君に心を

河嶋 亜津希

文字の大きさ
32 / 104

31

しおりを挟む

薔薇のアーチをくぐる。おぼつかない足元が志津希の心情を示していた。中庭にはぽつぽつと人が見えたが一昨日座ったベンチはどの位置からもちょうど死角になっていた。探さないと見つからない志津希の場所。凪都が志津希に与えたものだ。志津希疲れ切っていた。倒れこむように腰を下ろすと同時にポケットから携帯か震えた。志津希は少し息を吐いて画面を見ずに電話をとった。

「もしもし…」

『もしもし?』

あー…最悪。志津希は頭を抱えたくなった。思わずだらしなく空を仰ぐ。今一番聞きたくない声だ。

『、志津?今大丈夫か?』

志津希に電話をしてくる人なんて限られている。いつもなら春からの電話にドキドキしながら嬉しくて飛び上がるぐらいなのに今は真逆だ。

「あーうん、大丈夫!どうしたの?」

志津希は無理やり明るい声を出した。人間とは不思議なもので気分が暗くても明るい声を出せば顔もほころんでしまう。

『おう、いや…大したことじゃないんだけどな!』

向こうも明るい声を振り絞るように返事を返してくる。

「なぁちゃんのこと?」

志津希はいきなり核心をついた。春の用事なんてこれしかないだろう。ただでさえ離れたばかりのふたりだ。不安定なのはわかっている。

『なんか今日の志津は厳しいなぁ…』

あははと笑った春はどこか疲れているようだった。志津希は少し複雑な気持ちだ。春に変な態度を取りたくない。だけど今の志津希に余裕がないのも事実だ。

「ごめん、」

『大丈夫か?ごめんな、急に』

「大丈夫だよ。で?どうしたの?」

春にあたっても仕方ない。志津希は気持ちを切り替えるように少しだけ息を吐いた。

『俺が引っ越してから一回もこねぇんだよ、奈津。』

春はため息を吐き出しながら言った。青い空に雲が泳ぐ。ベンチを取り囲む薔薇からいい香りがして志津希はだんだんと落ち着きを取り戻していた。

「春くん、考えてもみなよ。あのなぁちゃんだよ?」

奈津希の性格は誰よりも理解している。奈津希はわがままを知らないのだ。兄弟や祖母、春にさえそれは適応されていて奈津希はいつだって周りに眼を凝らしている。不快に思われていないか気を使ってはいないか。そして我慢する。奈津希はそういう人だ。両親が亡くなってからより一層それは強くなって奈津希はお兄ちゃんになるのに必死になってきた。だが志津希や葉津希は奈津希の気持ちも理解できるから無理やり甘えてほしいなんてことは言えない。

『だよなぁ…でも俺が引っ越した日いつでもこいよって言ったんだぞ?俺がいいって言ってるのに』

「いくらいいって言ったってぐるぐる考えるのがなぁちゃんだよ。春くんは忙しいんだからとか考えちゃうんだから。」

志津希ならいいと言われたら入り浸ってしまいそうだ。うーんと電話越しで唸る春に志津希は思わず笑ってしまう。するといきなりとんとんと肩を叩かれた。びくっと体が震える。目線を向けると凪都が驚いた志津希を見て笑っていた。志津希はほっと肩を撫で下ろして電話中と声を出さずに訴えると凪都は頷いて横に座った。そのまま電話を続けていいらしい。志津希は凪都に甘えて話を続けた。

「春くんがおいでって言ってあげないと絶対来ないと思うよ?なぁちゃんは」

『やっぱりそうか?』

凪都が志津希の顔を覗き込む。眉が少し歪んでいた。志津希が不思議そうな表情を返すと凪都は志津希をぎゅっと抱きしめた。

「ちょっ」

「志津希…」

『志津?』

わざと携帯を当てている耳に向かって名前を呼ぶ。志津希はぐいぐいと凪都の胸を押した。凪都は電話の相手が気に入らないらしい。志津希の抵抗も虚しく凪都は志津希から離れない。春の訝し気な声が電話の向こうで聞こえる。凪都は少し離れてこつんと志津希の額に自分のそれを重ねる。凪都の目は揺れていた。思わず抵抗の手を止めてしまう。

「志津希、好きだよ。」

「んっ!」

気づけば唇を塞がれる。強引なのにどこか優しい。力が入らなくなった志津希の手から凪都は携帯を奪うとぴっと電話を切った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

隣の席のイケメンに懐かれた

しょうがやき
BL
隣の席のイケメンに懐かれた平凡男子の話

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
 漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。  漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。  陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。  漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。  漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。  養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。  陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。  漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。  仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。  沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。  日本の漁師の多くがこの形態なのだ。  沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。  遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。  内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。  漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。  出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。  休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。  個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。  漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。  専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。  資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。  漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。  食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。  地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。  この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。  もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。  翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。  この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

全寮制男子校でモテモテ。親衛隊がいる俺の話

みき
BL
全寮制男子校でモテモテな男の子の話。 BL 総受け 高校生 親衛隊 王道 学園 ヤンデレ 溺愛 完全自己満小説です。 数年前に書いた作品で、めちゃくちゃ中途半端なところ(第4話)で終わります。実験的公開作品

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

貢がせて、ハニー!

わこ
BL
隣の部屋のサラリーマンがしょっちゅう貢ぎにやって来る。 隣人のストレートな求愛活動に困惑する男子学生の話。 社会人×大学生の日常系年の差ラブコメ。 ※この物語はフィクションです。 ※現時点で小説の公開対象範囲は全年齢となっております。しばらくはこのまま指定なしで更新を続ける予定ですが、アルファポリスさんのガイドラインに合わせて今後変更する場合があります。(2020.11.8) ■2025.12.14 285話のタイトルを「おみやげ何にする? Ⅲ」から変更しました。 ■2025.11.29 294話のタイトルを「赤い川」から変更しました。 ■2024.03.09 2月2日にわざわざサイトの方へ誤変換のお知らせをくださった方、どうもありがとうございました。瀬名さんの名前が僧侶みたいになっていたのに全く気付いていなかったので助かりました! ■2024.03.09 195話/196話のタイトルを変更しました。 ■2020.10.25 25話目「帰り道」追加(差し込み)しました。話の流れに変更はありません。

処理中です...