78 / 104
77
しおりを挟む「志津希!」
聞こえてきた声に志津希はほっと胸を撫で下ろした。息を切らして肩を上下させる凪都はまだ少し髪が濡れていて慌ててここまで来たのが分かった。志津希の携帯はまだ通話中だ。志津希に寄りかかって涙が枯れてきた稲瀬を見て凪都は大きくため息を吐き出した。
「…なにかと思ったら、、いったいどういう状況だ。稲瀬。」
呆れたような声。稲瀬は凪都を一瞬ギロリと睨んで志津希の腕にぎゅっと抱きついた。
「うるさい。凪都に話す話なんかないぞ。僕は河嶋に慰めてもらってるんだ。邪魔するな。」
ぶっきらぼうに淡々と声を枯らしながら稲瀬は絶対に凪都を視界に入れない。拗ねた子供のようだ。志津希は苦笑いを浮かべながら凪都に声をかける。
「ごめん、凪都…僕もちょっと訳わかんなくて、」
「稲瀬。志津希も困ってるだろう?なにがあった?」
はっと息を吐き出した凪都は稲瀬を挟んでベンチに腰掛ける。雨で濡れているベンチに凪都はギョッと目を見開いた。ふたりだけで目を合わせる。志津希は苦笑いを返す事しかできない。
「アルが……」
小さくて消え入りそうな声が稲瀬の口から出てくる。あまり言いたくないのか稲瀬は続きを話さない。抱きついた志津希の手に指を絡ませて遊びながら答えを遅らせている。凪都の視線がふたりの手元に痛いぐらい集中している。凪都が死ぬほど我慢しているのが志津希には分かった。たぶん稲瀬は身体接触に安堵を覚えるタイプなんだろう。誰かに触れていたら落ち着くのかもしれない。
「アルに好きって言われた、」
「はぁ!?今更だろうが、あいつ何回も稲瀬に好きだって言ってるだろ?」
「だって!事後に好きなんか言われたことないんだよ!キスだって初めてされてっあんなの、!ほんとにっ!」
「はい。そこまでです、稲瀬さん。黙って。」
後ろから長い腕が伸びてきて稲瀬の口が塞がれる。慌てて後ろを振り向くと綺麗なブロンドが風に揺れている。アルバートは志津希の手から稲瀬の指をするりと解くと稲瀬を守るようにぎゅっと抱きしめた。
「んーんっ!」
声にならない声をあげながら稲瀬はアルバートに抵抗するけど悲しいかなとても敵いそうにはない。
「抵抗しても敵わないのわかるでしょ。ほんと、あんたどこまでべらべら喋る気なの?、めちゃくちゃ優しい俺でも流石に怒りますよ。……凪都さん、志津希さんごめんなさい。稲瀬さんがご迷惑をおかけしたみたいで。」
にこりと笑ってはいるがアルバートの目の奥は笑っていない。よく見るとアルバートは制服姿のままだしズボンの裾は泥だらけだ。おそらく稲瀬を探していろんなところを歩き回ったのだろう。志津希は思わず凪都に目配せをした。凪都も珍しく怒っているアルバートに驚いたらしく志津希の目線に眉を顰めて反応する。
「じゃ、俺たち行きますね。」
呆気に取られて抵抗できなくなった稲瀬をアルバートは軽々と持ち上げて楽器ケースごと横抱きにした。淡々と進んでいく物事にふたりを見送るしかできなくなる。志津希は遠くなるアルバートの背中を見送って凪都に顔を向けた。
「なに、?ほんとに…なんだったのあれ。」
「人騒がせな…大丈夫?志津希、」
嵐のように過ぎ去ったふたりに凪都は大きなため息を吐き出す。
「僕は大丈夫。でもアルくん、相当怒ってたよね?…」
いつも大型犬のように稲瀬に尻尾を振っているアルバートとはまるで別人だった。志津希の言葉に頷くと凪都は目眩を抑えるように眉間に手を当てる。
「あれは相当拗れてるな…いい方に進めばいいけど、」
「でもあの感じ、多畑くんも?」
稲瀬はアルバート以外にも関係を持っている人はいるみたいだったがあの反応はもう。恋をしている人間のそれだ。好きだけど認めたくなくて混乱してる感じ。
「たぶんな…今までちゃんと進まなかったのが不思議なんだよあのふたりは。稲瀬は来るもの拒まずだし、アルはその稲瀬を止めないし、俺だったら絶対耐えられない。」
「な、っ、僕だってありえないよ!」
「わかってるよ。もしもって話!」
志津希のど真面目な反応に凪都はくすくす笑う。もうと短く息を吐き出して志津希は凪都の髪に触れた。まだ少しだけ根本が濡れている。
「ありがと、すぐ来てくれて。」
「いーえ?志津希のピンチには絶対俺が助けてあげるから、…頼ってくれて嬉しかったよ。」
ぐっと志津希の肩を抱き寄せる。稲瀬が遊んでいた志津希の指を取って凪都は上書きするように絡ませた。遠慮がちに志津希は凪都の肩に頭を寄せる。春の夜風がさわさわと少なくなってしまった黄色い薔薇を揺らす。
「ちゃんと進めばいいね、あのふたり。」
志津希の声に凪都は黙って頷いた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
全寮制男子校でモテモテ。親衛隊がいる俺の話
みき
BL
全寮制男子校でモテモテな男の子の話。 BL 総受け 高校生 親衛隊 王道 学園 ヤンデレ 溺愛 完全自己満小説です。
数年前に書いた作品で、めちゃくちゃ中途半端なところ(第4話)で終わります。実験的公開作品
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
貢がせて、ハニー!
わこ
BL
隣の部屋のサラリーマンがしょっちゅう貢ぎにやって来る。
隣人のストレートな求愛活動に困惑する男子学生の話。
社会人×大学生の日常系年の差ラブコメ。
※この物語はフィクションです。
※現時点で小説の公開対象範囲は全年齢となっております。しばらくはこのまま指定なしで更新を続ける予定ですが、アルファポリスさんのガイドラインに合わせて今後変更する場合があります。(2020.11.8)
■2025.12.14 285話のタイトルを「おみやげ何にする? Ⅲ」から変更しました。
■2025.11.29 294話のタイトルを「赤い川」から変更しました。
■2024.03.09 2月2日にわざわざサイトの方へ誤変換のお知らせをくださった方、どうもありがとうございました。瀬名さんの名前が僧侶みたいになっていたのに全く気付いていなかったので助かりました!
■2024.03.09 195話/196話のタイトルを変更しました。
■2020.10.25 25話目「帰り道」追加(差し込み)しました。話の流れに変更はありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる