145 / 169
逃避~想いの重さ~
しおりを挟む
「レリスお嬢様……それはあまりにも」
甘すぎる……と言いたいんだろうな。
正直な話俺もそう思うけど、どうやらレリスの話にはまだ続きがあるようだ。
「罪は問いません……ですがそれはわたくしを裏切った件についてだけですわ。あなたがこの国にしたことはとても許されるものではございません」
ソニアさんを厳しい表情で見つめながら、レリスがさらに言葉を続けていく。
「あなたがその罪を少しでも償いたいと言うのであれば、今後アグレス教団とは手を切ってください」
「アグレス教団と……それは……」
「わたくしからすればカルマ教団もアグレス教団も、手段は違えど神獣の力を手に入れるために己の利だけ考えているという部分は同じです。恐らくアグレス教団も青龍の復活に際してこの国が受ける被害など度外視だったのでしょう?」
レリスのその言葉に、ソニアさんがそっと目を逸らした。暗にそれはレリスの指摘を肯定していると同義だ。
ソニアさんの話から、アグレス教団は神獣の力によって世界を邪神から守ることを信条としてるようだが、神獣を復活させることだけに重点を置いてそうで、それによる被害など全く考えてないようにもとれる。
「あなたがアグレス教団からどのような任を受けているか詳しいことはわかりませんが、今回の結果だけを見ればカルマ教団と根本的にやっていることは同じだと思いましたわ」
「なあソニアさん、あなたはアグレス教団からどんな命を受けてたんだ?」
「……エレニカ財閥に取り入り、あらゆる手段を尽くし青龍を復活させろと仰せつかっておりました」
随分大雑把な指令なんだな……多分各々の力量に任せる方針なんだろうが。
となると、グウレシア家やカルマ教団の両方と手を組んでいたのもソニアさん独自の判断ということになるのか?
「ですがここ二・三年は随時細かい指令を与えられ、それに準ずるように動いたのも確かです。カルマ教団やグウレシア家に取り入るのもアグレス教団からの指令の一つでした」
「そうでしたか……では尚更アグレス教団とは手を切ってください」
レリスがソニアさんにアグレス教団と手を切ってほしいという思いもわかるなぁ……だって結果的にやってることがカルマ教団と同じだもんな。
いくら世界を護ることを信条としていても、そのために手段を選ばず周りに被害を出すことすら厭わないというなら、それはもう立派な邪教だ。
正義を掲げれば何をやっても許されるかといえばそうじゃないからな。
「……わかりました。簡単に手を切れるかどうかはわかりませんが、善処はします」
「善処ではダメです、約束してくださいませ」
「……約束します」
「はい、約束ですわ」
そう言ってレリスがニッコリと微笑む。
「それでアグレス教団と手を切った後、私はどうすればよろしいのでしょうか?」
「簡単なことですわ、わたくしがあなたを雇います」
「レリスお嬢様が私を……ですか?」
「今までわたくしたちは後手に回ることが多かったので……今回も完全に後手に回ってしまったからこそここまで被害が拡大したと言えますわ」
レリスの言う通り、基本的に俺たちはカルマ教団に先手を取られてばかりなんだよな。
それというのも相手の情報が不足しているからなんだけど……なるほど、レリスの思惑がわかって来たぞ。
「ですがソニアさんのような優秀な諜報係がいれば、そう言った事態を避けることができるかもしれませんわ。そういうわけで、今後あなたはエレニカ財閥ではなくシューイチ様のパーティーの諜報係として働くことで、自身の罪を償っていってください」
「もしもそれに従えないと言った場合は?」
「容赦なくこの国に突き出しますわ」
「そこを引き合いに出されたら、私はレリスお嬢様の提案に首を縦に振るしかできませんね」
まるで観念したかのようにソニアさんがレリス向けて首を垂れた。
「それにソニアさんはわたくしのお世話係ですもの! きちんと最後までわたくしのお世話をしていただかないと!」
「……そうでしたね……レリスお嬢様は昔も今も危なっかしいところがございますので、私がしっかり見ていないといけませんね」
「そんなことはありませんわ! 昔は確かに無鉄砲なところもありましたが、今は……!」
「騙されちゃいけませんよソニアさん……レリスはこう見えてもかなり無鉄砲なところありますからね?」
「存じておりますよ」
俺の言葉に、薄く微笑みながらソニアさんが返してくれた。
この人が笑うところを俺は初めて見た気がして、少しだけ得をした気分になってしまうのは、俺が単純だからだろうか?
