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本編
35 エピローグ
各国に、ネストリア王国レオナルド王子殿下の結婚式の招待状が届いた。
その約一か月後、大陸を脅かしていた地下組織“赤い蠍”のメンバーが、各国で一斉に検挙・逮捕される。
蓋を開けてみれば、国際的な活動をしている慈善団体が、その中心的組織であったというショッキングな内容に誰もが驚きを隠せなかった。戦争孤児を育てる孤児院、寄付で運営を賄っていた慈善病院など、おおよそ悪とは結び付かないところに彼らは潜み、己の利益を追求してきたのである。
(そして、何も知らない善良な人々は、そういう団体へ、純粋な気持ちでせっせと寄付をしていたなんて・・・)
凶悪組織“赤い蠍”は、徹底的に解体する。そして、二度とこのような組織を出現させぬよう、各国でタッグを組み、防御策を練っていく予定だという。この国でも、慈善団体に対し、新たな法整備を進めていくことが決まった。
『我が国(ネストリア王国)では、国王陛下が、この国際的事件(赤い蠍)の担当者にモディアーノ公爵閣下を任命した。公爵閣下は「謹んで、お受けいたします」と、その任を受ける旨を陛下へ伝えたのであった』
ネストリア・タイムズ(新聞)の記事に目を通していたマリアベルの眉間に皺が寄る。
(いや、これ究極の茶番だわ。大体、この案件を調べ倒したのはお父様なのに、何も知らないフリをしちゃっているし)
そんなマリアベルは相変わらず公爵と出会っても、最低限の確認事項くらいしか話をしない。レオナルドは二人を無理に仲良くさせる必要は無いと考えているので、特に口も出さず静観している。
マリアベルは記事から顔を上げると、横に座っているレオナルドへ話し掛けた。
「殿下、今日は金融の授業がある日なのですけど・・・」
「ああ、俺も受ける」
レオナルドは何故そんな分かり切ったことを聞く?という顔で答える。
(もう、殿下、私の授業に参加するのは、いい加減止めてくれないかしら)
次は部屋の端に控えているアリーへ、マリアベルは声を掛けた。
「殿下の乳兄弟代表として、アリーはどう思う?」
「うざいですね」
「あら、アリーも言うようになったわね」
「いえ、あの羽虫の事です」
アリーは窓の外を指差す。レオナルドは渋い表情をしながら、“レオナルドの悪口を吐いておいて、堂々としらばっくれるアリー”の方を見た。しかし、アリーは視線をこちら(レオナルド)には向けてくれない。
「マリー、俺が一緒だとウザいのか?」
「別に、ウザいと言うことはないですけど、結婚式までの四か月間は、集中して勉強したいと思っていて」
「そうか・・・次回からのことは、少し考えさせてくれ」
「ええ、ポルトスもいますので、大丈夫ですよ」
マリアベルはポルトスの方を向く。しかし、ポルトスはマリアベルと視線を合わせてくれなかった。その様子を見ていたアリーはポルトスに同情する。この後に起こることが、もう分かっているからだ。
「マリー、俺がダメで、ポルトスならいいとはどういうことだ?」
案の定、レオナルドがゴネ始める。ポルトスは今すぐこの部屋から逃げたいと思った。だが、ポルトスは現在、マリアベル専属護衛の任についているので、そう簡単には出て行けない。
「殿下は、お仕事がとても溜まっていると、ガーシュイン様が教えて下さいました。やるべきことを投げ出しておいて、私の授業には参加するというのは、カッコ悪いと思います」
「――――カッコ悪い」
レオナルドは、凹んだ。
仕事が山のように溜まったのにはワケがある。先日、二大公爵家の一つ、メンディ公爵家で派閥の不祥事が発覚し、当主が責任を取って引退するという大事件があったからだ。
新当主ポールはサム・ロー・メンディ前公爵の長男で、ベアトリスの兄。レオナルドより一つ上の十九歳で政務経験がなく、メンディ公爵家が担っている穀倉地帯の収穫高の状況さえ、把握していなかった。
その新当主が仕事の仕方を教えて欲しいと頼ったのは、メンディ公爵家の派閥貴族ではなく、この国の王子であるレオナルドだった。確かに、不祥事を起こした張本人たちを頼る気にならなかったのは分からなくもない。
しかしながら、この国の王子が二大公爵家の片翼の仕事を手伝うということは、本来あり得ない話なのである。だからと言って、国を混乱させるわけにもいかず、レオナルドは結局、それを請け負うことになってしまった。
流石にこの手伝いは緊急措置であり、一定の期間のみだとポールには念を押している。それなのにレオナルドは仕事をサボって一緒にいる時間を作っていると、マリアベルが思っていたことにショックを受けた。
もはや、“違う!”と言い返すような元気も出てこない。レオナルドは心を落ち着かせるため一旦、この部屋から出ることにした。
パタン。
無言でレオナルドが部屋から出て行った。マリアベルは何が起こったのかが分からない。
(え、何故、何も言わずに出て行ったの?私、マズいことを言ってしまったのかしら!?)
「アリー、殿下はどうしたのかしら!?」
「お仕事に戻られたのではないですか?」
「でも、何も言わないで出て行くなんて、変じゃない?」
アリーは答えが分からないので黙り込む。レオナルドのことは主マリアベルのメンドクサイ婚約者だと言うことと、仕事の鬼(怖い)ということしか知らないからである。
「マリアベル様、自分が思うには・・・」
壁と同化していたポルトスは急に気配を出し、口を開いた。
――――――――――
ポルトスはレオナルドが置かれている状況を、マリアベルに話して聞かせた。
「そうだったのね。それにしても、メンディ公爵家のポール様は何故、ご実家の仕事を全く把握されていなかったの?」
「ポールは医師を目指していて、先日まで隣国の医術学校へ通っていたと聞いています。まさか自分が家門を継ぐとは考えてなかったのかも知れないですよ。あの家には次男が居ますから、まだ十五歳ですが」
「では、もともと次男が継ぐつもりだったのに、派閥の不祥事で予定が狂ってしまったということ?」
「ええ、そうだと思います。それで、殿下は本来の業務に加えて、メンディ公爵家の業務チェックまで請け負うことになってしまったんです。ですので、やるべきことをしていなくて業務が滞っているわけではありません。寧ろ、殿下は働き過ぎですから、マリアベル様といる時間が唯一の休憩時間だと思いますよ」
(私、馬鹿だわ!!殿下が休み方を知らない仕事人間だと分かっていたのに、安易に傷つけるようなことを言ってしまうなんてー!!どうしよう。早く謝りたい!)
