Over Rewrite Living Dead

きさらぎ冬青

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【2020/05 冀求】

《第4週 木曜日 朝》⑧

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「あの、歯牙の話からまた戻っちゃうんですけど」
おれの説明を聞きながら書き込んでいた小林さんが顔を上げた。
「さっき、外部の挫創縫合や内部の挫傷の侵襲的補修のお話がありましたが、通常の検案ですと作業者の負傷事故や感染リスクを考えて針を使った縫合や切開は避ける事が多いですよね。こういう現場だとまた違うんでしょうか」
「まあ、普通は避けるよね。今は感染症の流行があるので先ず最初にその感染の有無は確認するけど、水害だとそれ以外のバクテリア菌ウイルスなどによる汚染はあるという想定下で行うのが当たり前だし違わない。でも」
おれの話を遮って小林さんは言う。
「それでも藤川くんは、できるだけ元の姿で返してあげたいんですよね。数上がってこない限りできるだけ協力します。今は感染症予防のため作業は防護服で密閉状態で行いますし、通常通り注意をはらっていればいいことなので」
「ありがとう、でも、それだけじゃなくて、やはり確認の精度を上げて速やかに引き渡すという観点からお願いしたい。おれの個人的な感情に付き合って貰う必要はない。今までも同じ現場で作業にあたる人にはそうお願いしてきてる」
そう話しているうちに搬入口のほうが騒がしくなった。席を立って向かう。
「車両が後ろにもある、複数かもしれないな。とりあえずうちが1体目見るのは決まってるから行こう」
搬入口は外部から撮影されたり侵入されないようブルーシートで覆われ、青い光が差している。
病院や警察から引き継ぐときのような納体袋での引き渡しではなく、ストレッチャーにはベージュの薄くザラリとした感触の毛布に包まれたままのご遺体が載っている。搬入口で発見状況や場所、大凡のご遺体の外観等の情報をもらって引き継ぎ、そのまま作業する場所まで運んで下ろしてもらう。
おれと小林さんは防護服などの装備をそれぞれ手に取り、綾子先生に小林さんの付添を頼んでから更衣室に向かった。
戻って来たときまだ小林さんの姿はなかったので、先に複数の検査キットを手にブースに入り、各種感染症の有無を調べる。続けて採血に要するものを用意して採取した。引き継ぎの際にもらった情報を読むと、救出当初意識レベルは低いものの僅かに反応があり応急処置を行なっていたが様態急変したと記録されている。
救出されるまでの時間が長かった救出後挫滅症候群に陥った可能性がある。失禁で尿が失われている可能性も高いため尿の代わりに27Gのツベルクリン針と1mlのシリンジで眼房水と硝子体を採る。目の周辺を清拭消毒し前眼房を穿刺して採取し、改めて先程の技師に声をかけて渡す。
そこでようやくうちのブースの補助を担当することになった看護師の方が見えたので、作業前に圧迫部位の骨折や内臓の損傷を考え造影検査したい旨を申告し、撮影場所の調整を頼んだ。
…それにしても、小林さんが遅い。綾子先生がついているとはいえ、様子を見に行くべきか。
そう思っていると、綾子先生と小林さんが戻ってきた。
「すみません、遅くなりました」
「いいよ、待ってる間に検体出して撮影の手配頼んどいたよ。何かあったの?」
「藤川先生、わたしたちが設営する前からあったのか、そうじゃないのかは明確ではないですし、内部外部どちらか、誰が仕掛けたのか、何が目的かわかりませんが録音や撮影の機器がありました。わたしから報告して館内の点検と警備の強化頼みますから、お二人は進めててください」
綾子先生は早口で言うと足早に管理や指示を担当している先生が控えている所へ報告に向かった。
今は昔と違ってこういう場所に取材に入れないし、救出時搬入時も見られないように配慮する。只でさえ人員が足りないのにその対応でリソースを食っているのに、これか。
その事自体にも腹が立つが、余計な仕事増やしやがってという苛立ちも湧き上がる。
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