君に心を

河嶋 亜津希

文字の大きさ
77 / 104

76

しおりを挟む

終了の電子音が鳴り響く。志津希はノートから目を離して顔を上げた。

「はい、終わります。課題は明後日のこの時間に提出で。寄り道せず帰るように。」

教科の号令で大教室に騒がしさが増し次々と生徒が立ち上がっていく。志津希はほっと息を吐いてペンを筆箱にしまった。帰り支度をしながら外を見るともう真っ暗だ。強化授業最後のコマが終わる。早く帰ろ、。志津希は心の中でつぶやいてささっと席から立ち上がる。凪都は休憩が終わると先に寮へ帰って行った。点呼の時に迎えにいくと言われたけど流石に断った。ふっと息を吐いて志津希は大教室の後ろのドアを勢いよく開け放つ。どんっと何かがドアに当たって志津希は思わず目を向けた。

「え、っ…、えぇ!?多畑くん?!」

志津希は目一杯の声を上げる。教室のドアの前に楽器ケースを抱きしめて稲瀬が座り込んでいた。志津希はドアを当ててしまった罪悪感で焦りながら稲瀬の前に跪く。ドアが当たった稲瀬の腕を確認するように志津希はぺたぺたと稲瀬に触れた。

「大丈夫っ?ごめんね、誰かいるなんて思ってなくて、あぁ…どうしよ、肩痛かったよね?痣にな、」

「河嶋ってさ、抱かれる方だよね。」

「は?」

言葉の意味がわからなかった訳じゃない。ただあまりにも稲瀬から出た言葉が咀嚼できなくて受け入れられなかった。稲瀬に触れた志津希の手が捕まえられて志津希の体が固まる。

「だから凪都に抱かれたんだよね?」

「は、っ、ちょっと多畑くん、」

ぶっきらぼうでやさぐれたような声。いつもの稲瀬らしくない。稲瀬の奔放さは散々聞かされてきたが今まで志津希はあまり現実味がなかった。こう直結で性の話が稲瀬の口から出るといささか嘘ではないとわかってしまう。

「多畑くん、どうしたの…?寒いでしょ、こんなところで。アルくんは?点呼の時一緒だったのに」

掴まれた手が冷たくて稲瀬がしばらくここで志津希を待っていたことが分かる。しゅんと顔を下げた稲瀬は黙り込んでしまう。なんとなく稲瀬が落ち込んでいるのはわかるけどこんな時志津希はどうしていいかわからなくなる。志津希が困っておろおろしていると稲瀬の指がするりと動いて志津希の指に絡まった。

「河嶋は僕の友達だよね?」

今日の稲瀬の質問は全部ヘンテコだ。志津希は困ったように眉を下げて稲瀬の質問に答える。

「うん、多畑くんが友達って思ってくれてるなら僕は友達だと思ってるよ?、」

「じゃ、ついてきて。」

「はぁっ?」

スッと立ち上がって志津希と手を繋いだまま稲瀬は歩き出す。稲瀬は強引にどんどん進んでいく。同じぐらいの身長なのに明らかに稲瀬の方が力が強い。己の貧弱さが志津希は嫌になった。情けない。

「ちょ、と多畑くんどこ行くの…」

志津希が声をかけても稲瀬は動じない。最近の志津希は頻繁にトラブルに巻き込まれている。最近というか凪都と出会ったからの方が正しいけど。人と関わりを持つということはきっとそういう事なんだろう。一年前じゃ想像もしなかった嵐に志津希は巻き込まれていく。寮へ続く渡り廊下を稲瀬に手を繋がれながら歩く。もう雨は上がっていた。中庭に差し掛かって雨の匂いと花の香りが混ざり合った。志津希の予想通りあの黄色いかわいい花は地面にぽろぽろと落ちてしまっていた。

「わっ、ちょ」

ぼーっと中庭を眺めていたせいか稲瀬が急に進路を変えたのに反応できず志津希の足はもつれてしまう。稲瀬は気にしていないのか構わずずんずん前を行く。中庭の黄色い花のアーチが頭の上をすり抜ける。雨に濡れてしまったからか花の香りが濃く感じた。稲瀬がどこに向かおうとしてるのか志津希は分かってしまう。凪都が志津希のために作った志津希の居場所。アーチと花の壁に守られたベンチが現れて志津希の体がふわりと浮く。稲瀬は志津希をベンチに投げ出した。腰に鈍い痛みが走って思わずぎゅっと目を瞑る。

「いっ、多畑くん、…」

雨上がりのベンチにはまだ雨粒が残っていてじわりと嫌な水分が服に染み込んでいく。稲瀬がなにをしたいのか本当にわからない。恐る恐る目を開くと稲瀬は志津希を見下していた。月明かりが稲瀬と逆光になって稲瀬の表情は見えない。だけど今の稲瀬は普通じゃない。

「っ、…ん、…かわ、しまぁ…」

志津希の頬に暖かい雨粒が落ちる。わんわんと子供のように稲瀬は泣き喚いている。驚きすぎて何が何だか分からない。稲瀬は泣きながら力が抜けたのかすとんとその場に座り込んだ。芝生に溜まった水たまりがぴちゃんと跳ねる。志津希は慌てて稲瀬の肩を掴んで志津希の隣に座らせた。

「多畑くんっ、あぁもぉ、よしよし…」

「かわしまぁごめ、ん…ごめんっ」

謝りながら稲瀬の目から涙が止まらない。志津希は稲瀬の肩を撫でながらポケットからハンカチを取り出す。傷つけないように優しく稲瀬の目元を拭う。意外だ…多畑くんって泣いたりするんだ。志津希は稲瀬の涙を拭きながらぐるぐるとしょうもない考えを巡らせる。いつも大人っぽくて志津希をさりげなく助けてくれたりするのに今の稲瀬はなんの躊躇もなく声を上げて泣いている。よほど悲しい事があったのか辛い事があったのか。

「ごめっ、ほんとにごめん…」

「いいよ。大丈夫だから、辛かったね。大丈夫大丈夫…」

「河嶋は、優しすぎるんだっ!」

なんで僕慰めてるのに怒られてるの?志津希は思わず苦笑いを浮かべる。泣き続ける稲瀬の目元をハンカチで抑えながら稲瀬に気づかれないように少し前から震える携帯に手を伸ばす。志津希は画面を見ずに手探りで通話ボタンを押した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

隣の席のイケメンに懐かれた

しょうがやき
BL
隣の席のイケメンに懐かれた平凡男子の話

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
 漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。  漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。  陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。  漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。  漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。  養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。  陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。  漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。  仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。  沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。  日本の漁師の多くがこの形態なのだ。  沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。  遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。  内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。  漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。  出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。  休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。  個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。  漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。  専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。  資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。  漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。  食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。  地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。  この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。  もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。  翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。  この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

全寮制男子校でモテモテ。親衛隊がいる俺の話

みき
BL
全寮制男子校でモテモテな男の子の話。 BL 総受け 高校生 親衛隊 王道 学園 ヤンデレ 溺愛 完全自己満小説です。 数年前に書いた作品で、めちゃくちゃ中途半端なところ(第4話)で終わります。実験的公開作品

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

貢がせて、ハニー!

わこ
BL
隣の部屋のサラリーマンがしょっちゅう貢ぎにやって来る。 隣人のストレートな求愛活動に困惑する男子学生の話。 社会人×大学生の日常系年の差ラブコメ。 ※この物語はフィクションです。 ※現時点で小説の公開対象範囲は全年齢となっております。しばらくはこのまま指定なしで更新を続ける予定ですが、アルファポリスさんのガイドラインに合わせて今後変更する場合があります。(2020.11.8) ■2025.12.14 285話のタイトルを「おみやげ何にする? Ⅲ」から変更しました。 ■2025.11.29 294話のタイトルを「赤い川」から変更しました。 ■2024.03.09 2月2日にわざわざサイトの方へ誤変換のお知らせをくださった方、どうもありがとうございました。瀬名さんの名前が僧侶みたいになっていたのに全く気付いていなかったので助かりました! ■2024.03.09 195話/196話のタイトルを変更しました。 ■2020.10.25 25話目「帰り道」追加(差し込み)しました。話の流れに変更はありません。

処理中です...