見習いコンコの縁結び

紅葉

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ご縁ひとつ

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「いらっしゃいませ」

 温度を感じさせない視線はまるで冷凍ビーム。

 あわててコンコを抱き上げた。コンコも腕の中でかちんと固まっている。

「あ、あの、すみませんでした」

 コンコを抱えてさあ店から出よう。自分の犬じゃないけど、犬連れなんてマナー違反だ。自分の犬じゃないけど。

「……、犬じゃありませんよ」

 ぼそりとした呟きが耳に届いた。

「え?」

「いえ、なにも。ただいま満席でして、少々お待ちいただくことになりますが」

 犬もといコンコ連れでも構わないのだろうか。
 青年は気にもしていないようすで、結月の返事を待っている。
 たくさん歩いてお腹は空いている。
 それ以上に疲労困憊で、ちょっとだけでいい、座らせてもらいたい。
 結月が頷くと、青年は「かしこまりました」と答えて、調理場へと戻って行った。
 結月はコンコを床の上にそっと下ろして、備え付けられていたスツールに腰を下ろした。

 はあ、本当に足が痛い。

 そっと片方の靴を脱ぐと、案の定ストッキングは伝線していて、靴擦れができて血がにじんでいた。

「お待ちの間、良かったらどうぞ。暮れるのが早くなりましたね」

 先ほどの青年が、湯気のたった湯のみが載ったお盆をさしだした。
 お礼を言ってそれを受け取る。お盆の上には、二枚の絆創膏も載っている。
 これももらっていいのかな。もらえるならありがたいけど。
 おずおずと目を合わせると、青年の目が「どうぞ」と言っている。そんな気がする。

「ありがとうございます」

「いえ、お待たせして申し訳ございません」

 第一印象の目つきは怖かったけれど、良い人だな。
 お茶のあったかい温度がじんわりと心にしみる。
 
 あ、番茶だ。

 少しスモーキーな香りのする不思議な番茶だけど、嫌いじゃない。

 青年の心配りに、ほっと落ち着く。
 あったかいお茶が緊張をほぐす。
 いつの間にか結月は、うつらうつらと舟を漕ぎはじめた。





 それはいつの事だったか。
 そうそう、大阪支社に憲司と出張にきたときの事だ。木、金と出張で、もう一泊しようかって話になったのだ。
 憲司とのお付き合いは新人教育中からこっそり始まっていた。けれど、憲司は人間関係がぎくしゃくしてはいけないから社内では、お付き合いしていることを内緒にしようといってきたのだ。
 その甲斐あって、付き合っている二人で出張、なんてこともできたんだけれど、私は会社のみんなを騙しているようで心苦しく、また女性社員同士の恋愛話に本当のことを言えないのがもどかしかった。


 金曜の夜、ホテルのニュースでみた円山公園の桜が見事で。帰る前に京都まで足を延ばそうということになった。


 淀屋橋から京阪電車で京阪四条まで。二階建て車両のペアシートに隣り合って座ったっけ。

 京阪四条駅から出ると、大きな橋が目に入る。下には鴨川がゆったり流れていた。

 橋を渡ると、道路の両端に間口の狭い商店がずらっと並んでいる。お漬物屋に和菓子店、かの有名なお茶屋さんの前ではパフェ目当ての客が行列を作っている。
 全国チェーンのコンビニさえ、目印の青い看板は落ち着いた色になって景観に溶け込んでいた。

 商店街をまっすぐ行くと、八坂神社。参拝をして境内をぐるりとまわれば、円山公園に出る。

 円山公園にはニュースで見たままの見事な桜が咲き誇っていた。ただまあ、人は多くて、ゆっくり座る場所もなかったんだけど。

 祇園花見小路をそぞろ歩く。舞妓さんの姿はないね、なんて言いながら。

 途中、町家の建物をそのまま使ったカフェに寄り、美味しいきなこのアイスクリームに舌鼓を打って、大きな寺院にたどり着いた。

 そこは悪縁を断ち切り、良縁を呼ぶというので有名なお寺だった。びっしりとお札の貼られた大岩の物々しさに、ただならぬものを感じ、ごくりと喉が鳴った。お作法通りにお参りして。

「これで俺たち幸せになれるな」
なんて微笑みあったのに。

 プロポーズを期待しなかったといったら嘘になる。
 何も言ってくれなくて、焦れた気持ちをもて余した夜もある。
 なんで私達の縁が切られなければならないの。




「アラサーなめんなー!」

 視界いっぱいに白い犬がいた。コンコだ。
 口にごはん粒のようなものがくっついている。
 どうやらいつの間にか眠っていたらしく、寝言で叫んで自分の声で起きたようだ。恥ずかしい。
 私の大声に驚いたらしいコンコは、ビクッと尾の毛を膨らませた。

 ゆっくり起き上がって辺りを見回すと、白い壁に朱色の柱。真新しそうなグリーンの畳。
 どうやらまだ天湖の店内にいるようだ。
 しかも小上がりのテーブルとテーブルの間に、座布団を枕にして寝かされていたようだ。障子は閉じられているが、さきほどまでの大勢人のいる気配は感じられない。

「今、何時……?」

 バッグとスーツケースは並んで近くに置かれていた。もちろんスーツケースは畳を汚さないように横置きにされていたが、なにからなにまでお世話にやった感がしていたたまれない。

 バッグを引き寄せてごそごそするも、次第にスマホを無くしたことを思い出した。

「閉店ですよ、お客様」

 閉められた障子がからりと引かれた。そこには寝起きの心臓に悪そうな美青年。

「すみません。ご迷惑をおかけしたみたいで」

「……いえ、ゆっくりお休みになっておられましたので」

 暗に「うちはホテルじゃありませんよ」と嫌みを言われているようだ。
 さっさと出ていくに限る。

「本当にすみませんでした」

 バッグとスーツケースを持って小上がりを降りようとした結月の前に美青年が黒い四角いものをそっと差し出した。
 ん? これはお会計の伝票バインダーに似ている。
 いやしかし、うっかり寝てしまったけれど、小上がりをいつの間にか占領していたみたいだけど、でも何も注文していない。

 まさか、待ってる間にもらったお茶代?

 あれってサービスじゃなかったの!?

 伝票バインダーから美青年の腕、紺の作務衣を着こんだ身体、喉仏、きれいな細いあごと順に目線を上げて、恐る恐る美青年と目を合わせた。
 美青年は恐ろしいほどの笑顔を貼り付けて、

「こちらのコンコさんのお食事代です」

と言った。

 伝票を受け取り、そっとバインダーを開けるとそこには七桁の数字が並んでいる。

 はっ?

「はっ?」

 コンコはペロリと口の回りを舐め、ご満悦の表情で結月を見上げていた。

「うそでしょ? こ、こんな子犬がこんなに食べるわけない」

 まさか、ぼったくられてる?

「いえ、本当に。おかげで今日は早じまいです」

『成長期でして。ほんに美味しゅうございました』

 げふっとコンコが稲荷寿司くさいげっぷをした。

「お支払になれないようでしたら、そうですね……」

 美青年は細いあごを掴んでしばし考えた。そして人の悪そうな笑顔になる。

「身体で返してもらいましょうか」

『ご縁、ひとつお結びいたしました。いやさかえ、いやさかえ』

 能天気に踊るコンコを視界の端に、もう一度気を失いたくなったのは言うまでもない。






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