「シューイチ様! わたくしとソニアさんのどちらの味方なのですか!?」
「何を今更! 俺は何時だってレリスの味方だよ! そういえばソニアさん、ある筋から入手したレリスのとっておきの情報があるんですが」
「ぜひお聞かせください」
「二人ともなんなんですのー!!」
レリスの絶叫が室内に高々と響き渡った。
「本当にあれでよかったの?」
あれから怒ったレリスに説教されて、そこから逃げるように「では私はこれからカーマベルクへと赴き、アグレス教団と手を切ってこようかと思います」と言い残してソニアさんが例によってスウッと消えてしまった。
「シューイチ様は甘いと思いますでしょうか?」
「んー……収まるところに収まったって感じではあるけど、エナがこの場にいたら「レリスさんもシューイチさんも甘いです!」って怒られてただろうね」
「そうですわね……」
本来ならソニアさんは今回の事件を引き起こした一党の一人として国に裁かれるべき重罪人でもある。
それをレリス個人の判断で結果的に許してしまったばかりか、逃がすような真似をしてしまったのだ。
せめてソニアさんが完全に俺たちの敵だったのならこんな処置は取らないんだけど、そうじゃないから難しいところだよなぁ……。
そんなことを思いながらレリスを見ると、なんだか表情が若干沈んでいるような気がする。
なんだろう、まだ何か気になることでもあるのかな?
「シューイチ様、前々から聞きたかったことがあるのですが……聞いてもよろしいでしょうか?」
「なになに?」
「シューイチ様は……エナさんをどのように思っていらっしゃるのですか?」
レリスのその言葉が俺の心臓を強く打ち付けてきた。
「どう……って?」
「実は前々から思っていたのですが、シューイチ様はもしかしてエナさんを」
「いやいやいやいや! ないないない!! それはないよ!!!」
自分でも力が入りすぎた否定だとは思ったけど、なぜだかそれを止めることが出来なかった。
「エナはなんというか……俺がこの世界に来て初めて出会った人でずっと俺の世話を焼いてくれて……あれだ! いわばレリスとソニアさんみたいな関係だから!」
「……本当ですか?」
早口でまくし立てる俺の瞳を、まっすぐに見つめてくるレリスの視線から思わず逃げそうになってしまうが、どうにか踏みとどまり、俺は逆にレリスをまっすぐに見つめながら言葉を紡いでいく。
「エナは俺にとって大切な仲間の一人だよ? それ以上でもそれ以下でもないよ」
「シューイチ様、嘘をついてませんか?」
「ついてないよ! 嘘なんかついてないって!」
レリスがきっちり5秒俺を見つめた後、そっと目を閉じて顔を伏せる。
「ごめんなさい、変なことを聞いてしまって」
「いや……レリスが謝ることじゃ……ないよ」
俺たちの間を沈黙が支配する。
この空気はダメだ……なにか言わないと……何を?
未だにレリスとの関係をはっきりさせていない俺が何を言えばいいんだ?
