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先生~人との縁~
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受付で待たされること10分、やや慌てた様子で受付さんが戻って来た。
「大変お待たせいたしました! 失礼ですが名前を伺っても?」
「エナ=アーディスです」
「やはりそうでしたか! エナ様でありましたら、シオン様がぜひお会いしたいと仰られておりました! 転送魔法陣を起動しますのでぜひ!」
「ありがとうございます」
受付さんが部屋の奥へと続く扉を開けてくれたので、中に入ると床には光を放つ魔法陣が書かれた。
これに乗っていきたい階層を思い浮かべるだけでそこへ転移することができるという魔法陣だ。
この魔術師たちの塔は全部で10階層が存在する。
一階層がこの受付であり、ここまでなら一般の人でも出入りは自由だ。
だがこの上の階層へと行くためには、まず魔法学校を卒業し魔術師組合へと加入しそこで少なくとも5年は学び、厳しい試験を全てパスすることでようやく行けることとなる。
しかしそれだけの苦労をしてこの塔を昇ることが出来たとしても、さらにそこから努力と研鑽を重ねていき年に一度行われる昇塔審査を受け認められなければ、この塔で学ぶ資格なしと見なされこの塔を追われることとなり、再び魔術師組合で勉強をし直しまた厳しい試験を受けなければここへは戻ってこれないのだ。
そしてその昇塔審査を無事に通過し上の階に登ることができたしても、一年後の審査に落ちてしまえばまた下の階へと戻される。
いわば完全なる実力主義の世界であり、この塔の最上位に位置するということは、魔術師たちの間ではこの上ない名誉であるとされているのだ。
私が持っていたレッドベリルを加工して作られたペンダントは、この塔の最上位に位置する魔術師のみに与えられる物であり、これを持っているだけで魔術師組合などで好待遇を受けられたり、国の要人たちとも話を通しやすくしたりなど、様々な効力を発揮する。
……まあ私がペンダントの力を行使したのはこれが初めてであるが。
「私には必要ありませんでしたしね」
独り言のように呟きながら魔法陣の上に乗り、最上階へ飛ぶように念じると、一瞬だけ身体が浮遊感に包まれて、気が付くと景色が変わっていた。
見覚えのある扉……私がここを出てから5年が経ったが、ここは変わらず先生の部屋のままだ……私がいない5年の間、先生は魔術師たちの頂点であり続けたのだろう。
「シオン先生、エナ=アーディスです」
扉をノックすると共に、中にいるであろう部屋の主へと呼びかける。
「入りなさい」
「失礼します」
部屋の主の了承を得られたので、私は静かに扉を開けながら部屋へと足を踏み入れた。
本棚に収められた沢山の魔道書物……そして床に乱雑に丸められて捨てられている術式を書いた紙屑。
5年前とちっとも変っていない……相変わらず魔法意外に関しては無頓着の様だ。
「先生?」
まるで本棚で構成された迷路のようになっている薄暗い部屋を奥へ奥へと進んでいく。
書物から発せられる独特の紙の匂いが鼻をくすぐる。昔からこの匂いは好きだった。
部屋の大きさから考えてこの規模は明らかにおかしいのだが、この部屋は空間を歪めれられており外から見た印象と違い、でたらめな大きさになっているのだ。
ふと地面にクシャクシャに丸められて転がっている紙切れを拾い上げて、しわを丁寧に伸ばしながら開くとなにやら魔法の術式のようなものが書かれている。
先生曰くこれは失敗作とのことだが、この失敗作の術式もいつか役に立つかもしれないと言ってこうして完全に捨てずに取ってあるのだ。これを「取ってある」と表現するかは甚だ疑問ではあるのだけど。
見る人が見ればこの失敗作の術式ですら魔術的価値の高い物だろうに……それをこうも乱雑に……。
「おかえりなさい、エナ君」
広げた紙屑を呆れながら眺めていると、不意に声を掛けられた。
「5年ぶりですね、随分と見違えましたよ」
「シオン先生こそ、変わらないようで……本当に変わってませんね!?」
「魔法で見た目誤魔化してますからね」
なにそれずるい、ぜひともその魔法教わりたい!
「お茶でも入れますから積もる話でも聞かせてくださいよ? 今スペース作りますから」
「はっはい……」
相変わらずノリの軽い人だ……恐らくもう40歳を超えてると思うんだけど。
そんなことを思っていると、先生がテキパキとお茶をするスペースを作ってくれたので、ようやく私は一息つけることとなった。
「急に帰ってくるからビックリしましたよ! どうせなら連絡を欲しかったところですよ!」
「すいません先生、急だったもので……」
「なんにせよ元気そうでなによりですよ。どうでしたか、この5年間は?」
「えっと、とてもひと口では……それよりも先生……」
「その瞳、ついに来るところまで来てしまいましたね」
私があえて言うまでもなく、先生はちゃんと気が付いていたようだ。
思わず瞳を閉じ、顔を伏せてしまう。
「大きく力を使わなければならない事態があったわけですか……しかし二度とその力を使わないと言っていたのに、どうしてそんな状態になるまで力を使ったんですかね?」
「えっと……仲間ができまして……」
「ほう?」
興味ありありな様子で先生が椅子から身を乗り出したのを見て、対する私は少したじろいでしまう。
「ここにいた頃は誰も寄せ付けずに魔法の勉強ばかりしていたエナ君に仲間が! 素晴らしいことです!」
「素晴らしくなんかありませんよ!」
何とも嬉しそうに大げさに両手を広げて先生が言うのを、私は必死に否定する。
どうしてこの人は会話にいちいち皮肉を混ぜてくるのだろうか?
「では今日はその仲間たちと共にクルテグラへ?」
「いえ、私一人で来ました……転移で」
「どこから?」
「……アーデンハイツからです」
「ほう……」
その答えを聞いた先生が乗り出していた身体を戻し椅子へと深く座りなおす。
「馬車と船で一か月はかかる距離を転移で……ですか」
「はい」
「少し掻い摘んで教えてくれませんかね?」
「えっと……」
そうして私は、この5年間……その中でも特に自分にとって変化のあったここ半年ほどの出来事を話していく。
私の話を先生はとても興味深そうに聞いてくれた。
話をしていて、私は自分がいかに仲間たちへ感情移入していたのかを改めて実感する。
今まで何度か即席でパーティーを組んでギルド依頼をこなしたりしたこともあったが、私は基本的にソロ専だったから、依頼を終えればパーティーは即時解散していたのに……。
シューイチさんともそうするつもりだったが、半年も世話を焼いてしまった。
それというのもあの人がいまいち危なっかしいことをするからであり、放っておいたらあの人はいつかとんでもないことをやらかしていたかもしれないからであり……。
そうだ、つまりは全部シューイチさんが悪いのだ。
「楽しかったですか?」
「はい?」
不意に先生が私の話を遮るように問いかけてきたので、思わず間抜けな返事を返してしまった。
見れば先生はいつもどおり開いているのかどうかもわからない目を更に細めて、なんだか嬉しそうに私を見ていた。
「その仲間たちは、エナ君が自身を蝕んでいくと分かっていても、その力を使ってまで助けたいと思うほどの人たちだったんですね」
「そう……ですね」
「いい出会いをしましたね」
いい出会い……本当にそうなのだろうか?
もしシューイチさんたちとの出会いが先生の言う「いい出会い」だというのなら、私はそれを捨てたことになる。
胸の奥がずきりと痛んだ。
「でも私は逃げ出しました……」
城から出る頃は後悔なんてなかったはずなのに……むしろ自分の事情にこれ以上巻き込まないで済むと安堵までしていたというのに……なんで今頃になって私は……!
「エナ君がここを出て行ってから5年間、私はずっと君の心配をしてましたが……どうやら君はかけがえのない人たちとの縁を結ぶことが出来たようですね」
「でも先生、私は!」
「一ついいことを教えてあげましょう……人の縁なんて簡単に切れたりしません。それが自分にとって大事な人だと思う縁なら尚更ですよ。人との縁は物理的に切れる普通の糸とは別ですよ」
「……先生」
「当時の君の部屋は未だに残っていますから、しばらくはそこで寝泊まりしながら考えを纏めなさい。どうせしばらくはここにいるつもりなんでしょう?」
そう言って先生がお茶を飲み干して立ち上がった。
「まだまだエナ君の話を詳しく聞きたいですからね」
「……わかりました」
立ち上がった先生の後に倣い私も席を立つと、先生の後に続いて幼少期の多くを過ごした懐かしい部屋へと向かうのだった。
身体強化を限界まで引き上げながら、俺は街道を爆走していく。
体感では音速を超えるギリギリのラインまでいってんじゃないかな?
これだけの速度で走っていれば周囲にソニックブームが発生して大変なことになるだろうが、そこは朱雀が魔力で上手く調整してくれているとのこと。
『普通これだけ魔力消費してたら、いくら私と言えど魔力切れで最悪死ぬかもしれないのに……あんたって本当に規格外よね?』
「この世界の理から外れてるからな」
現在の朱雀は俺の魔力をもとに顕現し、力を行使している。
先ほど朱雀が言った通り、こんなに大量の魔力を消費し続けたら神獣と言えど無事では済まないが、消費してるのが無尽蔵に湧いてくる俺の魔力なのでなんの問題もないらしい。
『レリスからあんたに乗り換えようかしら?』
「別にいいけど、俺が全裸の時だけにしてくれよ?」
俺がそう言うと「冗談に決まってるじゃない」と朱雀が笑いながら返してきた。
『この速度だともうすぐ海が見えてくるわね』
「そこからが朱雀の本格的な出番ってわけだな?」
『そうね、これだけ魔力使い放題なら海を越えることだって容易いだろうし、予想よりも早くクルテグラに到着できるでしょうね』
「出来れば今日中に着きたいけどなぁ」
『何言ってんのよ、ちゃんと夜には帰るって約束してたでしょ?』
まあそうなんだけどね。
すでに日も暮れかけていて夜の帳も押し迫っているし、今日は海に到達した時点でそこをブクマして帰還かな?
「……あのさ、一つ聞きたいんだけど」
『何よ?』
「もしかして朱雀も玄武も、エナの正体に気が付いてたのか?」
『……そうね、最初に見た時から確信に近い物があったのは確かね。多分玄武も』
やはりそうなのか……青龍だって気が付いていたくらいだし、玄武や朱雀が知っていても不思議じゃないか。
『なに? 私からあの子の正体を教えてほしいって?』
「いや、全然?」
『気にならないの?』
「そんなもん気になるに決まってるだろ? だからこそこうして爆走してんじゃねーか」
俺のその返答を聞いた朱雀が、なんだか呆れたようなため息を吐いた。
『あくまでもあの子から直接聞きたいってわけね……面倒くさい性格してるわねぇ』
「一途だと言ってくれ」
『その気持ちをレリスにも向けてあげなさいよ? あの子ずっと悩んでたわよ? それこそ私に相談してくるくらいによ? 神獣に恋愛相談してくる人間なんて聞いたことないわ』
朱雀に恋愛相談をするレリス……。
「すっげーシュールだなその光景?」
『あんたのせいでしょ!?』
「まあ、エナを無事に連れ戻したら、その辺はちゃんと答えだすつもりだからさ」
『もし連れ戻せなかったらどうするのよ?』
「絶対に連れ戻すから大丈夫だ」
なにやら朱雀が「もういいわ……」と言いたげな目で俺を見た後、再び盛大な溜息を吐いてきた。
『まあレリスもあんたのそういうところが好きなんでしょうねぇ……』
「照れる」
『どうでもいいけどちゃんと前見なさいよ?』
万全の注意を払ってはいるが、万が一他の冒険者や商人の馬車などにぶつかったら大変だからな。
ちなみ今の俺を客観的に見ると、あまりにも早すぎてものすごい突風が吹いたという認識しか持てないそうだ。
俺も一応全裸だし、人並みに羞恥心も持ち合わせているからな……見られないに越したことはない。
それにしても、レリスから朱雀を借りて正解だったな。
こうして俺の気の回らない部分をサポートしてくれるし、なにより話し相手になってくれる。
長旅に必要なのは、有用な移動手段よりもコミュニケーションの取れる気の置けない話し相手なのだと実感させられた。
そうしてさらに一時間ほど爆走していると、海に面した港町が見えてきたので今日はここまでとし、その辺の木に目印を付けてそれをしっかりと記憶し、転移でアーデンハイツへ帰還することになったのだった。
「大変お待たせいたしました! 失礼ですが名前を伺っても?」
「エナ=アーディスです」
「やはりそうでしたか! エナ様でありましたら、シオン様がぜひお会いしたいと仰られておりました! 転送魔法陣を起動しますのでぜひ!」
「ありがとうございます」
受付さんが部屋の奥へと続く扉を開けてくれたので、中に入ると床には光を放つ魔法陣が書かれた。
これに乗っていきたい階層を思い浮かべるだけでそこへ転移することができるという魔法陣だ。
この魔術師たちの塔は全部で10階層が存在する。
一階層がこの受付であり、ここまでなら一般の人でも出入りは自由だ。
だがこの上の階層へと行くためには、まず魔法学校を卒業し魔術師組合へと加入しそこで少なくとも5年は学び、厳しい試験を全てパスすることでようやく行けることとなる。
しかしそれだけの苦労をしてこの塔を昇ることが出来たとしても、さらにそこから努力と研鑽を重ねていき年に一度行われる昇塔審査を受け認められなければ、この塔で学ぶ資格なしと見なされこの塔を追われることとなり、再び魔術師組合で勉強をし直しまた厳しい試験を受けなければここへは戻ってこれないのだ。
そしてその昇塔審査を無事に通過し上の階に登ることができたしても、一年後の審査に落ちてしまえばまた下の階へと戻される。
いわば完全なる実力主義の世界であり、この塔の最上位に位置するということは、魔術師たちの間ではこの上ない名誉であるとされているのだ。
私が持っていたレッドベリルを加工して作られたペンダントは、この塔の最上位に位置する魔術師のみに与えられる物であり、これを持っているだけで魔術師組合などで好待遇を受けられたり、国の要人たちとも話を通しやすくしたりなど、様々な効力を発揮する。
……まあ私がペンダントの力を行使したのはこれが初めてであるが。
「私には必要ありませんでしたしね」
独り言のように呟きながら魔法陣の上に乗り、最上階へ飛ぶように念じると、一瞬だけ身体が浮遊感に包まれて、気が付くと景色が変わっていた。
見覚えのある扉……私がここを出てから5年が経ったが、ここは変わらず先生の部屋のままだ……私がいない5年の間、先生は魔術師たちの頂点であり続けたのだろう。
「シオン先生、エナ=アーディスです」
扉をノックすると共に、中にいるであろう部屋の主へと呼びかける。
「入りなさい」
「失礼します」
部屋の主の了承を得られたので、私は静かに扉を開けながら部屋へと足を踏み入れた。
本棚に収められた沢山の魔道書物……そして床に乱雑に丸められて捨てられている術式を書いた紙屑。
5年前とちっとも変っていない……相変わらず魔法意外に関しては無頓着の様だ。
「先生?」
まるで本棚で構成された迷路のようになっている薄暗い部屋を奥へ奥へと進んでいく。
書物から発せられる独特の紙の匂いが鼻をくすぐる。昔からこの匂いは好きだった。
部屋の大きさから考えてこの規模は明らかにおかしいのだが、この部屋は空間を歪めれられており外から見た印象と違い、でたらめな大きさになっているのだ。
ふと地面にクシャクシャに丸められて転がっている紙切れを拾い上げて、しわを丁寧に伸ばしながら開くとなにやら魔法の術式のようなものが書かれている。
先生曰くこれは失敗作とのことだが、この失敗作の術式もいつか役に立つかもしれないと言ってこうして完全に捨てずに取ってあるのだ。これを「取ってある」と表現するかは甚だ疑問ではあるのだけど。
見る人が見ればこの失敗作の術式ですら魔術的価値の高い物だろうに……それをこうも乱雑に……。
「おかえりなさい、エナ君」
広げた紙屑を呆れながら眺めていると、不意に声を掛けられた。
「5年ぶりですね、随分と見違えましたよ」
「シオン先生こそ、変わらないようで……本当に変わってませんね!?」
「魔法で見た目誤魔化してますからね」
なにそれずるい、ぜひともその魔法教わりたい!
「お茶でも入れますから積もる話でも聞かせてくださいよ? 今スペース作りますから」
「はっはい……」
相変わらずノリの軽い人だ……恐らくもう40歳を超えてると思うんだけど。
そんなことを思っていると、先生がテキパキとお茶をするスペースを作ってくれたので、ようやく私は一息つけることとなった。
「急に帰ってくるからビックリしましたよ! どうせなら連絡を欲しかったところですよ!」
「すいません先生、急だったもので……」
「なんにせよ元気そうでなによりですよ。どうでしたか、この5年間は?」
「えっと、とてもひと口では……それよりも先生……」
「その瞳、ついに来るところまで来てしまいましたね」
私があえて言うまでもなく、先生はちゃんと気が付いていたようだ。
思わず瞳を閉じ、顔を伏せてしまう。
「大きく力を使わなければならない事態があったわけですか……しかし二度とその力を使わないと言っていたのに、どうしてそんな状態になるまで力を使ったんですかね?」
「えっと……仲間ができまして……」
「ほう?」
興味ありありな様子で先生が椅子から身を乗り出したのを見て、対する私は少したじろいでしまう。
「ここにいた頃は誰も寄せ付けずに魔法の勉強ばかりしていたエナ君に仲間が! 素晴らしいことです!」
「素晴らしくなんかありませんよ!」
何とも嬉しそうに大げさに両手を広げて先生が言うのを、私は必死に否定する。
どうしてこの人は会話にいちいち皮肉を混ぜてくるのだろうか?
「では今日はその仲間たちと共にクルテグラへ?」
「いえ、私一人で来ました……転移で」
「どこから?」
「……アーデンハイツからです」
「ほう……」
その答えを聞いた先生が乗り出していた身体を戻し椅子へと深く座りなおす。
「馬車と船で一か月はかかる距離を転移で……ですか」
「はい」
「少し掻い摘んで教えてくれませんかね?」
「えっと……」
そうして私は、この5年間……その中でも特に自分にとって変化のあったここ半年ほどの出来事を話していく。
私の話を先生はとても興味深そうに聞いてくれた。
話をしていて、私は自分がいかに仲間たちへ感情移入していたのかを改めて実感する。
今まで何度か即席でパーティーを組んでギルド依頼をこなしたりしたこともあったが、私は基本的にソロ専だったから、依頼を終えればパーティーは即時解散していたのに……。
シューイチさんともそうするつもりだったが、半年も世話を焼いてしまった。
それというのもあの人がいまいち危なっかしいことをするからであり、放っておいたらあの人はいつかとんでもないことをやらかしていたかもしれないからであり……。
そうだ、つまりは全部シューイチさんが悪いのだ。
「楽しかったですか?」
「はい?」
不意に先生が私の話を遮るように問いかけてきたので、思わず間抜けな返事を返してしまった。
見れば先生はいつもどおり開いているのかどうかもわからない目を更に細めて、なんだか嬉しそうに私を見ていた。
「その仲間たちは、エナ君が自身を蝕んでいくと分かっていても、その力を使ってまで助けたいと思うほどの人たちだったんですね」
「そう……ですね」
「いい出会いをしましたね」
いい出会い……本当にそうなのだろうか?
もしシューイチさんたちとの出会いが先生の言う「いい出会い」だというのなら、私はそれを捨てたことになる。
胸の奥がずきりと痛んだ。
「でも私は逃げ出しました……」
城から出る頃は後悔なんてなかったはずなのに……むしろ自分の事情にこれ以上巻き込まないで済むと安堵までしていたというのに……なんで今頃になって私は……!
「エナ君がここを出て行ってから5年間、私はずっと君の心配をしてましたが……どうやら君はかけがえのない人たちとの縁を結ぶことが出来たようですね」
「でも先生、私は!」
「一ついいことを教えてあげましょう……人の縁なんて簡単に切れたりしません。それが自分にとって大事な人だと思う縁なら尚更ですよ。人との縁は物理的に切れる普通の糸とは別ですよ」
「……先生」
「当時の君の部屋は未だに残っていますから、しばらくはそこで寝泊まりしながら考えを纏めなさい。どうせしばらくはここにいるつもりなんでしょう?」
そう言って先生がお茶を飲み干して立ち上がった。
「まだまだエナ君の話を詳しく聞きたいですからね」
「……わかりました」
立ち上がった先生の後に倣い私も席を立つと、先生の後に続いて幼少期の多くを過ごした懐かしい部屋へと向かうのだった。
身体強化を限界まで引き上げながら、俺は街道を爆走していく。
体感では音速を超えるギリギリのラインまでいってんじゃないかな?
これだけの速度で走っていれば周囲にソニックブームが発生して大変なことになるだろうが、そこは朱雀が魔力で上手く調整してくれているとのこと。
『普通これだけ魔力消費してたら、いくら私と言えど魔力切れで最悪死ぬかもしれないのに……あんたって本当に規格外よね?』
「この世界の理から外れてるからな」
現在の朱雀は俺の魔力をもとに顕現し、力を行使している。
先ほど朱雀が言った通り、こんなに大量の魔力を消費し続けたら神獣と言えど無事では済まないが、消費してるのが無尽蔵に湧いてくる俺の魔力なのでなんの問題もないらしい。
『レリスからあんたに乗り換えようかしら?』
「別にいいけど、俺が全裸の時だけにしてくれよ?」
俺がそう言うと「冗談に決まってるじゃない」と朱雀が笑いながら返してきた。
『この速度だともうすぐ海が見えてくるわね』
「そこからが朱雀の本格的な出番ってわけだな?」
『そうね、これだけ魔力使い放題なら海を越えることだって容易いだろうし、予想よりも早くクルテグラに到着できるでしょうね』
「出来れば今日中に着きたいけどなぁ」
『何言ってんのよ、ちゃんと夜には帰るって約束してたでしょ?』
まあそうなんだけどね。
すでに日も暮れかけていて夜の帳も押し迫っているし、今日は海に到達した時点でそこをブクマして帰還かな?
「……あのさ、一つ聞きたいんだけど」
『何よ?』
「もしかして朱雀も玄武も、エナの正体に気が付いてたのか?」
『……そうね、最初に見た時から確信に近い物があったのは確かね。多分玄武も』
やはりそうなのか……青龍だって気が付いていたくらいだし、玄武や朱雀が知っていても不思議じゃないか。
『なに? 私からあの子の正体を教えてほしいって?』
「いや、全然?」
『気にならないの?』
「そんなもん気になるに決まってるだろ? だからこそこうして爆走してんじゃねーか」
俺のその返答を聞いた朱雀が、なんだか呆れたようなため息を吐いた。
『あくまでもあの子から直接聞きたいってわけね……面倒くさい性格してるわねぇ』
「一途だと言ってくれ」
『その気持ちをレリスにも向けてあげなさいよ? あの子ずっと悩んでたわよ? それこそ私に相談してくるくらいによ? 神獣に恋愛相談してくる人間なんて聞いたことないわ』
朱雀に恋愛相談をするレリス……。
「すっげーシュールだなその光景?」
『あんたのせいでしょ!?』
「まあ、エナを無事に連れ戻したら、その辺はちゃんと答えだすつもりだからさ」
『もし連れ戻せなかったらどうするのよ?』
「絶対に連れ戻すから大丈夫だ」
なにやら朱雀が「もういいわ……」と言いたげな目で俺を見た後、再び盛大な溜息を吐いてきた。
『まあレリスもあんたのそういうところが好きなんでしょうねぇ……』
「照れる」
『どうでもいいけどちゃんと前見なさいよ?』
万全の注意を払ってはいるが、万が一他の冒険者や商人の馬車などにぶつかったら大変だからな。
ちなみ今の俺を客観的に見ると、あまりにも早すぎてものすごい突風が吹いたという認識しか持てないそうだ。
俺も一応全裸だし、人並みに羞恥心も持ち合わせているからな……見られないに越したことはない。
それにしても、レリスから朱雀を借りて正解だったな。
こうして俺の気の回らない部分をサポートしてくれるし、なにより話し相手になってくれる。
長旅に必要なのは、有用な移動手段よりもコミュニケーションの取れる気の置けない話し相手なのだと実感させられた。
そうしてさらに一時間ほど爆走していると、海に面した港町が見えてきたので今日はここまでとし、その辺の木に目印を付けてそれをしっかりと記憶し、転移でアーデンハイツへ帰還することになったのだった。
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