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第29章 動乱 ロードベルク王国 組曲(スウィート)
第265話
しおりを挟む「~~~~♪ ク…、ククク…ッ!」
アカマァタ・フーリムンは上機嫌であった。
昨日、ノコノコと近付いて来た貿易船団を襲い、愚かにも歯向って来た護衛艦は全て沈めてやった。
抵抗を諦め、降伏した商船に乗り込んでみれば、非常に好みの女が居た。女はとある商人の妻であったが、そんな事は関係ない。むしろ、元から人の物である人妻は大好物だ。心から信頼し合い、愛し合っているならば更に良い。
他人の大切なモノを奪い取る時の、相手の苦痛に歪む顔が堪らない。怨嗟に満ちた視線を自分に向けながらも、自分に従うしかない苦渋に満ちた顔を見るとゾクゾクする。
わざと夫である若い商人を傷めつけ、その命を盾に取ってやれば、妻は僅かに葛藤を見せたが夫の命が懸かっているのだ。あっさりと落ちた。
その後は自室へと連れて行き、夫へと赦しを請う言葉を繰り返し呟く妻を、せせら嗤いながら散々に嬲り尽くし、心身共にタップリと欲望を満たすことが出来たフーリムンは、後は好きにしろ、と遊び終わった女を部下へと投げ渡し、鼻唄交じりで【バルディッシュ】の甲板へと姿を現したのだった。
「これは提督!お疲れ様でございます…!」
「うむ、勤め大義である。どうだ、新しい獲物を見つけたと聞いたが?」
フーリムンの姿を見つけ、すぐ様ご機嫌取りに駆け付けて来た上級士官を内心で嘲りながらも、何でもないように装いながら、部下へと尋ねるフーリムン。
「はっ!まだまだ距離はありますが、先の連中と同じく、何も知らずにノコノコと接近中であります 」
「くくく…っ!そうか。そろそろボージャック公爵閣下の"御親征"が始まっている頃だ。獲物はそいつらを最後にして、ボチボチ俺も戻らねえとな……… 」
と、そこで、フーリムンは見上げた空に不審な影を見る。
「んん~~っ?何だありゃあ…?」
ーーー「ピイイイイイイ…ッ‼︎」ーーー
それは一羽のハヤブサ。ハヤブサはまるでフーリムンを威嚇するかのように一際甲高い声で鳴き上げると、彼方へと飛び去って行った。
「ああ、あの鳥ですか。さっきから船団の上をうるさく飛び回っていたんですが、餌でも探していたんでしょうかね?ハハッ、鳥は暢気でいいですな…ぁぐぁっ!」
喋っている士官を後ろからいきなり蹴り倒し、さっきまでの上機嫌が嘘だったかのような不機嫌な顔で、甲板へと転がした士官の顔といわず腹といわずにフーリムンは蹴りつける。
「あがっ!…て、提…督っ、ぐぼっ…!な、何を……っ⁉︎」
「ァあ"っ?何をじゃねーよ、暢気なのはテメーだよ、このバカが…!陸から何百ケルグも離れた海のド真ん中で、何であんな鳥が飛んでるんだ?何で気付かねえ?何で分からねえっ‼︎ 」
「な、何…が….っ⁉︎ 」
散々に蹴り付けた事で多少は気が済んだのか、肩で息をしながら漸く士官を蹴る事を止めたフーリムン達の頭上から、見張りの報告の声が響く。
「前方の船団に動きあり!回頭していますっ‼︎ 」
「…チッ!ほーら見ろ。ありゃあな、《鳥翼視術》だ。テメェ等マヌケが射落としもしねえから、まんまとこっちの様子を全部見られちまったじゃねーかよ 」
「な…っ⁉︎ も、申じ訳…ありまぜん、い、今ズグ、づ、追撃の部隊を…がはっ⁉︎」
鼻血を流しながらも、必死にフーリムンの機嫌を直そうとする士官だったが、その言葉を言い切る前にその顔面をもう一度フーリムンは蹴り飛ばす。
「無駄だ。ハヤブサを《鳥翼視術》で使うなんざ、あのクソ親父しかいねぇだろうが。なら、あの船団はビアールのモンだ。アイツらが本気で逃げにかかったなら、追い付ける訳無ぇだろーが。たとえ足の速いのが五~六隻程度が追い付いたとしても、逆にコッチが沈められるだけだ。もう無駄なんだよ」
ハヤブサの飛び去った方角を忌々しげに睨み付けてから、フーリムンは蹲る士官に命令を下す。
「やれやれ…。最後にもうひと稼ぎしようと思ってたのによォ…。仕方ねえ、小遣い稼ぎは終わりだ。オイ、いつまで寝っ転がってんだよ!俺は予定通り半数を率いて王都に向かう。残り半数は、このままここで海上封鎖を続けろ。まあ、もう商船は来ないだろうがな。ここから先は何処の船が来ようと、全部を沈めろ。分かったな!」
「ア、ア"イア"イザーーッ…!」
これ以上フーリムンの機嫌を損ねる訳にはいかないと、傷む体に鞭を打って士官は立ち上がり、フーリムンへと震えながら敬礼をして走り去って行った。
「チッ!全く、使えねえ奴ばっかりだ。まあいい、見てろよクソ親父、近い将来、海の最強は俺だと思い知らせてやるぜ…! 」
「フィ~~~~っ、ブルブルブルっ!朝は冷え込んで困るぜ…!」
ーーー翌朝、
フーリムンが艦隊の半数を連れて王都グランベルクへと戻った後も、半数の者達は海上封鎖の為にその海域へと留まっていた。
早朝、と言ってもまだ夜も明けきらぬ時間帯、おまけにこの日は海上を濃い霧が覆っていた。
「まったくよォ、こんな日に見張り番なんてツイてねーぜ。いいよなぁ幹部は。今頃は部屋ん中で、柔らかくて温かい女を抱きながら寝てるんだぜ?」
「仕方ねぇだろうが、俺達ゃまだまだ下っ端なんだからよ。ま、もう暫くしたら俺達にもおこぼれが回って来るさ 」
見張り用に、マスト上部に作られた望楼で、当直となった乗組員が震えながらボヤキを溢す。
「見張りったって、こ~んなに霧が深くっちゃ、隣の船の灯りぐらいしか見えねえよ。おまけに外套まで湿っちまうしヨォ、あ~あ… 」
「まあ、そうボヤくなよ。仕方ねえな、どうだ、お前も一杯?」
「ああっ⁉︎ テメェ、ズルいぞ!酒なんて持ち込みやがって!…って、どうしたんだよコレ?」
「いいだろ、この間、あの船を襲った時にコソっとな…!分けてやるんだからチクるんじゃねーぞ?」
外套の下から酒瓶を取り出した同僚に、驚いた声を上げる男。見張り番は二方向をそれぞれ担当する為、同僚が酒を持ち込んでいる事には全く気付かなかった。
海の上では物資は貴重。しかも見張り番をやらされるような下級乗組員では、酒など食事の時などに、精々コップに一杯を飲ませてもらえるかどうかなのだ。
「チッ、上手くやりやがったな。まあいいや、この寒い中で飲ませてくれるんなら文句はねーさ 」
男は同僚から粗末なカップを受け取り、注いでもらった酒を美味そうに一口飲む。
「く~~~~っ!堪んねえな!……はぁあ、早く酒ぐらい自由に飲める身分まで出世してえぜ………!」
「ぶふっ!お前がか?ムリムリ、俺等みたいな下っ端じゃ、よっぽどの手柄でも立てねえ限り、そうそう幹部にゃなれねぇさ 」
「んなっ⁉︎ い、今までならともかく、こっから先は分からねえだろうが!」
酒も入り、たわい無い話で盛り上がり、退屈さを紛らわす男達。と、その内愚痴を溢していた男が、可笑しそうに笑い出した。
「くくくっ、しっかしよォ、今頃王都は大騒ぎだろうなぁ 」
「まあ、そうだろうな。しかもデッケえゴーレムを使える公爵様達がほぼ全員敵に回っちまったんだ。そりゃあ大慌てだろうよ」
「違えねぇ!けど、王様って奴はホント間抜けだよなぁ?」
「何がだよ?」
「何が?ってオメェ、俺達ゃあ元海賊だぜ?"海軍"って言ったって、今じゃ中身はほぼ半分が俺達みたいな元海賊だってのに、そんな事も知らねえんだぞ?」
「ああ、そういう事か。ははっ!知ったらさぞかし驚くだろうなぁ?…ま、だいたいからして、今のロードベルク一帯の海賊の元締めがフーリムン様なんだけどな 」
「まったくだ。それを知った時の王様の間抜け面が見てみたいぜ! 」
そんな、とんでもない事を話し出す見張り番達。しかし、何とこれは事実であった。
フーリムンは海軍卿となる以前から、討伐に出た海賊に対して"服従か死か?"の二択を迫り、拒めば容赦無く鮫の餌に変え、従う者はそのまま裏で船を襲わせたり、密輸を行わせたりを繰り返していた。
そうして貯めた財を用いて海軍卿としてのし上がった後は、自分に都合の良い欲に染まる者だけを軍港ヨゴルスカに残し、真面目な者や従わない者は他の沿岸警備隊に回したり、閑職へと追い込んだりをし始めたのだ。
中でも秘密を知っても従わない者などは海賊討伐の任務と称して始末をし、名前だけを残してこの男達のような海賊と入れ替わらせる、などというとんでもない事を繰り返し、フーリムンは王国海軍の多くを、自分に都合の良い組織へと作り変えてしまったのだ。
今やロードベルク王国海軍…いや、王国海軍ヨゴルスカ艦隊は、海上の守護者など名ばかり。フーリムンが裏で海を牛耳る、"海軍の制服を着た海賊"という、最低最悪の存在と化していたのだった。
勿論、ジオンや王国政府側とて男達が言うような間抜けでも無いし、手をこまねいていただけではない。
海賊による偏った被害状況や、「海軍に居るはずの家族と連絡が取れない」などの訴えなど、不審な情報の数々から、当然フーリムン及びヨゴルスカに何かがあるとは確信していた。しかし、如何に王権といえど
確証も無しに踏み込む訳にはいかない。況してやフーリムンは〈回帰主義派〉でも大物。もしそれで証拠が出なければ、余計なイニシアチブを連中に渡す事になってしまう。
そこで王国政府はその確証を得る為に、何人もの密偵を海軍内に派遣したのだが、その尽くが失敗に終わってしまったのだ。
船の中というのは一種の閉じられたコミュニティである。そこに新入りが混ざれば非常に目立つ事になり、ヘタに身動きが取れなくなってしまう。周囲が全て監視、という非常に厄介な状況の中で苦労して情報を得たとしても、海の上ではそれを伝える手段も無く、そうこうしている内に密偵であることがバレて始末されてしまう。の繰り返しだったのだ。
ーーーー最近までは。
見張りといっても、周りは視界も効かない深い霧ばかりとあって、男達はとうとう座り込んで酒盛りを始めてしまった。
しかし、彼等は見張りを続けるべきだった。なぜなら、彼等の居る望楼の遥か下の海面では、霧の中から現れたいくつもの"小舟のようなモノ"が、ひとつも波音を立てる事なく何隻かの船に接舷し、暫くすると、また音も立てずに霧の中へと消えていったからだ。
だから彼等は知らなかった。彼等が羨んだ幹部の何人かは、真っ赤に染まったシーツの上で二度と目を覚まさぬ眠りについていた事を。幹部が連れ込んでいたはずの女達の姿が、部屋はおろか、船の中から一人残らず消えてしまっていたという事を。
そして彼等は気付かなかった。"海の上の牢屋"として曳航していたはずの拿捕した商船の姿が、跡形も無くいつの間にか消えてしまっていたという事も。
やがて持ち込んだ酒も尽き、夜が白々と明けて来た事に気付いた男達は、やっと重い腰を上げたのだが、そこで"見たモノ"に、彼等は仰天することになる。
「んな…っ!何だあの黒くて巨大な影は…⁉︎」
「し、島?まさか夜の内に流されちまったってのかっ?」
「わ、分からねえが、とにかくこのままじゃ不味い!け、警鐘をならせぇっ‼︎ 」
「わわわ、分かったっ‼︎ 」
ーーー ガァン、ガァン、ガァン……ッ!ーーー
慌てて緊急警報である望楼に設置された鐘を鳴らす男達。
「な、何だっ?」
「何だ!敵襲なのかっ⁉︎ 」
「おぉ…、おい!見ろ、アレっ‼︎ 」
「デケェ……っ!島…なのか⁉︎ 」
まだ日が差し始めた早朝、けたたましく打ち鳴らされる警鐘の響きに叩き起こされた乗組員が、霧の立ち込める海上に"見たモノ"。それは、島と見紛うほどの"巨大な影"であった。
「と、とにかくこのままじゃ不味いぞ!アレに打つかったら沈没しちまうぞ⁉︎」
「は、配置に付け!《風属性》魔法使いは風を吹かせろ!…回避!回避だあああっ‼︎」
このような海の真ん中でもしも座礁すれば、そこに待っているのは"死"だけである。
大騒ぎで回避の為の準備を始める乗組員達。しかし、こうした場合に彼等に指示を出すはずの上級士官、船長や副船長達が、いつまで待っても出てこない。
「船長達はまだかぁぁぁっ!」
「クソっ!いったい何をモタモタしてやがるんだ…っ⁉︎」
そうこうしているうちに、変化は唐突に訪れた。日が昇ったことで海上に風が吹き始め、だんだんと霧が流れていく。霧が晴れ始めたのだ。
「あ、ありゃあ何だっ?何なんだ….⁉︎」
「島…じゃない、船、なのか?…いや、そんなはずは…?」
「ばかデッケえ棺桶だ…… 」
霧が晴れ始めた事で、"巨大な影"の全貌が徐々に明らかになっていく。しかしそれは、その姿が鮮明になるほど、それを見つめる者達の困惑を深めていくばかりの異様なモノであった。
それは、端的に表せば"巨大な鉄の箱"。その高さは自分達が乗る船のマストよりも更に高く、そしてその長さは霧に包まれて見渡せない程に長大であった。
そのあまりの異様さに、先程までの喧騒が嘘であったかのように甲板は静まり返る。
「お、おい見ろ…!棺桶の蓋が…⁉︎ 」
ーーー ゴォンゴォンゴォンゴォン……ッ!ーーー
見上げる男達の視線の先で、重々しい音と共にそれの上部がせり上がって行く。地の底…いや、海の底よりも更にもっと深い場所…、そう、まるで"地獄の釜の蓋"が開いているかのようなその音に、男達の不安は否応無しに掻き立てられて行く。
誰かがポツリと喩えた「棺桶」という言葉。その言葉が男達の脳内を駆け巡る。アレがもし本当にそうだとしたら?あんな巨大な棺桶から現れるモノとはいったい⁉︎
あり得ない、そう思っていても、悪い予感を男達は止める事が出来ない。
その予感は正しかった。蓋の開いた"巨大な棺桶"から、"パンドラの箱"の如く男達に破滅をもたらす無数の災厄が飛び出して来たのだ。
「ぎゃあああああああっ!」
「た、助けて、助けてくれ…っ⁉︎」
「ちくしょうっ、何で俺がこんな目に…っ!」
止め処無く降り注ぐ炎に、まだ晴れ切らぬ霧が朱に染まる。次々と爆炎が噴き上がる度に、地獄の焔に焼かれる愚か者達の断末魔の悲鳴が海の上に木霊する。
やがて海上を覆う霧が全て晴れた時、そこには船団の姿はもう何処にも無かった。ただ無数の残骸のみが、静かに波間に漂っているのみであった ーーーー 。
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いつもお読み下さりありがとうございます!
今年もまたファンタジー大賞にエントリーさせて頂きました!
宜しければ是非、また応援宜しくお願い致します‼︎
答え合わせは次回!(笑)
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そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
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