君に心を

河嶋 亜津希

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じぃやの運転する車の後部座席。志津希はやっと凪都とふたりきりになれていた。凪都の手はぎゅっと志津希の手を握っている。

「凪都、大丈夫?」

 車に乗り込んでから凪都はだんまりだ。頬杖をついて流れる景色を黙って見つめていた。怒っているのか苛立っているのか志津希は凪都が手を離さないことしか安心材料がない。触れている部分があるだけで志津希を拒否していないことがわかるからだ。

「志津希。ごめん…また伊勢山に巻き込まれてる。母さんの暴走止められなかった、」

 やっとこちらを向いた凪都は志津希の頬に手を当てた。志津希はいつものように凪都の手に擦り寄って凪都を安心させる様に微笑む。志津希には不思議と以前のような恐怖はなかった。志津希を選ぶとはっきり言った凪都を信じている。

「信じてるから、大丈夫だよ。凪都を信じてる。」

 子供の戯言と笑われるかもしれない。だけどふたりは真剣で志津希の言葉に嘘はない。少し驚いた表情を浮かべた凪都は一瞬時が止まり緊張の糸が切れた様に破顔した。志津希を抱き寄せて凪都はぎゅっと力を込める。志津希は凪都の背中をとんとんと優しく叩いた。

「凪都。…大好きだよ。」

 凪都にだけ聞こえるように囁く。離れたくない。これからなにが始まるのか志津希にはわからない。だけどなんとなく乗り越えなければいけない壁が待ち受けているような気がした。体が離れた後も不安を誤魔化すようにふたりはぎゅっと手を握っていた。しばらく車は走り続け街を抜けたかと思うと長い長い坂を登り始める。凪都の眉間の皺が深くなる。途中深い緑色の門を潜り抜け車は走り続ける。

「ここ、」

 志津希の呟きに凪都はぴくりと反応した。正面に見えた家と呼ぶには大きすぎるその建物に志津希の予感は当たっていたのだと理解する。不安な気持ちとは裏腹に空は青々と晴れて夏の陽気だ。凪都の指がぎゅっと志津希の指に絡む。凪都に目を移すと眉を歪ませ苦しそうだった。志津希は怖い気持ちを抑えふっと短く息を吐き出す。大丈夫、大丈夫だよ。

「なんて顔してるの。僕がそばにいるでしょう、凪都。」

 凪都はいつも志津希の欲しい言葉を欲しいときにくれた。志津希もそれを返したい。凪都を守りたかった。凪都の頬に触れ撫でると目を閉じて猫のように擦り寄る。

「志津希を好きになってよかった…」

 小さくつぶやいた凪都の言葉が志津希の胸を温める。ゆっくりと車は建物の正面へ到着する。同時に車のドアが開いた。
「おかえりなさいませ、凪坊ちゃん。」
 凪都に手を取られ車を降りると車のドアを開けたであろう男性が深々と頭を下げる。想像はしていたが志津希が思っているよりじぃやのようなお世話をしてくれる人がこの家には沢山いるらしい。また目眩に襲われそうになった志津希はぎゅっと凪都の手を握った。

「凪都。」

「海都!」

 後ろからふいに声が聞こえてふたり同時に振り向く。凪都が嬉しそうに声を上げた。凪都によく似た男の子が志津希の目に入る。凪都より小柄で可愛らしい雰囲気があった。

「河嶋 志津希さん、ですね。」

 まっすぐ志津希を見据える。志津希の心臓がぐっと掴まれた。慌てて志津希は軽く頭を下げた。

「はじめまして。河嶋 志津希です。」

「はじめまして、凪都の弟の伊勢山 海都いせやま かいとと申します。」

 すっと志津希に近づいた海都は深々とお辞儀する。海都の所作はどこを取っても気品があった。凪都がいつか話してくれたひとつ年下の弟。確か凪都は嫌われていると言っていた。

「海都、元気だった?困ってることとか、大変なこととかないか?」

「大丈夫だよ、凪都。それに凪都は俺のことは気にしないでいいから。」

 初めて見る凪都の兄の顔が新鮮だった。確かに海都の態度や声は凪都には冷たさを感じる。だけど嫌われているよりはどう接していいかわからないような遠ざけているような感覚の方が違い気がした。凪都が中学の3年間この場所に帰らず離れて暮らしていたことを考えると思春期の正常な反応のようにも思える。志津希がふたりのやりとりを眺めているとじぃやがぱんと手を叩いた。

「さぁ皆様も時期に到着されますから、先に行きましょう。凪坊ちゃん、海坊ちゃん、河嶋様。」

 穏和なじぃやはいつもと変わらずゆっくりと丁寧に志津希たちを導いた。
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