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しおりを挟むふたりはほぼ同時に頭を下げた。凪都の隣にいればもう何も怖くなかった。
「…お前の道は、厳しいぞ。凪都。果てしない成果が必要だ。」
父親らしい貴都の声を志津希は初めて聞いた。心臓が痛いぐらいに脈を打っている。
「はい、父さん。」
顔を上げた凪都は強く頷いた。
「…わかった。ただし今まで以上に仕事を増やす。教育の時間も増やす。その上で今の成績を落とさず、寮代表の職務を全うすること。いいな?」
髪を掻き上げながら貴都はふっと息を吐いた。
「ありがとうございます。…本当に、ありがとうございます。」
貴都は黙ってじっと志津希を見ていた。ただじっと。そしてひとつだけ頷いた。志津希はそれに返すようにゆっくりと頭を下げる。貴都の父としての判断。許されることではないかもしれない。だけど貴都は凪都を信じ、志津希を信じた。握った手に迷いはない。
「今日は、泊まっていきなさい。史乃や、 凪都が迷惑をかけてすまなかった。」
「…ありがとうございます。」
貴都に優しい眼差しはない。きっと思うことは山ほどあるだろう。志津希は握った手がもう震えていないことをやっと認識した。貴都は史乃の肩にもう一度だけ触れて扉へ向かいだす。史乃は一瞬なにかを口に出そうとして息を吞むも、その言葉が貴都へ発せられることはなかった。貴都の足音がやけに長く遠く聞こえた。じぃやが貴都のために扉を押す。開ききったところで貴都の表情が少しだけ歪んだ。
「…暁美くん、」
扉の先には唇を噛みながらただ眉を歪めて下を向く暁美がいた。拳は白くなるまで強く握られている。凪都と志津希は思わず目を合わせる。貴都が暁美の肩へ手を伸ばそうとした瞬間、暁美は勢いよく走り出した。バタバタと暁美の足音が廊下に響く。
「、影山くんっ、」
志津希の体は自然と走り出す。貴都とじぃやの傍をすり抜け暁美の背中を追う。自分でも何故かわからなかった。ただ今、暁美を追いかけなければ志津希は何かとてつもなく後悔するような気がした。
「か、影山くんっ、待って…」
走り去る暁美の背中。自分の体力の無さに志津希は苛立った。
「付いてくるな!もういいっ!僕はどうせ、どうせお前に敵わないんだ!、放っておけばいいだろ!」
長い廊下を抜け暁美が階段に差し掛かる。志津希は回らない足を必死に動かした。もう駄目かもしれないそう思った時前を行く暁美の体がふわっと浮いた。志津希にはスローモーションに見えた。どさっと鈍い音が響きわたり志津希の横に風が過ぎ去る。
「凪都っ!」
志津希の目の前には暁美の腹に腕を回して反対の腕で手すりを支えている凪都がいる。
「…あっぶな、…」
息をついた凪都は脱力してその場に座り込む。志津希は慌ててふたりに駆け寄った。暁美はただ俯き床を見つめている。
「影山くん!大丈夫?足は、痛いところは、」
暁美の向かいに座り確かめるように暁美の体を確認する。幸い目立つ怪我はない。志津希ははぁと息を吐いて暁美の肩に触れる。ビクッと体を震わせた暁美は恐る恐る顔を上げる。
「なんで…なんで…」
志津希の目を見つめてポロポロと涙を流す。志津希は溢れる涙を親指で優しく拭うことしかできなかった。凪都の手が暁美の頭に触れる。
「暁美…ごめん、」
肩を震わせて泣く暁美はまるで子供のようだった。志津希の想いを突き通すことは暁美を傷つけることだと分かっていた。わかっているけど志津希はもう凪都なしでは生きていける気がしなかった。それはおそらく、凪都も同じだった。
「…わかってた、凪都が絶対に僕を好きにならないことなんてわかってた、。でもはいそうですかって諦められなかったんだよ、僕はずっとずっと凪都のそばにいたのに、」
「うん、」
「凪都は僕を選ぶって、」
「…うん」
こつんと暁美の頭が志津希の肩に触れる。志津希は少し戸惑いながら暁美の背中を撫でた。凪都と目が合う。悲しい表情を浮かべて志津希に頷く。子供をあやすように志津希は暁美を抱きしめた。暁美だって大人たちに翻弄されたひとりだ。暁美は志津希に体を預け悲しみの涙を流し続けた。
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