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おれ、体験会に参加する
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体験会の場所は、幸太の通う小学校の隣の学区、金星小学校の校庭だった。買い物に行くときに通る町内だが小学校がどこにあるのか、まりこは知らなかった。しかし、幸生の運転する車の助手席から景色を見ながら、ここなら自分でも運転できそうだとまりこは思う。なるべく道順を覚えておこうと目印になりそうなものに目を凝らした。
「試合とかするかな」
楽しみで仕方がないといった風に幸太が後部座席から言った。まりこが後部座席をうかがうと、幸太は窓の外を見ていることから、大きなひとり言なのかもしれない。
体験会の参加の申し込みは将平ママを通じてお願いした。その際、運動のできる服装と運動靴を履いてくること。それと帽子と水筒、汗拭きタオルの用意を伝えられた以外には特に野球用品を持ってくることは言われなかったが、幸太は甲子園に行ってから、まもなく幸生に買ってもらった合成皮革のグローブを大事に抱えてきた。黒と青のツートーンカラーのお気に入りだ。
「どんなことをするのかしらね」
運転している幸生に代わってまりこが応える。後部座席の幸太から返事はないが、わくわくと胸を踊らせているようだった。
金星小学校に着くと、たくさんの車が止まっていた。幸太の通う小学校より校舎が新しい。この金星小学校区は新興住宅地で、白銀小学校区の南に位置する。新しい学研都市で、図書館の分室がおかれ、企業の研究機関などを誘致している区域の一角にある。駅からは少し遠いが、これから発展を期待され、大きなスーパーマーケットを抱えるショッピングモールもある。まりこもなんだかんだと月に一度はこのショッピングモールに足を運んでいた。先日、野球用品を見に立ち寄ったシロクマスポーツのあるショッピングモールである。
校門に車ごと乗り入れると、誘導係をかってでてくれているのだろう、白い野球ユニフォームに似たデザインのTシャツを来た父兄が駐車場の場所を案内してくれた。とても気持ちのいい親切な対応に幸生は笑顔で応対し、きちんと区画整備されたアスファルト敷きの来校車用駐車場に車を停めた。砂利を敷き詰めただけの幸太の小学校の駐車スペースとは違いすぎて、まりこは少し羨ましい気持ちになった。
駐車場を出て、校舎づたいに歩くと、半ば予想していた通りの広々としたグランドがあった。
10段ほどの階段を降りる。小石など落ちていないグランドの砂を踏みながら、揃いのTシャツを着た父兄が何人もいるテントに向かって歩いた。将平ママに、まずはテントの下で受付をしてね、と伝えられていたからだ。
三人揃って近づいていくと、揃いのTシャツを着こんだ将平ママが気付いて手を振る。まりこはそれに手を振り返した。将平ママがバインダーのようなものを抱えて走り寄ってくる。
「いらっしゃい。幸太くん、今日は来てくれてありがとう!」
「将平のお母さんこんにちは。ねえ、将平どこ?」
「将平はあそこよ」
幸太に目線を合わせた将平ママは、グランドの一角を指で指した。そこには白に黒い縦じまの線が入って、胸の真ん中に銀色の星と『SIROBOSHI』とネームが入っているユニフォームを着た子どもたちが20人ほどおり、二人組になってキャッチボールをしていた。
幸太はふぉぉぉ! と興奮したように声をあげる。
「将平、カッコいい!!」
「幸太くん、体験会始まるまでもうちょっと待ってね」
「おう!」
「はい、でしょ!」
すかさずまりこが指摘する。しかし、憧れの対象を見るような夢見心地の幸太の耳には届かなかったようだ。
「まりこちゃんこれ書いてもらっていいかな。書きにくいところは無理して書かなくていいから。体験会の最後に回収させてね」
と、ボールペンとバインダーを手渡される。
見れば、名前、学年、住所、連絡先を書く欄があって、その下は体験会の感想だとか、通常練習への参加を希望するかといったアンケートだった。
「それから、このシールを幸太くんの胸に貼ってね。名札がわりなの。それじゃ、楽しんでいってね」
「うん、ありがとう」
大きく『幸太くん(白銀小・三年)』と書かれた名刺大のシールを将平ママから受け取る。将平ママは幸生にぺこりと会釈して、他の仲間が次々とくる体験の家族に対応している受付に戻っていく。同じチームのママたちと、忙しそうに見えるがワイワイと楽しそうだ。お茶当番など保護者の役割が大変だと聞いて憂鬱な気持ちを抱えていたまりこだったが、あんな風に和気あいあいとした雰囲気でなら楽しそうだなとまりこは思う。
予定していた時間になり、参加希望者が全員受付を済ませると、体験会に来た子どもたちに集合がかかった。早くグランドに出ていきたくて仕方がなかった幸太は、その声に一目散に飛び出していった。
小学生がグランドに二列にならんだ。
白いユニフォームの列と、色とりどりの私服の列ができる。
お揃いのユニフォームを着ている列はしろぼし少年スポーツ団の子どもたち。白い野球帽とユニフォームがまぶしい。そして、向かい合って並ぶのは、今回、体験会に参加した子どもたちだった。
まずは自己紹介からということで、しろぼし少年スポーツ団の子どもたちが大きな声で名前と通っている小学校と学年を言った。それを聞いてまりこも幸生も驚いた。普段から声を出す練習をしているのか、どの子も大きな声で挨拶をする。
「ねぇ、挨拶もしっかりしてるし、声もあんなにハキハキと……すごいわね。幸太はきちんと挨拶できるのかしら」
まりこは心配になって幸生のシャツの裾を引っ張った。
「白銀小学校三年田中幸太です! よろしくお願いします!」
先に挨拶をした体験に来た子どもたちの誰よりも大きな声が響く。幸太は単純に体験会が楽しみで仕方がなかった。そんな気持ちが声に表れたのだが、そんな声にしろぼし少年スポーツ団の子どもたちがにやっと笑った。コーチたちも一瞬驚き、それからニヤニヤと笑った。そのあと、釣られたように体験に来た子どもたちの声が張り合うように大きく元気な声で挨拶した。
まずは準備体操と、間隔をあけて準備体操する子どもたちを見ながら、幸生がまりこにだけ聞こえる声でぼそっと言った。
「幸太、あいつすげえな」
幸太が大きな声で挨拶できた事にほっとしていたまりこは、幸生の呟いた言葉の意味がよく分からなかった。その意味がまりこに分かるのは幸太が入団してしばらくたった頃の話になる。
「試合とかするかな」
楽しみで仕方がないといった風に幸太が後部座席から言った。まりこが後部座席をうかがうと、幸太は窓の外を見ていることから、大きなひとり言なのかもしれない。
体験会の参加の申し込みは将平ママを通じてお願いした。その際、運動のできる服装と運動靴を履いてくること。それと帽子と水筒、汗拭きタオルの用意を伝えられた以外には特に野球用品を持ってくることは言われなかったが、幸太は甲子園に行ってから、まもなく幸生に買ってもらった合成皮革のグローブを大事に抱えてきた。黒と青のツートーンカラーのお気に入りだ。
「どんなことをするのかしらね」
運転している幸生に代わってまりこが応える。後部座席の幸太から返事はないが、わくわくと胸を踊らせているようだった。
金星小学校に着くと、たくさんの車が止まっていた。幸太の通う小学校より校舎が新しい。この金星小学校区は新興住宅地で、白銀小学校区の南に位置する。新しい学研都市で、図書館の分室がおかれ、企業の研究機関などを誘致している区域の一角にある。駅からは少し遠いが、これから発展を期待され、大きなスーパーマーケットを抱えるショッピングモールもある。まりこもなんだかんだと月に一度はこのショッピングモールに足を運んでいた。先日、野球用品を見に立ち寄ったシロクマスポーツのあるショッピングモールである。
校門に車ごと乗り入れると、誘導係をかってでてくれているのだろう、白い野球ユニフォームに似たデザインのTシャツを来た父兄が駐車場の場所を案内してくれた。とても気持ちのいい親切な対応に幸生は笑顔で応対し、きちんと区画整備されたアスファルト敷きの来校車用駐車場に車を停めた。砂利を敷き詰めただけの幸太の小学校の駐車スペースとは違いすぎて、まりこは少し羨ましい気持ちになった。
