君に心を

河嶋 亜津希

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「これは一体どういうことだ。史乃。」

扉を開け放った貴都は長い足をスラスラ動かしながら当たり前のように家長の席へ移動する。無駄に長くて大きな食卓に史乃、海都、凪都そして志津希がいた。キリキリと胃が痛む感覚が志津希を襲う。数十分前稲瀬とアルバートはじぃやに誘導され別の部屋に案内されてしまった。当然志津希もそれについて行こうとしたのに家族水入らずでと謎の言葉をかけられて史乃に肩を掴まれてしまった。へぇ?っと間の抜けた声を上げた志津希はあれよあれよと伊勢山家大集合のこの部屋へ誘導されてしまった。そして案の定貴都の登場である。ですよねと志津希は心の中でつぶやいた。史乃の気合いを入れろはこういうことだったのだ。

「相変わらず難しい顔貼り付けてるわね。貴都。」

「茶化すな。こっちは仕事を無理やり切り上げて来てるんだ。」

およそ夫婦とは思えないふたりのやりとりを志津希はただ黙って見つめることしかできなかった。凪都は呆れたようにため息を吐き出して頭を抱えている。海都は相変わらず無反応だ。家族の凸凹加減がこの伊勢山家の歪みのような気がしてならない。ただ、志津希も別に普通を知っているわけではないからなんとも言えないが本音だ。

「はぁ…いきなり帰国したかと思えば、、なんなんだ本当に。」

頭痛を抑えるように貴都は額に手を当てた。そんな貴都の様子を見て史乃も特大のため息を吐き出す。

「あなたね…、まぁいいわ。とにかくはっきりさせようと思ったのよ。私たちの息子の将来を。貴都、あなたまた随分と茶々入れしてるようじゃない。」

史乃にせっつかれた貴都はちらりと舐めるように志津希を見た。嫌な脈拍が心臓をうるさくさせる。貴都が茶々を入れる理由は志津希でしかない。目を逸らしそうになるがここで負けてはいけないような気がして志津希はじっと貴都を見つめた。貴都は呆れたようにはっと息を吐き出した。

「まず…河嶋 志津希くん。どうして君はこの場にいるのかな?」

「え、と…」

「私が呼んだのよ。単刀直入に言うけど、志津希くんのどこが気に入らないわけ?」

「は、」

夫婦喧嘩に挟まる志津希はたじろぐことしかできない。凪都を好きになって、凪都の恋人になって、そしてただずっと時間が許される限りそばにいたいと願うことはこんなにも難しい。志津希は隣に座る凪都をちらりと盗み見た。やはり難しい表情を浮かべてぎゅっと手を握っている。志津希は思わず凪都の拳に手を置いた。志津希の咄嗟の行動に凪都は目を見開く。

「とにっ、…。史乃、君は状況を理解してるのか?このまま凪都と志津希くんが付き合いを続ければどうなる。伊勢山家の後継者は?会社はどうする?君は伊勢山家を終わらせる気なのか。凪都が駄目なら、海都を後継ぎに据える他ない。」

「父さん!」

凪都の声に反応して海都の肩がビクッと震える。海都は一点をただ見つめていた。その様子が志津希にはどこか苦しそうで悲しそうに見えた。正直貴都の主張はごもっともだ。世間的に見れば絶対に貴都が正しい。拳を包み込む志津希の手を今度は凪都がぎゅっと握り返した。お互いの手が震えているのを誤魔化す。この現実にふたりは向き合わなければいけない。

「あなたこそ状況を理解しているの?この子たちが伊勢山を継ぐなんて誰が決めたのよ。」

「はっ、そんなこと凪都が伊勢山家の長男として生まれてから全てが決まっている!そして凪都が駄目なら次は海都だ。当然のことだろう、」

貴都の声が響くと同時にばんっと史乃が机を叩きつけた。場の空気が止まる。立ち上がった史乃は長い髪を垂らしながら貴都の前へふらふら歩み寄る。

「…じゃあ、私はどうなるの?私はこの家の長女でたった一人の娘!、あなたの今座っている席は本来私のものだった!でも、今の伊勢山はどう?女というだけで私が継ぐことが許されなかった伊勢山家は!…私と結婚してこの家に婿に入ったあなたが1番よくわかっているでしょう。」

「っ、…史乃、」

「私はね、もう疲れたのよ…女、男、伊勢山、後継…もう疲れた。こんな思い、もう私たちだけで充分よ…」

涙も枯れてしまった史乃はそんな表情だった。

「私は、あなたに感謝しているのよ、貴都。あなたのおかげで私は好きなことを好きなように出来た。今の仕事もあなたの…伊勢山の力がなければ成り立っていなかった。今まで本当にごめんなさい。伊勢山の全てをあなたに背負わせてしまった。」

この家のわだかまりは建物と会社のスケール以上に大きいものかもしれない。繋がれた手から伝わる体温だけが志津希の信じられるものだ。頭を抱えた貴都はしばらくの沈黙の後、顔を伏せたまま声を発した。

「…じゃあ、俺は、俺はどうしたらいいっ、史乃!どうしたらいいのか教えてくれよ!俺はっ君を、ただ…」

絶叫に近い貴都の叫び。史乃の小さな肩に触れた貴都の手は小刻みに震えていた。彼の苦しみは想像もできない。会社、家族全てを背負って生きてきた。威厳を放って空間の支配者だった貴都がただの人間に見えた。凪都は一瞬だけこちらを見る。志津希はぎゅっと強く手を握った。凪都は手を離さないまま立ち上がる。

「父さん、母さん。…俺に伊勢山を継ぐチャンスをください。お願いします。」

「凪都っ、あなた志津希くんと一緒にいたいんでしょう?、」

史乃の表情は涙がこぼれてしまいそうだった。史乃は必死に凪都を守ろうとしている。

「志津希は、出来損ないの俺を初めて普通に扱い、叱り、受け入れて受け止めてくれました。俺は志津希が現れてから世界が変わりました。寮代表も父さんに任される仕事も、伊勢山の教育も…檻の中にいたあの頃とまるで違って見えた。」

志津希の頭のなかで凪都と出会ってからの景色が走馬灯のように駆け巡る。握った手が温かい。

「志津希が世界を変えてからもっと素直に伊勢山家を見ることができました。父さんに与えてもらっていたものは当たり前ではないと、気づくことができたんです。そして今まで平気だった父さんに奪われることが、怖いと憎いと思いました。志津希を失うぐらいならと、初めて貴方に反抗できました。」

ただ静かに凪都の声が響いていた。凪都の存在を確かめるように指の感覚にすべてを集中させる。凪都に愛される自分が志津希は幸せで堪らなかった。

「でも…俺は父さんや母さんに与えられたものを返したい。父さん、伊勢山家を終わらせないために俺はありとあらゆることをします。母さんが父さんを見つけたように…俺も絶対に伊勢山家を継ぐ人間を見つけます。でもそれは志津希が俺のそばにいなければ絶対にできません。…お願いします。俺を志津希のそばにいさせてください。」

頭がくらくらするほどの愛情。志津希はこんなもの受けたことがない。志津希の行動がこんなにも凪都の人生を変えてしまった。凪都と繋がる指が恐怖や不安ではなく喜びで震えていることに気づく。凪都と手を繋ぎながら志津希は音もなく立ち上がって正面に貴都と史乃を見据えた。
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