好きと言ってもわからない~精神年齢10歳の次期当主に求婚された件~

ことのはじめ

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第8話 やんちゃ坊主が見せたかったもの

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 走る。走る。ユリウスはアイリを連れて屋敷の裏手へと向かっていた。アイリも手を振りほどけずについてく羽目になり、歩幅の大きなユリウスに合わせて懸命に足を動かしていた。
「ユリウス様! ここはお通ししませんよ!」
「そんなのにはひっかかんないもんねー!」
 モップを構えて廊下に立ち塞がるメイドにユリウスは舌を出すとすぐ横の部屋に飛び込む。
「あっ! こらー!」
 メイドの声を後に飛び込んだ部屋はランドリーらしく、洗濯に励んでいた使用人がぎょっとする。
「ユリウス様?!」
「ちょっと通るぜ!」
「あ、あのっ失礼しますっ」
 アイリもわけもわからず会釈してユリウスに連れられていく。洗濯桶をひっくり返しユリウスはアイリを連れてランドリーを突っ切って、洗濯物を干す庭へと飛び出していった。
「ひゃあああ!」
「待てー!」
「捕まえろー!」
 使用人の素っ頓狂な悲鳴や怒号を背に、ユリウスは庭を走り回る。庭木の手入れをしていた庭師が驚いて植木ばさみを取り落とす横で、ずっと追ってきたオルヴォがそれを拾い庭師にまた渡してやった。
「全くあのやんちゃ坊主は……ユリウス様ー!」
 真面目な顔で呆れながらオルヴォは先回りすべく庭を迂回しだした。
 屋敷の裏手はそのまま森へと通じており、ユリウスは服が汚れるのも厭わずに茂みをかき分けて森の中に入っていく。当然アイリも同じ道を通る羽目になるため、小枝や葉っぱに体がひっかかれる。
「ユ、ユリウス様っ」
「大丈夫! もうちょっとで着くから!」
 ユリウスはしっかりとアイリの手を握ったまま森を抜ける。
 ようやく立ち止まる頃にはアイリはすっかり息が上がっていて、スカートはランドリーを通ったときに引っかけてしまった石けん液や森の茂みの葉っぱまみれになっていた。
「ふう。ここまで来たら大丈夫だな」
 そんなことを言うユリウスはすっかり追っ手を撒けたと得意げな顔をしている。
「ユリウス様……はぁ、はぁ……、な、何なんですか?」
「アイリが来たら一番最初にここに連れてくる、って決めてたんだ! 見て!」
 ユリウスがアイリの横に立つ。開けた視界に逆さまの空が映った。
 アイリが連れてこられたのは、大きな湖だった。水は澄み、空をまるごと鏡映しにしたような水面が広がっている。遠く生い茂る木々に囲まれ、人の気配がまるでしない神秘的な光景は思わずため息の出るようなものだった。
「ここが、どうかしたんですか?」
 だが、アイリから漏れた言葉はてんで場違いなものだった。てっきり喜ぶと思っていたユリウスは目をまん丸にして声を上げる。
「えっ、綺麗とか、すごい、とか思わないの?」
「いえ。広いとは思いますけど……でもそれが何か?」
 ユリウスは心底がっかりした様子で肩を落とす。
「そんなー……せっかくとっておきの場所に連れてきたのに」
「……すみません。私、そういうのに疎くて……」
 ユリウスが落ち込んでいるのはわかったから、アイリはどうにか取り繕おうとする。だが、うまく言葉が出てこない。やってしまったとアイリは少し心が冷たくなる。いつも自分の言動で、誰かの機嫌を損ねてしまう。だから聞きたくても聞けないのだ。誰かを傷つけてしまうかもしれないから。
 慰めの言葉もうまく出せないアイリの横で、ユリウスは肩を落としたままため息をつく。
「オルヴォにも秘密だったのに」
「ほう。私にも秘密とは、そんなに大事な場所でしたか」
 背後から聞こえてきた声に、ユリウスはびくりと肩を震わせる。振り返れば、少し髪の乱れたオルヴォが立っていた。
「げっ、オルヴォ……」
「大切な婚約者をこんなになるまで連れ回して、それでも次期当主ですか」
 固い声でオルヴォが問い詰めれば、ユリウスはしゅんとして表情を曇らせる。
「う、だって……」
 ユリウスがしょぼくれるが、オルヴォはそれを許さず鋭い眼差しで困ったように睨み付けた。
「だってもなにもありません。さ、戻りましょう。アイリ様、この度はユリウス様がご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
 オルヴォは深々とお辞儀をするとユリウスの耳を引っ張って屋敷へ戻っていく。
「いだだだっ! 引っ張らなくっても大丈夫だってばー!」
「いいからいらっしゃい! しっかり反省してもらいますからな!」
 一体どうなっているのだろう。アイリは疑問で頭がいっぱいになっていた。
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