俺は確かにあの時レリスに一年待ってくれと言ったが、それを免罪符にしてダラダラと答えを出さずにレリスを苦しめて良い理由にはならない。
レリスは俺に告白してくれてから、自分なりに俺との距離を少しでも縮めようと努力してくれていたのを俺は知っているのに、俺はそれに答えるばかりか逃げてばかりいたような気がする。
これじゃダメだ……こんなことを続けていたら俺は何時かレリスに愛想を付かされる。
「それではわたくしは自分の部屋に戻りますわ。明日も忙しくなりそうですから」
「え? ああ……お休みレリス」
「おやすみなさいませ、シューイチ様」
俺に一礼してから、レリスは扉を開けて部屋から出て行ってしまった。
なんだか少しほっとしたな……ってほっとしてたらダメだろ!!
自己嫌悪で消えてしまいたくなるな……俺って奴はどうしてこうはっきりさせられないんだろう……。
思わず大きなため息が漏れる。
「エナとの関係か……」
これについてはたしかテレアにも聞かれたことがあったな。二人は付き合ってるの?と。
あの時は特に何も意識することもなく否定できたけど、さっきはどう考えても不自然な否定しかできなかった。
あれじゃレリスが不信感を募らせるのも当たり前だ。
「これなら神獣とかと戦ってるときの方がよっぽど気楽だよなぁ……はあぁ」
そんなことを呟きながら、俺はベッドへと潜り込んだ。
俺はベッドに潜り込んだ……そう潜り込んだはずなのに、なぜか俺は全裸でエルサイムにある家の自室に立っていた。
「……何をやっているんだ俺は」
なぜ全裸かというと、転移を使うためである。
今の俺の魔力量ではアーデンハイツからエルサイムまで転移で飛ぶには全裸にならないといけないからな。……違うそうじゃないだろ。
「宗一さん、帰ってくるなら帰ってくると連絡をくださいよ……」
その声と共に突然部屋の扉が開かれて、もうすっかりおなじみとなったメイド服を纏ったシエルが入って来た。
「……よく気が付いたね?」
「そりゃ気が付きますよ、私を何だと思ってるんですか? とりあえず服を着てください」
「ああ、ごめん」
服を着た俺は、シエルと一緒に拠点の中庭へと移動し、二人並んで芝生の上へと腰かけた。
夜風が俺の頬をそっと撫でていく。
「コランズの様子はどう?」
「よくやってくれてますよ? お仕事を覚えるのも早いですし、私も楽させてもらってます」
「そっか、それはよかった」
「何かあったんですか?」
「転移を覚えたからさ、練習がてら試してみようと思って」
「そうじゃなくてですね……はあ、どうせまたレリスさん絡みなんでしょう?」
さすがシエルだ、エナに次いで付き合いが長いだけはある。
「私思うんですけど、宗一さんって比較的思慮深く……それでいてきっぱりと決断するタイプなのに、恋愛が絡んでくると途端にポンコツになりますよね?」
「それは、今痛いほど自覚してるよ」
力なくそう答える俺を見たシエルが「これは思った以上に重傷だ」と言った顔で俺を見てくる。
「何があったかは大体察することが出来ますが……要するに宗一さんは逃げてきたんですよね?」
「逃げ……そうだな……これって逃げだよなぁ……情けない」
エナへの気持ちにもレリスの気持ちにも折り合いを付けられず、結局俺は衝動的に逃げ出したのだ。
人から向けられる好意と言う物が……そして自分がその好意に応えようとする想いがこんなにも重くしんどい物だとは思わなかった。
日本にいた頃は散々モテないことを悲観していたと言うのに、こうしていざ好意を向けられた途端このざまだ……。
「情けないと笑ってくれてもいいぞ」
「笑いませんよ? そこで私が宗一さんを笑う意味が分からないです」
「何でだよ……俺は逃げてきたんだぞ?」
「逃げることってそんなに悪いことですか? 戦略撤退って言葉もあるくらいですし、一概に逃げることが悪いことだとは思いませんよ」
笑われることはないにせよ、怒られるくらいは覚悟していたので、その言葉に驚いてついシエルの顔を凝視してしまう。
「宗一さんってなんだかんだで真面目な人ですから、多分レリスさんの気持ちに完璧に答えようとするあまり、曖昧ではっきりしない態度しか取れない自分が許せないんでしょうね」
「……そうなのかな……?」
「もっと肩の力を抜いてください……世の中は上手くいかないのが普通なんですから、その普通のことでいちいち悩んでいたら、身体も心も持ちませんよ?」
シエルの励ましの言葉が、俺の心に自然に入ってきて染み渡っていく。
「完璧に答えれなくてもいいじゃないですか。結局のところ人の心なんて移ろいやすく、正解なんてその時々であっさり変わるんですから……もしどうしてもわからなくなったら、それをそのまま言葉にして相手に伝えればいいんですよ?」
「それでレリスから嫌われたらどうするんだよ?」
「その時はその時ですよ? ……というかあのレリスさんがそんなことで宗一さんを嫌うだなんて思えませんけどね」
そうなんだろうか? 俺が思っていることを正直に話してもレリスは俺を嫌わないだろうか?
