Over Rewrite Living Dead

きさらぎ冬青

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【2020/05 牢獄】

《第二週 水曜日 深夜》

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久しぶりに自宅に戻った。
上着は玄関の電動スタイラーにかけ、そのままその横に備え付けた洗面台で手を洗い、ペーパータオルで拭き、消毒し、うがいを済ませる。
更にそのまま脱衣所に行き、歯を磨き、拭き取り化粧水で顔を拭く。着ていたものは全て脱いで洗濯機に入れる。その上に積んである寝間着に着替える。
廊下を抜けて、引き戸を開けるとさして広くはないリビングがある。
鞄からモバイルバッテリーとタブレットとスマートフォンと業務用ガラホを出して、執務スペースの後ろの棚の充電スペースに出ているコードを繋いで置いいた。鞄はそのままソファに置く。
ソファの後ろのカーテンを開けると寝室がある。
何もする気力が残っていないのでそのままベッドに潜り、加重毛布を深く被った。
瞼の裏で花火のような、万華鏡のような模様が広がる。
心理学専攻の学部生だった頃、何かの文献で小児のPTSDに症状としてこのような現象が起こると書いてあったのを思い出した。
おれは【あの時】からある意味時間を止めてしまっているのだと思う。
事実、身長も、体型や体格も、あの頃から殆ど変わっていない。
散々PTSDと、その後の再体験化や嗜癖の発生に悩まされ、自分で分析して学ぶことで解消したくて進学した。
人のカネで研究できる身分になって、あちこち訪ねて検査を受けたり、文献を漁ったり、専門家やメーカーと共同研究したり、新しい治療法を試したりした。
結果、自分の場合は物理的に脳が負荷逆のダメージを負っていて、現行の治療手段では完治し得ないという結論に達した。
そして、師匠から「これ以上このテーマに打ち込んだらお前は死んでしまう」「その状態で治療者への転向は難しい」と言われて、諦めて院を辞めた。
かといって、自分のようなものが働ける場所は社会にない、もっと研究は続けたいと思い、頭を下げて医大に入り直したいと親に頼み込んだ。
医歯薬専門の予備校に通い、無事合格して着々と進級し、国家試験も受かり、再び院進し、研究できる身分になり、その後また人のカネで研究できる身分になった。
しかし、同じように師匠から「これ以上自分のことを追求し続けたらきみは死んでしまう」と言われ、そのときに提案されたのが今の仕事だった。
最初は気が向かなかった。但、淡々と遺体を開き、丁寧に観察し、状態を明らかにする仕事は自分には向いていた。
そして、こっちの師匠は「うちの仕事や教員や医療法人の仕事を続けながら、私費で研究するぶんには何も言えない、好きにしろ」と研究を許してくれた。
結局は運とか縁なんだな、と思った。

飯野から聞いた長谷の話を思い出す。
あいつの場合は縁とか運より、本人の努力で今の地位を手に入れていると思う。
おれが乱すようなことはしてはいけない。わかってる。
わかってはいるが、あの真っ直ぐさが自分には眩しすぎる。
めちゃくちゃにしてしまいたい。
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