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練習~よくわかるエナ先生の魔法講座~

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 きっちり食後のデザートを頂きエナの財布にダメージを与えてから、俺たちは食堂を後にし宿屋のエナの部屋に集まっていた。
 今回はテレアの緊張をほぐすために仕方なくだからな?何も好き好んでエナの財政に負担をかけたわけじゃないからな?その辺はエナもわかっていると思いたい。
 テレアはというと帰り道の時点ですでにウトウトとし始め、エナの部屋についた途端限界が来たようで今はエナのベッドを占領してすやすやと寝息を立てている。
 なんでこんな可愛らしい子があんなわけのわからんズッコケ三人組に追いかけられてたんだろうなぁ……。

「ああ……やっぱり全裸になってたんですね」
「まあ現状それしかなかったしね」

 寝ているテレアを横目にあの三人組との戦いの様子をかいつまんでエナに話していた。
 うんやっぱりどう考えてもアレを戦い呼ぶにはあまりにもお粗末な内容だな。

「やっぱりちゃんとした戦い方を覚える必要があると思うんだよね。例えば剣術を誰かに教えてもらうとかさ」
「そうですよね……剣術を使える人に心当たりはあるんですけど、ちょっとおいそれとは会いに行けない距離にいるので」

 聞けばエナは冒険者稼業のおかげか、割といろいろな地域に足を運ぶ関係上そこかしこに顔見知りがいるらしい。
 そこでふと疑問に思ったことがあり、失礼を承知でエナに聞いてみることにする。

「そういやエナって何歳なの?」
「失礼ですよシューイチさん」

 エナにジト目で見られる。
 いやな?これはな?ちゃうねんな?

「話聞いてるとエナってもう長いこと冒険者してる感じがしたから、それでちょっと気になっちゃってさ……確かに失礼だったよな、ごめんなさい」
「まあ他意はないんでしょうけどね……17歳です」
「なんだ、俺とタメだったのか」
「冒険者になったのは今から5年前ですね……あの頃は色々と必死でしたし大変……まあそのことはいいんです」

 一瞬だけエナの表情が暗くなるが、それを振り払うように首を振った。
 しかしそんな頃から冒険者なんてやっていたのか……。
 続きが気になったがよくよく考えるとエナと出会ってまだ二日目なんだよね。さすがにそこまで踏み込んで聞くのは早いと思いグッと我慢した。

「ようするに戦い方を覚えたいんですよね?私には剣を教えることはできないんですが……もし剣にこだわらないのであれば、魔法で良かったら教えられると思いますけど?」
「え?魔法って俺でも使えるの?」
「基本的にこの世界の人間……まあ全部ひっくるめて生物には、生まれながらにして魔力があるんですよ。シューイチさんは別の世界から来たとのことなのでちょっとわかりませんが、試してみる価値は十分にあると思います」

 俺にも魔法が使えるかもしれない可能性に、ちょっとワクワクしてきた。

「どうすればいいのかな?」
「魔法を使うにはまず自分の中にある魔力の流れを知覚しないといけないんですよ。魔法使いを目指す人は魔法学校でそれを教わるんですが……実はちょっと裏技的な物があるんでそれを試してみます」
「そんなものがあるのか?」
「門外不出の荒技なんですよ……ちょっと手を出してもらっていいですか?」

 手を差し出すとエナが両手でそっと包み込むように握ってきた。
 なんだよやめろよドキッとしちゃうだろ?こちとら経験の少ないシャイボーイなんだぞ?

「今から私の魔力を少しシューイチさんに流して、シューイチさんの中に眠っている魔力を刺激して活性化させます。うまくいけばシューイチさんでも魔力の流れを知覚できると思います」
「おっおう!」

 ああ……エナの手柔らけーなー……なんて緩んでる場合ではない。
 エナは至極真面目なのでデレデレしたら失礼だよな。
 顔を引き締めて、気合を入れなおした。

「では行きます……」

 エナが目を閉じてなにやら集中し始める。
 今のところ何も変化はな……ん?……おおぉっ!?
 エナの手が熱を持ったかと思うと、俺の手を伝い胸の真ん中に来たところで停止する。
 ほどなくしてその熱がじわじわと身体全体に広まっていく。

「なんだこれ!?なんか身体が熱いんだけど!?」
「上手くいったみたいですね。多分すぐにその熱は消えてしまうので、今のうちにその感覚を覚えてください」

 エナが手を離すと次第に身体に発生した熱は消えてしまった。

「熱が収まった……?」
「それじゃあ今からさっきの感覚を思い出して、私の力なしでその熱を引き出してみてください」
「なんかすごい無茶なこと言われてる気がするんだけど!?」
「大丈夫ですよ、多分できると思います」

 本当かよ……にわかには信じられないがエナができるというなら信じてやってみよう。
 目を閉じてさっきの熱をもう一度引き出すべく集中する。
 なんか自分の中に今までなかった「何か」を朧げに感じるんだけど、それをに近づくとふと消えてしまう……。

「あまり力まず、もっと自然な感じで……自分に魔力があるのが当たり前だと思ってやってみてください」
「自然に……自然に……」

 エナのアドバイスを受けて再度チャレンジする。
 身体の奥に感じる「何か」にもう一度近づいていく。
 お前が俺の中にあるのは当たり前なんだ……もうお前は俺の物だ……。
 なんか危ない人みたいな思考回路になりつつあるものの、ようやくその「何か」の端に触れることができた。
 その瞬間身体中に先ほど感じたあの熱が広がっていく。

「おおっ!?」
「上手くいきましたね!僅かですけどシューイチさんの魔力が活性化したのがわかります」

 なんか凄いぞこれ!今なら何でもできそうな気がする!!
 なんて気を抜いた瞬間、その熱は引いてしまった。
 どうやら集中してないとダメみたいだな……。

「魔法を使うためには、その状態に持っていくことが前提条件です。熟練の魔法使いは瞬時にその状態に移行できるんですよ」
「そうなのか……練習すればもっと早くできるようになるのかな?」
「個人差はありますけどできるようになるはずですよ。あとその状態を続けていると体内の魔力を消費し続けることになりますから気を付けてくださいね?」
「魔力がなくなるとどうなるの?死ぬの?」
「死んだりはしませんが、魔力が回復するまで魔法が使えなくなり、身体を動かすことが困難になります」

 ゲームで言うところのMP切れ状態みたいなもんか。
 しかしこんな方法があるのか……。

「こんな手段があるだなんて広まったら、もう魔法学校なんて必要ないな」
「だから門外不出なんですよ。普通なら今の工程を魔法学校で二か月掛けて教わるらしいですから」

 今の五分くらいで二か月の苦労を豪快にすっ飛ばしたわけか。
 どうしてエナがこんな裏技みたいな手段を知っているのか疑問に思わなくもないが、なんとなく今はそれを聞くときではないと思った。
 
「そんで魔法はどうやって使うんだ?」
「イメージしてください」
「イメージ?」
「この世界における魔法はイメージこそが全てです。例えば魔法で指先に火を出したいと思ったら、頭の中で指先に火を出してる姿をイメージするんですよ……こんな風に」

 エナが右手の人差し指を立てた瞬間、その指先に小さな火が出現した。
 
「頭の中で正確に魔法の内容をイメージして、魔力でそれを出力するのが一連のプロセスです」
「なんか思ってたよりもずっと簡単な気がするな」
「落ち着いてる時ならそうかもしれませんが、例えば戦闘中とか集中できない状況で頭の中で正確にイメージをしてそれを出力するのは簡単なことじゃありませんよ?」

 そう言ってエナが指先の火に息を吹きかけて消した。
 それにしてもイメージか……うん練習あるのみだな。
 折角だしもうちょっと色々聞いてみよう。

「エナはどんな魔法が得意なんだ?」
「私は回復とか防御壁を張ったりとか……主に補助系の魔法が得意ですね。でも攻撃魔法も一応は使えますよ?」

 そういえばキラーウルフに襲われてた時に「回復魔法掛けますか?」みたいなこと言ってたもんな。

「もし怪我することがあったら遠慮なく言ってくださいね?自慢じゃないんですけど私の回復魔法は中々のものですよ?」
 
 言いながらエナがフフンと胸を張る。

「あはは、その時はお願いするよ」

 そんなエナがちょとだけおかしくて笑ったら「なんで笑ってるんですか!信じてませんね!?」と怒られてしまった。
 その後も魔法について詳しく話を聞いたり明日の予定を話し合っているうちに、夜も遅いということで解散する運びとなった。
 部屋に戻った俺は早速魔力を活性化させるトレーニングを始める。

「中々難しいなこれ……」

 でも今後のことを考えると絶対にできるようになった方がいいはずなので、繰り返し何度も何度も練習する。
 一時間ほど無心になって練習していると、ふと物凄い倦怠感に襲われた。

「なんだこれ!?……もしかしてこれがエナの言ってた魔力切れ状態のことか?」

 たしかに凄い倦怠感だ……指先一つ動かすのすら億劫だ。
 今日の練習はここまでか……と思ったところでふと思い立つ。

「もしかしてこれって……」

 思いついたら吉日とばかりに、俺は「それ」を実行に移したのだった。




 明けて翌日。
 遅くまでトレーニングしてたせいで睡眠不足にも関わらず、俺は上機嫌だった。

「シューイチさん、おはようございます!」

 宿屋の廊下でエナと鉢合わせる。

「おはようエナ!」
「なんだか眠そうですね?もしかして遅くまで魔法の練習してたんですか?」
「ふふふ……その通りだ!ほれ!」

 そう言って俺は体の中の魔力を瞬時に活性化させる。
 それを見てエナが驚愕の表情になった。

「……え?昨日の今日でそんな……え?」
「練習の賜物だよエナ君!」
「いやでも……ずっと練習してたら一時間くらいで魔力切れするはずですよね?だから一日で練習できる量なんて限られてるはずなのに……」

 明らかに狼狽し始めるエナに、俺は得意げに言ってやる。

「それがな?全裸になったら無敵になる能力が俺にはあるだろ?試しに全裸になってみたら無尽蔵に魔力が湧いてくるもんだから、練習し放題だった」

 その言葉はエナの中の時間を三秒ほど停止させる力を秘めていた。

「なんですかそれ!ずるい!!」

 朝も早く静かな宿屋の廊下に、エナの声が高々と響き渡った。




「そういえば、あれからテレアはどう?」

 いまだに釈然としないといった感じのエナに、テレアの様子を尋ねてみた。

「まだ寝てますよ?よほど疲れてたんでしょうね」
「そうか……どうしたもんかねぇ」

 昨日のうちにエナと話し合い、今日はギルドで討伐系の仕事をすることを決めたのだが、テレアの処遇をどうするかだけがまだ決まっていなかった。
 だからテレアが目を覚ましたら本人に聞いてみるつもりだったのだが。

「もしかしたら起きてるかもしれませんし私の部屋に行ってみますか?」
「そうだな、どうせなら朝食も一緒に取りたいしな」

 二人でエナの部屋に戻ると、テレアはたった今起きたようでベッドの上でぼーっとしてた。
 キョロキョロとしているところを見ると、まだ寝ぼけているんだろう。

「おはようございますテレアちゃん!よく寝てましたね?」
「あっ……おはよう……」

 周囲を見渡していたテレアが俺たちを見つけて挨拶をしたあと―――

「お兄ちゃん……お姉ちゃん……」

 と言ったのだ。

「オニイチャン……?」
「オネエチャン……?」

 その言葉は俺とエナの時間を五秒ほど停止させる力を秘めていた。
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