君に恋を

河嶋 亜津希

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目が腫れぼったい。眠いのと風邪開けなのと泣きじゃくったあと。コンディションは最悪だった。奈津希は図書室の窓から帰って行く生徒を見下ろした。手元にはいつもの本。でも読む気はない。風紀委員をやめて二年からは図書委員になった。毎週の当番が嫌がられて図書委員はあまり人気がない。他人に押し付けようとするクラスの空気が嫌で奈津希が手を挙げた。読書は好きでも嫌いでもない。なんとなく暇だから当番の日にはカウンターで本を読んでいた。今日もそのつもりだったけどぐるぐると考えてしまって集中できないからやめた。

「あー…」

泣きすぎて声が枯れている。あの後結局春の胸で思い切り泣いて疲れて眠ってしまった。だけど春に吐き出したら少しだけすっきりした。葉津希のこと、志津希のこと。家族のことになるとどうしても弱くなってしまう。離れて欲しくない。ひとりになりたくない。でも無理に縛り付けたくもない。奈津希の葛藤は続いていた。

「春くん…」

返事のない問いかけをする。奈津希は昨日のことを思い出して恥ずかしくなっていた。ずっと春にくっついて子どものように泣いた。でも春はそれを受け止めて奈津希を離さないでいてくれる。春が大学に上がって少し離れた分ふたりの距離は縮まっているように感じていた。幼馴染の距離を奈津希は忘れかけていた。つい勘違いしそうになる。春も奈津希と同じ気持ちなんじゃないかとか。

「あぁー馬鹿だ…」

「誰がですか?」

「ひやぁっ!」

突然独り言に返事をされて変な声が出た。心臓が早く脈をうちだす。奈津希が顔を上げると縁なし眼鏡が奈津希の姿を捉えた。

「あ、安斎先生…びっくりした…」

奈津希は安斎 類樹あんざい るいきの顔を見てほっと息をついた。この教師は美術科の担当でなぜか図書委員会を取りまとめている。優しい教師の顔を貼り付けたいけ好かない男だ。

「驚かせた?」

「いや、少し考え事してて。すいません。」

「考え事かぁ…悩み多き年頃だ。」

類樹はあははと奈津希の肩を叩きながら笑った。奈津希はあまりこの教師のことが好きではなかった。優しい顔をして容赦なく生徒に大人の権限を使うし自分の意見をさも一番いいことのように誘導する。なにもかものせられているようで嫌だった。図書委員になることで一番嫌だったのが類樹に覚えられることだった。

「先生はどうしたんですか。俺の監視、ですか?」

早くこの場を終わらせたくて奈津希は類樹を急かす。だけど類樹はそんなこと気にも止めずに平気な顔をしていた。

「監視だなんて人聞き悪いなぁ。相沢さんの貸出カードがもう埋まったって聞いたから発行してきたんだよ。他にも埋まった人がいたみたいだからついでにね、はい。」

類気は真新しい貸出カードを奈津希に手渡した。華蓮の名前が書かれたそれを二年のスペースに入れる。

「すごい、相沢さん三枚目だ。」

貸出カードは三年間で一枚も更新しない人だっている。華蓮は相当な読書家だ。そのせいか類樹とも顔見知りらしかった。華蓮は誰とでも分け隔てなく仲良くなる。すぐに自分から壁を貼る奈津希とは大違いだった。

「じゃあ、先生は行きますね。鍵は職員室にお願いします。」

類樹は踵を返した。奈津希は他の貸出カードを各スペースに入れて行く。ガラッと図書室の扉が開いたところで類樹は振り返った。

「河嶋くん。」

「はい?」

「失恋の悩みは泣いても忘れられませんよ」

「は?」

聞き返したところで類樹の姿はもうなかった。奈津希は呆然として目元に手を当てる。

「…失恋なんかしてないし……」

まだ。その言葉を心のなかで付け加えて奈津希は何度目かわからないため息を吐き出した。
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