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初仕事です。
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清明さんはコンコを普通の人には見えない存在だといった。
でも私にはコンコが見える。
それは、稲荷寿司をあげたことがきっかけになったわけではないという。そうね、私、コンコを歩道に落ちた毛布だと思ったんだもの。
私とコンコには因縁があったということなんだって。
因縁は宇宙の理。
縁は結ばれたり、切れたり。
そのひとつひとつは、気付かぬまま日常に溶け込んでいくけれども、すべてのことは定められているのだと清明さんは話す。
因縁って、現代の感覚じゃ、あまりいい意味で使われてないイメージだけどね。
コンコと出会ったことが運命なら、清明さんと出会ったことも運命ということらしい。でも運命にはもともといくつか選択肢が用意されているらしい。善い行いをすれば善い道に、悪いことをすると悪い道に入り込んでいってしまうそうだ。
それなら今まさにどん底だよな、と我が身を振り返って思う。ゴロゴロと奈落の底に転がり落ちるような不運続き。
あとは浮上するだけだと思っていたけれど。
霊験あらたか過ぎて怖いよ、あの縁切り寺。
「よし、善い運命を引き寄せるために善い行いをしよう」
具体的には何をすればよいか分からないけれど。
結月は押し入れから出した借り物の布団にくるまった。
宿無し、職なしで七桁の借金まで背負ってしまったと思ったけれど、こうやって雨露しのげる場所は貸してもらえたし、三食も約束してくれた。
人生悪いことばかりではない。
天湖の店内で居眠りをしてしまったけれど、身体の疲労感はまだまだ残っていた。
結月は明日からの労働に備えて、ゆっくり目を閉じた。
いつの間にか上がってきていたコンコが、結月の枕元で丸くなる。もふもふとした毛皮が結月の頬をくすぐった。
明朝五時。まだ外は暗い。
ううう、暖かい布団から気合いを入れて起きる。
お仕着せにと昨日渡された紺の作務衣に袖を通し、掛け布団の上であられもない寝相をしているコンコを横目に、自由に使っていいと言われた鏡台で軽く化粧と髪を整えた。
すでに下の階で清明さんが働いている気配を感じて慌てて階段を降りた。
「おはようございます」
厨房では板の上に薄切り豆腐が並んでいた。
気配に気づいた清明さんが、顔をあげる。
「おはようございます。今日からよろしくお願いしますね。まずは店内の清掃からお願いします」
と、掃除道具の場所を示される。
豆腐が並んでいる。何にするんだろう。
「これは今、豆腐の水切りをしているところです。豆腐は配達してもらっていますが、おあげさんは自家製なんです。水切りをしたあと、じっくり揚げていきます」
「はー、これがおあげに……」
合いの手のようにお腹がぐぅと鳴った。
よく考えれば、昨日の昼から何も食べていなかったのでした。
「店内と神棚の清掃と仕込みが終わったら朝ごはんにしましょう」
「はい」
笑顔で厨房を追い出された。
シュワー、パチパチと揚げものをする音を聞きながら、神棚を掃除し、椅子を上げて床を掃き、座面、テーブル、カウンターと拭きあげる。
トイレの掃除を済ませて、店表を掃こうと箒を手に外に出た。
竹箒を掃くシャッシャッという音に気付いて、店の右手を見ると、石段の上を浅黄色の袴を着けた青年が掃き掃除をしていた。
石柱には伏見稲荷大社と彫られており、大きな提灯、手水舎、石造りの一対の狐。
天湖は伏見稲荷大社のすぐ横に店を構えていたらしい。
掃き掃除を終えて、中に入るとお出汁のいい香りが鼻をくすぐった。
そして目を疑うものが。
白いもふもふしたさんかく耳と尾を垂らした小学生ほどの少年が、牛若丸みたいな格好で、さっき掃除した店内のテーブルに座っていた。少年の前には大量のおあげが皿に積まれており、次々と吸い込まれるように少年の口に入っていく。口と手が油でぎとぎとになっているのも構わないようすは、見ていてちょっと退くものがある。
見た目はおかっぱで可愛い顔をしているのに残念だ。
清明さんはとくに気にしていないのか、厨房でまめまめしく働いている。
結月はあんぐりと開けた口を震わせて言った。
「あ、あんた、誰」
でも私にはコンコが見える。
それは、稲荷寿司をあげたことがきっかけになったわけではないという。そうね、私、コンコを歩道に落ちた毛布だと思ったんだもの。
私とコンコには因縁があったということなんだって。
因縁は宇宙の理。
縁は結ばれたり、切れたり。
そのひとつひとつは、気付かぬまま日常に溶け込んでいくけれども、すべてのことは定められているのだと清明さんは話す。
因縁って、現代の感覚じゃ、あまりいい意味で使われてないイメージだけどね。
コンコと出会ったことが運命なら、清明さんと出会ったことも運命ということらしい。でも運命にはもともといくつか選択肢が用意されているらしい。善い行いをすれば善い道に、悪いことをすると悪い道に入り込んでいってしまうそうだ。
それなら今まさにどん底だよな、と我が身を振り返って思う。ゴロゴロと奈落の底に転がり落ちるような不運続き。
あとは浮上するだけだと思っていたけれど。
霊験あらたか過ぎて怖いよ、あの縁切り寺。
「よし、善い運命を引き寄せるために善い行いをしよう」
具体的には何をすればよいか分からないけれど。
結月は押し入れから出した借り物の布団にくるまった。
宿無し、職なしで七桁の借金まで背負ってしまったと思ったけれど、こうやって雨露しのげる場所は貸してもらえたし、三食も約束してくれた。
人生悪いことばかりではない。
天湖の店内で居眠りをしてしまったけれど、身体の疲労感はまだまだ残っていた。
結月は明日からの労働に備えて、ゆっくり目を閉じた。
いつの間にか上がってきていたコンコが、結月の枕元で丸くなる。もふもふとした毛皮が結月の頬をくすぐった。
明朝五時。まだ外は暗い。
ううう、暖かい布団から気合いを入れて起きる。
お仕着せにと昨日渡された紺の作務衣に袖を通し、掛け布団の上であられもない寝相をしているコンコを横目に、自由に使っていいと言われた鏡台で軽く化粧と髪を整えた。
すでに下の階で清明さんが働いている気配を感じて慌てて階段を降りた。
「おはようございます」
厨房では板の上に薄切り豆腐が並んでいた。
気配に気づいた清明さんが、顔をあげる。
「おはようございます。今日からよろしくお願いしますね。まずは店内の清掃からお願いします」
と、掃除道具の場所を示される。
豆腐が並んでいる。何にするんだろう。
「これは今、豆腐の水切りをしているところです。豆腐は配達してもらっていますが、おあげさんは自家製なんです。水切りをしたあと、じっくり揚げていきます」
「はー、これがおあげに……」
合いの手のようにお腹がぐぅと鳴った。
よく考えれば、昨日の昼から何も食べていなかったのでした。
「店内と神棚の清掃と仕込みが終わったら朝ごはんにしましょう」
「はい」
笑顔で厨房を追い出された。
シュワー、パチパチと揚げものをする音を聞きながら、神棚を掃除し、椅子を上げて床を掃き、座面、テーブル、カウンターと拭きあげる。
トイレの掃除を済ませて、店表を掃こうと箒を手に外に出た。
竹箒を掃くシャッシャッという音に気付いて、店の右手を見ると、石段の上を浅黄色の袴を着けた青年が掃き掃除をしていた。
石柱には伏見稲荷大社と彫られており、大きな提灯、手水舎、石造りの一対の狐。
天湖は伏見稲荷大社のすぐ横に店を構えていたらしい。
掃き掃除を終えて、中に入るとお出汁のいい香りが鼻をくすぐった。
そして目を疑うものが。
白いもふもふしたさんかく耳と尾を垂らした小学生ほどの少年が、牛若丸みたいな格好で、さっき掃除した店内のテーブルに座っていた。少年の前には大量のおあげが皿に積まれており、次々と吸い込まれるように少年の口に入っていく。口と手が油でぎとぎとになっているのも構わないようすは、見ていてちょっと退くものがある。
見た目はおかっぱで可愛い顔をしているのに残念だ。
清明さんはとくに気にしていないのか、厨房でまめまめしく働いている。
結月はあんぐりと開けた口を震わせて言った。
「あ、あんた、誰」
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