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第一章/おかしいようです。
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『みなさん、もうすぐ下校時間です。部活動のみなさんは、用具の片付けを始めないと、園内に閉じこめられてしまいます。自習に励んでいるみなさんも、続きは家に帰って進めてください。遊んだり駄弁ったりしているみなさんは……家でちゃんと頑張りましょう。園内に取り残されると、先生方にも警備員さんにも迷惑がかかりますので、ご協力をお願いします♡』
ちょっと戯けた口振りの園内放送が流れると、図書室のあちこちから小さな含み笑いと、筆記用具や読みかけの本を片付けていると思しい物音が聞こえてきた。
妙に分厚い本を抱えた俺の同級生が、俺の横を通りざまに声をかけてくる。
「吉野森。あれ、お前の妹ちゃんだろ? 放送の声。可愛い声だな~」
「……そうか?」
「照れてやんの」
言いたいだけ言って、同級生は書架の方に消えてしまう。反論の余地を奪われて、俺は釈然としない気分のまま席を立った。
カウンターで貸し出しの手続をしていると、また面倒臭い奴に呼びかけられた。
「あれ珍しい。なにゆえ岳どのはこんな時間に学園に?」
「借りようとした本を読み始めて、やめられなかったんだ。惟花は?」
「愚生もです。久々に読み応えのある新刊が入ってきたのですよ!」
「……詳しく説明しなくていいからな」
「殺生な! 各地のいわゆる心霊スポットの噂の真偽を検証し、それぞれの舞台の実情を取材した、非常に真摯なルポルタージュなのですよ! 岳どのも一読する価値はありますよ!!」
「……あれ? 惟花は都市伝説みたいなの、信じてるんじゃないのか?」
「噂話を何もかも鵜呑みにするのは決して冷静な姿勢とは言えないのです! 真実と虚構を切り分けるよう努めてこそ初めて、真の怪異と巡り逢うことが出来るのです!!」
「……本平さん吉野森くん、図書室では静かに」
制止しようとした矢先に、図書委員にまとめて注意されてしまう。惟花は睨みつける俺から目を逸らして、口笛を吹く素振りをした。
惟花は悪い奴じゃない。“可愛い”という男子も少からずいる。そのわりに浮いた話がないのは、このオカルト好きが原因だった。
オカルト全般にやたらと関心が強い。それだけならまだしも、自分には霊感がある、と言ってはばからず、ときおり妙なことを口走る傾向があった。
しかもその発言が、しばしば変なかたちで的中する。あの娘が誰かに恨まれてる、とか、あのカップルは近いうちに別れる、とかいった“予言”が現実になることがいちどや二度ではなかった。
怪談や都市伝説に興味があるだけならともかく、実際にありもしないものが見えると、気味悪がられる。容姿に惹かれて近づいてきた男子は、たいていこの辺りで引いてしまうのがオチだった。
俺と惟花の帰り道は途中まで同じなので、同じタイミングで図書室を追い出されれば、結果として一緒に帰ることになる。わざわざ間隔を空けるのも意識してるみたいで不自然だから、惟花と肩を並べて歩いた。
「そういや、泉澄のあの校内放送、惟花のアイディアだって?」
「おお、岳どのもようやくお聴きになりましたか! んふふ、ご自身の家族ながら、なかなか麗しい声だったでしょう?」
「麗しいというか……なんか変な感じだ。スピーカーから身内の声がするのが」
「左様か? まあ、学園のスピーカーの性能はあまりいいものではありませんから。普段、あの可愛い声を聴き慣れている岳どのには物足りないのでしょう」
「変な捉え方すんな。恥ずかしい、っていうか……むず痒い、みたいな、そういう気分なんだよ。聴いてて居たたまれなかった」
「それはヒドい。泉澄どのの努力をご存じないのか?」
「頑張ってるのは知ってるよ。部活で教えてもらった発声練習、家でも随分やってる」
泉澄は演劇部に所属している。部活を選ぶときにこれといった希望はなく、惟花に付き合うかたちでの入部だったが、和気藹々としたムードと、一丸となって芝居を仕上げていく喜びにハマったらしかった。
役がつかなくても、裏方仕事を楽しんでいたが、初めての上演でナレーションを任されたとき、声を褒められたことで、意識が変わったらしい。声優になることを目標に、泉澄は前よりいっそう稽古に励むようになった。
かねてから、下校時刻を守らない学生たちは教職員の悩みの種で、効果的なアプローチを模索していたらしい。そこで惟花があの校内放送を提案したところ、一発で採用になった。
「でもまあ、校内放送はやって良かったと思うよ。効果は出てるみたいだし、泉澄もやり甲斐感じてるっぽいし」
「んっふっふっふ、そうでしょうそうでしょう。前々から、泉澄どのの愛らしい声は活用すべきだと愚考していたのですよ! 泉澄どのも自分の声の価値を自覚してくださったようで何より何より」
「……お前も演劇部だろ? 他人のこと褒めてないで、自分もちゃんと部活動したほうがいいんじゃないか? オカルト本、読み耽ってサボるとか、ますます変人扱いされるぞ」
「んっふっふ、ご安心を。とうの昔に愚生は変人枠一位指名なのです!」
「誇らしげに宣言することじゃないぞ、それは」
「だいたい、さすがの愚生も、年中部活をサボったりしないのです。演劇部はまだ本格的な演目の仕込みに入る前ゆえ、活動は月水金の週三のみなのです」
何故か威張るような惟花の返事に、俺は思わず脚を止める。
「お? どうかしましたか、岳どの」
「……今日、火曜日だよな?」
「さよう。愚生どものカレンダーが世の中とズレているのでなければ」
「泉澄、今日も部活でギリギリまで残る、って言ってた」
惟花が眉をひそめた。「……泉澄どのが?」
「ああ……先々週、学内放送が流れるようになってからこっち、平日はずっと、帰りが遅い、って……」
ふたりして、しばし沈黙し立ち尽くす。遠くでカラスの鳴く声が、やけに大きく聞こえた。
「……それは、よくありませんな……!」
おもむろに腕組みをして、惟花が呟く。厳しい表情を作っているつもりかも知れないが、なんか楽しそうだった。
「よくないもなにも……あいつだって、もう子供ってわけじゃないんだし、兄貴に隠しておきたい用事の一つや二つはあるだろ……」
「よそのあにいもうとならそれでもいいでしょう、しかし、ことは吉野森兄妹ですぞ?! あの仲睦まじいふたりのあいだに、秘密など相応しくありません!」
「いやいやいや、惟花の理想を勝手に押しつけるなって――」
「いいでしょう! この愚生本平惟花、岳どののためにひと肌脱ぎましょうっ!!」あたりに響く大声で宣言すると、惟花は俺に軍隊式の敬礼をしてみせる。「では、さっそく探りを入れて参りますっ! ひとまず失敬!!」
そして、ひとの反応を確かめもせずに走り去ってしまった。
ちょっと戯けた口振りの園内放送が流れると、図書室のあちこちから小さな含み笑いと、筆記用具や読みかけの本を片付けていると思しい物音が聞こえてきた。
妙に分厚い本を抱えた俺の同級生が、俺の横を通りざまに声をかけてくる。
「吉野森。あれ、お前の妹ちゃんだろ? 放送の声。可愛い声だな~」
「……そうか?」
「照れてやんの」
言いたいだけ言って、同級生は書架の方に消えてしまう。反論の余地を奪われて、俺は釈然としない気分のまま席を立った。
カウンターで貸し出しの手続をしていると、また面倒臭い奴に呼びかけられた。
「あれ珍しい。なにゆえ岳どのはこんな時間に学園に?」
「借りようとした本を読み始めて、やめられなかったんだ。惟花は?」
「愚生もです。久々に読み応えのある新刊が入ってきたのですよ!」
「……詳しく説明しなくていいからな」
「殺生な! 各地のいわゆる心霊スポットの噂の真偽を検証し、それぞれの舞台の実情を取材した、非常に真摯なルポルタージュなのですよ! 岳どのも一読する価値はありますよ!!」
「……あれ? 惟花は都市伝説みたいなの、信じてるんじゃないのか?」
「噂話を何もかも鵜呑みにするのは決して冷静な姿勢とは言えないのです! 真実と虚構を切り分けるよう努めてこそ初めて、真の怪異と巡り逢うことが出来るのです!!」
「……本平さん吉野森くん、図書室では静かに」
制止しようとした矢先に、図書委員にまとめて注意されてしまう。惟花は睨みつける俺から目を逸らして、口笛を吹く素振りをした。
惟花は悪い奴じゃない。“可愛い”という男子も少からずいる。そのわりに浮いた話がないのは、このオカルト好きが原因だった。
オカルト全般にやたらと関心が強い。それだけならまだしも、自分には霊感がある、と言ってはばからず、ときおり妙なことを口走る傾向があった。
しかもその発言が、しばしば変なかたちで的中する。あの娘が誰かに恨まれてる、とか、あのカップルは近いうちに別れる、とかいった“予言”が現実になることがいちどや二度ではなかった。
怪談や都市伝説に興味があるだけならともかく、実際にありもしないものが見えると、気味悪がられる。容姿に惹かれて近づいてきた男子は、たいていこの辺りで引いてしまうのがオチだった。
俺と惟花の帰り道は途中まで同じなので、同じタイミングで図書室を追い出されれば、結果として一緒に帰ることになる。わざわざ間隔を空けるのも意識してるみたいで不自然だから、惟花と肩を並べて歩いた。
「そういや、泉澄のあの校内放送、惟花のアイディアだって?」
「おお、岳どのもようやくお聴きになりましたか! んふふ、ご自身の家族ながら、なかなか麗しい声だったでしょう?」
「麗しいというか……なんか変な感じだ。スピーカーから身内の声がするのが」
「左様か? まあ、学園のスピーカーの性能はあまりいいものではありませんから。普段、あの可愛い声を聴き慣れている岳どのには物足りないのでしょう」
「変な捉え方すんな。恥ずかしい、っていうか……むず痒い、みたいな、そういう気分なんだよ。聴いてて居たたまれなかった」
「それはヒドい。泉澄どのの努力をご存じないのか?」
「頑張ってるのは知ってるよ。部活で教えてもらった発声練習、家でも随分やってる」
泉澄は演劇部に所属している。部活を選ぶときにこれといった希望はなく、惟花に付き合うかたちでの入部だったが、和気藹々としたムードと、一丸となって芝居を仕上げていく喜びにハマったらしかった。
役がつかなくても、裏方仕事を楽しんでいたが、初めての上演でナレーションを任されたとき、声を褒められたことで、意識が変わったらしい。声優になることを目標に、泉澄は前よりいっそう稽古に励むようになった。
かねてから、下校時刻を守らない学生たちは教職員の悩みの種で、効果的なアプローチを模索していたらしい。そこで惟花があの校内放送を提案したところ、一発で採用になった。
「でもまあ、校内放送はやって良かったと思うよ。効果は出てるみたいだし、泉澄もやり甲斐感じてるっぽいし」
「んっふっふっふ、そうでしょうそうでしょう。前々から、泉澄どのの愛らしい声は活用すべきだと愚考していたのですよ! 泉澄どのも自分の声の価値を自覚してくださったようで何より何より」
「……お前も演劇部だろ? 他人のこと褒めてないで、自分もちゃんと部活動したほうがいいんじゃないか? オカルト本、読み耽ってサボるとか、ますます変人扱いされるぞ」
「んっふっふ、ご安心を。とうの昔に愚生は変人枠一位指名なのです!」
「誇らしげに宣言することじゃないぞ、それは」
「だいたい、さすがの愚生も、年中部活をサボったりしないのです。演劇部はまだ本格的な演目の仕込みに入る前ゆえ、活動は月水金の週三のみなのです」
何故か威張るような惟花の返事に、俺は思わず脚を止める。
「お? どうかしましたか、岳どの」
「……今日、火曜日だよな?」
「さよう。愚生どものカレンダーが世の中とズレているのでなければ」
「泉澄、今日も部活でギリギリまで残る、って言ってた」
惟花が眉をひそめた。「……泉澄どのが?」
「ああ……先々週、学内放送が流れるようになってからこっち、平日はずっと、帰りが遅い、って……」
ふたりして、しばし沈黙し立ち尽くす。遠くでカラスの鳴く声が、やけに大きく聞こえた。
「……それは、よくありませんな……!」
おもむろに腕組みをして、惟花が呟く。厳しい表情を作っているつもりかも知れないが、なんか楽しそうだった。
「よくないもなにも……あいつだって、もう子供ってわけじゃないんだし、兄貴に隠しておきたい用事の一つや二つはあるだろ……」
「よそのあにいもうとならそれでもいいでしょう、しかし、ことは吉野森兄妹ですぞ?! あの仲睦まじいふたりのあいだに、秘密など相応しくありません!」
「いやいやいや、惟花の理想を勝手に押しつけるなって――」
「いいでしょう! この愚生本平惟花、岳どののためにひと肌脱ぎましょうっ!!」あたりに響く大声で宣言すると、惟花は俺に軍隊式の敬礼をしてみせる。「では、さっそく探りを入れて参りますっ! ひとまず失敬!!」
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