駐車場を出て、校舎づたいに歩くと、半ば予想していた通りの広々としたグランドがあった。
10段ほどの階段を降りる。小石など落ちていないグランドの砂を踏みながら、揃いのTシャツを着た父兄が何人もいるテントに向かって歩いた。将平ママに、まずはテントの下で受付をしてね、と伝えられていたからだ。
三人揃って近づいていくと、揃いのTシャツを着こんだ将平ママが気付いて手を振る。まりこはそれに手を振り返した。将平ママがバインダーのようなものを抱えて走り寄ってくる。
「いらっしゃい。幸太くん、今日は来てくれてありがとう!」
「将平のお母さんこんにちは。ねえ、将平どこ?」
「将平はあそこよ」
幸太に目線を合わせた将平ママは、グランドの一角を指で指した。そこには白に黒い縦じまの線が入って、胸の真ん中に銀色の星と『SIROBOSHI』とネームが入っているユニフォームを着た子どもたちが20人ほどおり、二人組になってキャッチボールをしていた。
幸太はふぉぉぉ! と興奮したように声をあげる。
「将平、カッコいい!!」
「幸太くん、体験会始まるまでもうちょっと待ってね」
「おう!」
「はい、でしょ!」
すかさずまりこが指摘する。しかし、憧れの対象を見るような夢見心地の幸太の耳には届かなかったようだ。
「まりこちゃんこれ書いてもらっていいかな。書きにくいところは無理して書かなくていいから。体験会の最後に回収させてね」
と、ボールペンとバインダーを手渡される。
見れば、名前、学年、住所、連絡先を書く欄があって、その下は体験会の感想だとか、通常練習への参加を希望するかといったアンケートだった。
「それから、このシールを幸太くんの胸に貼ってね。名札がわりなの。それじゃ、楽しんでいってね」
「うん、ありがとう」
大きく『幸太くん(白銀小・三年)』と書かれた名刺大のシールを将平ママから受け取る。将平ママは幸生にぺこりと会釈して、他の仲間が次々とくる体験の家族に対応している受付に戻っていく。同じチームのママたちと、忙しそうに見えるがワイワイと楽しそうだ。お茶当番など保護者の役割が大変だと聞いて憂鬱な気持ちを抱えていたまりこだったが、あんな風に和気あいあいとした雰囲気でなら楽しそうだなとまりこは思う。
予定していた時間になり、参加希望者が全員受付を済ませると、体験会に来た子どもたちに集合がかかった。早くグランドに出ていきたくて仕方がなかった幸太は、その声に一目散に飛び出していった。
小学生がグランドに二列にならんだ。
白いユニフォームの列と、色とりどりの私服の列ができる。
お揃いのユニフォームを着ている列はしろぼし少年スポーツ団の子どもたち。白い野球帽とユニフォームがまぶしい。そして、向かい合って並ぶのは、今回、体験会に参加した子どもたちだった。
まずは自己紹介からということで、しろぼし少年スポーツ団の子どもたちが大きな声で名前と通っている小学校と学年を言った。それを聞いてまりこも幸生も驚いた。普段から声を出す練習をしているのか、どの子も大きな声で挨拶をする。
「ねぇ、挨拶もしっかりしてるし、声もあんなにハキハキと……すごいわね。幸太はきちんと挨拶できるのかしら」
まりこは心配になって幸生のシャツの裾を引っ張った。
「白銀小学校三年田中幸太です! よろしくお願いします!」
先に挨拶をした体験に来た子どもたちの誰よりも大きな声が響く。幸太は単純に体験会が楽しみで仕方がなかった。そんな気持ちが声に表れたのだが、そんな声にしろぼし少年スポーツ団の子どもたちがにやっと笑った。コーチたちも一瞬驚き、それからニヤニヤと笑った。そのあと、釣られたように体験に来た子どもたちの声が張り合うように大きく元気な声で挨拶した。
まずは準備体操と、間隔をあけて準備体操する子どもたちを見ながら、幸生がまりこにだけ聞こえる声でぼそっと言った。
「幸太、あいつすげえな」
幸太が大きな声で挨拶できた事にほっとしていたまりこは、幸生の呟いた言葉の意味がよく分からなかった。その意味がまりこに分かるのは幸太が入団してしばらくたった頃の話になる。
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