「ポルトス、教えてくれてありがとう。私が悪かったから、殿下へ謝りに行くわ」
「ええ、どういたしまして」
――――――――――
コンコン。
「誰だ」
「マリアベルです」
「・・・・・・」
「入りますね」
マリアベルは、返事を待たずに執務室のドアを開ける。室内にはレオナルドしかいなかった。迷わず、ガチャっとカギを掛ける。
「なっ、マリー!何故、カギを?」
レオナルドは机から立ち上がって、マリアベルの方へ歩いて来た。
「お話の邪魔をされたくないので、カギを締めました」
マリアベルはレオナルドの手を取り、無理やりソファへと連れて行く。
「座って、お話ししましょう」
レオナルドは突然やって来たマリアベルの行動に首を傾げる。先ほどは、仕事をちゃんとしろと怒っていたのに、突然やって来てソファへ座れと言う。
結局、いつものように三人掛けへ、肩を並べて座った。
「殿下、先ほどは何も事情を知らないのに、一方的に決めつけてしまい申し訳ございませんでした」
マリアベルは横にいるレオナルドへ、頭を深く下げて謝った。レオナルドはそれを制止する。
「いや、それは」
「いつも一緒に過ごしているうちに殿下が仕事の鬼だと言うことを、すっかり忘れていました。ポルトスから、殿下は私と一緒にいる時が、唯一の休憩時間なのだと指摘されたのです。本当にごめんなさい。それと、何か私にお手伝い出来そうなことがあれば、遠慮なくおっしゃってください」
「ああー、俺はカッコ悪いな。本当に・・・」
レオナルドはため息を吐いた。
「殿下はカッコいいですよ。今回の失言は私の浅はかさが原因ですから、気にしないで欲しいです」
「いや、授業の邪魔をしていたのは事実だから、マリーが怒るのも無理はない」
「――――えっ?はっ!?邪魔をしていた!?」
「ああ、男性教師にヤキモチを焼いていたのは確かだ」
衝撃的な告白に、マリアベルは呆れてしまった。今日の授業をしてくれるのは、ネストリア銀行副頭取オーネスト・バーンである。言わずもがな、ご老人・・・。
「っ、殿下。流石にバーン氏へ失礼ですよ」
「ああ、その通りだ。俺はマリーのことになると、残念な思考になるからな」
(残念な思考って何!?追求すべき?それとも聞き流すべき???)
「ほかの男といるだけで心配になる。情けない話だろう?」
「私は、殿下しか恋愛対象として見ていませんよ」
マリアベルはキッパリと言い放った。レオナルドは、天を仰ぐ。
「マリー、そんな、殺し文句を・・・。何でもしてやりたくなるじゃないか」
(な、何でもしてやりたくなるって言うのも、殺し文句だと思うのだけど)
「殿下・・・。これ以上、私を甘やかさないでください。傾国の悪女になってしまいますよ」
「それは、エヴァンスからも言われたことがある。でも、マリーは傾国の悪女になる素質がないと分かっているから、どんなに甘やかしても大丈夫だ」
レオナルドは、マリアベルのこめかみにキスをした。
「恐ろしいくらい甘くて、時々怖くなります」
マリアベルはレオナルドの膝に右手を置き、彼の左頬へキスをした。膝に置かれたマリアベルの手の上へ、レオナルドは自身の左手を重ねる。
「ほら、俺のマリーはハチドリの騎士様だから、清廉な心で、いつも誰かの幸せを願っていて、自分のことを甘やかさない。だから、俺が甘やかす」
レオナルドはちょっと素敵な額に入れて、壁へ掛けてある“あの日の翌日に発行された一面記事”を指差した。あの日とは、レオナルド、マリアベル、エヴァンス、ポルトスが、モディアーノ公爵領から王都に戻って来た日の事である。
「あの日の殿下は舞台俳優みたいでしたよ。カッコいいセリフを、大声でスラスラと言って」
マリアベルは二か月前の出来事を思い出していた。偶然、王都に入ったところで、メンディ公爵家のベアトリスと遭遇した時のことを・・・。
あの出来事は、翌日の新聞の一面を飾った。それは、もう恥ずかしいくらい愛に溢れた記事だったと言っていい。新聞記者たちはたった半日で、マリアベルのことを調べ上げていたのである。
