6 / 33
第6話 ルナサングィネアのお屋敷へ
しおりを挟む
ルナサングィネアの屋敷には、馬車で向かう。普段着で旅行鞄を側に置いたアイリの横には、マリアが大荷物を抱えて立っている。空はよく晴れ、雲一つない快晴だ。
二人の側には茶髪をすっきりとまとめた清潔な身なりの青年が立っている。孤児院の院長と町医者を兼ねるレイノだ。年は二十歳半ばほど、まだ若いが落ち着いた雰囲気の彼は二人の見送りに来ていた。
「あなたが輿入れするみたい」
「だってもう孤児院には戻れないかもしれないってレイノ先生が言ったから……みんな持っていきたくて」
「私のせいではなく、君が必要だから持っていくのだろう?」
レイノがマリアをたしなめるようにいえば、マリアは不服そうに頬を膨らませた。
「そんなこと言わなくてもいいじゃない。せっかくいい暮らしできるかもしれないんだから」
「君がついて行けるのもアイリのおかげだからな。側でちゃんと支えてやってくれ」
「わかってますよーだ」
マリアとレイノが言い合う中、ぽつりとアイリは呟く。
「そんなにものって必要なのかしら……」
そんなアイリも、小さな鉢を一つ抱えていた。一輪のアイリスの蕾が慎ましく頭をもたげている。マリアたちに勧められたこともあるが、いつも世話をしている花を一輪持っていくことにしたのだ。二人の言うとおり世話をすれば、皆が喜ぶかもしれない。
それが自分にとって何を意味するかアイリはわからなかったが、持っていけといわれたのなら持っていくまでだ。その程度の理由しか、アイリはまだ持てなかった。
孤児院の前で待っていれば、立派な装飾が施された大きな馬車が入り口の前に止まる。月をモチーフにした紋章は、ルナサングィネアの家紋だ。
馬車からこの前口添えをしてくれた赤毛の男性が降りてくる。そしてアイリたちの前でお辞儀をすると、よく通る声で挨拶の言葉を述べた。
「アイリ・フィルップラ様。お迎えに上がりました。私はユリウス様のお付き、名をオルヴォと申します。そちらの方々は」
「アイリのお付きのマリアです! よろしくお願いします!」
「孤児院院長のレイノ・キウルです。二人の見送りに」
ぺこりと頭を下げるマリアの横で、レイノが会釈をする。オルヴォは馬車から御者が降りるのを見て頷いた。
「なるほど。ではアイリ様、マリア殿。馬車の中へ。荷物を積み込みますので、少々お待ちください」
「はい」
短くアイリは返事をすると、鞄一つを御者に預けて馬車に乗ろうとする。
「アイリ」
レイノがアイリを呼び止める。振り返ったアイリにレイノは続けた。
「どうか、これからの人生を豊かにできるよう。ここではできなかったことをたくさん経験しなさい。きっと、君だって笑えるようになれることを願っている」
「ありがとうございます。……では」
こういうとき、どう答えればいいのかアイリは知らない。笑えることがつまり何か、アイリはわからないからだ。出立を見送る言葉というのはわかる。でもそれ以上の意味が汲み取れない。
わからなくても、過ごしてこられたから。周りが喜んでいるのなら、喜ぶふりをする。悲しみに暮れていたら、言葉少なにする。そういった行動はできても、それに付随する感情が何かアイリにはわからない。うまく感じ取れないのだ。
「アイリ? どうしたの、早く乗らないとオルヴォさんたち待たせちゃうよ」
マリアの言葉で意識を引き戻されたアイリは、レイノに会釈して馬車に乗る。マリアもその後に続き、最後に乗ったオルヴォによって馬車のドアが閉められた。
レイノが手を振って見送る中、アイリは言いようのないもやもやとした感覚を胸に抱えていた。
二人の側には茶髪をすっきりとまとめた清潔な身なりの青年が立っている。孤児院の院長と町医者を兼ねるレイノだ。年は二十歳半ばほど、まだ若いが落ち着いた雰囲気の彼は二人の見送りに来ていた。
「あなたが輿入れするみたい」
「だってもう孤児院には戻れないかもしれないってレイノ先生が言ったから……みんな持っていきたくて」
「私のせいではなく、君が必要だから持っていくのだろう?」
レイノがマリアをたしなめるようにいえば、マリアは不服そうに頬を膨らませた。
「そんなこと言わなくてもいいじゃない。せっかくいい暮らしできるかもしれないんだから」
「君がついて行けるのもアイリのおかげだからな。側でちゃんと支えてやってくれ」
「わかってますよーだ」
マリアとレイノが言い合う中、ぽつりとアイリは呟く。
「そんなにものって必要なのかしら……」
そんなアイリも、小さな鉢を一つ抱えていた。一輪のアイリスの蕾が慎ましく頭をもたげている。マリアたちに勧められたこともあるが、いつも世話をしている花を一輪持っていくことにしたのだ。二人の言うとおり世話をすれば、皆が喜ぶかもしれない。
それが自分にとって何を意味するかアイリはわからなかったが、持っていけといわれたのなら持っていくまでだ。その程度の理由しか、アイリはまだ持てなかった。
孤児院の前で待っていれば、立派な装飾が施された大きな馬車が入り口の前に止まる。月をモチーフにした紋章は、ルナサングィネアの家紋だ。
馬車からこの前口添えをしてくれた赤毛の男性が降りてくる。そしてアイリたちの前でお辞儀をすると、よく通る声で挨拶の言葉を述べた。
「アイリ・フィルップラ様。お迎えに上がりました。私はユリウス様のお付き、名をオルヴォと申します。そちらの方々は」
「アイリのお付きのマリアです! よろしくお願いします!」
「孤児院院長のレイノ・キウルです。二人の見送りに」
ぺこりと頭を下げるマリアの横で、レイノが会釈をする。オルヴォは馬車から御者が降りるのを見て頷いた。
「なるほど。ではアイリ様、マリア殿。馬車の中へ。荷物を積み込みますので、少々お待ちください」
「はい」
短くアイリは返事をすると、鞄一つを御者に預けて馬車に乗ろうとする。
「アイリ」
レイノがアイリを呼び止める。振り返ったアイリにレイノは続けた。
「どうか、これからの人生を豊かにできるよう。ここではできなかったことをたくさん経験しなさい。きっと、君だって笑えるようになれることを願っている」
「ありがとうございます。……では」
こういうとき、どう答えればいいのかアイリは知らない。笑えることがつまり何か、アイリはわからないからだ。出立を見送る言葉というのはわかる。でもそれ以上の意味が汲み取れない。
わからなくても、過ごしてこられたから。周りが喜んでいるのなら、喜ぶふりをする。悲しみに暮れていたら、言葉少なにする。そういった行動はできても、それに付随する感情が何かアイリにはわからない。うまく感じ取れないのだ。
「アイリ? どうしたの、早く乗らないとオルヴォさんたち待たせちゃうよ」
マリアの言葉で意識を引き戻されたアイリは、レイノに会釈して馬車に乗る。マリアもその後に続き、最後に乗ったオルヴォによって馬車のドアが閉められた。
レイノが手を振って見送る中、アイリは言いようのないもやもやとした感覚を胸に抱えていた。
0
あなたにおすすめの小説
契約婚のはずが、腹黒王太子様に溺愛されているようです
星月りあ
恋愛
「契約結婚しませんか? 愛を求めたりいたしませんので」
そう告げられた王太子は面白そうに笑った。
目が覚めると公爵令嬢リリカ・エバルディに転生していた主人公。ファンタジー好きの彼女は喜んだが、この国には一つ大きな問題があった。それは紅茶しかないということ。日本茶好きの彼女からしたら大問題である。
そんな中、王宮で日本茶に似た茶葉を育てているらしいとの情報を得る。そして、リリカは美味しいお茶を求め、王太子に契約結婚を申し出た。王太子はこれまで数多くの婚約を断ってきたため女性嫌いとも言われる人物。
そう、これはそのためだけのただの契約結婚だった。
それなのに
「君は面白いね」「僕から逃げられるとでも?」
なぜか興味をもたれて、いつしか溺愛ムードに突入していく……。
子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました
もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!
料理スキルしか取り柄がない令嬢ですが、冷徹騎士団長の胃袋を掴んだら国一番の寵姫になってしまいました
さら
恋愛
婚約破棄された伯爵令嬢クラリッサ。
裁縫も舞踏も楽器も壊滅的、唯一の取り柄は――料理だけ。
「貴族の娘が台所仕事など恥だ」と笑われ、家からも見放され、辺境の冷徹騎士団長のもとへ“料理番”として嫁入りすることに。
恐れられる団長レオンハルトは無表情で冷徹。けれど、彼の皿はいつも空っぽで……?
温かいシチューで兵の心を癒し、香草の香りで団長の孤独を溶かす。気づけば彼の灰色の瞳は、わたしだけを見つめていた。
――料理しかできないはずの私が、いつの間にか「国一番の寵姫」と呼ばれている!?
胃袋から始まるシンデレラストーリー、ここに開幕!
前世で孵した竜の卵~幼竜が竜王になって迎えに来ました~
高遠すばる
恋愛
エリナには前世の記憶がある。
先代竜王の「仮の伴侶」であり、人間貴族であった「エリスティナ」の記憶。
先代竜王に真の番が現れてからは虐げられる日々、その末に追放され、非業の死を遂げたエリスティナ。
普通の平民に生まれ変わったエリスティナ、改めエリナは強く心に決めている。
「もう二度と、竜種とかかわらないで生きていこう!」
たったひとつ、心残りは前世で捨てられていた卵から孵ったはちみつ色の髪をした竜種の雛のこと。クリスと名付け、かわいがっていたその少年のことだけが忘れられない。
そんなある日、エリナのもとへ、今代竜王の遣いがやってくる。
はちみつ色の髪をした竜王曰く。
「あなたが、僕の運命の番だからです。エリナ。愛しいひと」
番なんてもうこりごり、そんなエリナとエリナを一身に愛する竜王のラブロマンス・ファンタジー!
ワンチャンあるかな、って転生先で推しにアタックしてるのがこちらの令嬢です
山口三
恋愛
恋愛ゲームの世界に転生した主人公。中世異世界のアカデミーを中心に繰り広げられるゲームだが、大好きな推しを目の前にして、ついつい欲が出てしまう。「私が転生したキャラは主人公じゃなくて、たたのモブ悪役。どうせ攻略対象の相手にはフラれて婚約破棄されるんだから・・・」
ひょんな事からクラスメイトのアロイスと協力して、主人公は推し様と、アロイスはゲームの主人公である聖女様との相思相愛を目指すが・・・。
【完結】番としか子供が産まれない世界で
さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。
何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。
そんなニーナが番に出会うまで
4話完結
出会えたところで話は終わってます。
好きすぎます!※殿下ではなく、殿下の騎獣が
和島逆
恋愛
「ずっと……お慕い申し上げておりました」
エヴェリーナは伯爵令嬢でありながら、飛空騎士団の騎獣世話係を目指す。たとえ思いが叶わずとも、大好きな相手の側にいるために。
けれど騎士団長であり王弟でもあるジェラルドは、自他ともに認める女嫌い。エヴェリーナの告白を冷たく切り捨てる。
「エヴェリーナ嬢。あいにくだが」
「心よりお慕いしております。大好きなのです。殿下の騎獣──……ライオネル様のことが!」
──エヴェリーナのお目当ては、ジェラルドではなく獅子の騎獣ライオネルだったのだ。
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました【完結】
iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる