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仕事じゃ、清明。
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「借金とな、結月が清明に金を借りたのか。大変じゃぞ。こやつなかなかがめつい性格をしておるでの」
もふ耳少年が紅い目を愉快そうに細める。がめついとは人聞きの悪い、と清明さんが苦笑い。
「借金というか、コンコが勝手に食べた分を払えって言われてるのよ」
知り合いなら代わりに払ってくれないかしら。結月はここぞとばかりに訴える。
「コンコの食事代とな。いかほどじゃ」
意外そうな顔になったもふ耳少年に、清明さんが耳打ちをする。
「なるほど。それは、それは……」
おぬしなかなかのワルじゃのう、ともふ耳少年が清明さんに意味深長に微笑みかける。
「結月、ここで働いていてはいつまでも借金は返せぬぞ」
「うそっ」
「嘘ではない。稲荷寿司専門店などとうたって商売しておるが、人にとっては一個百円ほどの価値の稲荷寿司ぞ。しかも稲荷寿司しか置いておらん。何か策を練らんと、儲けが出んぞ」
にやにやと愉しげにもふ耳少年が言う。尾もゆっくり左右に揺れていた。
「自慢じゃありませんが、稲荷寿司以外はうまく作る自信がありません」
なんてことだ。よくそれで飲食店をしているな、と結月は清明を見た。清明は照れたように笑みを返す。
いやいや、その反応は違うでしょお!
『私が雀を狩ってまいりましょう~』
コンコがテーブルに両前肢をかけて会話に入ってくる。
「雀?」
「それはよい考えじゃな」
「雀なぁ……」
それを聞いた反応は三者三様。
もふ耳少年は 目を輝かせて舌なめずりをせんばかり、清明さんは腕組みをしてあまり乗り気でないようす。
「雀なんか捕まえてきてどうするのよ、コンコ」
『もちろん、食べるのでございます~』
「焼き鳥は美味じゃぞ」
「やきとり……」
頭の中で丸くてちっちゃい雀がちゅんちゅんと跳ね回る。雀って可愛いのよね。冬なんか冬毛でこんもり丸くなった雀が寄せ集まって電線に止まっているところなんか和むわ。
「ダメよ、かわいそうじゃない」
思わず叫ぶと、みんなの視線を集めてしまった。
「なにを言っておる。雀は稲の実りを食い荒らす害鳥ぞ。喰うて何が悪い」
「害鳥って」
思わず絶句。稲を食べられるから雀を食べるってなにその理屈。驚いて二の句が継げなくなっていたところに、清明さんが、まあまあ落ち着いて、とカウンターの椅子をすすめる。
「結月さん、伏見稲荷の縁起はご存知ですか」
「縁起。豊作祈願とかじゃないの?」
「縁起とはことの始まりのことです」
「知らないわ」
「その昔、ここいら辺、山城国で繁栄していた秦氏の先祖の伊呂具という金持ちが餅を的にして矢を放ったところ、餅が白鳥になって飛んでいったそうです。やがて白鳥は山の上に止まり、そこに稲が生えました。不思議に思った伊呂具はそのお山の上にお社を建てました。稲が生ったことをもじって伊奈利と名付けられたそのお社がのちの伏見稲荷大社です。そもそも稲が生ったところが起源となっているので、当時から五穀豊穣の信仰を集めていました。稲の大敵はその実を食べる雀、その雀を退治ということから、この界隈では雀の焼き鳥は珍しくないんです。小骨が多いので私はあまり好きではないのですが。この方たちが雀、雀と言っているのは、そういうわけなんです。でも雀は養殖できませんし、希少なわりに観光客からは珍味扱い。焼き鳥をするなら炭火なんかの設備投資をしなくちゃいけませんし、その割には回収できないと思うんですよね。今どきこの界隈では珍しくありませんし」
「はあ……」
なるほどと言っていいのか、悪いのか。とにかく清明さんのやりたくないという意思はビシバシと伝わってくる。二回も同じことを言ったもの。
「そんなことより、何か用事があったんじゃないんですか、オーナー」
「お、オーナーぁ?」
こんなちびっこいモフ耳少年がぁ?
「そろそろモフ耳少年という呼び名はやめや、結月。我は宇迦之御魂神様いちの眷属であり、稲荷山のおきつね総取締役、そしてこの天湖のオーナー、天狐の新月じゃ。これは神使見習いのおきつねコンコ。そして、天湖を任せている人間の清明は、狐使いじゃ」
「狐使いってなに?」
そういや、さっきもそんなこと言ってたわよね。
清明さんが余計なことをと顔色を曇らせているのを知ってか、新月さんは愉快そうだ。
「稲荷社にはみな、様々な願いを持ってやってくる。なかには放っておいてもいいものもあるが、ちょいと背中を押してやらねばならんものもある。人知れずちょいと手助けをする類の願いはおきつねたちの仕事じゃが、ときおり人の口を借りねばならんものもある。そういうときに清明に役に立ってもらっているというわけじゃ」
本来ならば使っておるのは我なのに狐使いとは異なることよ、まったく忌々しいと新月さんが神の使いにあるまじき毒を吐いている。なにか事情がありそうだが、それはまたこっそり清明さんに聞いておこう。
「仕事じゃ、清明」
ああ、と清明さんがため息をつく。
「分かりました。本日の営業は夕方からになりそうです、結月さん。せっかくですから観光にでも行ってらしてください」
売り上げが奮わない原因は新月さんにもあるんじゃなかろうかと結月は思ったが、何も言わないことにした。
もふ耳少年が紅い目を愉快そうに細める。がめついとは人聞きの悪い、と清明さんが苦笑い。
「借金というか、コンコが勝手に食べた分を払えって言われてるのよ」
知り合いなら代わりに払ってくれないかしら。結月はここぞとばかりに訴える。
「コンコの食事代とな。いかほどじゃ」
意外そうな顔になったもふ耳少年に、清明さんが耳打ちをする。
「なるほど。それは、それは……」
おぬしなかなかのワルじゃのう、ともふ耳少年が清明さんに意味深長に微笑みかける。
「結月、ここで働いていてはいつまでも借金は返せぬぞ」
「うそっ」
「嘘ではない。稲荷寿司専門店などとうたって商売しておるが、人にとっては一個百円ほどの価値の稲荷寿司ぞ。しかも稲荷寿司しか置いておらん。何か策を練らんと、儲けが出んぞ」
にやにやと愉しげにもふ耳少年が言う。尾もゆっくり左右に揺れていた。
「自慢じゃありませんが、稲荷寿司以外はうまく作る自信がありません」
なんてことだ。よくそれで飲食店をしているな、と結月は清明を見た。清明は照れたように笑みを返す。
いやいや、その反応は違うでしょお!
『私が雀を狩ってまいりましょう~』
コンコがテーブルに両前肢をかけて会話に入ってくる。
「雀?」
「それはよい考えじゃな」
「雀なぁ……」
それを聞いた反応は三者三様。
もふ耳少年は 目を輝かせて舌なめずりをせんばかり、清明さんは腕組みをしてあまり乗り気でないようす。
「雀なんか捕まえてきてどうするのよ、コンコ」
『もちろん、食べるのでございます~』
「焼き鳥は美味じゃぞ」
「やきとり……」
頭の中で丸くてちっちゃい雀がちゅんちゅんと跳ね回る。雀って可愛いのよね。冬なんか冬毛でこんもり丸くなった雀が寄せ集まって電線に止まっているところなんか和むわ。
「ダメよ、かわいそうじゃない」
思わず叫ぶと、みんなの視線を集めてしまった。
「なにを言っておる。雀は稲の実りを食い荒らす害鳥ぞ。喰うて何が悪い」
「害鳥って」
思わず絶句。稲を食べられるから雀を食べるってなにその理屈。驚いて二の句が継げなくなっていたところに、清明さんが、まあまあ落ち着いて、とカウンターの椅子をすすめる。
「結月さん、伏見稲荷の縁起はご存知ですか」
「縁起。豊作祈願とかじゃないの?」
「縁起とはことの始まりのことです」
「知らないわ」
「その昔、ここいら辺、山城国で繁栄していた秦氏の先祖の伊呂具という金持ちが餅を的にして矢を放ったところ、餅が白鳥になって飛んでいったそうです。やがて白鳥は山の上に止まり、そこに稲が生えました。不思議に思った伊呂具はそのお山の上にお社を建てました。稲が生ったことをもじって伊奈利と名付けられたそのお社がのちの伏見稲荷大社です。そもそも稲が生ったところが起源となっているので、当時から五穀豊穣の信仰を集めていました。稲の大敵はその実を食べる雀、その雀を退治ということから、この界隈では雀の焼き鳥は珍しくないんです。小骨が多いので私はあまり好きではないのですが。この方たちが雀、雀と言っているのは、そういうわけなんです。でも雀は養殖できませんし、希少なわりに観光客からは珍味扱い。焼き鳥をするなら炭火なんかの設備投資をしなくちゃいけませんし、その割には回収できないと思うんですよね。今どきこの界隈では珍しくありませんし」
「はあ……」
なるほどと言っていいのか、悪いのか。とにかく清明さんのやりたくないという意思はビシバシと伝わってくる。二回も同じことを言ったもの。
「そんなことより、何か用事があったんじゃないんですか、オーナー」
「お、オーナーぁ?」
こんなちびっこいモフ耳少年がぁ?
「そろそろモフ耳少年という呼び名はやめや、結月。我は宇迦之御魂神様いちの眷属であり、稲荷山のおきつね総取締役、そしてこの天湖のオーナー、天狐の新月じゃ。これは神使見習いのおきつねコンコ。そして、天湖を任せている人間の清明は、狐使いじゃ」
「狐使いってなに?」
そういや、さっきもそんなこと言ってたわよね。
清明さんが余計なことをと顔色を曇らせているのを知ってか、新月さんは愉快そうだ。
「稲荷社にはみな、様々な願いを持ってやってくる。なかには放っておいてもいいものもあるが、ちょいと背中を押してやらねばならんものもある。人知れずちょいと手助けをする類の願いはおきつねたちの仕事じゃが、ときおり人の口を借りねばならんものもある。そういうときに清明に役に立ってもらっているというわけじゃ」
本来ならば使っておるのは我なのに狐使いとは異なることよ、まったく忌々しいと新月さんが神の使いにあるまじき毒を吐いている。なにか事情がありそうだが、それはまたこっそり清明さんに聞いておこう。
「仕事じゃ、清明」
ああ、と清明さんがため息をつく。
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