記事では図書館の副館長さんや、カフェ店員、友人B(誰?)というメンバーが、マリアベルのことを褒めたたえていて、逆に怖くなるほどだった。
二面には、“エヴァンス将軍の単独インタビュー”が掲載され、マリアベルの経歴を、それはもうキレイにとても美しく詐称してくれていたのである。
(もう、世の中、嘘ばっかりって、実感したわ)
「あそこで、ベアトリスを引き当てたマリーの強運は、なかなかだと思うぞ」
「それは、私も思いました」
あの後、マリアベルをお茶会へ誘おうと、貴族令嬢たちからの手紙が殺到するという事件も発生した。レオナルドに相談して、マリアベルは三回ほど参加してみたのだが、貴族令嬢たちはとても好意的で、今のところ困った問題も起きていない。
マリアベルは、気付いていなのだが、あのベアトリスを手懐けたという実績だけで充分、他の貴族令嬢たちの信頼は勝ち取っていた。また、マリアベルの正体が、王都のスター、ハチドリの騎士だったという事実に熱狂している貴族令嬢も少なくない。
そして、今後、マリアベルの持ち物につけられるお印は、ハチドリにすると国王陛下が発表した。これに関しては、ハチドリの騎士という民衆に好印象なキャラクターを上手く使おうという王家の魂胆がミエミエだった。
「殿下、殿下って、甘やかされたいですか?」
「唐突だな、マリー」
「だって、私だけ甘やかされるのは、ズルくないですか?」
「心配しなくていい。俺はマリーと違って、甘える方法を知っている」
レオナルドはマリアベルを片腕で持ち上げて、自分の膝に乗せた。そして、ギューッと抱きしめる。マリアベルもレオナルドの背中に腕を回した。
温かい体温が心地よく伝わってくる。
「殿下。温かいですね」
「ああ、そうだな。マリーのこの柔らかな感触が大好きだ」
「――――ん?どういう意味ですか」
「いや、まあ、聞き流せ」
(ん?どういうこと・・・?)
マリアベルは、額をレオナルドの胸に当てたまま考える。
(殿下は胸も筋肉で固いわね。私も筋トレをしたら、こんな風に・・・。ん!?)
マリアベルが違和感を持ち、下を向くと・・・。
「信じられない!!殿下!」
レオナルドの大きな右手が、マリアベルの右胸を包み込んでいた。
「ぶっ、はははっ、マリー、気付くのが遅すぎるだろ」
レオナルドは大きな声を出して笑う。その顔はマリアベルにしか見せてくれない特別な表情。あまりにキラキラとしていて、怒りが何処かへ飛んで行く。
「もう!!!」
マリアベルは、レオナルドの胸板をぺシぺシと平手で叩いた。その愛らしい行動にレオナルドは目を細める。
「ありがとうマリー、俺は今とても幸せな気分だ」
「えっ?叩かれて!???」
またしても、変な方向へ勘違いをしてしまう、マリアベル。
それを可愛いと思う、レオナルド。
「叩かれるよりも、キスの方がいい」
「んーもう!!恥ずかしいから、口に出して言わないで下さいって!!」
文句を言いながらも、マリアベルはゆっくりと瞼を伏せる。二人は、啄む様なキスを重ねた後、互いにくちびるを食んだり、深いキスを幾度も繰り返した。
―――――甘く穏やかな時間が流れていく。
出来心から、マリアベルは瞼を少し開けて、レオナルドの顔を覗き見ようとした。ところが、パチッと視線が合ってしまい何となく誤魔化すように、二人で微笑み合う。
(あれ?殿下、まさか、目を閉じてなかったの・・・。ずっと、私の顔を見ていたってこと?嘘っ!!)
「殿下、最悪!!」
―――――姉ジュリエットが、愛の逃避をしなければ出逢えなかった王子様と妹マリアベルは、これからも楽しく、甘く、そして時々驚くような日々を送っていくのである。多分、きっと!!
---------------------
⭐︎あとがき⭐︎
最後までお読みいただきありがとうございます。
マリアベルとレオナルドのお話はいかがだったでしょうか?
本編からこぼれたお話を、番外編でお届け出来ればと考えています。
面白いと思ったらぜひ評価&感想の方もよろしくお願いいたします。
ブックマーク登録もお忘れなく!
誤字・脱字がありましたら、お知らせください。
ありがとうございました!!
その約一か月後、大陸を脅かしていた地下組織“赤い蠍”のメンバーが、各国で一斉に検挙・逮捕される。
蓋を開けてみれば、国際的な活動をしている慈善団体が、その中心的組織であったというショッキングな内容に誰もが驚きを隠せなかった。戦争孤児を育てる孤児院、寄付で運営を賄っていた慈善病院など、おおよそ悪とは結び付かないところに彼らは潜み、己の利益を追求してきたのである。
(そして、何も知らない善良な人々は、そういう団体へ、純粋な気持ちでせっせと寄付をしていたなんて・・・)
凶悪組織“赤い蠍”は、徹底的に解体する。そして、二度とこのような組織を出現させぬよう、各国でタッグを組み、防御策を練っていく予定だという。この国でも、慈善団体に対し、新たな法整備を進めていくことが決まった。
『我が国(ネストリア王国)では、国王陛下が、この国際的事件(赤い蠍)の担当者にモディアーノ公爵閣下を任命した。公爵閣下は「謹んで、お受けいたします」と、その任を受ける旨を陛下へ伝えたのであった』
ネストリア・タイムズ(新聞)の記事に目を通していたマリアベルの眉間に皺が寄る。
(いや、これ究極の茶番だわ。大体、この案件を調べ倒したのはお父様なのに、何も知らないフリをしちゃっているし)
そんなマリアベルは相変わらず公爵と出会っても、最低限の確認事項くらいしか話をしない。レオナルドは二人を無理に仲良くさせる必要は無いと考えているので、特に口も出さず静観している。
マリアベルは記事から顔を上げると、横に座っているレオナルドへ話し掛けた。
「殿下、今日は金融の授業がある日なのですけど・・・」
「ああ、俺も受ける」
レオナルドは何故そんな分かり切ったことを聞く?という顔で答える。
(もう、殿下、私の授業に参加するのは、いい加減止めてくれないかしら)
次は部屋の端に控えているアリーへ、マリアベルは声を掛けた。
「殿下の乳兄弟代表として、アリーはどう思う?」
「うざいですね」
「あら、アリーも言うようになったわね」
「いえ、あの羽虫の事です」
アリーは窓の外を指差す。レオナルドは渋い表情をしながら、“レオナルドの悪口を吐いておいて、堂々としらばっくれるアリー”の方を見た。しかし、アリーは視線をこちら(レオナルド)には向けてくれない。
「マリー、俺が一緒だとウザいのか?」
「別に、ウザいと言うことはないですけど、結婚式までの四か月間は、集中して勉強したいと思っていて」
「そうか・・・次回からのことは、少し考えさせてくれ」
「ええ、ポルトスもいますので、大丈夫ですよ」
マリアベルはポルトスの方を向く。しかし、ポルトスはマリアベルと視線を合わせてくれなかった。その様子を見ていたアリーはポルトスに同情する。この後に起こることが、もう分かっているからだ。
「マリー、俺がダメで、ポルトスならいいとはどういうことだ?」
案の定、レオナルドがゴネ始める。ポルトスは今すぐこの部屋から逃げたいと思った。だが、ポルトスは現在、マリアベル専属護衛の任についているので、そう簡単には出て行けない。
「殿下は、お仕事がとても溜まっていると、ガーシュイン様が教えて下さいました。やるべきことを投げ出しておいて、私の授業には参加するというのは、カッコ悪いと思います」
「――――カッコ悪い」
レオナルドは、凹んだ。
仕事が山のように溜まったのにはワケがある。先日、二大公爵家の一つ、メンディ公爵家で派閥の不祥事が発覚し、当主が責任を取って引退するという大事件があったからだ。
新当主ポールはサム・ロー・メンディ前公爵の長男で、ベアトリスの兄。レオナルドより一つ上の十九歳で政務経験がなく、メンディ公爵家が担っている穀倉地帯の収穫高の状況さえ、把握していなかった。
その新当主が仕事の仕方を教えて欲しいと頼ったのは、メンディ公爵家の派閥貴族ではなく、この国の王子であるレオナルドだった。確かに、不祥事を起こした張本人たちを頼る気にならなかったのは分からなくもない。
しかしながら、この国の王子が二大公爵家の片翼の仕事を手伝うということは、本来あり得ない話なのである。だからと言って、国を混乱させるわけにもいかず、レオナルドは結局、それを請け負うことになってしまった。
流石にこの手伝いは緊急措置であり、一定の期間のみだとポールには念を押している。それなのにレオナルドは仕事をサボって一緒にいる時間を作っていると、マリアベルが思っていたことにショックを受けた。
もはや、“違う!”と言い返すような元気も出てこない。レオナルドは心を落ち着かせるため一旦、この部屋から出ることにした。
パタン。
無言でレオナルドが部屋から出て行った。マリアベルは何が起こったのかが分からない。
(え、何故、何も言わずに出て行ったの?私、マズいことを言ってしまったのかしら!?)
「アリー、殿下はどうしたのかしら!?」
「お仕事に戻られたのではないですか?」
「でも、何も言わないで出て行くなんて、変じゃない?」
アリーは答えが分からないので黙り込む。レオナルドのことは主マリアベルのメンドクサイ婚約者だと言うことと、仕事の鬼(怖い)ということしか知らないからである。
「マリアベル様、自分が思うには・・・」
壁と同化していたポルトスは急に気配を出し、口を開いた。
――――――――――
ポルトスはレオナルドが置かれている状況を、マリアベルに話して聞かせた。
「そうだったのね。それにしても、メンディ公爵家のポール様は何故、ご実家の仕事を全く把握されていなかったの?」
「ポールは医師を目指していて、先日まで隣国の医術学校へ通っていたと聞いています。まさか自分が家門を継ぐとは考えてなかったのかも知れないですよ。あの家には次男が居ますから、まだ十五歳ですが」
「では、もともと次男が継ぐつもりだったのに、派閥の不祥事で予定が狂ってしまったということ?」
「ええ、そうだと思います。それで、殿下は本来の業務に加えて、メンディ公爵家の業務チェックまで請け負うことになってしまったんです。ですので、やるべきことをしていなくて業務が滞っているわけではありません。寧ろ、殿下は働き過ぎですから、マリアベル様といる時間が唯一の休憩時間だと思いますよ」
(私、馬鹿だわ!!殿下が休み方を知らない仕事人間だと分かっていたのに、安易に傷つけるようなことを言ってしまうなんてー!!どうしよう。早く謝りたい!)
「ポルトス、教えてくれてありがとう。私が悪かったから、殿下へ謝りに行くわ」
「ええ、どういたしまして」
――――――――――
コンコン。
「誰だ」
「マリアベルです」
「・・・・・・」
「入りますね」
マリアベルは、返事を待たずに執務室のドアを開ける。室内にはレオナルドしかいなかった。迷わず、ガチャっとカギを掛ける。
「なっ、マリー!何故、カギを?」
レオナルドは机から立ち上がって、マリアベルの方へ歩いて来た。
「お話の邪魔をされたくないので、カギを締めました」
マリアベルはレオナルドの手を取り、無理やりソファへと連れて行く。
「座って、お話ししましょう」
レオナルドは突然やって来たマリアベルの行動に首を傾げる。先ほどは、仕事をちゃんとしろと怒っていたのに、突然やって来てソファへ座れと言う。
結局、いつものように三人掛けへ、肩を並べて座った。
「殿下、先ほどは何も事情を知らないのに、一方的に決めつけてしまい申し訳ございませんでした」
マリアベルは横にいるレオナルドへ、頭を深く下げて謝った。レオナルドはそれを制止する。
「いや、それは」
「いつも一緒に過ごしているうちに殿下が仕事の鬼だと言うことを、すっかり忘れていました。ポルトスから、殿下は私と一緒にいる時が、唯一の休憩時間なのだと指摘されたのです。本当にごめんなさい。それと、何か私にお手伝い出来そうなことがあれば、遠慮なくおっしゃってください」
「ああー、俺はカッコ悪いな。本当に・・・」
レオナルドはため息を吐いた。
「殿下はカッコいいですよ。今回の失言は私の浅はかさが原因ですから、気にしないで欲しいです」
「いや、授業の邪魔をしていたのは事実だから、マリーが怒るのも無理はない」
「――――えっ?はっ!?邪魔をしていた!?」
「ああ、男性教師にヤキモチを焼いていたのは確かだ」
衝撃的な告白に、マリアベルは呆れてしまった。今日の授業をしてくれるのは、ネストリア銀行副頭取オーネスト・バーンである。言わずもがな、ご老人・・・。
「っ、殿下。流石にバーン氏へ失礼ですよ」
「ああ、その通りだ。俺はマリーのことになると、残念な思考になるからな」
(残念な思考って何!?追求すべき?それとも聞き流すべき???)
