君に恋を

河嶋 亜津希

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奈津希は美術室を出て廊下をゆっくりと歩いていた。類樹の話は終業式に図書室を開けるから当番をしてほしいと言うものだった。断る理由もなく奈津希は承諾して無事に帰路についている。教師と生徒なんかドラマの中の話だと思っていた。しかも忘れてしまいそうになるが男同士だ。國彦もそうだが奈津希の周りにはそういったことをあまり気にしていない人が多いのかもしれない。逆にそれに囚われて苦しくて身動きができていないのが奈津希自身だ。ぼーっとしながら下駄箱に到着する。

「もういいんですか。」

いきなり飛び込んできた声に奈津希は体を震わせる。ゆっくりと振り向くと少し不機嫌な表情を浮かべて一年生が立っていた。

「安斎先生ならまだ美術室にいるよ。」

奈津希が返事をすると一年生の表情はよりむすっとなる。どうやら奈津希の態度が気に入らなかったらしい。可愛いなぁ。奈津希は心の中で呟いた。奈津希と類樹が自分の知らない話をしているのが腑に落ちないのだ。奈津希には絶対にできない抵抗。春にたとえ彼女ができても奈津希はその人に迫ることなんてできない。

「なんの話ですか?」

一年生は奈津希にぐっと近づいた。感情をむき出しにして奈津希を睨む。そんなんじゃ類樹が別の生徒や先生と話しただけでこの子は身が持たなくなりそうだ。

「図書委員なんだよね、俺。その話だよ。君が心配するようなことは…」

昇降口にばんっと大きな音が響いた。奈津希の目の前に細い腕がすれすれで留まっていた。一瞬静けさに包まれたがすぐに外で部活をする賑やかな掛け声が何事もなかったかのように聞こえてくる。奈津希の心臓はどくどくと脈を打っていた。

「先輩にはわかんないですよ。俺の気持ちは。」

奈津希と背が同じぐらいだからちょうど顔と顔を突き合わせる体制になっていた。

「…あなたはあの人のお気に入りなんです」

目を伏せて小さく呟く。あんなに敵意剥き出しだったくせに今はシュンとして仔犬のようだった。ころころ表情が変わるなぁ…。奈津希はどうしていいかわからなくて少し戸惑いながら一年生の頭をぽんぽんと撫でた。

「、へ?…」

「たしかに君の気持ちはわからないけど、好きな人に応えてもらえないもどかしさはわかるよ。でもね。俺みたいに怖気付いて相手になにも伝えられないよりちゃんと安斎先生と向き合う君のほうがよっぽど偉いと思う。」

淡々と喋る奈津希を前にして一年生は目を見開いて固まっている。この子はちゃんと類樹に向き合って突き進んでいるのだ。

「だから君は俺に嫉妬なんかしちゃ駄目だと思う。」

突っ張っていた腕がだらんと落ちた。

「もう諦めてるんですか、その人のこと」

一年生の声はぶっきらぼうだけどもう敵意は感じなかった。まるで叱られた後の子供のようだった。奈津希は少し困ったように笑う。

「諦めきれてもないから厄介だよね。」

奈津希にはこの子みたいに突っ走る勇気も諦める勇気もない。

「諦めちゃ、駄目です!絶対!」

縋るように一年生は奈津希のブレザーの裾を掴んだ。奈津希はもう一度一年生の頭を撫でて下駄箱から靴を出した。

「ありがとう。…じゃあ俺帰るね。」

「あっ…」

引き止めようとした手を奈津希は気づかないふりをする。すっと静かに距離をとった。ポケットの中で携帯が震えているのを感じる。奈津希はなんだか早く携帯の向こうの人に会いたいと思っていた。

「あ、最後にひとつだけ…」

奈津希は扉に手をかけてくるりと振り返る。

「俺、安斎先生のこと大嫌いだから安心してね。」

いつもより軽い足を動かしならが奈津希の頭は春でいっぱいになっていた。
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