Over Rewrite Living Dead

きさらぎ冬青

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【2020/05 野火】

《第3週 金曜日 夜》⑨

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傍らから手が伸びてゼリーの入っていたグラスをそっと除け、先生のもとに温め直された茶碗半分程度の炊き込みご飯と、深めの碗によそった鍋の中身が置かれた。主に豆腐がメインで、消化の負担になりそうなものや肉…鶏団子は入っていない。
「せっかくだからご飯もちょっと食べてって。食べられるぶんだけでいいから」
そう言って、先生のお母さんは先生の隣にそっと座った。先生は素直に添えられた箸を手にとって食べ始める。思ったよりちゃんと食べている。
「どう?おいしい?」
「うん」
黙々と食べるのを、只々先生のお母さんと見ている。1人だけ食べて、それをじっと見られるのは嘸かし食べづらいだろうなとは思いつつも見てしまう。
食べ終えると案の定、先生は二人がかりで監視しなくてもちゃんと食べるのに、見られてたら食べづらいと不満を口にした。
先生は席を立ってトレイごとキッチンに持っていき、シンクで食器を水でさっと流して食洗機に入れて戻ってきた。
「さて、何から話そうかな」
椅子に座り直して、マスクも着け直してから先生が言う。
「結局、大学は辞めるんですか?」
おれが質問すると、先生は溜息をついた。
「それがさ、緒方先生がさ、同席できないしフォローもできないよ落ち着いたら顔見せなって言うしさ、小林さんが役員会一緒に出るって言うし、てっきりもう退職願い出るまでもなくいろんな噂されてた事もバラされて、小林さんに引き継いで懲戒処分にでもなるのかと思って行ったらさ」
「慰留されたの?」
先生のお母さんが、先生の顔を横から覗き込む。
「いや、てか、多分学校側としちゃ本当はそこまでじゃないんだけど、緒方先生から今回の件は自分の減俸とおれの降格で手を打って欲しいって申し出があったらしくて、降格にこそしないけどおれには無給にはなるけど休職期間やるって。小林さん異動して仕事引き継いでやってもらうから、今年度いっぱい休んで反省して考えろって言われてさ」
「なんだ、よかったじゃない」
おれが持ってきたお菓子を1つ缶から出して、封を切ってマスクの下から口に入れ、モグモグ食べながら先生のお母さんが言った。しかし、先生は浮かない顔だ。
「よくはないよ。それがさ、これから感染症の流行は激化すると予想してて実習以外の座学や対面での授業減らすから、先行してリモートで授業やミーティングやっているおれのノウハウを頼りたいとか、司法解剖支援している病院としては感染疑いのあるものを対応依頼されることになると思うので人員減らしたくないとか、色々あるみたいで、そのぶんは時給で給料出すから手伝ってくれって言われてさ。安く扱き使う気満々じゃんって思ってさ」
「いいじゃない、昼間っからおうちに引きこもってるだけよりはマシでしょ」
飲み物を取りにキッチンに向かうお母さんの背中に先生が言う。
「よくはないよ、全然休職じゃないじゃん、給料が減って、固定の授業とか会議が無くなるだけだよ?こっちとしちゃ赤字だよ赤字」
冷蔵庫から低脂肪乳を出してコップに注いで、コーヒーのポーションを入れてかき混ぜながら戻ってきた。
「小林さんだって異動してくるんだし、南くんだって引き続き手伝ってくれるんでしょ、寧ろ楽になるじゃない。そもそも黙っててもそれなりにお金が入ってくる身で赤字も何もないでしょ」
「気易く言うなあ…」
先生も苦虫を噛み潰したような顔で言いながら、お菓子を1つ缶から出して、封を切ってマスクの下から口に入れ、モグモグ食べる。リスみたいに食べてるとこ、見せてくれないかなあ。流石に今はやらないか。
「ところで先生、おれの件はどうなるんですかね…」
おれが先生に話しかけると、先生はお菓子を1つ缶から出して、おれに差し出した。
「一通り、何をやるかという流れとか書面の作成とか教えたし、緒方先生も褒めてたし、あとはいいんじゃないか。見学は終わりだな。2週間お疲れ様」
ああ、やっぱ本当に終わっちゃうんだ。なんかもう、怒涛の日々だったな。
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