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第一章:直哉編
第七話:紅に沈む ※
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電車を乗り継いで鶴華の部屋へ着いた頃には、午後九時を過ぎていた。
部屋の明かりは落ちていて、鶴華の姿もなく、妙に寒々しい。
自分の無力さが嫌いだ。
勉強なんてできたって、何の役にも立たないじゃないか。
苦いものが込み上げて、頬を涙が伝う。
自分を悪く言われるのはいい。
慣れている。
だけど鶴華を悪く言われるのは、どうしても許せなかった。
それなのに、大した反論すらできない自分が情けなくてたまらなかった。
涙で濡れた頬を布団に埋め、子どものようにしゃくり上げる。
情けないとわかっているのに、止められない。
微かに聞こえた玄関の音に、びくりと肩が跳ねた。
「あれ、なおやー?」
出勤しているはずの鶴華が、思いがけず帰ってきた。
背後でドアが閉まる音がしても、顔を上げられない。
こんな情けない顔、見せられるわけがない。
「……どうした?」
低く落ち着いた声が頭の上から降ってくる。
ふわりと掛け布団を直され、背中を優しく叩かれた。
それだけで胸の奥の緊張がほどけ、また涙が滲む。
何も聞かずに側にいてくれる──それだけで息がしやすくなる。
「……なおや。」
名前を呼ばれたかと思うと、背中に温もりが重なった。
鶴華の腕が、迷いもなく僕を包み込む。
香水と煙草の混ざった匂いに、泣き腫らした目がまた熱くなる。
「泣くなよ。」
耳元で低く囁かれた声は、酔った夜に聞くよりずっと穏やかで優しい。
強くも弱くもない、ちょうどいい力加減で抱き寄せられ、背中をゆっくり撫でられる。
何も言わない優しさが、心に沁みた。
「……ごめん。」
情けない嗚咽と一緒に小さく謝ると、鶴華は何も言わず僕の後頭部を支え、顎を僕の肩にのせた。
その仕草ひとつで、張りつめていたものが崩れていく。
ああ、この人は、こんなにも優しい──。
そう思った瞬間、胸の奥が苦しくなるほど温かかった。
「……大丈夫。たまには甘えろよ。」
兄が家を出てから、ずっと張りつめていた僕の心を、鶴華は受け止めてくれた。
何も言わずに抱きしめてくれるだけで、涙が止まらない。
鶴華の手のひらは大きくて温かい。
髪を梳くたび、慈しみのようなものが伝わってくる。
それは、幼い頃に求めても得られなかったものだった。
「頑張ったな。」
低く掠れた声が耳元で響く。
その一言で、胸の奥の糸がぷつりと切れた。
「……っ、僕、もう……何も……。」
震える声しか出せない。
「泣くなよ」
言葉はそうでも、撫でる手は「泣いていい」と言っているようで、堪えていた涙がまた溢れた。
「……なおやの弱さは、俺だけが知ってりゃいい。」
頬を撫でた指先が、髪をすくい上げ、耳の後ろをなぞる。
露わになった頬が自然と仰がされ、視線が絡んだ。
息が触れるほどの距離で、呼吸が止まる。
「……鶴華……?」
名前を呼んだ声は、自分でも驚くほど掠れていた。
その瞳は優しさの奥に熱を孕んでいて、心臓がどうしようもなく跳ねた。
「大丈夫。」
そっと抱き寄せられる。
その胸の温もりに浸かりながら、抗う力が抜けていく。
世界から切り離されたような静けさの中、鶴華の吐息が耳をかすめた。
「なおや……もう少し甘えてろ。」
囁きと共に、彼の手はゆっくりと僕の背をなぞり、腰のあたりまで下りてくる。
心臓の音が耳の奥で響いた。
「……鶴華……?」
鶴華の意図がわからなくて、不安げな声が漏れる。
どこか熱を帯びた、鶴華の潤んだ瞳が愛おし気に細めら、僕を見つめる。
優しく髪を撫でていた手が、涙の痕をなぞり、唇へ触れた。
それだけで、ぞくりと甘い痺れが背を走る。
長い睫毛が伏せられると、ゆっくりと熱い唇が僕の唇へ押し当てられた。
一瞬のキスなのに、体の奥まで熱が灯るようだった。
指先がシャツの裾から忍び込み、腰骨をなぞる。
熱い手のひらに触れられるたび、呼吸が浅くなっていく。
彼の指が背中をゆっくり描き、僕の体温を確かめるように優しく撫でていった。
「……鶴華。」
この段階になって、鈍い僕でもさすがに何が起きているかわかる。
息がかかるほどの距離で、熱を持った視線に絡めとられると、もう抵抗できない。
鶴華になら、何をされてもいい。
僕という形を確かめるように、鶴華の大きな手はシャツの上から僕を弄る。
鶴華に撫でられる心地よさと、粟立つような熱に心臓が追いつかない。
はくはくと浅い呼吸をし始めている僕を、何度も愛おしそうに抱きしめた。
「なおや、……可愛い。」
ギラギラした欲望を湛えた捕食者の瞳を、隠そうともしない。
鶴華に求められている──それが、羞恥心や背徳感を凌駕した。
腰骨を撫でていた指先が、ふいに下着の中へ入り込み直接触られる。
「んっ……。」
喉の奥で小さく声が漏れた。
ビクリと身体が硬直する。
初めて自分以外の人に、もっともデリケートな部分に触れられる。
「なおや、力抜いて……。」
鶴華の優しい声と落ち着いた呼吸が、ゆるゆると緊張を解いていく。
ゆっくりと上下に動く手の感触に、頭の中が真っ白になりそうだった。
「ん……っ、あ……っ……。」
体は彼の指先に縫いとめられたように震えるだけだ。
触れられている場所が熱を帯び、全身の力が抜けていく。
鶴華の手は決して乱暴じゃない。
むしろ、やさしく確かめるような動きで、僕の反応を楽しんでいるみたいだ。
「や……っ……。」
声を抑えようとしても、喉から勝手に小さな音が漏れてしまう。
そんな自分が恥ずかしくてたまらないのに、鶴華の視線に捕まると逃げられない。
「なおや……顔真っ赤。」
低く笑う声が耳元に落ちる。
目を逸らそうとすると顎を指で掬われ、そのまま唇を重ねられた。
擽るような優しいキスが与えられる。
「……鶴華、その、……僕も、する……。」
僕も鶴華に与えたい。
驚いた顔で僕を覗き込んだ鶴華は、僕が真っ赤になって俯くと、そんな僕に頬を寄せた。
「いいの?」
蠱惑的な声だった。
僕は魅了されたように首を縦に振る。
鶴華の指先が、一旦不安そうに迷うように空を切る。
「……無理だったら、教えて……。」
震える指先が、僕の指に重なりゆっくりと鶴華の下腹部へ導かれる。
躊躇いがちにベルトを抜き、ボタンを外して緩める。
薄い布越しに、ゆっくりと鶴華の熱に触れた。
嫌悪感はなく、むしろ嬉しいとさえ思った。
「な、おや……。」
切羽詰まった掠れた声で囁かれて、僕も全身に血が急激に巡る。
鶴華の手が重なり、僕の動きをゆっくりと導く。
温かな掌に包まれて、心臓がどくどくと暴れた。
「……ふっ……んっ……。」
鶴華の目が細まり、吐息が微かにかかる。
その吐息ですら、艶やかで堪らない気分になる。
すぐそばで香るのは、香水の残り香と、彼自身の熱。
その空気に飲み込まれて、身体の奥がじわりと痺れる。
ふと、鶴華の手が僕の太腿をなぞった。
思わず肩が跳ねると、彼はおかしそうに微笑む。
「……俺ばっかりじゃ、不公平だろ。」
そう言って、僕の手をそっと押し返し、同じ熱を返すように触れてくる。
お互いの鼓動が触れ合う距離で絡み合う手。
緊張と甘さが入り混じった空気に、息がうまくできない。
指先が確かめるように、僕の敏感なところを撫でた。
「……あっ、んんっ……。」
不意に漏れた声を聞いて、鶴華の目が色を帯びる。
重なった手が、ゆっくりと歩幅を合わせるみたいに動き出す。
最初はぎこちない。
けれど、指先の合図ひとつで、迷いが少しずつほどけていく。
触れられるたび、身体の奥に小さな灯がともり、その灯が互いの熱で育っていくのがわかる。
「なおや、息――。」
囁きに合わせて、吸って、吐く。
呼吸のリズムが揃うと、手の速度も自然と同じテンポになった。
彼の吐息が頬をかすめ、僕の喉から零れた小さな音に、鶴華の目がとろりと細くなる。
視線だけで熱が上がる。
怖いくらい、嬉しい。
彼の掌は包むのが上手い。
急かさない。
追い立てない。
撫でる、馴らす、待つ──その繰り返しで、波はゆっくり高くなる。
