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しおりを挟むざわつく教室で志津希はぼーっとしながら鞄に教科書を突っ込んだ。隣の席は主人が不在。結局稲瀬は帰ってこなかった。健全…?稲瀬の机を見つめながら疑問が浮かぶ。確かに隔離された寮生活で盛んな年頃が押さえつけられていたら耐えられないこともあるかもしれない。だが志津希にはよくわからなかった。志津希にはそもそも欲自体があまりない。異性を好きになったこともなかった。気づけば春を見つめて春に胸を高鳴らせていた。もうなにがきっかけかなんて忘れてしまったのだ。志津希は自分を落ち着かせるように息を吐き出して席を立った。部活組がさっさと出ていたためか既に閑散としている。扉に手をかけて勢いよく開けると目の前に現れた意外な人物に思わず息を飲んだ。
「あ、」
志津希の姿を視界に捉えると遠慮もなくあからさまに嫌な顔をされる。そんな相手に気を使う必要もないかと志津希も同じような表情を返した。
「あの、どいてくれないかな?」
通せんぼするように暁美は扉の前から動かなかった。ますます志津希の表情は歪んでいく。早く暁美から離れたい。不快な表情を浮かべているのが面白いのか暁美はにやりと口角を上げた。普通に笑えばあんなに可愛いのに残念だと志津希は思う。
「河嶋くんって凪都のなんなの?」
挑発するように暁美は言い放つ。志津希は少しだけ後ろに下がった。
「ただの同室?それとも、河嶋くんは凪都のこと好きなのかな?」
顔は笑っていても言葉は刺々しい。志津希は戸惑いながら口を開いた。
「いや、僕は凪都とはなにも…」
なにもないは嘘になるんだろうか。好きと言われた。だがまだ志津希は返事をしていない。そもそも凪都が返事を求めているかもわからない。
「ふーん、じゃあ僕が凪都もらってもいいんだよね?あぁ良かったぁ!河嶋くんって可愛いし凪都に気に入られてるみたいだから心配してたんだぁ」
「いや、あのっ!…その……」
とっさに口が動いてしまう。行動と思考が伴わない。
「ふっ…あははっ!」
突然吹き出した暁美は声を上げて笑う。志津希は自分の置かれてる状況に動揺を隠せない。考えが見えない暁美が怖い。
「口では否定しても取られるってなったらやっぱり嫌なんだ。」
「っ…」
なにも言い返せない。暁美は志津希を見透かしていた。すっと笑顔が消えて志津希を睨みつける。
「僕は凪都が好きだよ。河嶋くんよりずっとずっと。河嶋くんみたいに凪都を見て見ぬ振りなんかしない。男同士なんて関係ない。」
暁美は真剣に凪都を好きなんだ。気を抜けば涙が溢れてしまいそうだった。痛い胸を抑えるようにぎゅっとシャツを掴む。
「むかつくんだよね。ほんと、お前みたいなやつ。」
低くて怖い声。睨みつける目が志津希を離さない。この目を志津希は知っていた。無条件で敵に送る目だ。暁美ははぁと息をつくと体が固まって動けない志津希の肩をぽんと叩いた。あの可愛い笑顔でにっこり笑う。
「ま、一度話せて良かったよ。凪都は絶対に渡さないから。じゃあね。河嶋くん」
がらがらと扉が閉まる音を他人事のように聞き流した。力が抜けた体がすとんと床に落ちる。志津希は自分の体を抱きしめた。少しだけ息がしにくい。一点を見つめながら呼吸を紡ぐ。しばらく志津希は床に座り込んで震える肩を必死に抱いた。
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