58 / 81
58
しおりを挟む美術室のドアの前で奈津希は息をついた。あぁ…憂鬱。ただでさえ苦手な部類の人間だ。図書委員になったことを奈津希は今更後悔した。
「失礼します、」
奈津希は意を決してがらっとドアを開く。類樹が振り向いた。奥に生徒の姿が見える。
「あ、河嶋くん。」
「あのー…今じゃない方がいいですか?」
タイミングが悪い。他の生徒を呼び出してるんだったら奈津希は別の日でもいいじゃないかと悪態をついた。奈津希は眉を寄せる。中にいる生徒はエンブレムが赤で一年生だとわかる。一年生は奈津希と同じようにばつの悪そうな表情を浮かべていた。
「後でいいか?」
「いいけど…」
「わがまま言うな。」
小さく聞こえる会話。類樹が普通に話しているのが違和感だった。なんだかこの子は類樹にとって特別らしい。なんとなくそう感じた。一年生がドアに向かって歩いてくる。奈津希は寄りかかっていたドアから体を離した。
「え…」
思わず声が出た。すれ違いざま、キッと睨まれた気がする。振り返ると早足で歩いて行った一年生の背中はもう小さくなっていた。奈津希は戸惑いながら美術室に足を踏み入れる。
「よかったんですか、?」
苦笑いを浮かべる。類樹は淡々と散らばった授業の準備物を片付けていた。
「ごめんね、態度悪いでしょう。」
「まぁ…」
一年生の態度の悪さより類樹の性格の変わりようのほうが怖い。またひとつ奈津希は類樹に壁を貼った。たぶんだけどあの子は奈津希に嫉妬している。類樹が好きなんだろうか。
「うちのクラスの子なんだよ。」
とんっとプリントをまとめた資料を机に置いて類樹はにっこり笑った。そういえば類樹は一年生の担任だ。奈津希はあの子が類樹を好きで類樹がそれをわかっているのをなんとなく察した。
「…なんで?」
「なにがですか?」
「好きになる要素全くないです、俺には。」
真剣に目を見て言う奈津希にしばらく類樹はぽかんとして勢いよく吹き出した。
「ははははっ!!それははっきり言い過ぎだっ」
本気で爆笑する類樹を奈津希は苦笑いで見つめていた。だってこれが本音なのだ。性格悪いし裏表はあるし奈津希が好きになれる要素が類樹にはない。教師に対して相当失礼だと奈津希は口にしてから気づいたけど類樹が爆笑しているのでよしとする。
「あー面白い。やっぱり面白いね、君たちは」
一通り笑った類樹は奈津希に向き直ってそう言った。君たちという複数形に奈津希は疑問を感じる。
「たちってなんですか?」
「高校生って面白いよ。大人になるとわかる。」
奈津希は類樹の答えにむっとした。奈津希が類樹に壁を貼るのと同じように類樹も大人としての壁を貼っていた。大人にならないとわからないことはいらないのだ。
「応えてはあげないんですか?」
この質問が子供っぽいのはわかっている。でも大人にしかわからない気持ちがあるなら子供にしかわからない気持ちもあるのだ。奈津希にはあの一年生の気持ちが痛いほどわかってしまう。まっすぐ問いかける奈津希から目をそらして類樹は真顔のまま固まった。奈津希はじっと答えを待つ。
「…河嶋くん、どうしようもないことってあるでしょ?」
困ったように笑った類樹の答えはそれだった。どうしようもないこと。奈津希の頭にぱっと春の顔が浮かんだ。
「あいつは俺の先生ってところを見てるだけだ。三年たって卒業すれば新しい世界が開く、俺なんかただの老いぼれにしか見えなくなる。」
まるで類樹の口ぶりは自分に言い聞かせているようだった。今先生としての類樹は奈津希の前にいなかった。奈津希はきっと類樹もあの子のことが大切なんだろうと思う。それが生徒以上なのかはわからないけどあの子は類樹に守られている。
「あえて言うなら…」
類樹は伏せていた目を奈津希に向けた。眼鏡の奥から鋭く突き刺さるような目線が向かってくる。
「いいや、なんでもない。今の話は忘れて。よし、委員の話だったよね。」
答えを待つ奈津希を無視して類樹はそそくさと次の話題に移った。奈津希もこれ以上追及はしなくていいと思っていた。類樹がまっすぐあの子に向き合えないことが今のあの子にとって一番いいことなのがなんとなく奈津希にもわかっていたからだ。
0
あなたにおすすめの小説
平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)
優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。
本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。
溺愛幼馴染
すずかけあおい
BL
意地悪だった幼馴染攻め×攻めが苦手な受け
隣に住んでいた幼馴染の高臣とは、彼が引っ越してから陽彩はずっと会っていなかった。
ある日、新條家が隣の家に戻ってくると知り、意地悪な高臣と再会することに陽彩はショックを受けるが――。
〔攻め〕新條 高臣
〔受け〕佐坂 陽彩
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる