無敵の力で異世界無双~ただし全裸~

みなみ

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深夜~泣いた親不孝者~

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 その日の夕方、カルマ教団リンデフランデ支部に国の騎士団と憲兵隊が押し寄せ、支部長であるロイを除いた教徒全員が捕縛された。
 とりあえずこれで一座は安全になったはずだし、明日の公演を滅茶滅茶にされる心配もなくなったと思う。
 とはいえ油断はできないし、やはり心残りなのがフリルである。
 別れ際には大分元気になっていたが、所々で結構無理してるのがどうしてもわかってしまった。
 エナも同じように思っていたようで、一座から宿への帰り道でそれとなくフリルの心配をしていた。
 公演は明日を含めて後二回あるらしいし、なんとかその二回を乗り切らないとだな。

 宿に戻った俺たちは三人で食事をした後、明日に備えて寝ることとなった。
 俺もとっとと寝てしまおうと思ってベッドに潜り込んだんだが、一時間経ってもなかなか寝付けないでいた。

「……なんか全然眠れないんだけど」

 明日のことを考えすぎて神経質になってしまっているんだろうか?
 なんかベッドの軋む音や、外から聞こえるちょっとした雑音とかが物凄く気になってしまう。
 こうなってしまうと中々寝付けないんだよなぁ。

「ちょっと軽く外の空気でも吸ってくるか」

 軽く上着を羽織り、自室から宿屋の外へと出た。
 時間にして夜の8時頃だろう。
 街はすっかり昼とは違い、夜の顔を覗かせていた。
 そういえばこの時間にこの街の外に出たのは初めてだな。
 散歩でもしようかと思ったけど、街の地理を完全に把握しておらず、迷子になる危険性を孕んでいたので仕方なしに宿屋の壁にもたれかかりながら道行く人や遠くを眺めていた。
 街の奥がこの時間にしてはやけに明るい……つーか明るすぎて目が痛いくらいだが、あの辺りにカジノがあるのかもな。
 方角的には一座のテントがある辺りだな。

「ルーデンス旅芸人一座……か」

 ルーデンスさんはこの国での公演を終えたら、一座は解散すると言った。
 尋ねるとあの人はいつもベッドにいて、起き上がって歩いている姿を見たことがない。
 そんな身体ではもういろんな国を回って公演をしていくことなど難しいだろうな。
 一座がなくなったら、ラフタさんやダックス……一座のみんなはどうなるんだろう?
 そしてフリルはどうするんだろうか?

「……どうもしない、今までと変わらずおじじの傍にいる」

 そう言ったのはフリルだった。
 だけどルーデンスさんはどうするのだろう?
 あの人はフリルの両親を見つけ出すことを生きがいとして、あの歳になって動けなくなるまで各国で公演をしながら、フリルの両親を探し続けてきたのだろう。
 正直頭が下がる。
 フリルがルーデンスさんを大事に想う気持ちに負けない物を、ルーデンスさんも持っているのだ。
 だが一座を解散し、生きがいとまで言い切ったフリルの両親探しをできなくなってしまったら……。

「……シューイチ」

 思考の海に潜っていた俺の意識が、その呼びかけで浮上した。
 声で誰だか分っていたが、それでもやはりなんでこんなところに?と驚いてしまう。

「なにやってんだフリル?お前さん一応狙われてるんだからこんな時間に一人で出歩くのは感心しないぞ?」
「……シューイチが夜泣きしてると思って」
「赤ちゃんか俺は」

 相変わらずの様子なフリルに見えるが、その表情はどこか不安げだった。

「どうした?何かあったのか?」

 俺の問いかけに、フリルが目を逸らした。
 そうして10秒ほど沈黙した後、ようやくフリルがその重い口を開いた。

「……怖くなった」
「明日の公演がか?」
「……違う……一座がなくなった後のこと」

 俺の言葉を否定し、さらにフリルが言葉を紡いでいく。

「……公演を怖いなんて思ったことない……明日の公演だって怖くない……一座のみんなやシューイチたちが守ってくれるから」
「何気にすげー信頼されてるのな俺たちは」
「……昨日の朝にちゃんと言った」

 そういや頼りにしてるって言われたな。

「……たとえ明日何が起きようとも一座がなくなることの怖さに比べたらどうってことない」
「お前さんちょっとあの一座のこと好きすぎじゃね?」
「……ちょっとじゃない……凄く好き」

 そりゃまた失礼しました……まあわかっていたけどね。
 とはいえ、好きで好きで仕方がないからこそ、それがなくなることへの恐怖は比例して大きくなっていくのもまた事実だ。

「……朝ダックスが襲われたって聞いたとき身が切られるような思いだった……あんなに怖くなったのは初めてだった」

 俺でさえ腰が抜けそうなほど驚いたからな。
 当事者のフリルは俺なんかと比べるべくもないだろう。

「……今も誰かと喋ってないと怖さに押しつぶされそうになる」
「それで俺のところにきたのか?」

 フリルが小さくだが、しっかりと頷いた。
 なんとまあ……俺が早めに就寝してたらどうしてたんだろうねこの子は?

「それなら仕方ないな……じゃあ眠くなるまでここで俺とおしゃべりでもするか?」

 俺がそう促すと、フリルは俺のもとに小走りでやって来て、壁にもたれるように隣に腰を下ろした。
 それにならって、俺も同じように腰を下ろす。

「それじゃあ何の話する?サメの話でもするか?」

 先ほどまで考えていたことを聞いてみようかとも思ったが、なんとなくフリルが求めているのはそれではない気がした。

「……サメってなに?」
「そうか……この世界にはサメはいないのか」

 コックルとピースケもライオンや象に似てるだけであって、それに似た魔物だったもんな。

「……シューイチは別の世界から来たの?」
「どこの誰だそんなこと言ったのは?」

 フリルが俺を指さす。
 うん、さっきつい口滑らせてたね俺。

「その通り、何を隠そう俺は別の世界からきたのだよ!」
「……へー」

 これは絶対信じてないな……。

「じゃあ特別に俺の住んでいた世界に関する質問に一つだけ答えてやろう!さあ質問するがいい!」
「……ご結婚はされておいでですか?」
「それ俺のいた世界となんにも関係ないじゃん!」

 思わず突っ込んでしまった。
 最初はやりにくいと思っていたフリルの会話のリズムだけど、ここ三日間ですっかり慣れてしまった。
 フリルの繰り出してくるボケにこうしてすかさずツッコミを入れるのもお手の物だ。

「……家族はいた?」
「ああいたぞ?母さんと父さんと俺で三人家族だった」
「……だった?」
「多分もう会えることもないだろうしなぁ……今頃どうしてるんだろうなあの人たちは」

 そういや俺がこの世界に来てから元の世界の家族のことを考えるのって初めてじゃないか?
 なんか毎日色々ありすぎてそのことを考えている余裕がなかったからなぁ。
 改めてもう二度と会えないんだと思うと、さすがに思うところはあるものの、なんか涙が出るほど悲しいってわけでもないのが自分でもちょっと不思議だ。
 俺冷めてるのかな?

「……家族に会いたい?」
「一言も告げられずにこっちの世界に来ちゃったからな……せめて一言くらい別れの挨拶くらいはしたいかもな」
「……シューイチは目を閉じて家族の顔を思い浮かべてて」

 フリルがおもむろに立ち上がった。

「え?なに?なんで?」
「……いいから」

 仕方がないので、言われた通り目を閉じる。
 思い浮かべろと言われればするけどさ……うん、まだちゃんと二人の顔を思い出せるな。

「そんで?俺はどうしたらいいの?」
「……そのままでいい……」

 そう言って一呼吸置いた後、フリルの口から歌が紡がれ始めた。
 それは近しい人との別れの歌。
 突然の別れに驚いてる間もなく新天地へとやって来た一人の少年が、苦労の末新たな居場所を手にし再び前に向かって歩いて行く……どことなく悲しいけれど、わずかな希望へ向けて少しずつ歩いて行く……そんな歌。
 曲も伴奏もなく、アカペラで紡がれていくフリルの歌は、道行く人たちの足を止める。
 一座の公演で最後に歌った時と同じで、フリルが歌えばそこは完全に彼女の世界に早変わりするのだ。
 いつの間にか俺たちの周りにはちょっとした人だかりができていた。
 誰もが口を開かず、フリルの歌に聞き入っている……俺と同じように。
 そして歌は佳境に差し掛かり、少年は別れた近しい人たちを懐かしく思い、そして少しの寂しさに囚われながらも、それを糧としてまた明日を生きていく……そんな思いを抱いたところでその歌は静かに終わりを告げた。

 少しの間の後、この周辺一帯を優しい拍手が包み込んだ。
 フリルがペコリと頭を下げて、再び俺の隣に腰を下ろすのを合図に、集まっていた人たちが散っていく。
 それはまるで泡沫の夢のような時間だった。

「……どう?」
「どうもなにも……俺、年甲斐もなく泣いちゃってるからな?」

 フリルが家族を思い浮かべろと言った意味がよく分かった。
 どうしてフリルの歌はこんなにも俺の心に響いてしまうんだろう?
 それは歌魔法のせいと言ってしまったらそれまでかもしれないが、俺の胸に残るこの暖かさは本当にそれだけなんだろうか?
 少なくとも俺はこの暖かさが歌魔法のせいだなんて思いたくはない。

「あーごめん……ちょっと無理だわこれ」
「……泣けば?」

 そう言ってフリルがハンカチを差し出してくる。
 それを受け取った瞬間、俺の瞳から堰を切ったように涙があふれてきた。

「うっ……うぐっ……ううぅぅ……!」

 母さん父さん……ごめんな?突然死んじゃってさ?別れも言えなくてごめんな?親不孝で本当にごめんな?
 ああ……会いたいな……一目でもいいからさ……。
 なんで今まで俺はこの気持ちにならなかったんだろう?
 いや……もしかしたらこの気持ちは最初から俺の中にあったのかもしれない。
 きっと見ないように、気が付かないようにしてただけなんだろう。
 そんな俺の想いを、フリルは見抜いて理解して、歌を通して慰めて励ましてくれた。
 
「……よしよし」

 うずくまって涙する俺の頭を、フリルが優しく撫でてくれる。
 小さいけれど、とても暖かいその手から伝わってくる温もりは、寂しさに支配された俺の心に優しく染み渡っていく。
 そんな風にフリルに頭を撫でられながら、俺は10分くらいずっと泣き続けたのだった。



 「歌った後は眠くなる」と言って俺の隣で寝息を立て始めたフリルを背負いながら、俺は一座への道のりを歩いて行く。
 背中に感じるほど良い重さが心地よい。

「かっこ悪いところを見せちゃったな」

 まさか女の子の前であんなに大泣きしてしまう日が来るとは思わなかった。
 でも自分でも気が付いていなかった寂しさを涙で洗い流したおかげだろうか、今までよりも心が軽い感じがしている。
 これなら宿に帰った後は、ぐっすり眠れそうだ。

「ありがとなフリル?この恩は明日フリルを全力で守ることで返すからな?」

 聞こえてないのを承知で、背中で寝息を立てているフリルに向かって俺は囁いた。


 心なしか俺の肩をつかむフリルの手に、キュッと小さく力が入った気がした。
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