好きと言ってもわからない~精神年齢10歳の次期当主に求婚された件~

ことのはじめ

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第6話 ルナサングィネアのお屋敷へ

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 ルナサングィネアの屋敷には、馬車で向かう。普段着で旅行鞄を側に置いたアイリの横には、マリアが大荷物を抱えて立っている。空はよく晴れ、雲一つない快晴だ。
 二人の側には茶髪をすっきりとまとめた清潔な身なりの青年が立っている。孤児院の院長と町医者を兼ねるレイノだ。年は二十歳半ばほど、まだ若いが落ち着いた雰囲気の彼は二人の見送りに来ていた。
「あなたが輿入れするみたい」
「だってもう孤児院には戻れないかもしれないってレイノ先生が言ったから……みんな持っていきたくて」
「私のせいではなく、君が必要だから持っていくのだろう?」
 レイノがマリアをたしなめるようにいえば、マリアは不服そうに頬を膨らませた。
「そんなこと言わなくてもいいじゃない。せっかくいい暮らしできるかもしれないんだから」
「君がついて行けるのもアイリのおかげだからな。側でちゃんと支えてやってくれ」
「わかってますよーだ」
 マリアとレイノが言い合う中、ぽつりとアイリは呟く。
「そんなにものって必要なのかしら……」
 そんなアイリも、小さな鉢を一つ抱えていた。一輪のアイリスの蕾が慎ましく頭をもたげている。マリアたちに勧められたこともあるが、いつも世話をしている花を一輪持っていくことにしたのだ。二人の言うとおり世話をすれば、皆が喜ぶかもしれない。
 それが自分にとって何を意味するかアイリはわからなかったが、持っていけといわれたのなら持っていくまでだ。その程度の理由しか、アイリはまだ持てなかった。
 孤児院の前で待っていれば、立派な装飾が施された大きな馬車が入り口の前に止まる。月をモチーフにした紋章は、ルナサングィネアの家紋だ。
 馬車からこの前口添えをしてくれた赤毛の男性が降りてくる。そしてアイリたちの前でお辞儀をすると、よく通る声で挨拶の言葉を述べた。
「アイリ・フィルップラ様。お迎えに上がりました。私はユリウス様のお付き、名をオルヴォと申します。そちらの方々は」
「アイリのお付きのマリアです! よろしくお願いします!」
「孤児院院長のレイノ・キウルです。二人の見送りに」
 ぺこりと頭を下げるマリアの横で、レイノが会釈をする。オルヴォは馬車から御者が降りるのを見て頷いた。
「なるほど。ではアイリ様、マリア殿。馬車の中へ。荷物を積み込みますので、少々お待ちください」
「はい」
 短くアイリは返事をすると、鞄一つを御者に預けて馬車に乗ろうとする。
「アイリ」
 レイノがアイリを呼び止める。振り返ったアイリにレイノは続けた。
「どうか、これからの人生を豊かにできるよう。ここではできなかったことをたくさん経験しなさい。きっと、君だって笑えるようになれることを願っている」
「ありがとうございます。……では」
 こういうとき、どう答えればいいのかアイリは知らない。笑えることがつまり何か、アイリはわからないからだ。出立を見送る言葉というのはわかる。でもそれ以上の意味が汲み取れない。
 わからなくても、過ごしてこられたから。周りが喜んでいるのなら、喜ぶふりをする。悲しみに暮れていたら、言葉少なにする。そういった行動はできても、それに付随する感情が何かアイリにはわからない。うまく感じ取れないのだ。
「アイリ? どうしたの、早く乗らないとオルヴォさんたち待たせちゃうよ」
 マリアの言葉で意識を引き戻されたアイリは、レイノに会釈して馬車に乗る。マリアもその後に続き、最後に乗ったオルヴォによって馬車のドアが閉められた。
 レイノが手を振って見送る中、アイリは言いようのないもやもやとした感覚を胸に抱えていた。
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