「ほかの男といるだけで心配になる。情けない話だろう?」
「私は、殿下しか恋愛対象として見ていませんよ」
マリアベルはキッパリと言い放った。レオナルドは、天を仰ぐ。
「マリー、そんな、殺し文句を・・・。何でもしてやりたくなるじゃないか」
(な、何でもしてやりたくなるって言うのも、殺し文句だと思うのだけど)
「殿下・・・。これ以上、私を甘やかさないでください。傾国の悪女になってしまいますよ」
「それは、エヴァンスからも言われたことがある。でも、マリーは傾国の悪女になる素質がないと分かっているから、どんなに甘やかしても大丈夫だ」
レオナルドは、マリアベルのこめかみにキスをした。
「恐ろしいくらい甘くて、時々怖くなります」
マリアベルはレオナルドの膝に右手を置き、彼の左頬へキスをした。膝に置かれたマリアベルの手の上へ、レオナルドは自身の左手を重ねる。
「ほら、俺のマリーはハチドリの騎士様だから、清廉な心で、いつも誰かの幸せを願っていて、自分のことを甘やかさない。だから、俺が甘やかす」
レオナルドはちょっと素敵な額に入れて、壁へ掛けてある“あの日の翌日に発行された一面記事”を指差した。あの日とは、レオナルド、マリアベル、エヴァンス、ポルトスが、モディアーノ公爵領から王都に戻って来た日の事である。
「あの日の殿下は舞台俳優みたいでしたよ。カッコいいセリフを、大声でスラスラと言って」
マリアベルは二か月前の出来事を思い出していた。偶然、王都に入ったところで、メンディ公爵家のベアトリスと遭遇した時のことを・・・。
あの出来事は、翌日の新聞の一面を飾った。それは、もう恥ずかしいくらい愛に溢れた記事だったと言っていい。新聞記者たちはたった半日で、マリアベルのことを調べ上げていたのである。
記事では図書館の副館長さんや、カフェ店員、友人B(誰?)というメンバーが、マリアベルのことを褒めたたえていて、逆に怖くなるほどだった。
二面には、“エヴァンス将軍の単独インタビュー”が掲載され、マリアベルの経歴を、それはもうキレイにとても美しく詐称してくれていたのである。
(もう、世の中、嘘ばっかりって、実感したわ)
「あそこで、ベアトリスを引き当てたマリーの強運は、なかなかだと思うぞ」
「それは、私も思いました」
あの後、マリアベルをお茶会へ誘おうと、貴族令嬢たちからの手紙が殺到するという事件も発生した。レオナルドに相談して、マリアベルは三回ほど参加してみたのだが、貴族令嬢たちはとても好意的で、今のところ困った問題も起きていない。
マリアベルは、気付いていなのだが、あのベアトリスを手懐けたという実績だけで充分、他の貴族令嬢たちの信頼は勝ち取っていた。また、マリアベルの正体が、王都のスター、ハチドリの騎士だったという事実に熱狂している貴族令嬢も少なくない。
そして、今後、マリアベルの持ち物につけられるお印は、ハチドリにすると国王陛下が発表した。これに関しては、ハチドリの騎士という民衆に好印象なキャラクターを上手く使おうという王家の魂胆がミエミエだった。
「殿下、殿下って、甘やかされたいですか?」
「唐突だな、マリー」
「だって、私だけ甘やかされるのは、ズルくないですか?」
「心配しなくていい。俺はマリーと違って、甘える方法を知っている」
レオナルドはマリアベルを片腕で持ち上げて、自分の膝に乗せた。そして、ギューッと抱きしめる。マリアベルもレオナルドの背中に腕を回した。
温かい体温が心地よく伝わってくる。
「殿下。温かいですね」
「ああ、そうだな。マリーのこの柔らかな感触が大好きだ」
「――――ん?どういう意味ですか」
「いや、まあ、聞き流せ」
(ん?どういうこと・・・?)