僕も同じように返す。
手の中の鼓動、肌のきめ、わずかな震え。
確かめるたび、胸の奥がじんと鳴った。
「それ、いい……今の……そう。」
低く落ちた声が、耳殻に触れて溶ける。
名前を呼ばれるたび、背中に電流が走るように何かが這い上がる。
逃げ場がなくて、でも逃げたくなかった。
肩先に置かれた彼の手が、優しく支える。
沈みこまないように、落ちないように。
動きは少しずつ大きく、でも荒くはならない。
力を入れる瞬間と、ほどく瞬間。
その境目が合ったとき、波が一段深くなって、視界の色が少し変わる。
触れるたび、互いの喉がかすかに鳴る。
音だけで伝わるものが増えていく。
「なおや……見て」
言われるままに目を上げると、近い距離にある彼の瞳が、やわらかい光を宿していた。
その目で「大丈夫だ」と言われている気がして、僕は手の迷いを捨てる。
彼も同じ強さで返してくる。
ぴたりと噛み合った瞬間、時間の粒が細かくなる。
呼吸が、熱が、ほどける前のきわで揺れる。
額が触れる。
指が絡む。
どちらの音か分からない甘い息が重なって、波はふくらみ続ける。
もう少し、もう少しだけ──。
境界線の手前で、互いの手が同時にわずかに強くなった。
世界が白く滲む直前、僕は彼の名を、彼は僕の名を、確かめるみたいに呼んだ。
すべてが静かな光に包まれて、音も、輪郭も、やさしく遠のいていく。
世界が静けさを取り戻したあと、指先から少しずつ熱が引いていく。
絡んでいた手をそっと解いた瞬間、現実が急に押し寄せてきて、顔から火が出そうになった。
「……っ、あ……。」
自分の手の中の残滓が恥ずかしくて、慌てて立ち上がろうとするが、足元がふらついた。
そんな僕の腰を、鶴華の手がさっと支える。
「大丈夫?」
低い声が、妙に落ち着いていて余計に心拍数が上がる。
彼は動じる様子もなく、近くに置いていたティッシュを取り、僕の手を優しく包むように拭った。
その指先は、さっきまでの熱を知っているくせに、まるで何事もなかったかのような落ち着きを保っていた。
「鶴華……。」
何か言わなきゃいけない気がして名前を呼ぶけど、言葉が続かない。
彼は微笑んで首を横に振り、そっと僕の頬を撫でた。
「無理に話さなくていいよ。」
冷たいペットボトルを渡され、口をつけると、喉を滑る水が火照った体をゆっくり鎮めていく。
僕はそれを抱えたまま縮こまり、足元に視線を落とした。
心臓の鼓動が耳の奥でうるさい。
ふと、急激に自覚してしまった……。
僕は鶴華が好きなんだ。
この好きは、友達に使う好きとは、意味が違う。
そんな僕を見下ろしながら、鶴華は腕を伸ばし、抱き寄せるように背を撫でた。
その優しさがまた涙腺を刺激して、泣きそうになったのをぐっと堪える。
「ごめん……直哉を慰めたくて……。」
低く落ちた声に、心臓が一瞬止まった気がした。
「これは恋とかじゃない。ただ……お前のことが大事だから、甘やかしただけ。」
目を逸らしながらも、鶴華の指先はまだ僕の髪を撫でている。
その優しさが、余計に胸を締めつけた。
ああ、自分の気持ちに気が付いた瞬間に、その思いを否定されるとは……。
「そっか。」
笑って答えた。
声も、表情も、ちゃんと平静を装えているはずだ。
けれど、胸の奥がきゅうっと締めつけられて、呼吸が浅くなる。
唇の端を上げたまま、視界がじんわり滲む。
「大事」と言ってもらえた。
それだけで本当は泣きそうなほど嬉しいのに。
でも──恋じゃない。
彼にとって僕は、特別だけど恋愛じゃない相手なんだと、はっきり線を引かれた。
まるで柔らかい声で突き放されたみたいで、胸の奥がじわりと痛む。
「……そりゃ、そっか。」
冗談めかして肩を竦めてみせた。
手を止めない鶴華の指が、優しく髪を梳く。
その優しさがあまりにも心地よくて、泣きたい気持ちがさらに膨らんだ。
こんな風に微笑む僕を、鶴華はきっと何とも思わないんだろう。
僕の気持ちなんて知らないまま、こうして触れてくる。
だからこそ、この手を振り払えなくて──心が張り裂けそうなのに、笑うしかなかった。
部屋の明かりは落ちていて、鶴華の姿もなく、妙に寒々しい。
自分の無力さが嫌いだ。
勉強なんてできたって、何の役にも立たないじゃないか。
苦いものが込み上げて、頬を涙が伝う。
自分を悪く言われるのはいい。
慣れている。
だけど鶴華を悪く言われるのは、どうしても許せなかった。
それなのに、大した反論すらできない自分が情けなくてたまらなかった。
涙で濡れた頬を布団に埋め、子どものようにしゃくり上げる。
情けないとわかっているのに、止められない。
微かに聞こえた玄関の音に、びくりと肩が跳ねた。
「あれ、なおやー?」
出勤しているはずの鶴華が、思いがけず帰ってきた。
背後でドアが閉まる音がしても、顔を上げられない。
こんな情けない顔、見せられるわけがない。
「……どうした?」
低く落ち着いた声が頭の上から降ってくる。
ふわりと掛け布団を直され、背中を優しく叩かれた。
それだけで胸の奥の緊張がほどけ、また涙が滲む。
何も聞かずに側にいてくれる──それだけで息がしやすくなる。
「……なおや。」
名前を呼ばれたかと思うと、背中に温もりが重なった。
鶴華の腕が、迷いもなく僕を包み込む。
香水と煙草の混ざった匂いに、泣き腫らした目がまた熱くなる。
「泣くなよ。」
耳元で低く囁かれた声は、酔った夜に聞くよりずっと穏やかで優しい。
強くも弱くもない、ちょうどいい力加減で抱き寄せられ、背中をゆっくり撫でられる。
何も言わない優しさが、心に沁みた。
「……ごめん。」
情けない嗚咽と一緒に小さく謝ると、鶴華は何も言わず僕の後頭部を支え、顎を僕の肩にのせた。
その仕草ひとつで、張りつめていたものが崩れていく。
ああ、この人は、こんなにも優しい──。
そう思った瞬間、胸の奥が苦しくなるほど温かかった。
「……大丈夫。たまには甘えろよ。」
兄が家を出てから、ずっと張りつめていた僕の心を、鶴華は受け止めてくれた。
何も言わずに抱きしめてくれるだけで、涙が止まらない。
鶴華の手のひらは大きくて温かい。
髪を梳くたび、慈しみのようなものが伝わってくる。
それは、幼い頃に求めても得られなかったものだった。
「頑張ったな。」
低く掠れた声が耳元で響く。
その一言で、胸の奥の糸がぷつりと切れた。
「……っ、僕、もう……何も……。」
震える声しか出せない。
「泣くなよ」
言葉はそうでも、撫でる手は「泣いていい」と言っているようで、堪えていた涙がまた溢れた。
「……なおやの弱さは、俺だけが知ってりゃいい。」
頬を撫でた指先が、髪をすくい上げ、耳の後ろをなぞる。
露わになった頬が自然と仰がされ、視線が絡んだ。
息が触れるほどの距離で、呼吸が止まる。
「……鶴華……?」
名前を呼んだ声は、自分でも驚くほど掠れていた。
その瞳は優しさの奥に熱を孕んでいて、心臓がどうしようもなく跳ねた。
「大丈夫。」
そっと抱き寄せられる。
その胸の温もりに浸かりながら、抗う力が抜けていく。
世界から切り離されたような静けさの中、鶴華の吐息が耳をかすめた。
「なおや……もう少し甘えてろ。」
囁きと共に、彼の手はゆっくりと僕の背をなぞり、腰のあたりまで下りてくる。
心臓の音が耳の奥で響いた。
「……鶴華……?」
鶴華の意図がわからなくて、不安げな声が漏れる。
どこか熱を帯びた、鶴華の潤んだ瞳が愛おし気に細めら、僕を見つめる。
優しく髪を撫でていた手が、涙の痕をなぞり、唇へ触れた。
それだけで、ぞくりと甘い痺れが背を走る。
長い睫毛が伏せられると、ゆっくりと熱い唇が僕の唇へ押し当てられた。
一瞬のキスなのに、体の奥まで熱が灯るようだった。
指先がシャツの裾から忍び込み、腰骨をなぞる。
熱い手のひらに触れられるたび、呼吸が浅くなっていく。
彼の指が背中をゆっくり描き、僕の体温を確かめるように優しく撫でていった。
「……鶴華。」
この段階になって、鈍い僕でもさすがに何が起きているかわかる。
息がかかるほどの距離で、熱を持った視線に絡めとられると、もう抵抗できない。
鶴華になら、何をされてもいい。
僕という形を確かめるように、鶴華の大きな手はシャツの上から僕を弄る。
鶴華に撫でられる心地よさと、粟立つような熱に心臓が追いつかない。
はくはくと浅い呼吸をし始めている僕を、何度も愛おしそうに抱きしめた。
「なおや、……可愛い。」
ギラギラした欲望を湛えた捕食者の瞳を、隠そうともしない。
鶴華に求められている──それが、羞恥心や背徳感を凌駕した。
腰骨を撫でていた指先が、ふいに下着の中へ入り込み直接触られる。
「んっ……。」
喉の奥で小さく声が漏れた。
ビクリと身体が硬直する。
初めて自分以外の人に、もっともデリケートな部分に触れられる。
「なおや、力抜いて……。」
鶴華の優しい声と落ち着いた呼吸が、ゆるゆると緊張を解いていく。
ゆっくりと上下に動く手の感触に、頭の中が真っ白になりそうだった。
「ん……っ、あ……っ……。」
体は彼の指先に縫いとめられたように震えるだけだ。
触れられている場所が熱を帯び、全身の力が抜けていく。
鶴華の手は決して乱暴じゃない。
むしろ、やさしく確かめるような動きで、僕の反応を楽しんでいるみたいだ。
「や……っ……。」
声を抑えようとしても、喉から勝手に小さな音が漏れてしまう。
そんな自分が恥ずかしくてたまらないのに、鶴華の視線に捕まると逃げられない。
「なおや……顔真っ赤。」
低く笑う声が耳元に落ちる。
目を逸らそうとすると顎を指で掬われ、そのまま唇を重ねられた。
擽るような優しいキスが与えられる。
「……鶴華、その、……僕も、する……。」
僕も鶴華に与えたい。
驚いた顔で僕を覗き込んだ鶴華は、僕が真っ赤になって俯くと、そんな僕に頬を寄せた。
「いいの?」
蠱惑的な声だった。
僕は魅了されたように首を縦に振る。
鶴華の指先が、一旦不安そうに迷うように空を切る。
「……無理だったら、教えて……。」
震える指先が、僕の指に重なりゆっくりと鶴華の下腹部へ導かれる。
躊躇いがちにベルトを抜き、ボタンを外して緩める。
薄い布越しに、ゆっくりと鶴華の熱に触れた。
嫌悪感はなく、むしろ嬉しいとさえ思った。
「な、おや……。」
切羽詰まった掠れた声で囁かれて、僕も全身に血が急激に巡る。
鶴華の手が重なり、僕の動きをゆっくりと導く。
温かな掌に包まれて、心臓がどくどくと暴れた。
「……ふっ……んっ……。」
鶴華の目が細まり、吐息が微かにかかる。
その吐息ですら、艶やかで堪らない気分になる。
すぐそばで香るのは、香水の残り香と、彼自身の熱。
その空気に飲み込まれて、身体の奥がじわりと痺れる。
ふと、鶴華の手が僕の太腿をなぞった。
思わず肩が跳ねると、彼はおかしそうに微笑む。
「……俺ばっかりじゃ、不公平だろ。」
そう言って、僕の手をそっと押し返し、同じ熱を返すように触れてくる。
お互いの鼓動が触れ合う距離で絡み合う手。
緊張と甘さが入り混じった空気に、息がうまくできない。
指先が確かめるように、僕の敏感なところを撫でた。
「……あっ、んんっ……。」
不意に漏れた声を聞いて、鶴華の目が色を帯びる。
重なった手が、ゆっくりと歩幅を合わせるみたいに動き出す。
最初はぎこちない。
けれど、指先の合図ひとつで、迷いが少しずつほどけていく。
触れられるたび、身体の奥に小さな灯がともり、その灯が互いの熱で育っていくのがわかる。
「なおや、息――。」
囁きに合わせて、吸って、吐く。
呼吸のリズムが揃うと、手の速度も自然と同じテンポになった。
彼の吐息が頬をかすめ、僕の喉から零れた小さな音に、鶴華の目がとろりと細くなる。
視線だけで熱が上がる。
怖いくらい、嬉しい。
彼の掌は包むのが上手い。
急かさない。
追い立てない。
撫でる、馴らす、待つ──その繰り返しで、波はゆっくり高くなる。
僕も同じように返す。
手の中の鼓動、肌のきめ、わずかな震え。
確かめるたび、胸の奥がじんと鳴った。
「それ、いい……今の……そう。」
低く落ちた声が、耳殻に触れて溶ける。
名前を呼ばれるたび、背中に電流が走るように何かが這い上がる。
逃げ場がなくて、でも逃げたくなかった。
肩先に置かれた彼の手が、優しく支える。
沈みこまないように、落ちないように。
動きは少しずつ大きく、でも荒くはならない。
力を入れる瞬間と、ほどく瞬間。
その境目が合ったとき、波が一段深くなって、視界の色が少し変わる。
触れるたび、互いの喉がかすかに鳴る。
音だけで伝わるものが増えていく。
「なおや……見て」
言われるままに目を上げると、近い距離にある彼の瞳が、やわらかい光を宿していた。
その目で「大丈夫だ」と言われている気がして、僕は手の迷いを捨てる。
彼も同じ強さで返してくる。
ぴたりと噛み合った瞬間、時間の粒が細かくなる。
呼吸が、熱が、ほどける前のきわで揺れる。
額が触れる。
指が絡む。
どちらの音か分からない甘い息が重なって、波はふくらみ続ける。
もう少し、もう少しだけ──。
境界線の手前で、互いの手が同時にわずかに強くなった。
世界が白く滲む直前、僕は彼の名を、彼は僕の名を、確かめるみたいに呼んだ。
すべてが静かな光に包まれて、音も、輪郭も、やさしく遠のいていく。
世界が静けさを取り戻したあと、指先から少しずつ熱が引いていく。
絡んでいた手をそっと解いた瞬間、現実が急に押し寄せてきて、顔から火が出そうになった。
「……っ、あ……。」
自分の手の中の残滓が恥ずかしくて、慌てて立ち上がろうとするが、足元がふらついた。
そんな僕の腰を、鶴華の手がさっと支える。
「大丈夫?」
低い声が、妙に落ち着いていて余計に心拍数が上がる。
彼は動じる様子もなく、近くに置いていたティッシュを取り、僕の手を優しく包むように拭った。
その指先は、さっきまでの熱を知っているくせに、まるで何事もなかったかのような落ち着きを保っていた。
「鶴華……。」
何か言わなきゃいけない気がして名前を呼ぶけど、言葉が続かない。
彼は微笑んで首を横に振り、そっと僕の頬を撫でた。
「無理に話さなくていいよ。」
冷たいペットボトルを渡され、口をつけると、喉を滑る水が火照った体をゆっくり鎮めていく。
僕はそれを抱えたまま縮こまり、足元に視線を落とした。
心臓の鼓動が耳の奥でうるさい。
ふと、急激に自覚してしまった……。
僕は鶴華が好きなんだ。
この好きは、友達に使う好きとは、意味が違う。
そんな僕を見下ろしながら、鶴華は腕を伸ばし、抱き寄せるように背を撫でた。
その優しさがまた涙腺を刺激して、泣きそうになったのをぐっと堪える。
「ごめん……直哉を慰めたくて……。」
低く落ちた声に、心臓が一瞬止まった気がした。
「これは恋とかじゃない。ただ……お前のことが大事だから、甘やかしただけ。」
目を逸らしながらも、鶴華の指先はまだ僕の髪を撫でている。
その優しさが、余計に胸を締めつけた。
ああ、自分の気持ちに気が付いた瞬間に、その思いを否定されるとは……。
「そっか。」
笑って答えた。
声も、表情も、ちゃんと平静を装えているはずだ。
けれど、胸の奥がきゅうっと締めつけられて、呼吸が浅くなる。
唇の端を上げたまま、視界がじんわり滲む。
「大事」と言ってもらえた。
それだけで本当は泣きそうなほど嬉しいのに。
でも──恋じゃない。
彼にとって僕は、特別だけど恋愛じゃない相手なんだと、はっきり線を引かれた。
まるで柔らかい声で突き放されたみたいで、胸の奥がじわりと痛む。
「……そりゃ、そっか。」
冗談めかして肩を竦めてみせた。
手を止めない鶴華の指が、優しく髪を梳く。
その優しさがあまりにも心地よくて、泣きたい気持ちがさらに膨らんだ。
こんな風に微笑む僕を、鶴華はきっと何とも思わないんだろう。
僕の気持ちなんて知らないまま、こうして触れてくる。
だからこそ、この手を振り払えなくて──心が張り裂けそうなのに、笑うしかなかった。
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穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
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