「……そうですか……宗一さんは多分怖くなったんでしょうね。怖くなって逃げだしてきたんですね。なら今だけは存分にその想いに浸って行けばいいですよ。そして存分に浸って行ったらまたいつもの宗一さんに戻りましょう! 大丈夫です、今日は私が好きなだけ付き合いますから!」
そう言って自分の胸をドンと叩いたシエルが、俺にはなんだかとても頼もしく見えた。
甘すぎる……と言いたいんだろうな。
正直な話俺もそう思うけど、どうやらレリスの話にはまだ続きがあるようだ。
「罪は問いません……ですがそれはわたくしを裏切った件についてだけですわ。あなたがこの国にしたことはとても許されるものではございません」
ソニアさんを厳しい表情で見つめながら、レリスがさらに言葉を続けていく。
「あなたがその罪を少しでも償いたいと言うのであれば、今後アグレス教団とは手を切ってください」
「アグレス教団と……それは……」
「わたくしからすればカルマ教団もアグレス教団も、手段は違えど神獣の力を手に入れるために己の利だけ考えているという部分は同じです。恐らくアグレス教団も青龍の復活に際してこの国が受ける被害など度外視だったのでしょう?」
レリスのその言葉に、ソニアさんがそっと目を逸らした。暗にそれはレリスの指摘を肯定していると同義だ。
ソニアさんの話から、アグレス教団は神獣の力によって世界を邪神から守ることを信条としてるようだが、神獣を復活させることだけに重点を置いてそうで、それによる被害など全く考えてないようにもとれる。
「あなたがアグレス教団からどのような任を受けているか詳しいことはわかりませんが、今回の結果だけを見ればカルマ教団と根本的にやっていることは同じだと思いましたわ」
「なあソニアさん、あなたはアグレス教団からどんな命を受けてたんだ?」
「……エレニカ財閥に取り入り、あらゆる手段を尽くし青龍を復活させろと仰せつかっておりました」
随分大雑把な指令なんだな……多分各々の力量に任せる方針なんだろうが。
となると、グウレシア家やカルマ教団の両方と手を組んでいたのもソニアさん独自の判断ということになるのか?
