Over Rewrite Living Dead

きさらぎ冬青

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【2020/05 野火】

《第3週 金曜日 朝》④

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「笑い事じゃありませんよ、めっ、でしょ」
昔みたいに、子供に言い聞かすように言うのを聞いたら余計面白く感じてしまって笑ってしまう。
「ふ、ごめんなさい、つい…」
反省の様子が見えないおれに半ば呆れつつ、釣られてお母さんもちょっと笑う。
「ふふ、それはそうとして、仕事どうするの?」
「うん、最初はなんとか誤魔化して時間稼いでその間に準備して、前期いっぱいで辞めるようにしようかなと思ってたんだけど、気が変わった。今日の午後、役員会に呼ばれてるからそこでもう辞意伝えて手続きするつもり。早いほうがいいと思ってる」
ゴミを捨てに立ち上がったついでにワークデスクに近寄って、机上にあるノートパソコンを起動する。キャスター付きの椅子を引き出して腰を下ろし、机の下のスペースに置いてあるUPS(無停電電源装置)とNAS(ネットワークストレージ)の上に足を置く。
「こっちの経営は手伝ってくれるんでしょ?」
「手伝うけど、表向き、役からは降りたほうがいいかなとは思ってる。そもそもおれがやってる仕事は殆どリモート化してるから直接行くことも滅多に無いし、顔知らないまま仕事してる人だって多いけど支障ないし。監察医務院の方も元々非常勤だし、まあおれが居なくても回るでしょ」
起動したパソコンのスタート画面にパスワードを入力してログオンする。
普段飲み物などを置く袖机として使っているキャビネットからモバイルバッテリーで充電済のBluetoothイヤホンを取り出し、接続して通話を切り替えた。
画面上のGUIを操作し、ネットワーク上のディスクを開く。予め何かあった場合を想定して作成し、保管していた退職願のテンプレートを開いた。
「おうちはどうするの、今住んでるの緒方先生の物件でしょ」
「うん、まあそれは追々相談する、まだ緒方先生とは話さなきゃいけないこともあるから」
アスタリスクが仮置きしてあった今経緯と退職事由の記入スペースに追記していく。キーボードの音に気づいたお母さんが「わたし、話してて大丈夫?」と気遣って言う。
「話しながら十分入力できるよ、平気」
少し間をおいて言うと、自分からの話は今じゃなくてもいいと判断したのか「午前のうちにやっておくこと色々あるでしょ。また夜にでも話せる?明日でもいいけど」と一旦切電する意思を示した。
「うん、時間できたらかけるから待ってて」
「わかった、じゃあまたね」
この人の合理的で大胆でさっぱりしたところが好きだ。直接遣り取りできるようになるまでは時間はかかったし、今でもおれは無意識に警戒してしまうけど、こういう人だからおれは好きなようにやってこれたのは間違いない。
お父さんは優しいけど寡黙でよくわからない部分も多くて、甘えたくて絡んでも反応がいつもフラットだから、正直不安に駆られて余計に執着してしまう部分があった。
お父さんやハルくんと「そういう事」があっても、お母さんは全く動じやしなかった。
ハルくんを連れ帰ったときもあっさり受け容れて、着々と指示をして、あっという間にハルくんを家で育てる権利を勝ち取ってしまった。この人がそういう人じゃなかったら、おれたちはどうなってたかと思う。
女性一人でクリニックを立ち上げて、同窓生である父や友人らを巻き込んで実務にあたりながら一代で専門病院や施設を複数持つ法人にまで育て上げたのは伊達ではない。

※GUI=Graphical User Interface
コンピューターの画面上に表示されるウィンドウやアイコン、ボタン、プルダウンメニューなどを使い、マウスなどのポインティングデバイスで操作できるインターフェイス。
現在のパソコン、スマートフォンのインターフェイスは、ほぼすべてGUIを採用している。
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