君に心を

河嶋 亜津希

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梅雨の湿気と共にうだるような暑さがやってきた。暑さとは裏腹に志津希は露出する面積が少ないように制服のシャツをきゅっと引っ張った。ワイシャツのボタンもきっちりと上まで閉めてネクタイを緩めようとはしない。

「あっつ…」

志津希の後ろで凪都はぼそっと呟いた。志津希の体にぴったりと付けられた長い脚に志津希は恨みを込めて一発入れる。

「痛いーいじわるー」

「いいでしょ、凪都は半袖なんだから。」

悪態を付いた志津希を凪都は後ろからぎゅっと抱きしめた。ふわっと香る凪都の香りと汗の匂いが妙に生々しい。志津希は自分の顔が熱くなるのを感じていた。その様子を見て凪都はふふっと声を上げて笑う。

「俺の所為だもんね。」

志津希の体には至る所に赤い花が咲いている。凪都の残すその跡は人に見せられたものではなく志津希はどんなに暑くてもシャツのボタンは開けられないし半袖は着ることができない。シャツ越しに凪都の指が跡に触れる。ゆっくりと凪都の指は移動していきジャケットの襟元からシャツの襟元へ移動した徽章の青い石を撫でた。無駄になまめかしいその指先に志津希の体が反応する。

「でも夏は考え物だなあ…志津希が倒れたら大変だし、」

「そもそも着換えが大変なんだけど。」

「志津希の体を俺以外が見るなんてとんでもないからね。」

「馬鹿。…今度僕もいっっっちばん目立つところに付けてやる。」

どうぞと言わんばかりに凪都は笑ってみせた。実際、志津希が付けた背中の傷跡を凪都は気にすることなく堂々と見せつけているらしかった。おかげで隣りのクラスからの視線が何ともいたたまれない。志津希は二段上に座る凪都の顔を見上げて覗き込んだ。心地よい沈黙が流れる。志津希は凪都の緩んだネクタイをぐいっと引き寄せる。当たり前のように凪都は志津希を受け入れてふたりの唇が軽く重なった。こんなにも穏やかな時間が永遠に続けばいい。志津希は本気でそう思っていた。この昼休みが終わればまた現実に逆戻りだ。

「俺、この時間が一番幸せ。」

微笑んだ凪都は志津希の耳を優しく撫でる。何も変わらない日常。だけど幽霊部屋の夜から明らかにふたりの間には気まずさがあった。凪都のスキンシップはむしろ増えたけど言葉が格段に減った。恐らく家の関係で学園を出る時も凪都は行ってきますとだけ伝えて出ていくようになった。そして決まって帰って来れば志津希を子供のように求めた。当の志津希も凪都に秘密を抱えたままだ。いじめ、嫌がらせは日に日にエスカレートしている。専ら志津希の放課後ルーティンはなくなった物探しになっていた。しかも凪都の寮代表の仕事や学園を出る時にしか探せない枷があって見つかっていないものも多数ある。机、ロッカーありとあらゆる志津希の個人的な場所にはゴミが詰められているしもはや侵されていないのは凪都と志津希の部屋だけだった。

「バングル、付けててなんか言われない?」

志津希は凪都の腕に手を伸ばして触れる。志津希が凪都にこれを贈ってから凪都は肌身離さずこのバングルを付けていた。

「なんにも、志津希は?大事に箱に入れてるの?」

「なくしたらって思うと怖くて。こんな安いものよりずっとずっと高いし…」

揃いで付けているから勘違いしそうになるが志津希が凪都に贈った物は町の雑貨屋で志津希でも買える値段の物だ。一方志津希のは志津希が到底買い物なんかできないおしゃれなセレクトショップの物。絶対になくしたくないしなくせば返って来なくなりそうで怖い。

「俺が大切な人からもらった物、こんなものって言わないで。俺からしたら金で買えるどんな物より価値がある。」

凪都は優しく咎めるように志津希の頬を両手で包む。凪都は本当にほしい時にほしい言葉をくれた。胸が高鳴って痛いくらいに愛おしい。志津希はいつものように凪都の手にすり寄って軽くバングルに唇をあてた。この穏やかな時間を守るために志津希は絶対に凪都に迷惑はかけないと誓っている。志津希の個人的な問題に凪都を巻き込みたくない。凪都を守りたい。志津希を庇えばもしかしたら凪都の評判に傷がつくかもしれない。ここには所謂お金持ちだって多い。変な噂が広まったら?それで凪都が傷ついたら?そんなことになってしまったら志津希はまともに生きていける気がしない。

「凪都、好きだよ。凪都は絶対に僕が守るからね…」

「志津希?」

なにか言いたげな凪都を遮って志津希は凪都の唇にもう一度キスをした。
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