「ですがここ二・三年は随時細かい指令を与えられ、それに準ずるように動いたのも確かです。カルマ教団やグウレシア家に取り入るのもアグレス教団からの指令の一つでした」
「そうでしたか……では尚更アグレス教団とは手を切ってください」
レリスがソニアさんにアグレス教団と手を切ってほしいという思いもわかるなぁ……だって結果的にやってることがカルマ教団と同じだもんな。
いくら世界を護ることを信条としていても、そのために手段を選ばず周りに被害を出すことすら厭わないというなら、それはもう立派な邪教だ。
正義を掲げれば何をやっても許されるかといえばそうじゃないからな。
「……わかりました。簡単に手を切れるかどうかはわかりませんが、善処はします」
「善処ではダメです、約束してくださいませ」
「……約束します」
「はい、約束ですわ」
そう言ってレリスがニッコリと微笑む。
「それでアグレス教団と手を切った後、私はどうすればよろしいのでしょうか?」
「簡単なことですわ、わたくしがあなたを雇います」
「レリスお嬢様が私を……ですか?」
「今までわたくしたちは後手に回ることが多かったので……今回も完全に後手に回ってしまったからこそここまで被害が拡大したと言えますわ」
レリスの言う通り、基本的に俺たちはカルマ教団に先手を取られてばかりなんだよな。
それというのも相手の情報が不足しているからなんだけど……なるほど、レリスの思惑がわかって来たぞ。
「ですがソニアさんのような優秀な諜報係がいれば、そう言った事態を避けることができるかもしれませんわ。そういうわけで、今後あなたはエレニカ財閥ではなくシューイチ様のパーティーの諜報係として働くことで、自身の罪を償っていってください」
「もしもそれに従えないと言った場合は?」
「容赦なくこの国に突き出しますわ」
「そこを引き合いに出されたら、私はレリスお嬢様の提案に首を縦に振るしかできませんね」
まるで観念したかのようにソニアさんがレリス向けて首を垂れた。
「それにソニアさんはわたくしのお世話係ですもの! きちんと最後までわたくしのお世話をしていただかないと!」
「……そうでしたね……レリスお嬢様は昔も今も危なっかしいところがございますので、私がしっかり見ていないといけませんね」
「そんなことはありませんわ! 昔は確かに無鉄砲なところもありましたが、今は……!」
「騙されちゃいけませんよソニアさん……レリスはこう見えてもかなり無鉄砲なところありますからね?」
「存じておりますよ」
俺の言葉に、薄く微笑みながらソニアさんが返してくれた。
この人が笑うところを俺は初めて見た気がして、少しだけ得をした気分になってしまうのは、俺が単純だからだろうか?
「シューイチ様! わたくしとソニアさんのどちらの味方なのですか!?」
「何を今更! 俺は何時だってレリスの味方だよ! そういえばソニアさん、ある筋から入手したレリスのとっておきの情報があるんですが」
「ぜひお聞かせください」
「二人ともなんなんですのー!!」
レリスの絶叫が室内に高々と響き渡った。
「本当にあれでよかったの?」
あれから怒ったレリスに説教されて、そこから逃げるように「では私はこれからカーマベルクへと赴き、アグレス教団と手を切ってこようかと思います」と言い残してソニアさんが例によってスウッと消えてしまった。
「シューイチ様は甘いと思いますでしょうか?」
「んー……収まるところに収まったって感じではあるけど、エナがこの場にいたら「レリスさんもシューイチさんも甘いです!」って怒られてただろうね」
「そうですわね……」
本来ならソニアさんは今回の事件を引き起こした一党の一人として国に裁かれるべき重罪人でもある。
それをレリス個人の判断で結果的に許してしまったばかりか、逃がすような真似をしてしまったのだ。
せめてソニアさんが完全に俺たちの敵だったのならこんな処置は取らないんだけど、そうじゃないから難しいところだよなぁ……。
そんなことを思いながらレリスを見ると、なんだか表情が若干沈んでいるような気がする。
なんだろう、まだ何か気になることでもあるのかな?
「シューイチ様、前々から聞きたかったことがあるのですが……聞いてもよろしいでしょうか?」
「なになに?」
「シューイチ様は……エナさんをどのように思っていらっしゃるのですか?」
レリスのその言葉が俺の心臓を強く打ち付けてきた。
「どう……って?」
「実は前々から思っていたのですが、シューイチ様はもしかしてエナさんを」
「いやいやいやいや! ないないない!! それはないよ!!!」
自分でも力が入りすぎた否定だとは思ったけど、なぜだかそれを止めることが出来なかった。
「エナはなんというか……俺がこの世界に来て初めて出会った人でずっと俺の世話を焼いてくれて……あれだ! いわばレリスとソニアさんみたいな関係だから!」
「……本当ですか?」
早口でまくし立てる俺の瞳を、まっすぐに見つめてくるレリスの視線から思わず逃げそうになってしまうが、どうにか踏みとどまり、俺は逆にレリスをまっすぐに見つめながら言葉を紡いでいく。
「エナは俺にとって大切な仲間の一人だよ? それ以上でもそれ以下でもないよ」
「シューイチ様、嘘をついてませんか?」
「ついてないよ! 嘘なんかついてないって!」
レリスがきっちり5秒俺を見つめた後、そっと目を閉じて顔を伏せる。
「ごめんなさい、変なことを聞いてしまって」
「いや……レリスが謝ることじゃ……ないよ」
俺たちの間を沈黙が支配する。
この空気はダメだ……なにか言わないと……何を?
未だにレリスとの関係をはっきりさせていない俺が何を言えばいいんだ?
俺は確かにあの時レリスに一年待ってくれと言ったが、それを免罪符にしてダラダラと答えを出さずにレリスを苦しめて良い理由にはならない。
レリスは俺に告白してくれてから、自分なりに俺との距離を少しでも縮めようと努力してくれていたのを俺は知っているのに、俺はそれに答えるばかりか逃げてばかりいたような気がする。
これじゃダメだ……こんなことを続けていたら俺は何時かレリスに愛想を付かされる。
「それではわたくしは自分の部屋に戻りますわ。明日も忙しくなりそうですから」
「え? ああ……お休みレリス」
「おやすみなさいませ、シューイチ様」
俺に一礼してから、レリスは扉を開けて部屋から出て行ってしまった。
なんだか少しほっとしたな……ってほっとしてたらダメだろ!!
自己嫌悪で消えてしまいたくなるな……俺って奴はどうしてこうはっきりさせられないんだろう……。
思わず大きなため息が漏れる。
「エナとの関係か……」
これについてはたしかテレアにも聞かれたことがあったな。二人は付き合ってるの?と。
あの時は特に何も意識することもなく否定できたけど、さっきはどう考えても不自然な否定しかできなかった。
あれじゃレリスが不信感を募らせるのも当たり前だ。
「これなら神獣とかと戦ってるときの方がよっぽど気楽だよなぁ……はあぁ」
そんなことを呟きながら、俺はベッドへと潜り込んだ。
俺はベッドに潜り込んだ……そう潜り込んだはずなのに、なぜか俺は全裸でエルサイムにある家の自室に立っていた。
「……何をやっているんだ俺は」
なぜ全裸かというと、転移を使うためである。
今の俺の魔力量ではアーデンハイツからエルサイムまで転移で飛ぶには全裸にならないといけないからな。……違うそうじゃないだろ。
「宗一さん、帰ってくるなら帰ってくると連絡をくださいよ……」
その声と共に突然部屋の扉が開かれて、もうすっかりおなじみとなったメイド服を纏ったシエルが入って来た。
「……よく気が付いたね?」
「そりゃ気が付きますよ、私を何だと思ってるんですか? とりあえず服を着てください」
「ああ、ごめん」
服を着た俺は、シエルと一緒に拠点の中庭へと移動し、二人並んで芝生の上へと腰かけた。
夜風が俺の頬をそっと撫でていく。
「コランズの様子はどう?」
「よくやってくれてますよ? お仕事を覚えるのも早いですし、私も楽させてもらってます」
「そっか、それはよかった」
「何かあったんですか?」
「転移を覚えたからさ、練習がてら試してみようと思って」
「そうじゃなくてですね……はあ、どうせまたレリスさん絡みなんでしょう?」
さすがシエルだ、エナに次いで付き合いが長いだけはある。
「私思うんですけど、宗一さんって比較的思慮深く……それでいてきっぱりと決断するタイプなのに、恋愛が絡んでくると途端にポンコツになりますよね?」
「それは、今痛いほど自覚してるよ」
力なくそう答える俺を見たシエルが「これは思った以上に重傷だ」と言った顔で俺を見てくる。
「何があったかは大体察することが出来ますが……要するに宗一さんは逃げてきたんですよね?」
「逃げ……そうだな……これって逃げだよなぁ……情けない」
エナへの気持ちにもレリスの気持ちにも折り合いを付けられず、結局俺は衝動的に逃げ出したのだ。
人から向けられる好意と言う物が……そして自分がその好意に応えようとする想いがこんなにも重くしんどい物だとは思わなかった。
日本にいた頃は散々モテないことを悲観していたと言うのに、こうしていざ好意を向けられた途端このざまだ……。
「情けないと笑ってくれてもいいぞ」
「笑いませんよ? そこで私が宗一さんを笑う意味が分からないです」
「何でだよ……俺は逃げてきたんだぞ?」
「逃げることってそんなに悪いことですか? 戦略撤退って言葉もあるくらいですし、一概に逃げることが悪いことだとは思いませんよ」
笑われることはないにせよ、怒られるくらいは覚悟していたので、その言葉に驚いてついシエルの顔を凝視してしまう。
「宗一さんってなんだかんだで真面目な人ですから、多分レリスさんの気持ちに完璧に答えようとするあまり、曖昧ではっきりしない態度しか取れない自分が許せないんでしょうね」
「……そうなのかな……?」
「もっと肩の力を抜いてください……世の中は上手くいかないのが普通なんですから、その普通のことでいちいち悩んでいたら、身体も心も持ちませんよ?」
シエルの励ましの言葉が、俺の心に自然に入ってきて染み渡っていく。
「完璧に答えれなくてもいいじゃないですか。結局のところ人の心なんて移ろいやすく、正解なんてその時々であっさり変わるんですから……もしどうしてもわからなくなったら、それをそのまま言葉にして相手に伝えればいいんですよ?」
「それでレリスから嫌われたらどうするんだよ?」
「その時はその時ですよ? ……というかあのレリスさんがそんなことで宗一さんを嫌うだなんて思えませんけどね」
そうなんだろうか? 俺が思っていることを正直に話してもレリスは俺を嫌わないだろうか?
「……そうですか……宗一さんは多分怖くなったんでしょうね。怖くなって逃げだしてきたんですね。なら今だけは存分にその想いに浸って行けばいいですよ。そして存分に浸って行ったらまたいつもの宗一さんに戻りましょう! 大丈夫です、今日は私が好きなだけ付き合いますから!」
そう言って自分の胸をドンと叩いたシエルが、俺にはなんだかとても頼もしく見えた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ
シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。
だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。
かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。
だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。
「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。
国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。
そして、勇者は 死んだ。
──はずだった。
十年後。
王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。
しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。
「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」
これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。
彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
あっとさん
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
底辺から始まった俺の異世界冒険物語!
ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。
しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。
おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。
漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。
この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
弱いままの冒険者〜チートスキル持ちなのに使えるのはパーティーメンバーのみ?〜
秋元智也
ファンタジー
友人を庇った事からクラスではイジメの対象にされてしまう。
そんなある日、いきなり異世界へと召喚されてしまった。
クラス全員が一緒に召喚されるなんて悪夢としか思えなかった。
こんな嫌な連中と異世界なんて行きたく無い。
そう強く念じると、どこからか神の声が聞こえてきた。
そして、そこには自分とは全く別の姿の自分がいたのだった。
レベルは低いままだったが、あげればいい。
そう思っていたのに……。
一向に上がらない!?
それどころか、見た目はどう見ても女の子?
果たして、この世界で生きていけるのだろうか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる