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動物同伴は困りますよね?
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『では、まいりましょう』
白い子犬は、さっきまでの衰弱はどこへやら、意気揚々と結月の先頭に立って歩きはじめた。もちろん四つ脚で。
しかし、その先は赤信号。
「ちょっと待って!! ストップ!」
え? と子犬が足を止めて振り返る。
「赤信号じゃないの。ワンコなあんたには分からないでしょうけど、車に引かれたら死んじゃうのよ、私もあんたも!」
さっきまで死にたいと思っていたことなど、高い棚に上げて結月は思わず叫んだ。子犬は媚びるように首をかしげ、てへっと舌を出した。そんなはずはないのだか、動作がいちいち人間くさく感じるのはなぜだろう。しかもあざとい系。
『申し訳ございません。どうも人間のルールにはまだ慣れておりませんので。それにボクはワンコではございません。ウカノミタマノカミ様の神使見習いコンコでございます。どうぞコンコとお呼びください』
「コンコ……ね。それで、どこに連れていくつもりなの」
おかしな幻覚はまだ続いているようだ。ウカノミタマノカミって何だったっけ、と結月はぼんやり考えた。
コンコはペロリと口まわりをひと舐めすると答えた。
『結月さまは、空腹でいらっしゃるようですので、まずは腹ごしらえをなさるがよろしいかと思いまして』
「そう言われればそうかもね。って、あなた、私の名前をどうして知ってるの」
昼はおにぎりが一つ、夕食のつもりだったいなり寿司はこのコンコにあげてしまった。
ただ、色々ありすぎてあまりお腹が空いたという感覚はないのだけれど。それより名乗っていないはずの名前をどうしてコンコが知り得たのか。それが不思議であり、気持ち悪い。
そう問うとコンコはえへん、と胸を反らせた。
『なんてったって神使見習いですから。それくらいはお安い御用です。さ、結月さま、おすすめの食事処があるのでご案内いたします』
神様のお使いなら名前が分かるのか、そういうものなのか。いつまで続くのか分からないけれど、これが自分が作り出した幻覚ならそういうこともあるのかもしれない。
結月はいまいち地に足がつかない心地のまま再び歩きだした。
コンコのあとに続いて歩いていく。やはり酒蔵が多いときく伏見なだけあって酒屋が多いのだろうか。
最初こそ結月は、余裕をもって歩いていたのだが、どこまでいっても造り酒屋などなく、京都らしい風景とも出会わない。
左手にさっきまで乗っていた赤と白の電車がときおり走る線路沿いをずっと歩かされている。
「ねぇ、どこまでいくの」
ゴロゴロとスーツケースを引きながら、額に汗をかいている結月は、息を弾ませながら、先頭を悠々と歩くコンコに声をかけた。
『もう少しでございます』
やはり四本足は二本足に勝るのか。
先ほどから、なんども問いかけるが、コンコの返事は『もう少し』ばかり。一向に目的地に着くようすがない。
横を通りすぎる電車を見送るのは何本めだろう。
ヒールで走れるくらいには慣れているとはいえ、長時間の徒歩にヒールの靴は向かない。
秋の日暮れはつるべ落とし。日はどんどん暮れていく。住宅地の街灯や家の明かりは点くけれども、今の結月には心細く不安を募らせるものでしかない。
ああ、足が痛い。
スーツケースのタイヤは今日一日で擦り減ってしまうのではないだろうか。
「ねぇ、電車に乗りましょうよ、ああ、でも動物ってキャリーバックに入れなきゃいけないんだっけ」
不運コンボの最後の仕上げはこのコンコと出会ったことではないだろうか。
結月がフラフラになりながらもそう考えていたとき、前を歩いていたコンコが立ち止まった。
結月は思わずつんのめって、コンコのふかふかの尾を踏んづけてしまった。即座に『ぎゃん』と悲鳴が聞こえる。
「ご、ごめん」
結月もまた膝をついてしまい、あまりの疲労に立ち上がれなくなっていた。
コンコはふかふかの尾を両前肢で抱き締め、ふうふうと息をかけている。
結月はアスファルトにぺたんと腰を下ろしたまま、見上げていた。
まるでどこかの社殿のような鮮やかな朱塗りの柱と、緑青の瓦屋根が特徴的な建物が、結月とコンコの前にあった。
生成りの暖簾には墨で『天湖』と書いてある。
鳥居は通って来ていないはず。振り向いて確認してもやはり鳥居はなかった。では、ここはなに?
尾から手を離したコンコは言った。くりっとした目を細めて笑っているように。
『結月さま、到着です。縁を結ぶも結ばぬも貴女次第。いざ、参りましょう。稲荷寿司専門店天湖です』
「ちょっとコンコ、結ぶも結ばぬもって、あなたそれが仕事だっていったじゃな……い」
さっさと暖簾をくぐろうとするコンコに続いて、結月もまた暖簾をくぐってしまう。
そこは明らかに食べ物屋の店内らしかった。
白壁に朱塗りの柱。無垢の木材でできたテーブルと椅子とカウンター。そしてカウンターの上には、まるで小料理屋のように料理を載せた大皿が並んでいた。
とはいえ、色合いはわずかに違うものの、三角のてっぺんがキツネの耳のような稲荷寿司ばかりが積み上げられている。
天井近くにある大きな神棚が目を引く。
店内は、満員御礼。
そんな店内に、神棚よりも目を引く存在があった。
目も覚めるような、調った顔の美青年。
そう形容するしかないような青年が、コンコと結月を冷めた目付きで睨んでいた。
や、やっぱり、動物同伴は困りますよね。
白い子犬は、さっきまでの衰弱はどこへやら、意気揚々と結月の先頭に立って歩きはじめた。もちろん四つ脚で。
しかし、その先は赤信号。
「ちょっと待って!! ストップ!」
え? と子犬が足を止めて振り返る。
「赤信号じゃないの。ワンコなあんたには分からないでしょうけど、車に引かれたら死んじゃうのよ、私もあんたも!」
さっきまで死にたいと思っていたことなど、高い棚に上げて結月は思わず叫んだ。子犬は媚びるように首をかしげ、てへっと舌を出した。そんなはずはないのだか、動作がいちいち人間くさく感じるのはなぜだろう。しかもあざとい系。
『申し訳ございません。どうも人間のルールにはまだ慣れておりませんので。それにボクはワンコではございません。ウカノミタマノカミ様の神使見習いコンコでございます。どうぞコンコとお呼びください』
「コンコ……ね。それで、どこに連れていくつもりなの」
おかしな幻覚はまだ続いているようだ。ウカノミタマノカミって何だったっけ、と結月はぼんやり考えた。
コンコはペロリと口まわりをひと舐めすると答えた。
『結月さまは、空腹でいらっしゃるようですので、まずは腹ごしらえをなさるがよろしいかと思いまして』
「そう言われればそうかもね。って、あなた、私の名前をどうして知ってるの」
昼はおにぎりが一つ、夕食のつもりだったいなり寿司はこのコンコにあげてしまった。
ただ、色々ありすぎてあまりお腹が空いたという感覚はないのだけれど。それより名乗っていないはずの名前をどうしてコンコが知り得たのか。それが不思議であり、気持ち悪い。
そう問うとコンコはえへん、と胸を反らせた。
『なんてったって神使見習いですから。それくらいはお安い御用です。さ、結月さま、おすすめの食事処があるのでご案内いたします』
神様のお使いなら名前が分かるのか、そういうものなのか。いつまで続くのか分からないけれど、これが自分が作り出した幻覚ならそういうこともあるのかもしれない。
結月はいまいち地に足がつかない心地のまま再び歩きだした。
コンコのあとに続いて歩いていく。やはり酒蔵が多いときく伏見なだけあって酒屋が多いのだろうか。
最初こそ結月は、余裕をもって歩いていたのだが、どこまでいっても造り酒屋などなく、京都らしい風景とも出会わない。
左手にさっきまで乗っていた赤と白の電車がときおり走る線路沿いをずっと歩かされている。
「ねぇ、どこまでいくの」
ゴロゴロとスーツケースを引きながら、額に汗をかいている結月は、息を弾ませながら、先頭を悠々と歩くコンコに声をかけた。
『もう少しでございます』
やはり四本足は二本足に勝るのか。
先ほどから、なんども問いかけるが、コンコの返事は『もう少し』ばかり。一向に目的地に着くようすがない。
横を通りすぎる電車を見送るのは何本めだろう。
ヒールで走れるくらいには慣れているとはいえ、長時間の徒歩にヒールの靴は向かない。
秋の日暮れはつるべ落とし。日はどんどん暮れていく。住宅地の街灯や家の明かりは点くけれども、今の結月には心細く不安を募らせるものでしかない。
ああ、足が痛い。
スーツケースのタイヤは今日一日で擦り減ってしまうのではないだろうか。
「ねぇ、電車に乗りましょうよ、ああ、でも動物ってキャリーバックに入れなきゃいけないんだっけ」
不運コンボの最後の仕上げはこのコンコと出会ったことではないだろうか。
結月がフラフラになりながらもそう考えていたとき、前を歩いていたコンコが立ち止まった。
結月は思わずつんのめって、コンコのふかふかの尾を踏んづけてしまった。即座に『ぎゃん』と悲鳴が聞こえる。
「ご、ごめん」
結月もまた膝をついてしまい、あまりの疲労に立ち上がれなくなっていた。
コンコはふかふかの尾を両前肢で抱き締め、ふうふうと息をかけている。
結月はアスファルトにぺたんと腰を下ろしたまま、見上げていた。
まるでどこかの社殿のような鮮やかな朱塗りの柱と、緑青の瓦屋根が特徴的な建物が、結月とコンコの前にあった。
生成りの暖簾には墨で『天湖』と書いてある。
鳥居は通って来ていないはず。振り向いて確認してもやはり鳥居はなかった。では、ここはなに?
尾から手を離したコンコは言った。くりっとした目を細めて笑っているように。
『結月さま、到着です。縁を結ぶも結ばぬも貴女次第。いざ、参りましょう。稲荷寿司専門店天湖です』
「ちょっとコンコ、結ぶも結ばぬもって、あなたそれが仕事だっていったじゃな……い」
さっさと暖簾をくぐろうとするコンコに続いて、結月もまた暖簾をくぐってしまう。
そこは明らかに食べ物屋の店内らしかった。
白壁に朱塗りの柱。無垢の木材でできたテーブルと椅子とカウンター。そしてカウンターの上には、まるで小料理屋のように料理を載せた大皿が並んでいた。
とはいえ、色合いはわずかに違うものの、三角のてっぺんがキツネの耳のような稲荷寿司ばかりが積み上げられている。
天井近くにある大きな神棚が目を引く。
店内は、満員御礼。
そんな店内に、神棚よりも目を引く存在があった。
目も覚めるような、調った顔の美青年。
そう形容するしかないような青年が、コンコと結月を冷めた目付きで睨んでいた。
や、やっぱり、動物同伴は困りますよね。
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