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10.あちらと、こちら
しおりを挟む奇妙な謝罪合戦の後、私たちの間に沈黙が落ちた。
まずはこちらの事情を改めて説明しなくてはと、口を開いたところで、先に言葉を発したのは健吾の方だった。
『……ひとまず、信じらんねえけど、飲み込むよ』
「健吾」
『完全には無理だ。でも、わけわかんねえことになってんのは……よくわかった』
健吾はそう言うと、一度深く息を吐いて続けた。
『……そっちの二人の言葉が、変なふうに聞こえてる』
健吾の言葉にハッとする。
「もしかして、頭の中で翻訳されてるみたいになってない??」
『ああ。さっきまで冷静じゃなかったから気が付かなかったわ。……流石に、こんなもん体験したら本当なんじゃねえかと思えてくるな』
苦笑いを浮かべながら再度謝ろうとする健吾に、私は気にしていないと返した。
もしも立場が逆だったなら、同じように反応していただろう。そう思うと、責める気にはならない。
「それで、蒼はそちらではどうなっている」
後ろで聞いていたエドヴァルトが、健吾にそう問いかけた。私自身、あちらで私がどのような扱いになっているのかは気になる所だ。
『……お前が変なことに巻き込まれてるって知ってるのは俺だけか??』
「連絡とれたの、あなたしかいないんだもの」
何人かに連絡を試したものの、メッセージが送れるのも電話が通じたのも健吾のみだった。
私がそう返すと、健吾は一つ頷く。
『なら、大ごとにはなって無いだろうな。俺もこの通話が繋がらなかったら行方不明者で申告しようとしてたんだが……』
そう思っていたところに、連絡が取れた訳だ。今のところ警察の手を煩わせてはいないことに安堵する。
『ついでに言うと、お前に依頼した女性にはさっき会った。たまたま事務所で鉢合わせてな。蒼がどこに行ったか知ってるか聞かれたから、とりあえず探しに出てるから、連絡や報告は待ってやってくれとだけ伝えてある』
「……よかった」
これで、私が気になっていた二つの問題が解消されたことがわかった。
特に、依頼人の神城さんへは連絡したいと思っていたのだ。依頼した興信所から無視されていると思わせてしまうのは、彼女の心境を思うとどうしても避けたかった。
「神城さんには、二週間も何も連絡ができてなかったから心配だったの……ありがとう」
私の感謝の言葉に、健吾が眉を顰めた。
『……二週間って、お前……依頼受けたって連絡した日から、一週間しか経ってないぞ』
一週間。
思わずエドヴァルトと顔を見合わせる。
時間経過のずれ、この現象には覚えがあった。
「行方不明の彼もズレてた……」
『は??』
私の呟きに、意味を理解しきれない様子の健吾が疑問の声を上げた。
「こちらとそちらの時間の流れば同一では無いらしい」
一人置いてけぼりになっている健吾の為、要約するようにエドヴァルトが言い添えると、またしても健吾は頭をかかえた。
『……他に摩訶不思議なことがあるならまとめて教えてくれ』
どうやら、全てを一度に飲み込む決意をしたらしい。エドヴァルトが私をみて一つ頷くと、そっと背を押した。
あちらとこちら、両方に理解者がいることがなんとも心強く感じる。
「まずは私がここに来たのは羅針盤が光った直後だったことでしょ?? あとは、スマートフォンの電池が一切減らなくなったことでしょ?? あとは、行方不明の彼の父親がこっちで生きてるらしいってことかしら」
『ストップ。父親がなんだって??』
「まだわからないけど、行方不明者の情報を追っていたら父親探しをしてることがわかったのよ。似顔絵までつくって。私は依頼人からは亡くなったと聞かされてたんだけどね」
私の言葉に、健吾は黙ってしまった。
しばらくの沈黙ののち、意外な言葉が聞こえてくる。
『……父親の方は、こっちに任せろ』
「できるの??」
正直に言えば、ありがたい申し出だ。が、下手なことはさせられない。警察という組織の枠組みのなかでは出来ないこともあるだろう。
『行方不明者の方は捜索願いが出てる。そうだったよな』
「ええ。そうだけど。」
『それなら依頼人の方に俺の身分を明かす。彼女が、自分で父親のことを調べるだけなら何もおかしな事はない。俺はそれを「たまたま知り合った知人」として助言して、「警察の一員」として捜査担当者に伝えてやるだけだ』
…まあ、確かにそれなら何も違反してはいなさそうだが。
「……こっちに伝えるのはいいの?」
私の疑問に、健吾は『依頼人が、お前に伝言を頼む。俺はそれを聞いてやる。何もおかしなことはない』としれっと言った。
『とにかく、そっちの事情は分かった。こっちのことは俺に任せろ。あと、絶対に無茶だけはすんなよ』
本当に大丈夫なのかと問いたいところだったが、こちらも背に腹はかえられなかった。頼むしかないだろう。
「うん。ありがとう、健吾」
『おう。……じゃあ、また連絡する。あ、その猫耳、流石にもう外せよ』
最後の最後でしっかりいじられた後、通話は切れた。 こんな最中でも相変わらずである。
……場違いではあるが、いつか「お尻を見せられそうになって声を裏返していた」と、いじり返してやろうと私は心に誓った。
◇
通話が終わり、ふう、と息をついて顔を上げる。
元の世界との繋がりを再び持てたことに、心の底から安堵している自分がいた。と同時に、果たして自分は帰ることが出来るのだろうか、と不安が込み上げてくる。
そんな私の隣から、エドヴァルトの静かな声が聞こえた。
「頼もしい協力者が増えたな」
顔を上げると、エドヴァルトが静かに私を見つめていた。
「はい。私の一番の友人です」
私の言葉に、「友人……」と復唱するエドヴァルトは、考えるように目を細めている。
「どうかしましたか?」
この私の質問に、エドヴァルトは少し言いにくそうに口を開いた。
「……いや。あの男とは、随分と打ち解けているのだなと思っただけだ」
「え?」
予想外の返答だった。
「ええと、彼とは十年程の付き合いなので、だからお互いに話し方が砕けてるん、ですか……ねぇ??」
私のしどろもどろな、お粗末な返答にエドヴァルトは静かに笑った。
「そうではなくてな。こちらに来てから気が休まることがなかっただろうと、改めて思い至っただけだ」
「そ、れは……仕方ないです」
確かに、こちらの世界に来てから完全に気が休まることは無い。いつもどこかで「帰らねば」「探さねば」と言う思いが離れないし、気軽に相談できる相手がいないのは確かだ。
でも、それは求めてどうにかなるものでも無いだろう。
私のその返事に、エドヴァルトは「そうか」とだけ短く呟き、ふいと顔を背ける。
そしてそのまま私に告げた。
「私にもあの話し方で構わない」
「いや、いやいや。立場としては私の上官にあたるわけですし」
「勿論、無理にやめろとは言わん」
突然の提案に慌てる私へ、エドヴァルトは柔らかく言った。
「だが、ただでさえ不安な状況であるのに、無理にこちらに気を使う必要は無いと伝えたかっただけだ。……気づいてやれず、すまなかった」
「副隊長……」
なんて、優しい人だろう。
こちらは居場所を提供され、人探しに協力までしてもらえてるのだ。これ以上、求めることなんて何も無かったのに。
私が、いっぱいの思いで感謝を伝えようとした、その時だった。
尋問室の扉が、勢いよく開いたのだ。
中から出てきた憲兵が、エドヴァルトに向かって慌てた様子で報告する。
「副隊長! あの男が……!」
「どうした。やっと口を割る気になったか」
先ほどとは変わり、厳格な声色で尋ねたエドヴァルトに憲兵は答えた。
「そうなのですが、条件をつけてきていまして」
憲兵は私をちらりと見ると、声を潜めて続きを話す。
「『光る板』……蒼殿がお持ちのそれを持ってこい、と」
スマートフォンを指差しながら言われたその言葉に、私とエドヴァルトは、再び顔を見合わせるのだった。
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