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しおりを挟む奈津希はしばらく春に抱きつきながら泣いていた。春は奈津希の頭を撫でながらずっと好きだと呟いている。奈津希の涙が落ち着いた頃にはもう日は沈んでしまっていた。
「目、腫れてるな。冷やすか?」
春は心配そうに奈津希の目元を撫でる。奈津希は首を振った。
「…今は離れたくない、から。」
「そうか…ごめんな。」
弱々しい春の表情は珍しくて奈津希はじっと春を見つめてしまう。
「大丈夫だよ。俺は春くんが今ここにいればいい。」
奈津希は春が自分を選んでくれただけでよかった。春が奈津希から離れていなくてよかった。春は一瞬だけ目を見開いて柔らかい笑顔になる。奈津希も同じように笑っていた。
「梓に…頼んだんだ。あの店の予約。」
梓という響きに奈津希はどきっとしてしまう。あからさまに表情が曇った奈津希を春は心配そうに見つめながら話を続けた。
「あいつのお兄さんがあの店で働いててこの前の予約取ってもらったお礼に飯に行った。今日の予約も頼んだら梓にいろいろ探り入れられて…正直に奈津が好きだって話したら協力するって言われて油断してた、知らない番号から着信あっただろ?」
奈津希は首を縦に振る。やっぱりあれは梓だったんだ。春ははぁとため息を吐き出した。
「梓が俺の携帯から勝手に奈津の番号抜き取ってた…ごめん。」
「も、いいよ。大丈夫だから…なにもされてないから」
直接悪口を言われたわけでもない。怖かったけどもういい。奈津希は梓に少し同情のような気持ちを持っていた。好きな人に男が好きだと言われてショックだったのかもしれない。この上なくむかついて奈津希しかはけ口が見つからなかったのだ。どうしようもないことの怒りと悲しみはどこにぶつけていいかわからなくなる。残念だったの言葉は梓の精一杯だ。奈津希にはそれがわかっていた。
「今日ちゃんと梓と話してきたから。奈津の番号も消させた。もう俺は奈津に甘えない。」
強い力で抱きしめられる。奈津希は春の首元に顔を埋めた。大きくて広い胸。昔から変わらない安心感。奈津希は確かめるように春に抱きついている。
「俺も、ごめんね…春くんに嘘ついた、のに怒って春くんの話も聞かなかった…」
「ん、いい。わかってる。プレゼント買いに行ってくれたんだろ?」
頭を撫でる春の手がいつもより何倍も優しく感じた。奈津希は泣きながら強く頷く。ふたりは好きとごめんを繰り返していた。今まで必死に隠してきた想いが溢れ出して止まらない。春はそっと奈津希から体を離した。
「奈津、俺のものになってくれないか。絶対大切にするから」
欲しい言葉と欲しい人。奈津希はこの上なく幸せだった。溢れ出す涙を止めることなく奈津希は頷く。
「俺もずっと春くんが好き、春くんのそばにいたい」
春はそっと奈津希に唇を落とした。誰にでも優しくていつもかっこいい俺の幼馴染。ずっと好きだった。だけど叶わない、叶うはずないと思ってた。奈津希は心からの笑顔を春に返した。嘘偽りなんかじゃなく本当の恋が今、始まろうとしていた。
-fin-
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