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第24章 混沌の序曲
第202話
しおりを挟むバーニャが涙で滲む目で見上げた視線の先、屈託ない笑顔で笑う悪戯小僧。
数日前に出会い、勘違いから戦闘を仕掛けたものの、自分の攻撃はまったく当たらず、全て躱されるか捌かれてしまった相手。
あの時はこの笑顔と、妙に間伸びした喋り方がやたらと勘に触って苛ついたものだったが、それがこんなに嬉しく感じるなんて⁉︎
魔獣を倒した一瞬の油断を突かれて不意打ちを喰らい、今にも黒いオーク達に陵辱されるばかりだったバーニャの危機を救ったのは、数日前に挑み敗れた少年、ダイだった。
「あ、あんた…、何で、グスッ…ここ…に?」
「あ~も~~!泣くなよー、調子狂うなぁ~~。たまたまだよ、た~ま~た~ま~。それよりほら!いい加減隠せよー 」
何とか身を起こしたバーニャが問いかけると、ガリガリと頭を掻きながら、やや顔を赤くなった顔を背けて上着を差し出してくるダイ。
「なに………?」
「~~~~っ⁉︎ 気付けよ!お前、さっきから出しっ放しだろうがよ~~!」
「…?出しっ放…し?って、………きゃあああああああああああああああああああっ⁉︎ あんた、見たっ⁉︎ 見たのねっ?見たんでしょっ⁉︎ このバカ!エッチ!変態‼︎ 」
慌てて前を押さえ、一生懸命にダイの視線から身体を隠そうとするバーニャ。
そう、今のバーニャの格好は先程革鎧ごと胸の部分の服を引き千切られたまま。ポロリとかそんな可愛いものではなく、完全フルオープンの"キャストオフッ!"な状態だったのである。
「バババ、バカヤロー!べべべ、別に見たくて見たんじゃねーよ!ダ~レがそんな無いチチ!」
「んな…っ⁉︎ 何ですってぇぇぇっ‼︎ 」
確かにダイにしてみれば見たくて見た訳ではなく、助けた際に見えてしまっただけだ。しかし、男などバカなもの、大きさの大小を問わず、女性の"生乳"を拝めて嬉しくがないはずがない。
況してやバーニャはかなりの美少女。現にダイとてこの思わぬラッキースケベに、『うっひょおぉぉぉぉっ!』と内心では大喜びしていたのだ。先程の言葉もつい言ってしまった、要は"照れ隠し"である。
だがしかし、この一言はバーニャに、いや、彼女達"鳥類系獣人族"の女性に対して、知っている者ならば絶対言わない地雷であった。
そもそも鳥類系の獣人族は、男女問わず総じて細身である。これは"空を飛ぶ"ということに於いて、少しでも身体を軽くしなければならないという種族特性が関係している。
スラリとしたその体型は、まるで北欧系の体操選手のような躍動感に溢れながら儚げな印象があり、空を舞う姿と相まって非常に美しいのだが、その為に少々…いや、かなりバストが控えめ。ぶっちゃけて言ってしまえば"貧乳揃い"なのである。
しかし、"無い物強請り"をしてしまうのは人の性。自分達の種族だけで纏まっているだけならば問題はなかったのであろうが、どうしても他の種族の女性達と比べてしまい、鳥類系の女性達にとって"胸"の話しをすることはタブー扱いになっていた。まあ、それはそれで需要はあるとは思うのだが……。
だが、そんな中においてバーニャはある種族特徴の為に、同族女性達に比べれば"貧乳"というほど無くはなく、普通の女性達と比べても"やや小振り"な程度であった。その事を同族の少女達からは非常に羨ましがられていて、バーニャにとっても実は密かな優越感を抱いていた事だったのだ。
「う、嘘よ!ホントは見たんでしょう、私の胸!じっくり、タップリ、舐め回すようにじっとりと!」
「どんな変態だ俺はーっ!」
先程までの貞操の危機も忘れてギャイギャイと言い争うバーニャとダイ。…何というか、側から見ると漫才の掛け合いのようで、言い合いはしていても「実はお前等仲が良いだろ?」と言いたくなる光景なのだが、当然その状況を許せない者達が居た。それは、"愉しみ"を邪魔された挙句にブッ飛ばされたオーク達だ。
ーー「ブッゴオオオオオオオッ‼︎ 」ーー
フゴッ!フゴッ!と苛立ちに鼻息を荒くして、怒りの咆哮を上げるオーク達。
「「あ"あんっ!」」
その声に、ヤンキーよろしく下から舐め上げるようにガンを飛ばすダイとバーニャ。そのあまりの迫力に、一瞬だけビクッ!となるオーク達だったが、すぐに気を取り直してブギャブギャと威嚇の鳴き声を上げたり、持っている棍棒などで地面を叩き出した。
「ほぉ~ぉ?この俺にガンくれやがるとは、随分舐めた真似してくれんじゃねぇかー?おい、鳥女。先にあの豚共をシメてくるからちょっと待ってろー 」
「ちょ、ちょっとっ!」
バーニャの言葉には一切取り合わず、手に持っていた戦闘棍【迅雷】改め【轟雷】をガスッと地面に突き立ててオークに向かって歩き出すダイ。
ポケットに手を突っ込んで肩をそびやかして歩く姿はヤンキーよろしく…というより、ヤンキーそのものである。これでは「彼は勇者なんです 」と本当の事を言っても誰も信じまい。
武器も持たずどころか両手をポケットに突っ込み、ただまっすぐにオーク達を睨みつけて歩み寄る。
「ブギッ!ブゴオォォォォォッ!」
ーーー ズガンッ‼︎ ーーー
とうとう目前まで迫ったダイに向け、正面に居たオークの一匹が、生意気だ!とでも言うように鳴き声を上げてダイの頭へと棍棒を叩き付けた。
「~~っ‼︎ ダ、ダイッ⁉︎ 」
魔獣が力任せに振り下ろした棍棒だ。普通であれば頭蓋は粉々に粉砕され、グズグズの肉片へと変わり果ててしまうだろう。だが…?
「ブフッフッフ………?ブ、ブギ…ッ⁉︎ 」
「あ"?ンだこりゃあよ?まるで効かねえぞ?」
棍棒を振り下ろしたオークの、勝ち誇った顔が一瞬で驚愕に染まる。何故なら、生意気な人間の小僧の頭を叩き潰したはずの棍棒にビキリとヒビが入ったかと思えば一瞬で割れ砕け、その下にあった全くの無傷の顔に、ギロリと睨みつけられたからだ。
あの棍棒を叩きつけられた瞬間、ダイはただ殴られた訳ではなかった。棍棒が頭部に到達する瞬間に、不良語で"パチキ"。誰にでも分かるように言うなら頭突きを棍棒に叩き込んでいたのだ。
頭突き~?と思う人も居るかもしれないが、額は人体の中でも最も硬い部分のひとつ。代表的なのはカンフー映画でもお馴染みの中国拳法などであろうが、武器などで両手が塞がっていても使用できる有効な攻撃方法として、古来より洋の東西を問わず戦場ではよく使われた攻撃手段のひとつなのだ。
「攻撃ってぇのはなぁ、こう、やンだよっ!」
ーーー ドボォッ‼︎ メキッ、パキパキ、ミシッ!ゴギンッ‼︎ ーーー
「ブギュボッ⁉︎ グボ………ッ!」
ダイの蹴りが、オークのデップリとした腹に突き刺さる。ダイが繰り出したのはただの「前蹴り 」いや「ヤクザキック」と言うべきか?
だが、如何なる技によるものなのか、蹴られたオークは吹き飛びはせず、ゴボリと血を吐きはしたものの、その場に留まったまま。
フン、と鼻を軽く鳴らしたダイは軽く膝を曲げ、邪魔な物を蹴倒すように足を伸ばすと、そこで始めてオークの体は吹き飛びゴロゴロと転がっていくが、もう二度とそのオークが起き上がることはない。
「ブギィッ!ブギイィィィィィッ‼︎ 」
「ブゴッ!ブグォオォォォォッ‼︎ 」
口から血を吐いて、ピクリとも動かなくなった仲間の姿に、残りの四匹が怒りの声を上げる。
「煩えよ。っつーか、俺の目の前で無理矢理女を犯そうとしやがったんだ、テメェ等覚悟は出来てンだろうなあぁぁぁぁぁっ‼︎ 」
ーーー 轟…っ‼︎ ーーー
ダイの怒りの魔力波動が周囲一帯に渦巻き、辺りを呑み込んでいく。その量は凄まじく、局所的に巻き起こった竜巻ようだ。
そのあまりの勢いと迫力に、ビクッと身を震わせて硬直するオーク達。
そんなオーク達へと、ダイは情け容赦なく次々と拳を打ち込んでいく。しかしそこに技などなく、振るわれるものはただただ圧倒的な"暴力"のみ。
当然ながらオーク達とて無抵抗にやられている訳ではない。それぞれが手にした得物での反撃を試みるが、その全てをダイに止められ、弾き飛ばされ、遂にはその武器すらも粉々に砕かれてしまい、一矢を報いる事も、逃亡することすら許されずに全滅したのであった。
バーニャの目の前で繰り広げられたダイによる蹂躙劇。
本来であれば相手は人間を襲い、それが男ならばただ殺されて食料に。女ならば性的玩具を兼ねた繁殖要員として穢し尽くす、発見即殲滅が必須の憎むべき魔獣、害獣でしかないのだが、それ等を差し引いたとしても、およそ可哀想になるほどの光景。
オークによる反撃を、事も無げに握り潰し、砕き折る。蹴り倒し、殴る。殴る殴る殴る殴る殴る。
それは【獣王闘国】で言われる"相手に対して敬意を払い、己の全てを懸けて闘う"という、ある種の崇高なものではなく、ただただ圧倒的な力による一方的な押し潰しであった。
バーニャとて【獣王闘国】ではそれなりに名の通った女戦士。もし万全であったならば、こんな醜態を晒すことは無かっただろう。
現に、数ヶ月前、最初にこの"黒い魔獣"が現れた時には【ナインゼ・ロゼイロ】の仲間達と共に出動して、数十体の魔獣を鉤爪の餌食にしたのだから。
だが、そんなバーニャの目から見てもダイの力はあまりにも圧倒的だった。こうして見ていても、あの時自分がどれほど手加減をされていたのかが分かる。もし、あの村で対峙した時にダイが本気であったならば、目の前のオーク達同様に碌な反撃も出来ずに薙ぎ倒されていただろうことが、あり有りと分かってしまう。
普段のバーニャならば、そんなダイの姿を見て、そうした手加減された悔しさや戦士として及ばぬ屈辱に歯噛みをしていただろう。だが、この時のバーニャはそんなことよりもダイの戦う姿、そして背中から目が離せなかった。
(「何て…凄いの……⁉︎ 技もなく、ただ力尽くなだけの攻撃なのに、まったくアイツ等を寄せ付けないなんて…!
………でも、そんな荒々しい戦い方をしているのに、何て洗練された綺麗な魔力波動………!」)
バーニャは今、ダイの戦う姿に、その身に纏う魔力波動にすっかり魅せられていたのだった。それは同じく闘う者としての憧憬か、はたまた別の感情か?
(「それに今アイツは、私の為に怒ってくれてるのよね?………そういえば一緒にいた女の子、すごく可愛い娘だったけど、恋人…なのかな?………って、何考えてんのよ私っ…⁉︎ 」)
【獣王闘国】の王都「アニマポリス」で突如として発生した未曾有の大規模魔獣災害。
魔獣の発生当初こそ混乱は大きかったが、元々自国の防衛に対しての意識が高く、また狙われやすい獣人族が主体の国とあって、有事の際への備えや心構えが出来ていた為に、速やかな避難行動、住民の中でも戦える者達が連携して魔獣に対応した事。そして今や王城から駆け付けた戦士団や冒険者達が街中を駆け巡り、住民の救助や魔獣の殲滅に当たり始めた事で、事態は急速に沈静化されつつあった。
『チッ!予定よりも随分と騒ぎが収まるのが早いな…? 街の被害も予想に比べて遥かに小規模だ。事前に確認していた戦力に誤りがあったのか? ………いや、何か想定外のイレギュラーがあったと考えるべきか…………?』
ーーー だが、安堵に包まれ、徐々に人々の笑顔が広がっていくその様子を、さも面白くなさげに見つめる視線があった。
『ふぅむ?読み間違えであれ、イレギュラーであれ、何か我々の想定外の事態が起こっているのは間違いなさそうだ。……だが、計画に変更は無い。確実に獣王を亡き者にして、我が君がお望みである【破滅音楽】を奏でる"始まりの鐘"を打ち鳴らさねばならん。急げよ、我が同志よ………!』
やはりヒロト達の読みは当たっていた。この騒動はスタンピードなどのように自然に発生した"天災"ではなく、ある目的、今回の場合は獣王レオニールを弑する為だけに引き起こされた、人為的な災害であったのだ。
声の主は、その後は黙して語らず、光の無い狭い穴蔵のような場所で深く身体を沈み込ませ、暫し事態の推移を静観するのだった ーーーー 。
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