153 / 169
加勢~追いやれた魔物たち~
しおりを挟む
さて、暴れてやると言ったものの、あんまりやりすぎてしまうと色々と面倒くさいことになりそうなので、程々に加減をしないといけない。
できればあまり目立たずに事を済ませていきたいからな……もうアーデンハイツの時のような全裸であちこち飛び回る羽目になるのはごめんだ。
「大丈夫ですか! 勝手ながら加勢します!!」
いきなり行くと驚かせると思ったのでまずは一声。
「なっ!? 馬鹿なにやってんだ、あぶねーぞ!!」
「私たちのことはいいから、逃げて!」
森の奥から出てきた俺に向けて、二人が叫ぶ。
まあ武器も持ってない奴がいきなり加勢するとか言ったんだから当然の反応だよな。
その隙を見逃さないとばかりに、スノウレイヴェと呼ばれた白いライオンのような魔物の一匹が二人に向けて飛びかかった。
「プロテクション!」
二人の目の前に魔法壁を発生させると、スノウレイヴェはその壁に激突し鼻を抑えながら地面にうつ伏せに倒れこんだ。勿論そんな絶好の隙は見逃さない!
「シャイン・グレイブ!」
以前エナがドレニクに対して使っていた魔法を覚えていたので使ってみた。
スノウレイヴェの頭上に光の槍が現れ、そのまま背中から串刺しにして地面に縛り付ける。
「今です!!」
「おっおう!!」
光の槍で背中を地面まで貫かれて身動きの取れないスノウレイヴェに向けて、男が持っていた剣で一刀両断して真っ二つにした。
見事なお手並み……この人結構な剣の使い手なんじゃ?
「よっしゃ! まずは一匹!」
「ラトル、二匹目がこちらに向かってくる!」
悪いけどさせない!
「マジック・ニードル!」
今まさに二人へともう突進しているスノウレイヴェの右後ろ脚に狙いを定めて、魔力針の塊を打ち込んだ。
「グガッ!?」
後ろ脚を撃ち抜かれてバランスを崩したスノウレイヴェが横ばいに倒れこんだ。
「もらったぜ!!」
そしてその隙を見逃さず、ラトルと呼ばれた男が横ばいに倒れたスノウレイヴェの首を切り落とした。
迷いなく首を切り落としに行ったな……もしかしたら俺の手助けなんていらなかったのか?
そんなことを思っていると、ラトルが剣を構えて三匹目のスノウレイヴェを睨みつける。
「刀破迅!!」
ラトルの大きく振りかぶった剣がうっすらと輝き、振り下ろすと同時に三日月形の目に見える衝撃波みたいなものが真っすぐに飛んでいき、三匹目のスノウレイヴェをこれまた真っ二つにしてしまった。
何だ今の!? めっちゃカッコいんだけど!?
「大いなる石の巨人よ、我の呼びかけに応え、その強靭な力を持って目の前の邪悪なる獣に鉄槌を……!」
もう一人の女の人がなにやら呪文のようなものを詠唱すると、最後の一匹となったスノウレイヴェの真上に俺が収納魔法を使う時に発生する次元の穴のような物が現れて、そこからやたらとごつい岩でできた手が出てきて、そのままスノウレイヴェを叩き潰した。
何だよこの二人、俺が加勢する必要なんてないくらい強いじゃん……余計なお世話だったな。
「ふう……ラトル、怪我はない?」
「大丈夫だルカ、あいつのおかげでな!」
剣に付着したスノウレイヴェの血を布でふき取りながら、ラトルと呼ばれた男が俺に向かって歩いてくる。
改めて二人を観察すると、ラトルさんは燃えるようなワインレッドの赤髪で鍛えているのかがっしりとした体つきをしている。
ルカさんは肩辺りで綺麗に切り揃えられた透き通るようなターコイズの青い髪の、綺麗な女性だ。
「よっ! 助かったぜ、ありがとな!」
「いや、なんか余計なお世話だったような」
「そんなことはねーよ! 四匹一斉に掛かってこられたらさすがの俺たちも危なかったしな」
「ラトルの言う通りよ、あなたが加勢してくれなかったら、最悪逃げるのも難しい状況だったもの」
俺に気をつかっているわけではなく、本心から言ってるようだ。それなら俺も加勢した甲斐があったと言う物だ。
「俺はラトル=ルトラス。んでこっちがルカ=ルトラスだ!」
「私たちは夫婦なの……あなたは?」
「えっと俺は、葉山宗一です」
この二人夫婦なのか……なんだか誰かさんたちを彷彿とさせる組み合わせだな。
「変わった名前だな……とにかくありがとな……えっと?」
「あっ、宗一でいいです」
「そっか、ありがとうなシューイチ!」
そう言ってラトルさんが豪快に笑う。随分と気持ちのいい人だな。
「それにしてお前さん、なんだってこんなところに一人でいるんだ? 今この辺りはさっきみたいな物騒な魔物がうろついてるから危ないぞ?」
まあ武器も持たずにこんな森の中を一人でうろついてたら、不審に思うのは当たり前だよな。
「俺はちょっとクルテグラに向かってまして」
「あなた、クルテグラに用事があるの?」
「人を探しにきたんですよ、情報によるとクルテグラにいるみたいなんで」
「実は私たちも今クルテグラに住んでるの。もしかしたら知ってる人かもしれないから名前を教えてもらってもいいかしら?」
落ち着いた口調でルカさんが俺に尋ねてくる。
こちらをだましてやろうとか言う意図は感じられないし……まあいいかな。
「エナ=アーディスという女の子なんですけど……見た目は僧侶みたいな感じで、髪の毛は腰まで届くようなブロンドの……」
「……知ってるかルカ?」
「わからないわ……ごめんなさい、聞いておいて力になれそうにないわ」
「いえいえ! そう簡単に見つかるとも思ってないんで!」
丁寧に謝られてしまい、逆にこちらが恐縮してしまった。
「でも僧侶みたいってことは魔法使いってことだよな? それなら魔術師たちの塔の関係者かもしれないな」
「魔術師たちの塔?」
もしかして朱雀が言っていた、ノリで作ったという作戦本部のことか?
今はそんな名前が付いているのか……。
「あの塔の名前を知らないってことは、あなたこの大陸の出身じゃないのね? どこから来たのかしら?」
「えっと……アーデンハイツから」
「あんな遠い所から来たのかよ!? 一か月は掛かるだろ!」
街道を爆走し海を飛んで越えて、わずか二日で辿り着いたとは死んでも言えないな。
「ねえラトル……」
「わかってるよ! なあシューイチ、俺たちもギルド依頼を終えたんでこれからクルテグラのギルドに報告に戻るところなんだけど、一緒に行くか?」
「いいんですか? それじゃあお言葉に甘えて……」
そんなわけで、俺は二人に案内される形でクルテグラへと向かうこととなった。
懐かしい香りに包まれながら、目を覚ます。
寝ぼけ眼で起き上がり周囲を見回しながら、自分が懐かしい場所に戻ってきていることを思いだした。
「シオン先生、本当に私の部屋を残しておいてくれたんですね……」
五年前に私がここを出て行った当初のまま、この部屋は何も変わっていなかった。
本棚にこれでもかと綺麗に敷き詰められた魔導書……女の子らしい物は何一つ見当たらない、当時の私を良くあらわしたこの空間。
「まあ今も似たような物ですけどね」
自分自身を皮肉るようにあざ笑う。
エルサイムの拠点にある私の部屋だって、ここと大して変わらない。違うとしたら本棚の数と魔導書の数くらいだ。
女の子らしい趣味に目もくれず、本ばかり読み漁っていた自分。なぜこんなことになってしまったのかを考えてみるが、全ての原因はシオン先生に起因している気がする。
「知識は武器ですよ? どんな強力な魔法も知識があって初めて使いこなせるのですからね?」
その言葉を馬鹿正直に信じた私は、どん欲に知識を求めて本ばかりを読み漁る本の虫になってしまった。
思えば誰に対しても丁寧口調になってしまうのも、シオン先生の真似をしているからだ。
窓の外を見ると随分と日が高い。自分が思っているよりも長い時間寝ていたみたいだ。
なんだかんだでアーデンハイツから転移でクルテグラまで跳んだのだから、それ相応の魔力を消費したのだ……疲れていても何ら不思議ではない。
「……私、どうなっちゃうのかな?」
思わず膝を抱えてうずくまる。
私の身体に宿るこの力は、いつか私自身を変えてしまうだろう。いや……もしかしたら私はもう変わってしまったのかもしれない。
ベッドから起き上がり部屋に置かれた姿見の前に立ち、鏡に映った自身の瞳を覗き込む。
瞳は依然として真っ赤に染まっており、私はもう後戻りが出来ないところに来てしまったのだと痛感させられる。
「エナ君、起きてますか?」
「シオン先生?」
ノックと共に部屋の向こうから先生の声が聞こえたので、少し驚きながらも扉を開ける。
「先生、おはようございます」
「おはようございます、随分ぐっすりでしたね」
「すいません、こんな時間まで……」
私の謝罪を、相変わらずの柔和な笑顔で先生が受け流した。
「君に聞きたいことがありますから、着替えて食事を済ませた後、私の部屋まで来てもらえませんか?」
「いいですけど……」
「それではまた後で」
そう言って先生が静かに扉を閉めた。
聞きたいことか……昨日粗方話したはずだけどまだなにかあるんだろうか?
疑問に思いつつも、私は寝間着を脱いでいつもの服装へと着替え始めた。
「スノウレイヴェの大量発生?」
「それだけではなく、本来雪山に生息するはずの魔物たちの多くが、このクルテグラ周辺で確認されているんですよ」
スノウレイヴェは雪山に群れで生息している魔物のはずだ……それが比較的気温の暖かいこのクルテグラ周辺に現れるはずがない。
先生の話ではそれ以外の魔物もこの周辺で確認されているとのことだし、明らかな異常事態だ。
「原因追及のためにギルドでも腕利きの二人に調査の依頼をしているんですが、これがさっぱりでしてね」
「それなら直接雪山へ調査しに行くべきでは?」
「そうしてるのですが、雪山へ調査に行った冒険者が帰ってこないんですよ」
考えられるのは、雪山に強力な力を持った魔物が住み着いたせいで勢力図が変化し、スノウレイヴェの群れが雪山を追い出されたとか……。
とりあえず、それをそのまま先生に伝えると―――
「私も同じ意見ですが、スノウレイヴェは雪山の食物連鎖に置いて頂点に位置する強力な魔物です。それが山を追いやれたというだけで事態は緊急を有するんですよ」
―――と返されてしまった。
確かにスノウレイヴェは個々の能力の高さもさることながら、群れによる連携で獲物を的確に狩る恐るべき魔物だ。
熟練の冒険者と言えど迂闊に手を出すべきではないと、ギルドも注意喚起を促すほどである。
「……それで先生が私に聞きたいと言うのは?」
「昨日、エナ君から聞いた話の中に、神話にも登場する神獣の存在がありましたので、もしかして今回の異変はそれが関係しているかも思いましてね」
「それはさすがに発想が飛躍しすぎじゃないですか?」
確かに先生の言う通り神獣があの雪山に住み着いて、そのせいで魔物の勢力図が変わったと考えることもできるけど……それはいくらなんでも。
「君は少なくとも三匹の神獣と遭遇しているのでしょう? 可能性としては決してないとは言えませんよ?」
「まあ、そうですけど」
私が今までに遭遇した神獣は、玄武と朱雀と青龍だから、残りは白虎のはず。
「でも神獣は大昔に封印されているはずなので……」
「しかし君の話に出てきた神獣の朱雀は、自力で封印をといてエルサイムのダンジョンの最下層に潜んでいたのでしょう? ならば残りの白虎も自力で封印を解いている可能性も捨てきれませんよ」
それを聞いて、私も顎に手を当てながら、しばし考えこむ。
朱雀の件に関しては特殊なケースだ。現に玄武と青龍はロイに封印を解かれるまで核石のままだった。
だからと言ってその特殊なケースが残りの白虎に発生しないと言い切ることはできない。
もしも何かしらの原因で白虎の封印が解けて、雪山に住み着き暴れているのなら、それを鎮める使命を持った彼らがいつか必ずこの場所にやってくるだろう。
「君の話の中に出てきた歌魔法の使い手である、フリル=フルリルでしたか……彼女と連絡を取ることはできませんかね?」
「先生、それは……!」
「君が彼らと顔を合わせづらいという事情は勿論分かっていますが、先程も言った通りことは緊急を有します。このまま放っておけばこのクルテグラも決して安全とは言えなくなりますよ」
昨日先生の言っていた人の縁は簡単には切れないという言葉が、私の中でリフレインしているのを感じていた。
「少し……考えさせてください」
できればあまり目立たずに事を済ませていきたいからな……もうアーデンハイツの時のような全裸であちこち飛び回る羽目になるのはごめんだ。
「大丈夫ですか! 勝手ながら加勢します!!」
いきなり行くと驚かせると思ったのでまずは一声。
「なっ!? 馬鹿なにやってんだ、あぶねーぞ!!」
「私たちのことはいいから、逃げて!」
森の奥から出てきた俺に向けて、二人が叫ぶ。
まあ武器も持ってない奴がいきなり加勢するとか言ったんだから当然の反応だよな。
その隙を見逃さないとばかりに、スノウレイヴェと呼ばれた白いライオンのような魔物の一匹が二人に向けて飛びかかった。
「プロテクション!」
二人の目の前に魔法壁を発生させると、スノウレイヴェはその壁に激突し鼻を抑えながら地面にうつ伏せに倒れこんだ。勿論そんな絶好の隙は見逃さない!
「シャイン・グレイブ!」
以前エナがドレニクに対して使っていた魔法を覚えていたので使ってみた。
スノウレイヴェの頭上に光の槍が現れ、そのまま背中から串刺しにして地面に縛り付ける。
「今です!!」
「おっおう!!」
光の槍で背中を地面まで貫かれて身動きの取れないスノウレイヴェに向けて、男が持っていた剣で一刀両断して真っ二つにした。
見事なお手並み……この人結構な剣の使い手なんじゃ?
「よっしゃ! まずは一匹!」
「ラトル、二匹目がこちらに向かってくる!」
悪いけどさせない!
「マジック・ニードル!」
今まさに二人へともう突進しているスノウレイヴェの右後ろ脚に狙いを定めて、魔力針の塊を打ち込んだ。
「グガッ!?」
後ろ脚を撃ち抜かれてバランスを崩したスノウレイヴェが横ばいに倒れこんだ。
「もらったぜ!!」
そしてその隙を見逃さず、ラトルと呼ばれた男が横ばいに倒れたスノウレイヴェの首を切り落とした。
迷いなく首を切り落としに行ったな……もしかしたら俺の手助けなんていらなかったのか?
そんなことを思っていると、ラトルが剣を構えて三匹目のスノウレイヴェを睨みつける。
「刀破迅!!」
ラトルの大きく振りかぶった剣がうっすらと輝き、振り下ろすと同時に三日月形の目に見える衝撃波みたいなものが真っすぐに飛んでいき、三匹目のスノウレイヴェをこれまた真っ二つにしてしまった。
何だ今の!? めっちゃカッコいんだけど!?
「大いなる石の巨人よ、我の呼びかけに応え、その強靭な力を持って目の前の邪悪なる獣に鉄槌を……!」
もう一人の女の人がなにやら呪文のようなものを詠唱すると、最後の一匹となったスノウレイヴェの真上に俺が収納魔法を使う時に発生する次元の穴のような物が現れて、そこからやたらとごつい岩でできた手が出てきて、そのままスノウレイヴェを叩き潰した。
何だよこの二人、俺が加勢する必要なんてないくらい強いじゃん……余計なお世話だったな。
「ふう……ラトル、怪我はない?」
「大丈夫だルカ、あいつのおかげでな!」
剣に付着したスノウレイヴェの血を布でふき取りながら、ラトルと呼ばれた男が俺に向かって歩いてくる。
改めて二人を観察すると、ラトルさんは燃えるようなワインレッドの赤髪で鍛えているのかがっしりとした体つきをしている。
ルカさんは肩辺りで綺麗に切り揃えられた透き通るようなターコイズの青い髪の、綺麗な女性だ。
「よっ! 助かったぜ、ありがとな!」
「いや、なんか余計なお世話だったような」
「そんなことはねーよ! 四匹一斉に掛かってこられたらさすがの俺たちも危なかったしな」
「ラトルの言う通りよ、あなたが加勢してくれなかったら、最悪逃げるのも難しい状況だったもの」
俺に気をつかっているわけではなく、本心から言ってるようだ。それなら俺も加勢した甲斐があったと言う物だ。
「俺はラトル=ルトラス。んでこっちがルカ=ルトラスだ!」
「私たちは夫婦なの……あなたは?」
「えっと俺は、葉山宗一です」
この二人夫婦なのか……なんだか誰かさんたちを彷彿とさせる組み合わせだな。
「変わった名前だな……とにかくありがとな……えっと?」
「あっ、宗一でいいです」
「そっか、ありがとうなシューイチ!」
そう言ってラトルさんが豪快に笑う。随分と気持ちのいい人だな。
「それにしてお前さん、なんだってこんなところに一人でいるんだ? 今この辺りはさっきみたいな物騒な魔物がうろついてるから危ないぞ?」
まあ武器も持たずにこんな森の中を一人でうろついてたら、不審に思うのは当たり前だよな。
「俺はちょっとクルテグラに向かってまして」
「あなた、クルテグラに用事があるの?」
「人を探しにきたんですよ、情報によるとクルテグラにいるみたいなんで」
「実は私たちも今クルテグラに住んでるの。もしかしたら知ってる人かもしれないから名前を教えてもらってもいいかしら?」
落ち着いた口調でルカさんが俺に尋ねてくる。
こちらをだましてやろうとか言う意図は感じられないし……まあいいかな。
「エナ=アーディスという女の子なんですけど……見た目は僧侶みたいな感じで、髪の毛は腰まで届くようなブロンドの……」
「……知ってるかルカ?」
「わからないわ……ごめんなさい、聞いておいて力になれそうにないわ」
「いえいえ! そう簡単に見つかるとも思ってないんで!」
丁寧に謝られてしまい、逆にこちらが恐縮してしまった。
「でも僧侶みたいってことは魔法使いってことだよな? それなら魔術師たちの塔の関係者かもしれないな」
「魔術師たちの塔?」
もしかして朱雀が言っていた、ノリで作ったという作戦本部のことか?
今はそんな名前が付いているのか……。
「あの塔の名前を知らないってことは、あなたこの大陸の出身じゃないのね? どこから来たのかしら?」
「えっと……アーデンハイツから」
「あんな遠い所から来たのかよ!? 一か月は掛かるだろ!」
街道を爆走し海を飛んで越えて、わずか二日で辿り着いたとは死んでも言えないな。
「ねえラトル……」
「わかってるよ! なあシューイチ、俺たちもギルド依頼を終えたんでこれからクルテグラのギルドに報告に戻るところなんだけど、一緒に行くか?」
「いいんですか? それじゃあお言葉に甘えて……」
そんなわけで、俺は二人に案内される形でクルテグラへと向かうこととなった。
懐かしい香りに包まれながら、目を覚ます。
寝ぼけ眼で起き上がり周囲を見回しながら、自分が懐かしい場所に戻ってきていることを思いだした。
「シオン先生、本当に私の部屋を残しておいてくれたんですね……」
五年前に私がここを出て行った当初のまま、この部屋は何も変わっていなかった。
本棚にこれでもかと綺麗に敷き詰められた魔導書……女の子らしい物は何一つ見当たらない、当時の私を良くあらわしたこの空間。
「まあ今も似たような物ですけどね」
自分自身を皮肉るようにあざ笑う。
エルサイムの拠点にある私の部屋だって、ここと大して変わらない。違うとしたら本棚の数と魔導書の数くらいだ。
女の子らしい趣味に目もくれず、本ばかり読み漁っていた自分。なぜこんなことになってしまったのかを考えてみるが、全ての原因はシオン先生に起因している気がする。
「知識は武器ですよ? どんな強力な魔法も知識があって初めて使いこなせるのですからね?」
その言葉を馬鹿正直に信じた私は、どん欲に知識を求めて本ばかりを読み漁る本の虫になってしまった。
思えば誰に対しても丁寧口調になってしまうのも、シオン先生の真似をしているからだ。
窓の外を見ると随分と日が高い。自分が思っているよりも長い時間寝ていたみたいだ。
なんだかんだでアーデンハイツから転移でクルテグラまで跳んだのだから、それ相応の魔力を消費したのだ……疲れていても何ら不思議ではない。
「……私、どうなっちゃうのかな?」
思わず膝を抱えてうずくまる。
私の身体に宿るこの力は、いつか私自身を変えてしまうだろう。いや……もしかしたら私はもう変わってしまったのかもしれない。
ベッドから起き上がり部屋に置かれた姿見の前に立ち、鏡に映った自身の瞳を覗き込む。
瞳は依然として真っ赤に染まっており、私はもう後戻りが出来ないところに来てしまったのだと痛感させられる。
「エナ君、起きてますか?」
「シオン先生?」
ノックと共に部屋の向こうから先生の声が聞こえたので、少し驚きながらも扉を開ける。
「先生、おはようございます」
「おはようございます、随分ぐっすりでしたね」
「すいません、こんな時間まで……」
私の謝罪を、相変わらずの柔和な笑顔で先生が受け流した。
「君に聞きたいことがありますから、着替えて食事を済ませた後、私の部屋まで来てもらえませんか?」
「いいですけど……」
「それではまた後で」
そう言って先生が静かに扉を閉めた。
聞きたいことか……昨日粗方話したはずだけどまだなにかあるんだろうか?
疑問に思いつつも、私は寝間着を脱いでいつもの服装へと着替え始めた。
「スノウレイヴェの大量発生?」
「それだけではなく、本来雪山に生息するはずの魔物たちの多くが、このクルテグラ周辺で確認されているんですよ」
スノウレイヴェは雪山に群れで生息している魔物のはずだ……それが比較的気温の暖かいこのクルテグラ周辺に現れるはずがない。
先生の話ではそれ以外の魔物もこの周辺で確認されているとのことだし、明らかな異常事態だ。
「原因追及のためにギルドでも腕利きの二人に調査の依頼をしているんですが、これがさっぱりでしてね」
「それなら直接雪山へ調査しに行くべきでは?」
「そうしてるのですが、雪山へ調査に行った冒険者が帰ってこないんですよ」
考えられるのは、雪山に強力な力を持った魔物が住み着いたせいで勢力図が変化し、スノウレイヴェの群れが雪山を追い出されたとか……。
とりあえず、それをそのまま先生に伝えると―――
「私も同じ意見ですが、スノウレイヴェは雪山の食物連鎖に置いて頂点に位置する強力な魔物です。それが山を追いやれたというだけで事態は緊急を有するんですよ」
―――と返されてしまった。
確かにスノウレイヴェは個々の能力の高さもさることながら、群れによる連携で獲物を的確に狩る恐るべき魔物だ。
熟練の冒険者と言えど迂闊に手を出すべきではないと、ギルドも注意喚起を促すほどである。
「……それで先生が私に聞きたいと言うのは?」
「昨日、エナ君から聞いた話の中に、神話にも登場する神獣の存在がありましたので、もしかして今回の異変はそれが関係しているかも思いましてね」
「それはさすがに発想が飛躍しすぎじゃないですか?」
確かに先生の言う通り神獣があの雪山に住み着いて、そのせいで魔物の勢力図が変わったと考えることもできるけど……それはいくらなんでも。
「君は少なくとも三匹の神獣と遭遇しているのでしょう? 可能性としては決してないとは言えませんよ?」
「まあ、そうですけど」
私が今までに遭遇した神獣は、玄武と朱雀と青龍だから、残りは白虎のはず。
「でも神獣は大昔に封印されているはずなので……」
「しかし君の話に出てきた神獣の朱雀は、自力で封印をといてエルサイムのダンジョンの最下層に潜んでいたのでしょう? ならば残りの白虎も自力で封印を解いている可能性も捨てきれませんよ」
それを聞いて、私も顎に手を当てながら、しばし考えこむ。
朱雀の件に関しては特殊なケースだ。現に玄武と青龍はロイに封印を解かれるまで核石のままだった。
だからと言ってその特殊なケースが残りの白虎に発生しないと言い切ることはできない。
もしも何かしらの原因で白虎の封印が解けて、雪山に住み着き暴れているのなら、それを鎮める使命を持った彼らがいつか必ずこの場所にやってくるだろう。
「君の話の中に出てきた歌魔法の使い手である、フリル=フルリルでしたか……彼女と連絡を取ることはできませんかね?」
「先生、それは……!」
「君が彼らと顔を合わせづらいという事情は勿論分かっていますが、先程も言った通りことは緊急を有します。このまま放っておけばこのクルテグラも決して安全とは言えなくなりますよ」
昨日先生の言っていた人の縁は簡単には切れないという言葉が、私の中でリフレインしているのを感じていた。
「少し……考えさせてください」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ
シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。
だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。
かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。
だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。
「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。
国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。
そして、勇者は 死んだ。
──はずだった。
十年後。
王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。
しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。
「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」
これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。
彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
あっとさん
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
底辺から始まった俺の異世界冒険物語!
ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。
しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。
おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。
漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。
この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
弱いままの冒険者〜チートスキル持ちなのに使えるのはパーティーメンバーのみ?〜
秋元智也
ファンタジー
友人を庇った事からクラスではイジメの対象にされてしまう。
そんなある日、いきなり異世界へと召喚されてしまった。
クラス全員が一緒に召喚されるなんて悪夢としか思えなかった。
こんな嫌な連中と異世界なんて行きたく無い。
そう強く念じると、どこからか神の声が聞こえてきた。
そして、そこには自分とは全く別の姿の自分がいたのだった。
レベルは低いままだったが、あげればいい。
そう思っていたのに……。
一向に上がらない!?
それどころか、見た目はどう見ても女の子?
果たして、この世界で生きていけるのだろうか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる