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日傘の女
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「調合師さん、エデンの体調が治るまでしっかり見ていてくださいね」
正式に王子専属の調合師になってから、一週間経った。それからお妃様は私をときどき呼び出す。
「もちろんです」
「そのために隣のお部屋を用意したのですから」
「はい……」
「わかってくれたならいいわ」
深くお辞儀をして退出するが、まだ心臓がバクバクしていた。常に誰かに見られている。それはそうだった。屋敷内は多くの人が出入りし、また警備の人もいる。私は既に静かな森の朝が恋しくなっていた。
軽くノックをして彼の部屋に入る。クインオイルの甘い香りがするホットミルクを持って。
「おはようございます」
「おはよう」
「ホットミルクをお持ちいたしました」
「ん、ありがとう」
いつものように銀のトレーをベッドサイドのテーブルに置く。そして、彼が飲み干すのを傍で見ているのだ。私よりもトーンの暗い茶髪が朝日に照らされて輝いている。柔らかそうな彼の髪をぼーっと眺めていた。その視線に気が付いたのか、彼はふいっと窓の方を向く。
「し、失礼しました」
「見すぎだ……」
「すみません」
彼は黙ってコップをトレーに戻す。
「そういえば、よく花畑にいる女性は誰なんだ」
やっぱり、気になっていたんだ。そう思うと少し残念な気持ちになった。
「さぁ、わかりません」
冷たい響きに彼が気づかないはずもなかった。
「どうしたんだ?」
「い、いえ」
これ以上ボロが出ないように、トレーをさらうとすぐに出る。閉めた扉の前でため息をついた。私も彼女について知りたい。一度気になると、どうしても追いたくなってしまうのだった。
そして、その機会はすぐに訪れた。夕方、宮殿の庭で彼の夜食に混ぜるプリコの葉を探していると、彼女に声をかけられた。
「ねぇ、あなた、エデン様の容態はどうなの?」
はっと振り向くと、日傘の女性だった。
「あ、あの……」
「なに?」
「どなたですか?」
彼女は鼻で笑うと、
「強いて言うならエリダムの王女ってとこ?」
「エ、エリダム?」
「そう、知らない?」
「聞いたことないです」
「あっそう。まぁ、どうでもいいわ。それで、彼はどうなの?」
思わず手に力がはいる。
「が、外部の方には言わない約束なので!」
「あら? いい度胸じゃない」
のんびりとした口調とは裏腹に傘の先が私の喉にあてられた。目はアイスグリーンで私よりも薄い。そして、眉間にぐっと皺を寄せていた。すぐに傘をおろすと今度は私の顔を乱暴に掴んだ。お前は無力だ、というように。彼女からは微かに埃っぽい香りがした。真っ白な肌は日を浴びたことがないようだった。
「ねぇ、なんか言いなさいよ」
彼女は私の頬を両側から押さえつけた。
「エデン様はいたって健康です」
「そう?」
そう言うとすんなり解放してくれた。それからまじまじと私を見る。
「あなた……、生まれは?」
「わかりません」
「は? わからない?」
「育ちはここ、ラパーニュ国ですが、それがどうかしましたか」
彼女は苛立った様子で少し考えこんだ。そして、また乱暴に腕を掴まれる。細い手にこんな力があるんだと他人事のように思えた。
「あの人に似てるけど、こんな鈍臭くないな」
「ちょ、ちょっと失礼すぎません?」
「そう? だってあんた、鈍臭すぎ。奥森に行ったらすぐ殺されるよ」
「え?」
彼女はしまったという顔をした。
「奥森を知ってらっしゃるんですか?」
つんとした表情に戻る。
「まぁ、一種の比喩表現だよね。あんたがアホ過ぎるから」
辛辣な言葉を残すと、森林の方へ姿を消してしまった。
正式に王子専属の調合師になってから、一週間経った。それからお妃様は私をときどき呼び出す。
「もちろんです」
「そのために隣のお部屋を用意したのですから」
「はい……」
「わかってくれたならいいわ」
深くお辞儀をして退出するが、まだ心臓がバクバクしていた。常に誰かに見られている。それはそうだった。屋敷内は多くの人が出入りし、また警備の人もいる。私は既に静かな森の朝が恋しくなっていた。
軽くノックをして彼の部屋に入る。クインオイルの甘い香りがするホットミルクを持って。
「おはようございます」
「おはよう」
「ホットミルクをお持ちいたしました」
「ん、ありがとう」
いつものように銀のトレーをベッドサイドのテーブルに置く。そして、彼が飲み干すのを傍で見ているのだ。私よりもトーンの暗い茶髪が朝日に照らされて輝いている。柔らかそうな彼の髪をぼーっと眺めていた。その視線に気が付いたのか、彼はふいっと窓の方を向く。
「し、失礼しました」
「見すぎだ……」
「すみません」
彼は黙ってコップをトレーに戻す。
「そういえば、よく花畑にいる女性は誰なんだ」
やっぱり、気になっていたんだ。そう思うと少し残念な気持ちになった。
「さぁ、わかりません」
冷たい響きに彼が気づかないはずもなかった。
「どうしたんだ?」
「い、いえ」
これ以上ボロが出ないように、トレーをさらうとすぐに出る。閉めた扉の前でため息をついた。私も彼女について知りたい。一度気になると、どうしても追いたくなってしまうのだった。
そして、その機会はすぐに訪れた。夕方、宮殿の庭で彼の夜食に混ぜるプリコの葉を探していると、彼女に声をかけられた。
「ねぇ、あなた、エデン様の容態はどうなの?」
はっと振り向くと、日傘の女性だった。
「あ、あの……」
「なに?」
「どなたですか?」
彼女は鼻で笑うと、
「強いて言うならエリダムの王女ってとこ?」
「エ、エリダム?」
「そう、知らない?」
「聞いたことないです」
「あっそう。まぁ、どうでもいいわ。それで、彼はどうなの?」
思わず手に力がはいる。
「が、外部の方には言わない約束なので!」
「あら? いい度胸じゃない」
のんびりとした口調とは裏腹に傘の先が私の喉にあてられた。目はアイスグリーンで私よりも薄い。そして、眉間にぐっと皺を寄せていた。すぐに傘をおろすと今度は私の顔を乱暴に掴んだ。お前は無力だ、というように。彼女からは微かに埃っぽい香りがした。真っ白な肌は日を浴びたことがないようだった。
「ねぇ、なんか言いなさいよ」
彼女は私の頬を両側から押さえつけた。
「エデン様はいたって健康です」
「そう?」
そう言うとすんなり解放してくれた。それからまじまじと私を見る。
「あなた……、生まれは?」
「わかりません」
「は? わからない?」
「育ちはここ、ラパーニュ国ですが、それがどうかしましたか」
彼女は苛立った様子で少し考えこんだ。そして、また乱暴に腕を掴まれる。細い手にこんな力があるんだと他人事のように思えた。
「あの人に似てるけど、こんな鈍臭くないな」
「ちょ、ちょっと失礼すぎません?」
「そう? だってあんた、鈍臭すぎ。奥森に行ったらすぐ殺されるよ」
「え?」
彼女はしまったという顔をした。
「奥森を知ってらっしゃるんですか?」
つんとした表情に戻る。
「まぁ、一種の比喩表現だよね。あんたがアホ過ぎるから」
辛辣な言葉を残すと、森林の方へ姿を消してしまった。
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