Over Rewrite Living Dead

きさらぎ冬青

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【2020/05 消失】

《第3週 日曜日 朝》②

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画面を切り替えて、飯野さんにメールを送る。今藤川先生のところに居ること、速報で報道されている有明の件を見たこと、何か情報は入ってきているか、「ふみ」と呼ばれている人物について知っているか、先生はこないだの件も含め直接この抗争に関係あるのか。しかし、返信はなかなか来ない。想定はしているが多分見ていないか、返信している場合ではない状況だ。
送信し終えて回答を待っている中、耳元で小さい声でおれを呼ぶのが聞こえた。そして、その唇が耳介に触れ、その唇の中の小さな尖った歯が触れた。目の前にある先生の首筋には、昨日おれが衝動的に咬み付いた痕がまだ少し赤く残っている。
「…先生?」
そっと小さく呼びかけると、先生は唇を耳に軽く触れたまま囁くように、少し震えた声で話し始めた。
「長谷は、神様って、信じる?」
話したことはないはずなのに突然、自分の中に封じていた昏い部分に触れるようなことを言われて、おれは無意識に身を固くした。
「信じてないです、おれには、今、目の前にあることだけが重要です」
宗教や神様というものに対して、おれはいい感情を持っていない。
おれの母親は、宗教とそれに対する信仰というものに振り回されていて、そのために常に不安定な状態だった。結婚当初していた【おれに信仰を強要しない】という約束は父親が家に居られる時間が減るにつれて反故にされ、おれは母親の進行する宗教の教団施設に度々連れられて通っていた。そこでおれは指導や儀式という名目を借り密室に連れ込まれては幾度となく侵襲された。
そのことを、おれは、誰にも、家族にも話したことはない。
しかし、その頃の経験によっておれも先生が起こしたようなフラッシュバックを起こしてしまったことがある。周りには適当に理由をつけて体調が悪いとかなんとか言って誤魔化していた。母親の宗教との関わりは高校進学で家を離れたとき切り離すことに成功したが、当時受けた侵害行為は俺の中で健在で、OBの佐藤さんに迫られたときも抵抗できなかった。
その後も関係が断ち切れず利用され、やがて関係が露呈しておれは学校に居られなくなった。競技に残ることも、希望の進路に進学することも難しくなった。それまで培った人間関係も損なった。母親からも激しく詰られ、忌避されるようになり、最終的に母親は病身の父親とおれを捨てて宗教に身を捧げる為出ていってしまった。
フラッシュバック自体は佐藤さんに迫られたあのとき以降、そんなには起きていない。高校生活の中で本格的に体のボリューム自体が変わったことで、安易に他の人間から性的な欲求を向けられたり、そういう欲求を満たすために狙われることが減ったからだ。
全く無くなったわけではないが、競技に取り組んだり、職務や訓練に打ち込むうちに評価されるようになり、自身の内面も強化され安定し、自分のなかに生じる好意や思慕は無視することを決められたのも大きいと思う。あとはだいたい起こる条件はわかっているので、そのうちトリガーになるものに遭遇したり接しないように先回りできるようになったというのもある。
何より、職務上知られるとまずいというリスクを負いながらも、そういう、恋愛を楽しみたいとか触れ合いたいという欲求は金銭を払って補うと割り切ることにしたこと。それによって自分が絶対的に優位な状態を作り出すことで安堵感や自己肯定感を得て意志を保たせてなんとかやってこれた。
自分の希望ではなかったがバスケができるという理由で入った機動隊時代も、父親が病に斃れその職務を離れ寮を出て介護にあたった際も、父親が身罷ったあと直接捜査に関わらなくとも刑事事件の捜査に携われる機会を探して鑑識官を目指す上でも、そういう店のスタッフやキャストの優しさにおれは救われていた。
正直、友人が居なくても、家族が居なくても、パートナーが居なくても、それで十分だった。只、実直に職務にあたり、評価される機会があればできるだけ逃さないようにして、個人的な感情や欲求は金銭で解決できるならそうして、衣食住に困らず暮らしていければそれでいいと思っていた。
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