が引き、一目散に逃げだそうとした。
だがすぐに従者の男性に取り押さえられてしまう。
「クソっ、離せ!」
「ヒルダ、といったな。話は詰め所でじっくり聞いてやる。衛兵!」
従者の男性が声を上げれば、周りを取り囲んでいた衛兵がヒルダを捕らえ、連れられていく。光っていた胸元は鎮まり、アイリは胸をなで下ろす。
と、後ろから重たい上着が肩にかけられた。
「あ……」
「年頃のお嬢さんが、肌をさらすのは見ていられなくてね」
上着を脱いだユリウスは少し顔を背けながらはにかむ。
「ア、アイリ!」
そこでようやく我に帰ったマリアがアイリのワンピースのボタンを留めていく。
人々が騒然とする中、司祭の声が響き渡る。
「此度の婚約の儀、番となるものは双方名を述べよ!」
ユリウスは真剣な顔つきで答える。
「ユリウス。ユリウス・ルナサングィネア。……君の名前は?」
朗々と自分の名を名乗るユリウスが、そっとアイリに呼びかける。ユリウスは自分に婚約を望んでいるが、アイリはどうしたらいいのか正解がわからない。
こんな自分が婚約なんてしてしまっていいのだろうか。自分で選んでしまっていいのだろうか。そんな不安に襲われる。
ふと、手を握られた。マリアがアイリに微笑んでいる。「大丈夫だよ」とそっと唇が動くのが見えた。
「アイリ……アイリ・フィルップラ、です」
その言葉にそっと後押しされ、アイリは名乗る。
魔法により両者の声を聞き届けた司祭は鷹揚に頷く。そして高らかに告げた。
「ここに参列する者を証人に、婚約の成立を宣言する!」
一瞬間を置いて、歓声が沸き上がった。
「すごいじゃない! おめでとうアイリ!」
「アイリ。これから私と一緒に生きてほしい」
マリアに祝福される横でアイリはユリウスに問うた。ごく自然に、当たり前のことを聞くように。
「生きてって、何をしたらいいんですか?」
純粋な問いかけに、ユリウスは何も言えず目を見開いた。
それからのできごとは本当に目まぐるしかった。
アイリは一躍街の有名人になり、ユリウスの窮地を救った才女として称えられた。孤児院にはルナサングィネア家の使用人が出入りするようになり、婚約にあたりルナサングィネア家の屋敷へ移住することが取り決められた。
「……なお、婚約者は自身の家財の持ち込みや使用人を連れていくことも許可する、って。孤児院育ちに使用人なんているわけないでしょ」
ルナサングィネア家からの取り決め書を読んだマリアがベッドの上で呆れてみせる。その横で黙々と出立の準備をするアイリは一言そうね、とだけ答えた。
アイリはといえば初めて自分で決めたことで落ち着かず、早々に屋敷に行く準備を進めていた。
「アイリ、荷物これだけなの? 暇潰しにもっと色んな本、持ってこようか?」
マリアがアイリの整えた荷物に目を向けて心配そうに声をかける。それもそのはずだ。アイリは使い古しの旅行鞄一つだけを部屋に置いていたのだから。
「いいの。私そんなに物持ちじゃないから」
「でも何か思い出のものとか、大事なものくらいあるでしょ? いつも世話してるお花とか!」
「勝手に持っていたら怒られるわ」
「大丈夫だって、花を見て気持ちを安らげるのだって大事なことだし」
アイリの私物は鞄一つに収められる程度しかない。着替えの他は、いつも使っている洗面用具と手習いに使っていたペンとノート。マリアから贈られた本が数冊。年頃にしたって、もう少しかわいげのあるぬいぐるみやアクセサリーくらいあるはずだ。
だがアイリはそういったものにちっとも興味が湧かなかった。普通に生活するだけなら、そういったものはなくても暮らせる。
ぬいぐるみや飾りがなくても寝起きはできるし、ネックレスや指輪がなくても孤児院の子供達の世話はできる。
だが。
「婚約者としてお屋敷に行っちゃったら、私達もう会えないのかな」
寂しそうに言うマリアにアイリは首を振ってみせた。
「それは問題ないわ。あなたも連れて行きたいもの」
「そうなんだ、私も……って私もぉ?!」
どういうことか聞いてくるマリアに、アイリは取り決め書を指して言った。
「お付きの人が必要なら、あなたに頼みたいの。さすがに一人で知らないお屋敷に行くのは大変だと思うし、きっとお付きなら孤児院よりもいい暮らしができると思うわ」
「そういう問題かなぁ。でもアイリが言うならしかたないよね、レイノ先生に許可取ってくる!」
だが、そうは言ってもマリアは乗り気なようだ。早速ベッドから飛び降りると、孤児院の院長でもあるレイノの元へ行ってしまった。
アイリは質素な部屋の窓から外を見やる。ちょうど花壇が見下ろせる位置にあるアイリの部屋は、日当たりがいい。
「大事なもの……いつも見てるもの、か……」
見下ろした先にはアイリスの花。
咲くには、まだ早かった。
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