マリアベルは、額をレオナルドの胸に当てたまま考える。
(殿下は胸も筋肉で固いわね。私も筋トレをしたら、こんな風に・・・。ん!?)
マリアベルが違和感を持ち、下を向くと・・・。
「信じられない!!殿下!」
レオナルドの大きな右手が、マリアベルの右胸を包み込んでいた。
「ぶっ、はははっ、マリー、気付くのが遅すぎるだろ」
レオナルドは大きな声を出して笑う。その顔はマリアベルにしか見せてくれない特別な表情。あまりにキラキラとしていて、怒りが何処かへ飛んで行く。
「もう!!!」
マリアベルは、レオナルドの胸板をぺシぺシと平手で叩いた。その愛らしい行動にレオナルドは目を細める。
「ありがとうマリー、俺は今とても幸せな気分だ」
「えっ?叩かれて!???」
またしても、変な方向へ勘違いをしてしまう、マリアベル。
それを可愛いと思う、レオナルド。
「叩かれるよりも、キスの方がいい」
「んーもう!!恥ずかしいから、口に出して言わないで下さいって!!」
文句を言いながらも、マリアベルはゆっくりと瞼を伏せる。二人は、啄む様なキスを重ねた後、互いにくちびるを食んだり、深いキスを幾度も繰り返した。
―――――甘く穏やかな時間が流れていく。
出来心から、マリアベルは瞼を少し開けて、レオナルドの顔を覗き見ようとした。ところが、パチッと視線が合ってしまい何となく誤魔化すように、二人で微笑み合う。
(あれ?殿下、まさか、目を閉じてなかったの・・・。ずっと、私の顔を見ていたってこと?嘘っ!!)
「殿下、最悪!!」
―――――姉ジュリエットが、愛の逃避をしなければ出逢えなかった王子様と妹マリアベルは、これからも楽しく、甘く、そして時々驚くような日々を送っていくのである。多分、きっと!!
---------------------
⭐︎あとがき⭐︎
最後までお読みいただきありがとうございます。
マリアベルとレオナルドのお話はいかがだったでしょうか?
本編からこぼれたお話を、番外編でお届け出来ればと考えています。
面白いと思ったらぜひ評価&感想の方もよろしくお願いいたします。
ブックマーク登録もお忘れなく!
誤字・脱字がありましたら、お知らせください。
ありがとうございました!!
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さらには家庭教師から“精霊姫”の話を聞き、アルベルトの側近であるフランからも詳細を聞き出すと、自分の置かれた状況を理解する。
かつて自国が攫った“精霊姫”の血を継ぐマリアーナ。
そのマリアーナが子供を産めば、自分はもうこの国にとって必要ない存在のだ、と。
そうであれば、早く子を産んで身を引こう――。
そんなマリアーナの思いに気づかないアルベルトは、「婚約中に子を産み、自国へ戻りたい。結婚して公爵様の経歴に傷をつける必要はない」との彼女の言葉に激昂する。
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